書籍・雑誌

2024年12月 6日 (金)

ブルースへの愛情を感じさせるコラム

今日は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

ブルースバンド、ローラー・コースターのギタリストであり、ブルース評論家の第一人者として活躍していた小出斉。今年1月に66歳という若さで惜しまれつつこの世を去りました。そんな彼が、1993年から2017年まで、実に24年にわたってギター・マガジン誌に掲載していたコラム「ブルース雨アラレ」。その全285回に及ぶ連載を完全網羅したのが本作「小出斉のブルース雨アラレ~選りすぐりの名盤、迷盤、700枚超のディスク紹介を添えて~」です。

285回に及ぶ連載をすべて収録しているというだけあって、かなりのボリューム感。ページ数は592ページにも及び、書籍だと、まるで辞書のような分厚さとなっています。それだけ、この24年にわたる歴史の重み(?)を感じさせる1冊となっています。

ただ、本書、サブタイトルで「700枚超のディスク紹介を添えて」と書かれていますが、期待するようなブルースのディスクガイドではありません。ここで紹介されているアルバムのほとんどは、ブルースの代表的な名盤、ではなく、連載当時にリリースされた新譜やリイシュー盤、企画盤ばかり。それが定番のアルバムとなり、今でもチェックすべきアルバムも少なくはありませんが、ブルース入門的にアルバムを聴こうとするのならば、彼が残した名著「ブルースCDガイドブック」などの方が今でも有効です。

本書でメインとなるのは、小出斉のエッセイ的なコラム。連載スタート当初は、CDのアルバム紹介がメインとなっていたのですが、中盤以降、アルバム紹介は徐々に減り、ほとんど彼の日々の生活やブルースへの想い、また自身のバンドのライブ活動などに関するエッセイがメインとなってきます。そのため本作は、ブルースの本、というよりも、あくまでも小出斉の本、というのが主眼となっていました。

また彼は、評論家であるため読ませる文章を書くのは間違いありませんが、正直、エッセイストとして特筆すべき視点のエッセイを書く・・・といったタイプではありません。そのため、小出斉にある程度思い入れのある方ではないと、なかなかこのボリューミーなコラムを読むのは難かしいかもしれませんし、そもそも本書の意義として、偉大なブルース評論家、小出斉の業績を残す、という記録的側面が強いのかもしれません。

ただ、そんな中で強く感じるのは、何よりも小出斉のブルースに対する愛情の深さでした。序盤から最後まで、昔のブルースミュージシャンのリイシューから、現役のブルースミュージシャンの新譜までしっかりとチェックし、愛情を感じさせるレビューを記載していますし、自らのライブ活動に関してのコラムに関しても、ミュージシャンとして本当にブルースを演奏をするのが楽しいんだろうな、ということはコラムを通じても伝わってきます。そういう意味でも彼のコラムを通じて、ブルースという音楽のすばらしさを感じさせるコラムになっていました。

また、本書を読んでもう一つ感じたのは、この24年を通じてのブルースをめぐる環境の大きな変化でした。このコラムがはじまった1993年の時点においては、まだ存命なブルースのレジェンドたちも少なくなく、リイシューも含めて多くのブルース関連のCDが発売され、さらに国内においても本場のブルースミュージシャンが来日・演奏するブルースのライブイベントがいくつか開催されていました。

それがこのコラムが終盤を迎える2010年代においては、ほとんどのブルースのレジェンドがこの世を去り、国内のブルースイベントは終焉を迎え、ブルースの新たなCDもあまり発売されなくなりました。ディスクガイドとしてはじまったコラムが、小出斉自身のエッセイとなってくるのはブルースの新たなCDのリリース数の激減も大きな要因だったのでしょう。単純にCDというメディアがストリーミングに変化していった、という理由もあるのでしょうが、それ以上にブルースの音源がほぼCDで出し尽くしてしまった、というのも大きな理由なのでしょう。この24年という年月はブルースというジャンルにおいては、あまりに長い年月だったということを実感させられました。

そんな訳で、ブルース関連書籍というよりも、小出斉個人のエッセイという要素が強い本作。そういう意味では純粋なブルースの入門書的にはあまりお勧めできません。ただ、小出斉のブルースへの愛情を通じて、ブルースという音楽のすばらしさを感じされるコラムであることは間違いなく、そういう意味でもブルース好きにとっては読んで損のない1冊です。

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2024年10月26日 (土)

一世を風靡したプロデューサー

今日は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

「WOWとYeah 小室哲哉~起こせよ、ムーヴメント~」。著者はNHKのチーフ・プロデューサー、神原一光。もともと本作は、2022年にNHKで放送された「インタビューここから 音楽家・小室哲哉」をもとに、そこに追加のインタビューと取材内容を追加して構成された内容になっています。本書は3章立てとなっており、第一章は原点として、彼がミュージシャン、もっといえばプロデューサーを目指した少年時代から、デビュー、ブレイク、さらにはtrfでプロデューサーとしてブレイクするまでが語られ、第二章は小室系全盛期について、プロデュースを手掛けたミュージシャン毎に語り、第三章では現在の彼について語られています。

この第一章については、特にいろいろと興味深く感じさせる部分がありました。特に渡辺美里への提供曲について、「My Revolution」をめぐるエピソードは有名ですが、次作の「Teenage Walk」について語られている点。「Teenage Walk」の提供により楽曲の引き出しが増えて、自信になったという話は興味深く感じました。「Teenage Walk」は楽曲としては決して有名曲ではありませんが、その後の「悲しいね」や「ムーンライトダンス」などの原点になったような曲。小室哲哉本人にとっても意味のある曲だったというのは興味深く感じました。

また、観月ありさに「TOO SHY SHY BOY!」を提供した時の話もなかなか興味深かったです。リアルタイムで知っている身としては、あの頃の小室哲哉はもうTMでブレイクして久しい時期で、既に「大物」というイメージがあったのですが、本人が語るところでは、まだまだ楽曲提供者としては駆け出しのペーペー、といったイメージだったのですね。ここらへんも興味深く感じました。

このように興味深い話も少なくなかったのですが、全体としては、小室ファンならばどこかで聴いたことあるような話が多く、正直言って、この本ではじめて小室哲哉の知られざる側面を知った!という話は少なかったように感じます。小室哲哉に関するエピソードを、本人インタビューによる裏付けとともに卒なくまとめている、といった印象で、そういう観点ではよく出来ている内容ですし、ファンならずとも小室哲哉という人物に興味がある人とっては楽しめる内容だったのではないでしょうか。

ただ、一方で本書で大きく気になってしまう点が2つありました。まず1つは著者の神原一光。NHKのチーフプロデューサーであり、音楽の専門家ではありません。そのため、本書では「取材を重ねた」と記載されていますが、音楽面での深い考察はほとんどありません。小室系の全盛期といえば、J-POPも全盛期に近く、メインストリームやサブカルチャーでも数多くのミュージシャンが登場してきた頃ですが、他のミュージシャンたちと比べての小室哲哉の立ち位置といった話もありません。終章では「坂本龍一亡きいま『シンセサイザー音楽の第一人者』というバトンが、小室に託された感がある」という記載にはちょっと仰天してしまいました。確かに坂本龍一と小室哲哉はお互いをリスペクトしていまし、坂本龍一もメインはピアノなので、音楽の根幹は鍵盤楽器ですが、彼の活動をある程度知っていれば、「シンセサイザー音楽の第一人者」とは書かないと思います。坂本龍一=YMO程度の知識しかない素人レベルの記載にちょっとビックリしてしまいました。

もうひとつ、こちらの方がむしろ非常に残念に感じたのですが、第三章で小室系全盛期の話題が語られた後、一気に話が現代に飛んでいる点は非常に残念に感じました。特に2000年代以降、小室哲哉はともすればどん底と言えるまで低迷しています。宇多田ヒカルのデビューに衝撃を受けた話はよく語られていますし、本書でも語っていますが、正直、話として出来すぎていて、個人的には若干眉唾モノで、話半分でとらえています。それより音楽的にもこの時期の小室哲哉は明らかに迷走しており、金銭面でもプライベートの面でもトラブルが相次いでいます。さらには詐欺事件まで起こしていることは万人が知っていること。プライベートな側面まで掘り起こす必要はありませんが、ただ、この時期の話も、ちゃんと語っていることもあるだけに、小室哲哉をテーマにする以上は、逃げずにしっかりと取材してほしかったな、ということは強く感じました。この時期がほぼスルーされているのは、小室哲哉の本として画竜点睛を欠いているように感じます。

もっとも、小室哲哉のインタビューを読んでいると、基本的にこの人は本当に音楽が好きなんだな、ということは強く感じます。特に本書では、「プロデューサー」という側面をよく語っているだけに、序盤では音楽のビジネス的な側面を強調して語っており、あまりに「お金儲けの道具」的に音楽を捉えている話に最初引いてしまった部分もあるのですが、特に第二章でプロデュースを手掛けた楽曲について語る時は、嬉々として音楽について語っており、純粋に音楽が好きなんだな、ということを強く感じました。まあ、これは以前から感じていたことなのですが・・・。

そんな訳で、先にも書いた通り、小室哲哉というミュージシャンについて、インタビューを中心によくまとめらている一方、取材としての突っ込みの弱さも感じてしまいました。個人的には、この段階で書く小室哲哉の書籍ならば、もうちょっと音楽的にも彼の活動的にも深堀してほしかった感は否めません。楽しめた本なのは間違いありませんが、残念な部分も感じてしまった1冊でした。

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2024年10月21日 (月)

今のR&Bを俯瞰的に理解できる1冊

今回も最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

音楽ライターの川口真紀とつやちゃん監修による「オルタナティヴR&Bディスクガイド」。主に2010年代以降のR&Bシーンにおける新しい潮流である「オルタナティヴR&B」について網羅的に紹介したディスクガイド。2009年から現在までのR&Bシーンを「萌芽期」「成熟期」「百花繚乱」と名付け、それぞれ代表的なアルバムを紹介。加えて韓国と日本のオルタナティヴR&Bに連なるアルバムを紹介しています。

オルタナティヴR&Bという名称、一応、Wikipediaでもページがあるようですし、ジャンルとして一般的に呼ばれているものではあるようです。ただ、広く使われている用語かと言われると微妙な部分はありますし、オルタナティヴR&Bという括りでのディスクガイドはおそらく本書がはじめてではないでしょうか。私自身、ここで紹介されているミュージシャンやアルバムを「オルタナティヴR&Bだ」と認識していた訳ではありませんが、なんとなく「今時のR&B」として認識していたミュージシャンばかり。あらためて今のシーンを自分の中で整理し、俯瞰するには最適な1冊となっていました。

また、本書の大きな特徴として、ディスクガイドというタイトルなのですが、コラムが非常に充実しているという点。これにより、オルタナティヴR&Bに属するミュージシャンたちや作品が、音楽シーンの中でどのような立ち位置でどのような意味を持っていたのか、わかる構成となっています。さらにはフランク・オーシャンやSZAという重要ミュージシャンたちのインタビュー記事も紹介。こちらに関しては海外のインタビュー記事の邦訳であり、独自のインタビューではないものの、オルタナティヴR&Bを代表するミュージシャンたちの貴重なインタビュー記事は読みごたえ十分。ディスクガイドと題しながらも、このようなコラムやインタビュー記事が占める割合も多いため、オルタナティヴR&Bの入門書としても楽しむことが出来る1冊となっています。

そしてこの本を読むと、あらためて2010年代においてオルタナティヴR&Bと称されるようなミュージシャンが、特に2019年以降を「百花繚乱」と題されるように、広く浸透していったのかが実感できます。序盤はFrank OceanやThe Weekndのアルバムが続けて紹介されているなど、かなりミュージシャンの数も限られているのですが、取り上げられているミュージシャンの数やアルバムも徐々に増えていき、最後は本当に数多くのミュージシャンたちの名前がシーンに登場してきます。日本における影響も興味深く、名前だけ知っているミュージシャンや、名前も音も全く聴いたことのないミュージシャンもいて興味が湧きました。ただ、若干小袋成彬はいいミュージシャンだとは思うのですが、ちょっと評価が高すぎるような気もしないではないのですが・・・。

さらにこうやってオルタナティヴR&Bのシーンを取り上げられて改めて感じるのは、最近、J-POPの評価が高くなったり、洋楽を聴かず、邦楽で十分と考えるような若者が増えてきたというニュースもありますが、なんだかんだ言っても、まだまだ洋楽と邦楽には差があるな、ということを感じてしまいました。やはりサウンドの先駆性に感じては洋楽の方が一歩先を行っているのは間違いありません。今回取り上げられているミュージシャンたちを見てみても、邦楽勢にも素晴らしいミュージシャンは多いものの、一歩後塵を拝しているのは間違いなく、そういう意味でも、洋楽と邦楽は、例えるならば現在でもMLBとNPBくらいの差はあるだろうな、ということをあらためて感じてしまいました。

アルバムの紹介などには固有名詞が多く、その点、若干読んでいて読みにくさを感じた部分はマイナスなのですが、その点を除いて、現在のR&Bシーンを俯瞰するには最適な1冊。現在のR&Bシーンはもちろん、洋楽シーン全体に興味がある方にもおすすめしたいディスクガイド。私もこの本を読んで、あらためて今のR&Bシーンに対する見方が変わったようにも思います。あらためて、オルタナティヴR&Bの作品をいろいろと聴いていきたいと感じさせてくれる1冊でした。

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2024年10月18日 (金)

偉大なるドラマーへ捧げる評伝

今日は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

世界を代表するロックンロールバンド、THE ROLLING STONES。そのオリジナルメンバーでありドラマーのチャーリー・ワッツ。2021年に80歳で惜しまれつつこの世を去った彼。偉大なるバンド、ローリング・ストーンズの独特のリズムを担っていたメンバーの死は音楽シーンに大きなショックを与えました。本作は、そんなチャーリー・ワッツの生涯を綴った公認の評伝「チャーリー・ワッツ公認評伝 人生と時代とストーンズ」(原題 Charlie’s Good Tonight: The Life, the Times, and the rolling Stones:The Authorized Biography of Charlie Watts)。作者は30年以上にわたりストーンズの取材を続けてきたジャーナリストのポール・セクストン。「公認評伝」というタイトルの通り、遺族からの承諾も取れた1冊となっているそうです。2022年9月にまずは本国イギリスで出版。昨年8月に邦訳が日本でも出版され、私も遅ればせながら本書を読んでみました。

全392ページからなる、かなりの重厚感もある本作。遺族からのインタビューも多数収録されているほか、前文にはミックとキースがコメントを寄せています。全9章から成り立つ本書は、チャーリー・ワッツの人生が、ストーンズの歩みと共に語られているほか、章の間には「バックビート」と称して、そのチャーリー・ワッツの人柄に関する様々なエピソードも挿入されています。

やはり本書を読んで強く印象付けられるのは、間違いなくチャーリー・ワッツの人柄の部分でしょう。いままでもわかってはいたことなのですが、破天荒なミックやキースと比べると、彼の性格を一言で言えば、圧倒的な常識人。バンドを離れた彼は、なによりも家族を大切にする心優しき英国紳士。ストーンズのメンバーの中で唯一離婚歴がないのは彼ですし、また、ストーンズといえば(特にキース)、薬物というイメージとは切っても切り離せない中、チャーリーも一応経験こそあるようですが、ほぼ無縁。ストーンズという世界を代表する巨大バンドのメンバーでありながらも、彼の日常のエピソードは、そんな常識人としてのエピソードが多く、奇人変人的なエピソードの多いミックやキースと比べると、読んでいて親しみやすさすら感じられました。

ただ一方で、もちろん、あのストーンズのドラマーとして第一線で活動し続けた彼が、凡人と同様の「一般人」である訳はありません。特に要所要所に感じさせる彼の「こだわり」のエピソードも数多く紹介されています。特にファッションに関しては、かなりのこだわりがあったようで、そんな彼のファッションに対する思いを感じさせる話や、またコレクター気質もあったそうで、そんなエピソードも数多く紹介されています。すごく下世話な言い方をすると「おたく気質」があったんだろうな、と感じてしまうチャーリー。ただ、そんなこだわりのエピソードもまた、どこか親近感も覚えてしまいます。

また、特にストーンズに関する興味深いエピソードとしては、彼自身、非常に音楽に対して幅広い好奇心を示していたという点。ストーンズと言えば、スタートはブルースの影響を強く受けたバンドだったのですが、その後、時代が下るとレゲエやディスコなどの要素を取り入れた曲も発表しているのですが、どちらかというと新しいジャンルの音楽に関して消極的なキースに対して、ミックと、そしてチャーリーはそういった新しいジャンルの音楽をかなりポジティブに捉えていたエピソードが語られています。チャーリーと言えば、もともとはジャズドラマーとしてそのキャリアをスタートさせており、生涯、ジャズを愛好していたことはよく知られていますし、また、クラシック音楽に対しても興味があったとか。ジャンルを問わず、様々な音楽へと興味を抱いていたエピソードの数々には、彼が心の底から音楽が好きだったんだろうなぁ、ということを強く感じました。晩年、インターネットに対してはほとんど興味を示さなかったそうで、音楽とそれ以外のテクノロジー的な部分との興味の持ち方への差がまたユニークにも感じました。

本当にチャーリー・ワッツに関する、そして彼に関連するストーンズに関するエピソード満載の評伝で、ワクワクしながら読み進めることが出来た1冊となっていました。また、もうひとつ大きな特徴だったのは、洋書の和訳本なのですが、日本語が非常に読みやすかったという点。音楽関連の評論書の邦訳本などは、和訳がこなれていない部分が多く、読んでいて非常に読みにくいというケースも多々あるのですが、本書に関しては和訳を手掛けた久保田祐子の文章力が優れている影響でしょうか、違和感なく読み進められる和訳となっており、スラスラと読み進めることが出来ました。

チャーリー・ワッツのファンはもちろんですが、まずはTHE ROLLING STONESが好きだったのならば、間違いなくお勧めした評伝。かなりボリュームがある内容ですが、興味深いエピソード満載で読み応えもあり、一気に読み進めることが出来た1冊。チャーリー・ワッツという人物の人柄が伝わってきて、また彼がいかに素晴らしい人物であったか、ということをあらためて感じられた評伝でした。

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2024年10月 5日 (土)

60年代ブリティッシュ・ロックの奥深さを知る

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

MUSIC MAGAZINE増刊のアルバム・セレクションシリーズの最新作。「60年代ブリティッシュ・ロック」。同シリーズは音楽雑誌の「ミュージック・マガジン」の増刊として発行しているディスクガイドの1冊。当サイトでもいままで何度か紹介してきましたが、最新シリーズは音楽評論家の大鷹俊一監修により、タイトル通り、60年代のイギリスのロックのアルバムを紹介する1冊となっています。

基本的にはディスクガイドとして非常にオーソドックスな1冊。本書に限らず、当シリーズは同じような構成なのですが、前半はミュージシャン毎にコーナーが設けられ、各ミュージシャンの略歴と代表的なアルバム数枚の紹介。ここではビートルズ、ストーンズにはじまり、キンクスやTHE WHO、ジミヘンやCREAM、ピンク・フロイドにキング・クリムゾン、デイヴィット・ボウイまで60年代イギリスの代表的なミュージシャンがズラリと並びます。ジミヘンはアメリカのミュージシャンですが、デビューはイギリスなのでこちらの枠組みということなのでしょう。

後半は1960年から1969年までのアルバムを、1年毎に区切ってリリース順に紹介。こちらにはレッドツェッペリンやエルトン・ジョンのアルバムも紹介。時代に沿ったイギリスのロックシーンの流れをつかむことが出来ます。どちらもセレクトされているミュージシャン、アルバムについては基本のミュージシャンやアルバムがしっかり抑えられており、「入門書」としてもしっかり機能するようなアルバムとなっています。

さて、本書を読んで驚かされた点が2点あります。それが、1960年代におけるイギリスのロックシーンの充実ぶりと、このわずか10年という期間のロックシーンの発展のすさまじさでした。

1960年代におけるイギリスのロックシーンの充実ぶりについては、本書のイントロダクションの冒頭に、監修の大鷹俊一自身で「60年代ブリティッシュ・シーンにはロックの魅力と秘密のすべてが詰まっている」と書いていますが、まさにその通り。ここで紹介されているイギリスのミュージシャンたちだけで、ほぼ60年代のロックシーンを語れてしまうのではないか、というほどのメンバーがそろっています。このディスクガイドでは、あらためてその事実を突きつけられて、あらためてこの時期のイギリスのロックシーンの充実ぶりに驚かされました。

これは単なる推測なのですが、イギリスという土地柄、アメリカと一定の距離があったために、アメリカで盛んになってきていたブルースやソウルというブラックミュージックを、差別的な感情なしに接することが出来、その結果、見事にブリティッシュ・ロックという形で花開いたのでしょう。もちろん、アメリカと同じ英語圏であり、歌がアメリカという巨大消費地で容易に受け入れられたという点も大きな要素なのでしょうが。

また、60年代というわずか10年でのロックの発展ぶりにも驚かされます。1960年のロックは、まさにオールディーズと呼ばれるようなシンプルなロックンロールだったのに、そこからわずか10年で、ブルースロックにサイケやプログレまで花開き、1969年にはキングクリムゾンの「In The Court Of The Crimson King」がリリースされているという発展のスピードには驚かされます。このディスクガイドで紹介されているミュージシャンやアルバムの登場が、わずか10年の間という事実には、あらためて驚かされました。

そんな本書なだけに、60年代ブリティッシュ・ロックの・・・というよりは、60年代のロックの入門書と言ってしまってもいいような1冊。アルバムの紹介も、ミュージシャンの略歴やアルバムリリースの背景にもちゃんと触れられており、その点でも入門書としてもピッタリの1冊だったと思います。あえていえば、ミュージシャンの略歴などで60年代で終わらせてしまっており、70年代以降の活躍があまり触れられていない点は、本書の性格として仕方ないとはいえ、ちょっと残念にも感じるのですが・・・。内容的にも比較的シンプルで、必要十分な知識がまとめられており、著者の好みや癖などもあまり感じられず、そういう意味でも非常にオーソドックスなディスクガイド。60年代ブリティッシュ・ロックの魅力をあらためて感じた1冊でした。

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2024年8月 9日 (金)

小山田問題の全てがわかる!

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介。ただ、「音楽」というよりも社会問題に対するドキュメントの体が強いのですが。

「小山田圭吾 炎上の『嘘』 東京五輪騒動の知られざる真相 」。ノンフィクション作家、中原一歩による作品。当サイトに来てくださっている音楽リスナーなら当然承知のことと思いますが、2021年の東京オリンピック・パラリンピック開会式の音楽担当として公表されたCorneliusこと小山田圭吾をめぐる一連の騒動を追ったノンフィクション作品。彼が過去におこなった「いじめ」に対する発言に端を発した炎上騒動と、その結果、彼の音楽活動が継続不可能となるほどのダメージを追うことになりますが、それが本当に妥当であったのか、あらためて検証した1冊となります。

この小山田圭吾をめぐる炎上騒動については、以前、当サイトでは別のノンフィクション作品を紹介しています。こちらは批評家の片岡大右が記した「小山田圭吾の『いじめ』はいかにしてつくられたのか 現代の災い『インフォデミック』を考える」という1冊。こちらは過去に発表された雑誌やWebの記事を紐解き、丹念に小山田圭吾の「いじめ」をめぐる発言の正確性と、そのような騒動に至った背景をあぶりだしている1冊となっています。その結果、彼が「いじめ」と言われる行動を行った事実は見受けられず、むしろ問題はロッキンオン・ジャパン誌(以下「ROJ」の人格プロデュースが大きな問題である、という結論に至っていました。

本書に関しても、基本的な方向性はほとんど変わりありません。彼が小中学生で行った悪ふざけのような行動はあったものの、「いじめ」と認定されるほどの悪質なものではなく、彼の発言が「ROJ」の巧みな印象操作に使われてしまったものである、という点は、片岡の著書の結論とほどんど変わりありません。ただ、基本的に既発表のメディア等から事実を導き出した片岡の著書に対して、本書では、この騒動に関する関係者に対してインタビューを試み、小山田圭吾やマネージャーへの取材や、さらには和光学園時代の同級生にも取材を実施。今回の騒動に関しての「事実関係」についてしっかり裏付けがとられています。その点、非常に読み応えがあり、まさに今回の騒動の「全て」がわかるような力作となっていました。

本書を読んで、まず強く感じたのは、この騒動を通じて、既存メディアの問題が非常に大きく浮かび上がってきた、という点が印象的でした。まずは今回の騒動、ちょっと調査を行えば、彼が雑誌で述べたような「いじめ」行為を行っていなかったことが直ぐにわかるかと思います。しかし、ゴシップメディアはもちろん、この騒動を最初に取り上げた一般紙である毎日新聞をはじめ、大手メディアに至るまで、この騒動の裏付けをほとんど行っていませんでした。私の記憶だと、女性週刊誌1誌だけ、関係者の取材記事を載せていて、そのような「いじめ」は認められなかった旨を記載していたかと思いますが、他は正誤が明らかでない雑誌記事の発言や、ともすれば雑誌記事を切り貼りしたウェブサイトをそのまま鵜呑みにして小山田圭吾を糾弾していました。ともすれば彼の音楽家人生を脅かされないほどの炎上騒動に対して、事実の裏付けも行わず、炎上する世論を煽り立てるかのようなやり方は、メディアとしての矜持に疑問を抱かざるを得ません。

さらに本書で大きな問題としているのが、片岡の著書でも大きな問題と感じた「ROJ」の姿勢でした。今回、取材において、小山田サイトが「ROJ」に直接、炎上騒動に関しての記事の訂正を依頼しています。しかし、「ROJ」の山崎編集長は、自らの誤りであるにかかわらず、この訂正を拒否しています。また、この事実に関して、中原の取材も拒否しており、同じ「いじめ」記事を取り上げたQuick Japanの村上清が、長文のコメントで、記事に関しての意図や自らの誤りに関してコメントしていたのに対してあまりに正反対の対応は、ただただひたすらカッコ悪いの一言に尽きます。「ROJ」は以前から、自らをロックジャーナリストぶりながらも、音楽をめぐる社会問題から逃げ回っている印象を強く持っていましたが、本書では、そんな「ROJ」のみっともなさ、カッコ悪さを強く糾弾しています。本書の最後で、「ROJ」山崎編集長に対する小山田圭吾の疑問がインタビューの中で語られていますが、この一言はおそらく中原にとって、ぜひとも引き出したかった一言ではなかったか、と強く感じました。

もちろん小山田サイトに非がなかったかというと、そういう訳ではありません。「ROJ」のインタビューについても、編集者側とのある種のなれあい的な関係が、安直な発言に至ってしまった点は、「ROJ」側の悪意的な切り取りがあったことを差し引いても、小山田圭吾に非があったのは否めません。また、オリンピック以前にも彼の「いじめ」発言に関しては何度か炎上しているのですが、その際、小山田サイドが無視した理由も今回語られています。ここらへん、マネージャーとしては今となっては当時の決断を悔やんでも悔やみくれない旨を語っていますが、この点のメディアリテラシーや危機管理体制の意識の低さについても、小山田サイドの非は少なくなかったと思われます。

ただ、彼が行ったという小中学生時代の「悪ふざけ」については、確かに小山田圭吾にも非はあるかと思いますが、少なくとも「いじめ」として30年以上経た今、糾弾すべき事実とは思いません。私自身、ここで記された程度の「悪ふざけ」を受けた記憶はありますが、なんだかんだいっても「悪ふざけ」を行った相手とも、その後も腐れ縁的な友人関係が続きましたし、また私自身、このような「悪ふざけ」を小中学生時代に全く行ったことがないか、と言われると、胸を張って潔白といえる自信はありません。この「悪ふざけ」について非難している方については、逆に胸に手を当てて自分が潔白と言えるのか、かなり疑問に感じざるを得ません。

唯一残念だったのが、小山田圭吾の「悪ふざけ」の「被害者」とされる人物へのインタビューが行えなかったこと。彼らがその当時、そして今、小山田圭吾に対してどのような感情を抱いているかわかれば、より事件が多面的に見れたと思うのですが・・・その点は非常に残念です。

そんな残念な点はあったのですが、そこを差し引いても今回の表題の通り、「小山田問題の全てがわかる!」と言える、事実関係を丁寧に追い、今回の問題に関して様々な視点から事実は何かを追った力作。片山の著書に関しては「小山田問題にモヤモヤするファンに」と書いたのですが、本書は小山田問題を知っている全音楽ファンに読んでほしい1冊だと思います。特に、今回の騒動に関して、小山田圭吾の生い立ちから記されており、その中にはフリッパーズの解散にまつわる話や、小山田圭吾と小沢健二の関係性についての記載もあり、この点、音楽ファンにとっても読みごたえのある取材内容となっていました。これこそがまさに「取材」だと感じさせる、まさにジャーナリストとしての矜持を感じさせる1冊。かなり強くお勧めしたいノンフィクション作品です。

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2024年7月19日 (金)

ヨーロッパ3部作を堪能

今回も最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「バハマ・ベルリン・パリ〜加藤和彦ヨーロッパ3部作」。ザ・フォーク・クルセイダーズやサディスティック・ミカ・バンドでの活躍でもおなじみの加藤和彦が1979年から1981年にかけてリリースされたアルバム「パパ・ヘミングウェイ」「うたかたのオペラ」「ベル・エキセントリック」の3枚。ベルリンやパリなどで録音が行われ、また音楽的にもヨーロッパの音楽に向き合ったアルバムとして「ヨーロッパ三部作」と呼ばれています。音楽的な評価もかなり高く、J-POP史上に残る名盤としてあげられることも多いこの3枚ですが、そのレコーディング風景を関係者の証言により綴られたのが本作。さらにはこのヨーロッパ三部作のCDも封入されています。もともと2014年に発売されていたものの、その後、絶版。ただ、先日も紹介した映画「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」公開にあわせて再販され、私も手にとってみました。

書籍の方は、このヨーロッパ3部作の各々のアルバムについて、レコーディング時のエピソードが綴られており、さらには加藤和彦手書きによるコード譜や安井かずみの手書きの歌詞、当時の貴重な写真などもおさめられています。A4版サイズの大きめの書籍に、当時を物語る写真や貴重な資料が載っており、見ごたえは十分。ファンにはたまらない資料を楽しむことが出来ます。

ただ、書籍のメインとなるレコーディング風景を綴った本文の方はそんなにボリュームは多くありません。先日の映画でも語られていたエピソードも多く、ここだけを目当てとすると、若干、物足りない部分もあるかもしれません。とはいえ、それを差し引いても、レコーディング当時のエピソードが数多く語られており、こちらも資料的価値は十分。特に加藤和彦というと、かなりこだわりの多い天才肌のミュージシャンというイメージがあり、この証言でもそのエピソードが多く語られていますが、一方、歌詞の世界観については安井かずみが直接指示をしていたり、また加藤和彦の歌い方についても安井かずみが指導していたり、(映画でも語られていましたが)まだ決まっていないイントロ部分を坂本龍一に任せせたりと、天才肌というとよくありがちな、全部自分でやらないと気が済まない、というタイプではなく、音楽的なこだわりは強いけど、いろいろな人に適材適所に任すスタンスだったということを感じます。もともと、フォークルというバンド出身で、その後もミカバンドのようなバンドを結成していたので、そういったバンド気質を持っていたのでしょうか。

そして本作最大の魅力は、なんといってもヨーロッパ3部作がそのままCDで封入されている点でしょう。ストリーミングで聴けるようになった昨今では以前ほどの貴重性はないかもしれませんが、それでもボーナストラック付で3部作がそのまま収録されており、お値段5,500円というのはかなりのお得感があります。2014年の初版の時はプラスティックケースにおさめられてスタイルだったようですが、残念ながら復刻版では、本の裏表紙部分にポケットがついて、そこに収納されているスタイル。その点はちょっと残念とはいえ、レコーディングのエピソードを読みながらヨーロッパ3部作を聴けるというのは、かなり貴重な体験と言えるでしょう。そんな訳で、その名盤3枚を簡単にレビュー。

Title:パパ・ヘミングウェイ
Musician:加藤和彦

ヨーロッパ3部作の冒頭を飾る1枚であり、おそらく、J-POPの名盤ガイドではもっとも紹介されるケースの多い作品ではないでしょうか。この作品だけは、以前聴いたことがありました。バハマとマイアミで録音された本作はエキゾチックさ満載で、そんなレコーディングの場所も反映されたのでしょうか、3部作の中では南国の雰囲気を感じさせる空気感も漂う作品となっています。

ただ、ちょっと気になったのは加藤和彦自身のボーカル。彼自身、やはりこのスタイルに歌いなれていなかったのか、聴いていて若干チグハグな印象は否めません。正直言って、聴いていてちょっと気になってしまった部分でした。しかし、そのボーカルをおぎなってあまりあるかのようなサウンドの面が非常に魅力的。ドラムスに高橋幸宏、ピアノに坂本龍一というYMOのコンビに、ギターが大村憲司、ベースが小原礼という今となっては「レジェンド」が揃っているようなバンドメンバーが奏でるサウンドは、フレンチっぽさを感じつつも、バックにはどこかソウルミュージックにも通じるようなグルーヴ感もあり、聴けば聴くほどはまってしまうような魅力があります。

メロウな作風はAOR、さらには今で言えばおそらくシティポップに通じるようなサウンドと言えるでしょう。今聴いても全く時代遅れのようなものを感じない作品で、奥深いそのサウンドは何度聴いてもあらたな発見があるような作品。文句なしにJ-POP史上に残る名盤です。

評価:★★★★★

Title:うたかたのオペラ
Musician:加藤和彦

ヨーロッパ3部作2作目は(当時の)西ベルリンで作成された作品。バンドメンバーは相変わらず豪華で、坂本龍一が急病のためキャンセルとなったそうですが、代わりに矢野顕子が参加。さらには高橋幸宏に加えて細野晴臣が参加している他、清水信之や松武秀樹とまさに「レジェンド」たちが多く参加しているかなり豪華なラインナップとなっています。

全体的には前作よりもさらにエキゾチックさは増した感はあり、表題曲「うたかたのオペラ」は哀愁たっぷりのタンゴ。続く「ルムバ・アメリカン」はタイトル通りのルンバとエキゾチックな空気感ただよう作品に。そしてもうひとつ大きな特徴なのは、これが録音された西ベルリンという特殊な環境が与えている影響。先日の映画でも、本書の証言にも記載されているのですが、当時の西ベルリンは、共産国歌である東ドイツがまわりを囲んでいるという非常に特殊な環境で、壁をひとつ超えると、自由のない共産国歌という異質な環境が、どこかアルバム全体に影を落とすような、そんな雰囲気のアルバムに仕上がっているように感じました。

もちろん内容的には前作に引き続きJ-POPに残るような名盤であることは間違いありません。作風としては1作目と3作目の中間に立つような感じなのですが、3枚を通じて聴いてヨーロッパ3部作の移り変わりを感じられるという意味でも重要な作品だったと思います。

評価:★★★★★

Tilte:ベル・エキセントリック
Musician:加藤和彦

パリと東京で録音したヨーロッパ3部作の最終作。エキゾチックな雰囲気は3部作共通なのですが、パリという空気感を反映してか、もっともヨーロピアンな雰囲気の漂う作品となっています。

この3部作を通じて、その移り変わりとして大きな特徴と感じるのは、後ろの作品になるほど「歌」を重視した作風になってくるという点。「パパ・ヘミングウェイ」の感想でも書いたのですが、当初、加藤和彦のボーカルは正直、曲調からするとチグハグな感は否めません。しかし、2作目3作目に至るにつれて、徐々に歌い方も板についてきており、聴いているこちら側が彼の歌い方に慣れてきた、という点もあるのかもしれませんが、曲調と彼のボーカルの違和感が徐々になくなっていきました。その結果として、楽曲としてより「歌」をシフトするようなスタンスに。もちろん、「パパ・ヘミングウェイ」同様、手練れの実力派ミュージシャンによるサウンドも魅力的なのですが、それ以上に「歌」に強い魅力を感じる作品になってきていました。

そしてもう1つが、後期作になるほどシンセを取り入れた曲調が目立ってきたという点。この3部作はYMOのメンバーも制作に参加していますし、さらにはこの時期、ちょうどYMOがブレイクした時期と重なります。加藤和彦というと、常に時代の半歩先を行くような音楽性を取り込もうとするスタンスを映画でも語られていましたが、まさにこの当時、時代の半歩先を行くようなエレクトロのサウンドを、自らの楽曲にも積極的に取り込もうとしていたそのスタンスを強く感じます。

結果として、ヨーロッパ3部作の最終形とも言えるこのアルバム。一般的なJ-POPの名盤ガイドには1作目の「パパ・ヘミングウェイ」がよく取り上げられますが、個人的にはヨーロッパ3部作の完成形としての本作が、出来としてはもっともよかったように思います。間違いなくJ-POP史に残る傑作アルバム。加藤和彦のすごさを感じらえる作品でした。

評価:★★★★★

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2024年7月16日 (火)

ブレイク後の狂乱ぶりとその後のマイペースな活動を描く

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「『たま』という船に乗っていた らんちう編」。1990年に「さよなら人類」が大ヒットを記録し、一世を風靡したバンド、たま。そのドラマーであり、「たまのランニング」という愛称でも知られる石川浩司がたまの活動を綴った自叙伝「『たま』という船に乗っていた」という本を以前、刊行していたのですが、本作は、同書をコミカライズしたもの。以前、同書の分冊版を紹介したことがあり、その後、前編は「さよなら人類編」として書籍化もされたのですが、本作はその後編となります。

本書を手掛けるのは漫画家の原田高夕己。もともとたまの熱烈なファンで、今回のコミカライズも彼自らの売り込みによるものだそうです。前回も書いたのですが、画風は完全に藤子不二雄Aのパロディー。時折、そのほか昭和の漫画家の画風が混じりつつ、全体的には徐々に自らの画風を確立させようとしている最中といった感じでしょうか。前にも書いたのですが、藤子不二雄ファンの私としてはA先生のフォロワーというのは素直にうれしくも感じます。

前作では彼らの結成にまつわるエピソードから、アンダーグラウンドで徐々に活動を活発にさせつつ、90年代に一世を風靡したバンドオーディション番組「いかすバンド天国」へ出演するまでのエピソードが描かれていました。今回のエピソードは、彼らが「イカ天キング」となりメジャーデビュー。さらには当時「たま現象」とまで呼ばれた大ブレイクの時期を経て、レコ大や紅白の出演。その後、徐々に人気が落ち着き、インディーズに舞台を移して、マイペースに活動。メンバー柳原幼一郎の脱退を経て、3人組となっての活動。そしてたまの解散に至るまでの物語を描いています。

やはり一番おもしろかったのは、大ブレイクしていた時期のたまをめぐる世間の狂乱ぶり。レコ大や紅白出演時のエピソードやかなり多忙だった時期のエピソード、強烈なファンのストーカーぶりやコンサートでのエピソードなど、人気に浮かれていたというよりも、メンバーの困惑ぶりが伝わるような内容になっています。ただ、今だからこそ思うのですが、彼らみたいなある意味「アングラ」むき出しのバンドが、その音楽性のまま、あれだけの人気ぶりを見せたのは、やはり異常だったと思うし、だからこそ「たま現象」など言葉も生み出されたのでしょう。

それは本人たちが一番よくわかっていたようで(漫画内のセリフで知久が「10人が10人自分たちの音楽が好きだったらおかしい」という発言をしていますし)、それだけにその後、人気が落ち着いてきた後も、そのこと自体に全く悲壮感などはありません。これは原書の方に書いてあったのですが、人気が落ち着いた後は、ライブ動員もCDの売上もほとんど変わらなかったそうで、また最後まで音楽だけで食べていける人気を保ち続けていたそうです。実際、漫画でも、最後の解散ライブまで一定以上の人気は確保していたことがうかがえ、それだけに人気面で気にしなくてもよいマイペースな活動ぶりは漫画からも伝わってきます。

さて今回のコミカライズに関しては、基本的に原書を元にしながらも、新たなエピソードなどを加えた他、原書のエピソードも上手く組み合わせてよりドラマ性を強調した構成になっていました。例えば、たまを大絶賛し、「『たま』の本」を遺作として記した評論家の竹中労とのエピソードも、原書ではただワンパラグラフだけで登場する話なのですが、漫画版では同じエピソードを上手く分解して、物語の中に上手く配することによって、竹中労とたまの出会いから最後に会ったエピソードまで、よりドラマチックに表現しています。たまの解散に関して、知久寿焼がたまを辞めると言い出したエピソードにしても、原書では比較的あっさり書いているのに対して、漫画版では大コマや絵を効果的に用いることによって、非常に心に来る表現となっており、読んでいて思わずジーンと感じるものがありました。全体的に物語の組み立てや、絵の効果的な表現の上手さを強く感じますし、まただからこそ画風はA先生のパロディーでも、違和感なく楽しむことが出来たのでしょう。

また、もうひとつ印象的だったのは、原書に比べて、原田高夕己の漫画となったことによって、これがあくまでも石川浩司によるたまのエピソードだ、というイメージが読んでいて強くなったように感じます。原書の方は、あくまでも石川浩司の一人称で物語が進んでいくだけに、これがあくまでも石川浩司によるたまのエピソードである、ということを逆に意識せずに読み進められたように思います。しかし、漫画版では原田高夕己によるコミカライズによって、客観性も加わることによって、逆にこれがあくまでも石川浩司視点での物語である、ということが強調されたように感じます。それだけに、他のメンバーは同じエピソードをどのように見ていたのか、興味を抱いてしまいました。

そして何より、この漫画が優れていたのは、読んでいてあらためてたまの音楽を聴いてみたいと感じさせてくれる力量があったという点でしょう。物語の中でも要所要所にたまの曲の歌詞が登場してきますし、ライブ風景も描かれていますが、あらためて、彼らの音楽を聴いてみたい、そう強く感じさせる物語でした。国民的ブレイクの後に、人気が落ち着いてしまうと、短期間で解散に至ってしまうバンドが大多数の中、たまというバンドは、アンダーグラウンドシーンに登場し、国民的ブレイクを経て、最後はマイペースな活動を長く続けてその活動を終えるという、ある意味、非常に稀有なバンドです。それだけに、彼らをめぐるエピソードは興味深く楽しむことが出来ました。たまというバンドが初耳の方や「さよなら人類」のブレイクしか知らない方にも、ひとつのバンドの物語としてお勧めしたい1冊です。あらためてたまというバンドのすばらしさを感じることが出来、かつ、純粋にバンドの物語を楽しむことが出来た1冊でした。

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2024年5月25日 (土)

本人朗読によるエッセイにドキドキ

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

シンガーソングライターの柴田聡子によるエッセイ集「きれぎれのダイアリー 2017~2023」。もともと、文芸春秋社の文芸誌「文學界」に、足掛け7年にわたって連載されたエッセイ「きれぎれのハミング」をまとめた単行本です。

もともとこの書籍自体は、昨年10月に販売されたもの。今回、ちょっと遅ればせながらチェックしてみた理由というのは、こちらのオーディオブック版がリリースされたのですが、このオーディオブック版は、なんと柴田聡子本人の朗読によるもの。柴田聡子の日記形態のエッセイを、本人朗読により聴くことが出来る、これってなかなかのドキドキ体験じゃないですか?

このエッセイ集は、基本的に各月毎に、柴田聡子が日々の生活で感じたことを綴った作品。いわば日記形式のような作品になっています。内容的にはミュージシャンとしての日々、のようなエッセイもあるのですが、それは全体のほんの一部。ほとんどが彼女の日常生活を綴ったエッセイとなっています。

そんな彼女の日常を、彼女自ら読み聞かせてくれる訳ですから、なんか彼女のプライベイトをいろいろと教えてもらっているようで、聴いていてなんかドキドキしちゃいます。失礼ながら彼女の朗読自体は決してうまいものではないのですが、彼女自身にエッセイを読んでもらえる、それだけでオーディオブック版を聴く価値があるようにも感じます。

ちなみに肝心のエッセイの内容の方ですが、意外といったら大変失礼なのですが、柴田聡子の文才を感じさせる文章が非常に魅力的。視点もなかなか独特な部分もありつつ、文体もなかなかユニーク。今回はオーディオブック版なのであくまでも耳から入ってきた情報なので、実際に読んでみるとまた印象が異なるのかもしれませんが、そのユニークな表現は読み手を惹きつけるものを感じます。

特に最後に行けばいくほど、こなれてくる印象があり、表現のユーモアさが増した印象も。後半の「なぜ引越しの手伝いに呼ばれないのか」で、引越しの手伝いに呼ばれない自分を嘆きつつの自己アピールはかなりユニークでおもわず笑ってしまいましたし、「からだが夏になる」も、タイトルから想像できるような、T.M.Revolutionの歌詞に合わせたエッセイの内容が非常にユニークでした。

また、個人的に彼女の熱心なファンではなかったので、このエッセイではじめて知ったのですが、彼女、学生時代はバスケ部に所属していたのですね・・・。正直、風貌的に、あまりスポーツウーマンというイメージが全くなかったので、意外や意外、体育会系女子だったのはかなり意外でした。さらに、彼女、結構、ミーハーだったのが意外な印象。安室奈美恵やビヨンセ、BTSまで登場してくるのは、ちょっと意外な印象も受け、柴田聡子の意外な一面を感じることが出来るエッセイ。このエッセイを聴いて、あらためて彼女の曲を聴いてみたくなりましたし、やはり一度ライブに行ってみたくもなりました。

さて最後に。彼女の本とは直接関係ない話。今回、はじめてオーディオブックというものを体験してみました。率直に言ってしまえば、個人的には今後、積極的にはオーディオブックを聴いてみることはないかな、という印象。自分のペースで読み進めたり、戻ったり、流し読みしたりすることが出来ない(出来ないことはないけど面倒くさい)し、あとから読み返すのも難しいし、聴いている間、ずっと集中していないと、気を抜くと読み飛ばしちゃうし。少なくとも、紙媒体で販売している本の朗読版は、こういう特殊ケース以外は、もう手を出さないかな。個人的にはオーディオブックについては、いまひとつはまりませんでした。

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2024年5月17日 (金)

ブラジルの音楽シーンの奥深さを知る

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「ブラジリアン・ミュージック200」。タイトル通り、ブラジルの楽曲を200曲紹介し、ブラジリアン・ミュージックの世界を紹介している1冊。著者の中原仁はJ-WAVEの人気番組「サウダージ!サウダージ」を永年手掛け、ブラジル音楽と文化を精力的に発信していることでも知られる音楽プロデューサー。山下洋輔やスカパラのブラジル公演制作にも従事したそうです。

ブラジルを代表する楽曲200曲を集めている、その情報量にまずは圧倒。1899年のブラジルのポピュラーソング第1号と言われる「オ・アブリ・アラス」という曲からスタートし、時代別に羅列。そのどの曲もオリジナル曲にカバー曲の音源まで紹介。ラストは2008年の「アイ・シ・エウ・チ・ペゴ」まで、100年以上の期間にわたる楽曲を紹介しています。

そのどの曲に関しても、概ね400文字程度の比較的短い紹介文が付されています。ここでも様々な曲にまつわるエピソードや関連するような情報を紹介。また、その曲紹介の合間にはコラムとして、200曲におさまりきらないその他の楽曲なども紹介。1曲あたりの情報量は比較的短めながらも、全体をまとめると、その情報の多さに、著者のブラジル音楽に対する深い造詣を感じます。

また、本書の大きな特徴として、同書で紹介している200曲のプレイリストがApple MusicとSpotifyで紹介されていること。基本的には、同書についてくるQRコードを読み取る必要があるようで、通常の検索では出てこないようです。このプレイリストで本書に紹介されている名曲たちを楽しみながら、この本を読み進めることが出来る構成となっています。

そしてこの200曲をプレイリストで聴きながら感じるのは、一言でブラジリアン・ミュージックと言っても、その音楽性の広さと奥深さを感じます。一般的にブラジル音楽というとサンバやボサ・ノヴァといったジャンルが思い起されると思います。本書でももちろん、数多くのサンバやボサ・ノヴァの名曲たちが紹介されています。ただ、本書の大きな特徴なのは、ここで紹介されているのはいわゆる「ブラジル音楽」ではなく「ブラジルの音楽」。要するに、サンバやボサ・ノヴァ以外の音楽もしっかりとフォローされています。

楽曲によっては、アフリカ音楽の影響を受けているようなトライバルな曲があったり、ロックやサイケ、時代によってはフォークソングもあれば、もちろんラップもあったり。さらにジルベルト・ジルの「Palco」という楽曲は、完全にビートルズのサージェントペッパーの影響を強く受けていますし、さらに「ホーザ・ヂ・ヒロシマ(広島のバラ)」といった、原爆をテーマとした反戦歌のような、日本人にとってはチェックしておきたい曲などもあっちります。個人的にはいろいろと聴く中で、ブラジル音楽のレジェンドで、私でもその名を知っているジルベルト・ジルの楽曲は、ブラジル音楽のみならず、ロックやソウルなど様々な音楽性を取り入れた独自の作風がとてもユニーク。非常に惹かれるものがありました。

そのように、特にプレイリストを聴きながら楽しむと、ブラジルの音楽の奥深い世界を楽しめる1冊。一言でブラジルの音楽といっても、多種多様な音楽性に強く惹かれる内容となっていました。

ただ、その上であえて言わせてもらうと・・・一方で本書、正直なところブラジル音楽の初心者に対しては、少々厳しい部分も感じました。

正直、本書の中では数多くの固有名詞が登場します。ただし、その固有名詞に対しての注釈等が本書にはありません。最後に曲名や人物名の索引が登場しますが、固有名詞がほとんど詳しい説明もなくいきなり登場するような箇所も多々ありますし、そもそも聴きなれない固有名詞が続くような文章も多く、読んでいてかなり辛い部分も。ある程度、ブラジルの音楽シーンについて知っていることを前提とするような書き方も目立ち、初心者に対してはかなり厳しい内容になっていたと思います。

実際、私自身もブラジル音楽に関しては完全な初心者。プレイリストを聴きながら読み進めたため、それなりに楽しめたのですが、もしプレイリストがなかったら、読んでいてかなり辛かっただろうなぁ、ということを感じてしまいます。この本でブラジルの音楽シーンについて体系的に知れたか、と言われるとかなり微妙なところ。著者の意図として、やはり最低限のブラジルの音楽シーンについての知識がある人をターゲットとしているのでしょうか。もし、初心者をターゲットとしているのならば、正直、紹介する曲を100くらいに絞った上で、もっと体系的に理解できるように丁寧な説明が必要だったように思うのですが。

そういう意味で、ブラジルの音楽シーンを体系的に知ろう、とするのであれば、最初の1冊としてはあまりお勧めは出来ません。ただ、プレイリストを聴きながら、ただブラジルの音楽をたくさん聴きたい、という方にとっては、非常によく出来た1冊だったと思います。また、他の書籍でブラジルの音楽について最低限の知識を仕入れた後の1冊としても最適だったかも。それはともかく、圧倒的な情報量で、ブラジルの音楽シーンの奥深さを知れた1冊でした。

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