書籍・雑誌

2024年3月29日 (金)

日本の移民について考えさせられる1冊

今日は最近読んだ書籍の紹介です。

といっても、広い意味での音楽関係の書籍。韓国出身で現在は日本を拠点に活動しているラッパー、Moment Joonによる著書「日本移民日記」。もともとは韓国のソウル出身で、2010年に大阪大学に留学し、日本に移り住んだ彼。日本における「移民」という立場から、日本の病巣をえぐった2020年にリリースされたアルバム「Passport&Garcon」は当サイトでも紹介したのですが、聴いた時点で「年間1位の傑作」と称し、実際、2020年の私的年間ランキングで1位に選ぶ傑作でした。本作は、その彼が2020年11月から翌年にかけて岩波書店のWEB「たねをまく」に掲載されたエッセイを中心にまとめた1冊です。

「移民」として日本に在住する彼が、その立場の視点から日本での暮らしを描写した内容になっているのですが、彼の立ち位置というのがユニークで、韓国からの移民として話題になる、戦時中に日本に移民した在日韓国人でもなく、経済的な理由から日本に来たようなブラジル系の外国人でもなく、最近一部で話題となっている政治的理由での難民でもありません。ただ日本が好きで日本に移住してきた彼は、おそらく日本にいる外国人の中での割合としては実はかなりの比率を占めるのかもしれませんが、このように「移民」として自らの視点から語られるのは、逆に珍しいように思います。

そんな彼だけに、日常の中で感じられる外国出身であるからこそ感じられる違和感という視点が非常に興味深く感じられました。特に第1章で指摘される外国人をひとつの「キャラクター」として認識されるという指摘は非常に鋭く印象的。また、第2章で指摘されている日本語がうまいと「〇〇さんは心が日本人」と言われることがよくある、という指摘も印象に残ります。おそらく、言った本人としては決して差別をしようとして言ったのではないでしょう。ただ、いずれの事象も私たちが心の中で薄っすらと持っている、外国人を自分たちとは異質の存在として識別している感情の発現。言われた人たちがやはり嫌な思いをする時点で、言った本人に「悪意」がなかったとしてもやはり一種の「差別」的な言動である点は認識すべき話なのかもしれません。

音楽的なエッセイもあって、第5章、第6章では、HIP HOPにおいて、いわゆる「Nワード」(差別用語)がどのように使用されているのかを分析しています。本人の修士論文の触りを要約した内容だそうですが、特に日本においてこの差別用語がHIP HOPでどのように使用されているかの指摘が非常に興味深く感じます。日本のHIP HOPでは「Nワード」が「社会的文脈」ではなく「ヒップホップの文脈」でのみ行われている(要するに「差別」ということに対して意識的に取り組んでおらず、HIP HOP的に海外で「Nワード」を多様しているからスタイルだけ真似しているという指摘)は私も何となく日本のHIP HOPに対して感じていたことで、その点を実例を用いつつ、論理的に分析しており、読み応えのある内容となっていました。

全体的に非常に理論立った文章を書く方で、内容にも説得力を感じさせます。特にミュージシャンのこの手のエッセイは、良くも悪くも感情的な文体になることが多い中で、これだけ理論的な文章を書くミュージシャンは珍しいかも。エッセイという形態なだけに読みやすさを感じさせる一方で、しっかりとした主張も伝わってくる内容で、とても読み応えのある1冊。自分の中にある、外国人を「差別」する感情も含めて、いろいろと考えさせられるエッセイでした。

そんな彼が、ニューアルバムをリリースしましたので、今回は一緒に紹介したいと思います。

Title:Only Built 4 Human Links
Musician:Moment Joon&Fisong

Onlybuilt4humanlinks

同じく大阪で活躍するラッパーで、在日韓国人であるFisongとのコラボアルバム。Moment Joonが新たに立ち上げたレーベル「HOPE MACHINE FACTORY」からの第1弾リリースとなるそうです。前作「Passport&Garcon」リリース後、一度は引退宣言もしており、どうなるのか気にしていたのですが、レーベルを立ち上げて、こうやってMoment Joonとしてアルバムをリリースということは、今後もコンスタントに活動を続けていくのでしょうね。良かったです。

前作「Passport&Garcon」は、前述の通り、日本人が無意識に持つ差別的意識を描写したリリックが印象に残る作品で、どちらかというとリリック面で注目を集めることが多い作品でしたが、今回の作品については今時のビートを意欲的に取り込んだ作品に。同作の紹介には「ドリル、ネオブーンバップ、クランク、ローファイ・デトロイト」と書かれています。細分化している今のHIP HOPシーンのリズムについては正直、追い切れていないのですが、「Warawasenna/嘲」あたりはドリル、「Waru/悪」あたりはネオブーンバップといった感じでしょうか。ラッパー以上にHIP HOPミュージシャンとしてのMoment Joonの実力を感じさせます。

一方では前作で意欲的だったリリックについての主張は今回は控えめ。本作でも「Robbin'Time/懲」のような社会派なリリックもあったり、リリックでは日本語や英語だけではなく韓国語も取り入れているあたり、在日韓国人であるという(前述の書籍を読む限りだと、Moment Joonをそう称してよいのか悩むところですが)パーソナリティーを押し出した感はあるのですが、印象としては前作ほど強く残るものではありません。

結果として、良くも悪くも今時のHIP HOPといった感じの印象が残ります。HIP HOPミュージシャンとしてのMoment Joonの実力はわかるものの、良くありがちなHIP HOPのアルバムという感想にもなってしまいます。まあ、「Passport&Garcon」のようなアルバムを作り続けるのは難しいだけに、仕方ない部分もあるのでしょうが・・・。とはいえ、前作が10年に1枚クラスの傑作だっただけにちょっと残念にも感じます。とはいえ、意欲的に今風のリズムを取り込むあたり、彼のHIP HOPミュージシャンとしての実力も感じられた作品。これからの活躍にも期待です。

評価:★★★★

Moment Joon 過去の作品
Passport&Garcon
Passport&Garcon DX

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2024年2月26日 (月)

現在進行形としてジャズを取り上げる入門書

今日は、最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

今回読んだのは、一般的に知識ゼロの人が最初のとっかかりとして読むようなジャズの入門書。音楽評論家でジャズ喫茶「いーぐる」の店主である後藤雅洋氏監修の「ゼロから分かる!知れば知るほど、面白い ジャズ入門」です。

この手の初心者向け「ジャズ入門」はいろいろと出版されています。どうもジャズというと、同じポップスでもロックやらHIP HOPやらとは異なり取っつきにくいという印象があり、入門書的な本はよく出ていますが、そのうちの1冊といった感じでしょうか。ジャズに対して知識ゼロの人でも取っつきやすいように、ジャズとは何かという点からスタートし、ジャズの歴史、ジャズのスタイルの紹介、さらにはジャズのレジェンドの紹介に、ジャズのスタンダードナンバーと続いていきます。ここらへん、基本的な「入門書」といった感じの構成となっています。

入門書としてちょっとユニークなのが、最初に「ジャズの世界を感じよう」として、ジャズが取り上げられている映画やマンガ、本が紹介されている点でしょうか。ある意味、ともすれば取っつきにくいという印象のあるジャズという世界の入り口として、なじみやすそうな映画やマンガ、本をジャズの入り口として紹介しているのは面白い試みのように感じます。映画では、以前ヒットした「スウィングガールズ」が取り上げられていたり、マンガでは、以前、映画を当サイトでも紹介した「BLUE GIANT」も紹介されています。

個人的には、ジャズについてはジャズ・ジャイアントと呼ばれるミュージシャンのアルバムについては一通り聴いていますし、決して「初心者」ではないのですが、今回あらためて本書を読むと、あらためてジャズの世界を詳しく知ることが出来る1冊にもなっています。ただ、その上で本書の特徴であり、かつ個人的にあらためて同書を読んでみようと思ったきっかけとなったのが、1章をつかって「21世紀のジャズとジャズマン10」として、現在進行形のジャズの世界を紹介している点でした。

ジャズの入門書というと、どうしてもハード・バップやモード・ジャズあたりでおしまい。マイルスやコルトレーン、せいぜいチック・コリアあたりまで、というのがほとんど。ここ最近、注目のジャズプレイヤーが続々と登場している状況にも関わらず、この手の入門書では取り上げられることはほとんどありません(入門書という性質上、評価が固まった「レジェンド」しか取り上げようがない部分はあるのですが・・・)。ただ本書では、カマシ・ワシントンやロバート・グラスパーといった、今、大きな注目を集めているジャズミュージシャンたちもしっかりとフォロー。私も、「現代の」ジャズシーンについて興味があったので同書を読んでみましたし、特に今の世代にとっては、むしろこの現代のジャズミュージシャンの方が、取っつきやすい部分も大きいのではないでしょうか。

ただ一方、マイナス点としては、ジャズの音楽的な構造の説明があまり詳しくなされていなかった点。ジャズのテーマやアドリブについての説明があまり詳しくなく、ジャズを聴きはじめようとする初心者にとっては、ジャズの楽曲の「お約束」的な部分がちょっとわかりにくなったような感じがします。名曲を1、2曲取り上げて、スタンダードなジャズの「聴く」ポイントを詳しく説明してもよかったような気もします。

もうひとつ、マイナス点として大きく気にかかった点は、ジャズ評論家にありがちな「ジャズ至上主義的なスノッブ臭」を感じてしまった点でした。ジャズを「最強音楽」と言ってしまっている点、まあ、ジャズをアピールするための誇張表現としてわからなくはないのですが、ただ『「プログレッシヴ・ロックがジャズ的要素を取り入れてロックの表現力を広げた」という人はあまりいないと思うんですよ。ロックはロックのまま。でもジャズがプログレ要素を取り入れると「ジャズの表現力」は確実に広がる』(p16)という言い草はさすがにいただけません。ロックが60年代に様々なジャンルを取り入れて、一気にその世界を広げたのは、ポピュラーミュージック史では常識中の常識。いかにもジャズをロックの上と見る、ジャズ評論家にありがちなスノッブ的な腐臭を強く感じる部分が随所にみられて、かなり気になりました。ロックリスナーにアピールすべき「入門書」として、この手の表現には気を付けるべきだと思うんですけどね。ジャズというジャンルは、ロックに比べて人気面で劣り、クラシックに比べて芸術面で劣るため、一種のコンプレックスからジャズ評論家はスノッブ的な方向に行きがち。後藤雅洋氏は、他の著書も読んだことがあり、比較的、この手のスノッブ臭は薄いタイプと思っていたのですが、非常に残念です。

そんな点、気になる部分はあったのですが、入門書としてはよくまとまっている1冊だと思います。特に昔のジャズのみ目を向けるのではなく、ちゃんと現在進行形の音楽としてジャズを取り扱っている点はおもしろかったですし、現在のジャズミュージシャンについては、あらためてチェックしてみたくなりました。また、最終章ではジャズ喫茶やライブハウスについても紹介されており、機会があればジャズ喫茶とか足を運んでみたいかも・・・。前述の通り、ジャズを他のジャンルより上と見ている、醜いスノッブ臭が気にかかる部分はあったのですが、それを差し引いても、ジャズに興味がある方は最初の1冊としてチェックしてみてもよい本だと思いました。

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2024年1月26日 (金)

ロックンロールへの愛情が伝わる

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

昨年1月、74歳でこの世を去った鮎川誠。ロックバンド、サンハウスやシーナ&ロケッツでの活躍で知られる彼が2006年に書いた著書「60sロック自伝」。昨年4月に復刊され話題になった同書を読んでみました。

鮎川誠の著書というと、ほかに1冊所有しています。かなり前に買った本になるのですが、著書というよりも彼が監修した「200CDロックンロール」という学研から出版された本。ロックンロールのCD200枚が紹介された、どちらかというと音楽の入門書的な1冊となるのですが、彼が監修しただけあって、取り上げられているCDもロックのみならずブルースやロカビリー、オールディーズなども取り上げられており、また鮎川誠自身がかなりの数、CD評を書いているのですが、彼の話し言葉をそのまま文章にした独特の内容。それもなにより紹介したCDに対する愛情あふれる文章が印象的でした。

今回紹介する「60s ロック自伝」も、その「200CDロックンロール」をそのまま引き継いだような文体が非常に印象的な1冊となっていました。まず本作、「自伝」と書かれていますが、鮎川誠の生い立ちを追った文字通りの「自伝」ではなく「60sロック自伝」と書かれているように、彼が60年代に出会い、彼の人生を決定づけた音楽との出会いについて綴り、かつ、そこで出会ったミュージシャンたちの魅力を余すところなく語った、そんな「60年代ロック入門」としての自伝となっています。

それなので、同書のほとんどの部分を占めているのが、60年代のミュージシャンたちの紹介。彼の人生に大きな影響を与えたビートルズ、ローリンス・ストーンズ、さらにはボブ・ディランに1章ずつ割いているほか、60年代に活躍したロックミュージシャンや、さらに彼に影響を与えたブルースやR&B、ロカビリーやさらに日本の歌謡曲のミュージシャンにまで数多くのミュージシャンたちを紹介。彼の話し言葉そのままを文章にした、彼らしいフランクリーな文体が大きな特徴、かつ魅力です。

何よりも貴重と言えるのが60年代にリアルタイムにロックンロールを経験した人物による音楽評という点が非常に大きいと言えるでしょう。ある意味、その時代をリアルタイムに体験した人だからこそ語れる、その時代の空気感やミュージシャンたちの印象がある意味、忖度抜きに語られています。もちろんリアルタイムだからこそ、逆に変な偏見がある部分もあるのかもしれませんが、ただ、その時代を生きた人にしか語れないような貴重な証言とも言える1冊ともなっています。

また、ミュージシャンらしい、音楽的な観点から語られている部分が多いのも魅力的。どうしても音楽評論家の書く、この手の「ロックの歴史」だと、音楽的な観点が後手になってしまうケースが少なくありませんが、そこはさすがはミュージシャン。音楽的にどのような点が素晴らしいのか、独特なのか、という点もしっかりと言及されており、そういう点でも非常に勉強となりました。

ロックンロールが好きなら間違いなくお勧めしたい1冊。ロックンロールの素晴らしさ、魅力が鮎川誠の「語り」を通じて、強く伝わってくる著書となっています。最後には鮎川誠が選んだシングル、アルバムのベスト100も載っていますので、これをディスクガイドにして、いろいろとチェックしてみたいです。非常に魅力的な著書でした。

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2024年1月21日 (日)

ポップで明るい80年代ソウルの世界へ

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。今回紹介するのはミュージック・マガジン誌の増刊号のディスクガイドシリーズ「ディスク・セレクション・シリーズ」の最新刊。80年代のソウルミュージックのアルバムを紹介した「80年代ソウル」です。

基本的にはこのシリーズ、ディスクガイドとして非常にオーソドックスな内容。前半は「ARTIST PICK UP」と題して、80年代ソウルを代表するミュージシャンたちを紹介し、そのミュージシャンたちのアルバムを2~3枚程度紹介。後半はジャンル毎に章立てし、1ミュージシャン1アルバムで代表的なアルバムを紹介しています。

「ARTIST PICK UP」で紹介されているのも、マイケル・ジャクソン、プリンスを筆頭に、ホイットニー・ヒューストン、ルーサー・ヴァンドロス、ジャネット・ジャクソンなど、まさに80年代を代表するソウルミュージシャンたちが名前を連ねています。後半でもチャカ・カーンやボビー・ブラウンなど有名どころの代表盤が名前を連ねているほか、基本的にアルバム評に関してもライターの個性的な「感想」は抑えめ。ミュージシャン及びアルバム自体の内容の簡単な紹介にとどめています。そういった意味で80年代ソウルの入門としては最適なオーソドックスなディスクガイドとなっています。

ただ、このディスクガイドの発行でも感じるのですが、この80年代という時代、一昔前までは非常に評価が低かったのですが、ここ最近、特にブラックミュージックのジャンルでは評価が著しく高くなってきていることを感じます。実際、この点については本書の冒頭のコラムでも触れていますし、ブルースや70年代以前のオールドファッションなブラックミュージックの専門誌だった「BLUES&SOUL RECORD」誌が最近は80年代についても取り上げるようになった点、80年代ソウルの評価が変わってきた大きな現れと言えるでしょう。

正直、一昔前の80年代ソウルに対する低い評価の理由については、今でも有効と思われる部分はあります。この時代、ポピュラーミュージック業界が巨大化し、70年代以上に広いリスナー層を意識するような音楽がどんどんと誕生してきました。その結果、70年代ソウルのような、ある意味、パワフルな汗臭さを感じるソウルミュージックが鳴りを潜め、代わりに万人受けを目指したようなポップな音楽が登場してきます。ここらへん、良くも悪くも幅広いポピュラリティーが求められた結果、ブラックミュージックのコアな要素が薄くなってしまった感は否めません。

また、これは致し方ない部分もあるのでしょうが、この時代、サウンドにエレクトロサウンドが用いられ始めたのですが、悲しいかな、技術の発展著しく、90年代以降、この時代のエレクトロサウンドの音色が如何せん、「チープ」に聴こえてしまった点は否めません。この点も80年代のソウルの評価が低くなってしまった要因の一つであることは間違いないでしょう。

ただ一方で、マイナス的な要素を抱え込みつつも、それを補って余りある大きな魅力が80年代ソウルには感じられるのも事実で、それは楽曲全体が非常に魅力的な、ポピュラリティーあるメロディーに溢れかえっている点。また、全体的に非常に明るさを感じさせる点。特に80年代後半は、当時世界を覆っていた冷戦が雪どけムードとなり、社会全体に今よりも明るさを感じられたように記憶しています。このディスクガイドで紹介している作品も、全体的にどこか前向きな希望を感じさせる作品が多く、今よりも世界全体が明るく、どこか希望に満ちていた、そんな空気を感じさせる内容となっていました。

そんなポップで楽しく明るい80年代ソウルの魅力がつまったディスクガイド。前述の通り、非常にオーソドックスな内容となっているため、入門書としてもピッタリな内容だと思います。また今回、同書発売にあわせて「70年代ソウル」も復刊されたそうなので、この2冊あわせてソウル入門としてはピッタリでしょう。このディスクガイドを足掛かりにソウルに世界に酔いしれたい、そんな1冊です。

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2024年1月15日 (月)

ストーンズの様々な音源を網羅的に紹介

本日は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

昨年、デビュー60周年を迎えたロック界のレジェンド・オブ・レジェンド、The Rolling Stones。今回紹介するのは、彼らの作品を網羅的に紹介した「ローリング・ストーンズ完全版」。他にもヴェルヴェット・アンダーグラウンドやデイヴィット・ボウイで同様の「完全版」が発売されているようで、同シリーズの一環のようです。ミュージシャンやライターとして活躍している和久井光司編集により、様々なライターが寄稿して構成された1冊となります。

まず全体としてはかなりの労作というのが印象的。基本的にローリング・ストーンズのアルバムを録音順に掲載しているほか、そこに挟む形で彼らのライブツアーのスケジュールも掲載されており、文字通り、彼らのバンドとしての歩みを知ることが出来る1冊となっています。そのローリング・ストーンズのアルバムは、ベスト盤や編集盤、ライブ盤も含めてほぼ全て掲載。ライブ盤はリリース時期ではなく、録音時期によって並んでいるため、どんなタイミングでのリリースだったか、よくわかります。またのちにリメイク版や〇周年記念盤などがリリースされているアルバムについては、その記念盤も別枠で取り上げて記載しています。

ストーンズの場合、初期はイギリスとアメリカで別のバージョンのアルバムがリリースされているほか、それぞれの国でベスト盤、編集盤が様々にリリースされており、さらに最近は、「オフィシャル・ブートレグ」と名乗って様々なライブ盤がリリースされていたりするので、それをすべて網羅的に把握するのはファンでも一苦労。そんな中、数多い彼らのアルバムを丁寧に拾い上げて、曲順、リリース日はもちろん、参加ミュージシャンも記載されているのは非常に貴重なデータとなっています。あえて言えば、ヒットチャートの順位も記載してほしかったのですが。

音源に関しては、その他にソロでの作品も収録されており、こちらも貴重なデータに。またライブツアーについては、ツアー日程や主なセットリストも記載。タイトな日程にはそのワーカホリックぶりもうかがわせます。こちらも貴重なデータと言えるでしょう。

活動開始から60年を経て、様々な音源が残されているストーンズにとって、過去の音源を網羅的に、録音順に収録されているという点で、かなり有用な1冊。後追いでファンになった人はもちろん、長年のファンにとっても、いろいろと参考になりそうな1冊だと思います。

ただ一方、「完全版」とは言うものの、これを機にストーンズのアルバムを聴く、という初心者にとってはちょっと厳しい1冊かもしれません。基本的にコラムに簡単なストーンズの歩みは記載されているのですが、ストーンズ自体についての基本的な情報は「所与」のものとなっています。そのため、メンバーがどのように、いつ入れ替わったか、というような記載もありませんし、ミックとキースの出会いに関するエピソードやオルタモントの悲劇の話、ミックの女性関係やキースのドラッグにまつわる話など、ストーンズファンならば当然知っておきたいようなエピソードはあまり記載がない・・・というよりは「知っていて当然」的に話は進んでいきます。そのため、完全な初心者にとっては、ちょっと厳しい1冊だったと思いますし、また「完全版」と名乗るからには、ここらへんのストーンズに関する初歩的な情報やエピソードなども記載してほしかったかも、とは思います。

また、ちょっと残念だったのは、アルバム自体は網羅的に紹介されていたものの、アルバム毎の紹介記事が、アルバム自体の情報を詳しく記載していなかった点。アルバムによっては、ライター自身のストーンズのアルバムにまつわるコラム・エッセイ的な内容になっている点があり、主観的な内容になっているのは残念でした。確かに、それらの記事に関しても決して駄文ではないのですが、本書はどちらかというとストーンズの「辞書」的な内容になっているだけに、ここは、ライターの主観は出来る限り排除した客観的な記事を心掛けるべきだったのではないでしょうか。ここらへんは編集方針がどのようになっていたのか不明なのですが、本書で残念な点でした。

そんな感じで、ストーンズの辞書的な機能面ではちょっと残念な面もあったのですが、前述の通り、様々なストーンズの音源を網羅的に把握するという点においては非常に有用とも言える1冊。とりあえずこの本を足掛かりに、いままで聴いていなかった彼らの音源についてもチェックしてきたいです。

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2023年12月22日 (金)

笠置シヅ子の魅力について入門書としてもピッタリの1冊

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

現在、NHKの朝ドラで絶賛放送中の「ブギウギ」。笠置シヅ子をモデルとしたドラマということもあり、本屋に足を運ぶと、このドラマに便乗した笠置シヅ子関連の書籍が多く販売されています。以前、近代音楽史研究家、輪島裕介による笠置シヅ子の評伝「昭和ブギウギ 笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲」を紹介しましたが、今回紹介するのもまた、笠置シヅ子の評伝。娯楽映画研究家、佐藤利明による評伝「笠置シヅ子 ブギウギ伝説」。先月、本書販売を記念したトークイベントに参加してきましたが、遅ればせながら、そのトークイベントの元ネタとなる本書も読んでみました。

まず本書で目立つのが、非常に字が大きいという点(笑)。この点はトークイベントでも「ネタ」となっていましたが、本書を読むような世代に合わせた作りということでしょうか。私もそろそろ老眼が・・・という歳になってしまっているのですが、いくらなんでも字が大きいなぁ、と思ってしまいます。もっとも、中身がスカスカか、と言えばそうではなく、しっかりと笠置シヅ子の歩んだ道のりについて詳しく記載されており、ちゃんとボリュームのある、読み応えのある内容になっていたとは思いますが。

さて、そのドラマの「便乗本」をいろいろと見ていると、「便乗本」というネガティブな表現になるのですが、それでもそれぞれ、様々な切り口で笠置シヅ子について語られています。ムック本的な本では、比較的、彼女の身に起こった「出来事」を羅列しているだけ、というケースが多いのですが、先日取り上げた輪島裕介氏の書籍に関しては、服部良一の音楽性の側面をより注目し、分析した内容となっていましたが、本書についても、笠置シヅ子の生涯について語りつつも、音楽的側面、特にリズムの魅力について、より深く語った記載が目立ちました。

そういう意味ではより「音楽的」な記述が目立った内容。さらにもっと言えば、輪島氏の本に比べると、映画や映像作品においての笠置シヅ子のパフォーマンスに焦点をあてた記載が目立ちます。もともと著者は前述の通り、「娯楽映画研究家」を名乗る通り、音楽以上に映画が専門分野のようですが、やはり映像作品によりスポットが当たっているという点は、こちらが彼のホームグラウンドだから、ということなのでしょう。

ただ一方、音楽にしろ映像にしろ、それを文章という形にまとめあげなければならない点、かなり苦労の跡が見受けられました。先日のトークイベントでは、本書に記載されている映像を、実際、その場で見ることが出来たのですが、それを見た上で本書を読むと、著者が訴えたかったことが、やはりすべて表現されているかと言われると難しいところ。ここらへん、本書の記述のいろいろなところから「映像を見てほしい!」という著者の訴えも伝わってくるようでした。

また、音楽的な詳細な分析については、正直なところ、輪島氏の著書に軍配が上がる印象を受けます。しかし、輪島氏の著書は、そんな音楽的な分析と笠置シヅ子の評伝を両立させようとした結果、若干、焦点がぼやけてしまった印象もあるのですが、本書に関しては、あくまでも笠置シヅ子の評伝を主題として構成されているため、笠置シヅ子の評伝としてぼやけず楽しむことが出来る内容となっていました。なにより、ドラマ「ブギウギ」を見て、笠置シヅ子が実際にどんな人だったんだろう、と気になったような初心者にとっても、手を取って楽しめる内容になっていたと思いますし、そんな初心者が、笠置シヅ子と服部良一の音楽的なすごさを理解するにはピッタリの構成になっていたとも思います。そういう意味では、入門書として非常に優れた1冊だったと思います。

先日のトークイベントを聴いた後で本書を読んだため、概ね、先日のイベントで語られていたことが書かれていました。ただ、トークイベントの「復習」として楽しめた1冊。トークイベントの当日、拝見した映像を思い出しつつ、笠置シヅ子のすごさ、魅力についてあらためて感じることの出来た1冊でした。

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2023年12月17日 (日)

「教養としての・・・」というよりも・・・

今日は最近読んだ、音楽関連の書籍の紹介です。

当サイトでも著作を何度か紹介したことのある音楽評論家川﨑大助氏による最新作「教養としてのパンク・ロック」。以前から「日本のロック名盤ベスト100」「教養としてのロック名盤ベスト100」「教養としてのロック名曲ベスト100」を紹介してきましたが、そのシリーズの最新作ということになります。

まずはタイトルにかなり違和感のある1冊だと思います。そもそも「パンク・ロック」というジャンルを教養で聴くという観点自体に強烈な違和感を覚える方は少なくないのではないでしょうか。それでなくとも昨今、巷にあふれる「教養としての~」というタイトルで発売される、800円程度の新書本に対して疑問を感じる方は少なくないのではないでしょうか。そんな安上がりな「教養」に対する批判的な見解として「ファスト教養」なるタイトルの新書本も話題になりましたが、まさに本作は、そんな「ファスト教養」的なイメージも持たれかねない1冊である点は否定できないでしょう。

実際、著書もこの批判を気にかけているようで、序章においてそんな批判に対しての反論を載せています。ただ、その反論に関してあえて言えば、彼が述べているのは、この著書に関しては「教養としてのパンク・ロック」(=一般教養を得るために聴くべきパンクロック)ではなく、「パンク・ロックを聴くための教養」。そういう意味では、ポピュラーミュージックの知識が全くない人が、手っ取り早くパンクを知るための入門書、とはちょっと異なる方向性に感じます。

事実、本書で述べられているのは、そのようにパンク・ロックを聴く時に知るべき時代背景という点がメイン。特に第3章から第4章にかけてはパンク・ロックがアメリカやイギリスでなぜ生まれ、そして人気を博していったのか、詳しくその背景を説明しています。セックス・ピストルズがどのように登場し、どのように暴れ回って世間の顰蹙を買ったのか、というのは、「ロックの入門書」的な本でよく紹介されているのですが、本書ではそれに加えて、この時期に関してのイギリスやアメリカの経済的状況や社会的状況について詳しく解説されており、パンク・ロックのような音楽がなぜ登場してきたのか、そして世間はどのように見ていたのか、その背景について非常に勉強になる1冊だったと思います。

また、以前の川﨑大助氏の著書では、彼のロック史観がかなり炸裂していました。彼のロック史観というのは独自の、というよりも、最近ではすたれてきてしまっている、ロックと日本独自の歌謡曲を対立軸におき、前者を肯定し、後者を否定するような考え方。この点は第5章の日本におけるパンク・ロックの受容史において特に彼のロック史観が炸裂しています。この5章も、日本においてパンク・ロックがどのように捉えられてきたのか、非常に興味深い考察が行われているのですが、歌謡曲に対しては「外来文化をすべて飲み込み『土着化』させては権威に帰順させようとする」存在のロックの仮想敵として、かなり厳しく糾弾しています。確かに、20年くらい前までは、洋楽を好んで聴くようなリスナー層に関して、歌謡曲に対してこのような見方が一般的だったように思います。そういう意味では、彼の考え方は、今の時代は若干「時代遅れ」という印象を抱く人は少なくないかもしれません。ただ個人的には、歌謡曲に対しても一定の評価を下しつつも、歌謡曲は日本における一種の「権威」という見方もまた、日本のポピュラーミュージックを考えた時に、頭の中に入れておくべき見方なのかな、という印象も受けます。

「ファスト教養」的なタイトルと裏腹に、新書本としてはかなりボリュームのある、濃い内容の1冊だったと思います。パンク・ロックを聴く人が、ここにある知識を入手すべきだ、とは思いませんが、やはりパンク・ロックを深く知るためには欠かすことのできない知識を紹介してくれる1冊だと思います。ただ逆に、純粋な入門書としては、本当に「入門」的な知識は省略されているので、ピストルズもザ・クラッシュもアルバムを聴いたことがない、ダムドに至っては名前すら知らない・・・というような「本当の初心者」にとっては、最初の1冊としてはあまりお勧めできないかもしれません。名盤リストもあるのですが、タイトルとジャケット写真が載っているだけで、内容の紹介はほとんどありませんし。そういう意味ではタイトルと内容がちょっと齟齬のある1冊だったとは思いますが、パンク・ロックをより深く知りたい人にとってはお勧めの1冊です。非常に勉強になりました。

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2023年11月17日 (金)

検閲制度について考える

今回も、最近読んだ音楽関連の書籍です。

「幻のレコード 検閲と発禁の『昭和』」。音楽評論家で、特に戦前歌謡に詳しい毛利眞人氏による著作となります。彼の著書をここで取り上げるは戦前ジャズの歴史を綴った「ニッポン・スウィングタイム」、SPレコードの入門書となる「SPレコード入門〜基礎知識から史料活用まで」に続いてこれで3冊目となりますが、音楽の、特にSPレコードや日本の戦前歌謡に対する深い愛情を感じさせる内容が印象的な著作となっています。

そんな中で今回の著作も戦前の日本歌謡を取り上げた著作となるのですが、特に戦前の日本のレコードに対する検閲・発禁をテーマとした1冊となります。ご承知おきの通り、戦前の日本といえば出版法や新聞紙法、治安維持法などにより表現・出版の自由が厳しく取り締まられており、出版物は当局による検閲を受け、たびたび発禁の処理が行われていたというのは、よく知られている事実だと思います。その反省を受け、現在の日本国憲法では第21条2項により、政府による検閲が堅く禁じられています。

その検閲・発禁をテーマとした今回の著書ですが、そのため内容的には「音楽の本」というよりも、むしろ「歴史の本」という色合いが濃い1冊となっています。ただし一方、「検閲」という堅いテーマではあるものの、決して大上段に戦前の横暴な政府権力を批判的に取り上げるような内容ではなく、どちらかというと戦前に行われたレコードに対する検閲・発禁の歴史を、客観的な事実に基づいて淡々と描いている、そんな著作となっています。

そのため、あくまでも「検閲・発禁」に対する事実を追及していくこの著書では、興味深い事実を知ることが出来ます。検閲が行われた当初は、政府批判というよりも公序良俗に反するという点で、「エロ」に対する規制がまずは強く行われていた点。そして、そんな「エロ」を押し出したレコードに対する規制が、むしろ世論の側から要求されていた部分もあった点。また、著作権法がいまほど整備されていなかった当時は、ヒット曲をそのままパクったレコードが多くリリースされ、こちらもレコード会社の側からパクリのレコードに対する規制が求められていた点なども記載されており、太平洋戦争に突入した後こそ、かなり理不尽な発禁も増えてくるのですが、当初はむしろ、世論の中で検閲・発禁はレコード会社と持ちつ持たれつ的な側面があったこともうかがわせます。

またこの著書では、戦前のレコードの検閲を一手に担った小川近五郎という官吏が物語の主人公として登場してきます。ただ、この小川近五郎なる人物は大の音楽好き。健全な流行歌をレコード会社が作るように善導していく使命に燃えているという、いかにも戦前の官僚的な側面もある一方で、流行歌に対しては比較的寛容的で、特に流行歌にある程度の猥雑さがある点は仕方ないという考え方の持ち主だったようで、一部の世論よりも時として流行歌に対して寛容であったことも非常に興味深く感じました。

ただ一方では、この戦前の検閲・発禁の事実を通じて、この問題が必ずしも今の自分たちには関係ない、と言い切れない部分も強く感じました。特に流行歌が公序良俗に反する表現を用いる時に、その規制を求めるような動きは、現在でも無縁とは言い切れません。さらに「エロ」の表現に関しては、今日ではむしろ女性の人権という側面から規制をされるようなケースも少なくなく、そのような規制と表現の自由の問題は非常に難しい議論となっています。

さらに今回の著書では、戦前の検閲官、小川近五郎の物語ともなっており、彼の人柄については比較的好意的に描かれていますし、確かに、読んでいて、基本的には音楽が好きないいおじさんだったんだろうなぁ、とも感じられます。ただ一方で、一人の検閲官の人柄により、検閲の内容が左右されている点にも恐ろしさも感じました。そして、この検閲制度の持つ、一種の「主観性」もまた、検閲の大きな問題点だと感じました。

全体的に検閲や発禁制度に対する問題提起を行う、というよりも、戦前のレコードに対する検閲制度の事実を追及するという1冊だったのですが、それでも検閲制度に関して、決して過去の遺物ではなく、今の時代に通じる部分があることを感じ、いろいろと考えさせられる1冊であった点も間違いありません。どちらかというと音楽というよりも歴史の本という要素が強いだけに音楽ファンなら是非、といった感じではないのですが・・・歴史が好きな方、また戦前歌謡に興味がある方はもちろん、「表現の自由」とはなにかということをあらためて考えるにも最適な1冊だったと思います。読み応えのある良書でした。

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2023年11月14日 (火)

井上陽水の「天才」ぶりを感じる

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

ノンフィクション作家、辻堂真理による「最強の井上陽水 陽水伝説と富澤一誠」。ご存じ「傘がない」「夢の中へ」「リバーサイドホテル」など数多くのヒット曲を持つ、日本を代表するシンガーソングライター井上陽水と、その彼をデビュー当初から高く評価し、「俺の井上陽水」というタイトルの評論本までリリースしながら、その後、袂を分かった音楽評論家の富澤一誠。その両者を対比させつつ、井上陽水について描いた1冊です。

率直に言うと、熱心な井上陽水のファンではない私が今回の本を手に取った理由は、彼と音楽評論家富澤一誠の絡みに興味があったから。富澤一誠というと、私は彼が企画し、自らもMCとして参加していたラジオ番組「JAPANESE DREAM」を愛聴していたことがあります。この番組、日本でリリースされる全シングルを紹介した上で、リスナーの人気投票にかけるという番組。「いい曲を書いているけど売れていない」ようなミュージシャンをピックアップしようという企画で、個人的にもこの番組をきっかけに知ったミュージシャンは少なくなく、私の音楽趣味の幅を広げるひとつのきっかけとなった番組でもあります。

ただ一方、「メロディーと歌」のみを評価し、サウンド重視の曲をほとんど評価しない富澤一誠の旧態依然とした姿勢に徐々に疑問を抱きだし、同番組から徐々に興味をなくしていきました。その後も富澤一誠のメディアにのるコメントといえば、いかにも団塊の世代が言いそうな偏見たっぷりの「最近の音楽」に対するものが目立ち、日刊ゲンダイや夕刊フジのような、団塊世代のおやじ向けメディアの太鼓持ち、というイメージが強く持っています。そんな彼が井上陽水とどのような関係にあり、さらに袂を分かったのか・・・興味を持ち、この本を読んできました。

さて、そのように読みだした同書の感想ですが、「最強の井上陽水」と井上陽水を押し出したタイトルとなっていますが、内容的には井上陽水と富澤一誠の若き日の歩みが並行して描かれたもの・・・もっと言えば、むしろ富澤一誠を軸に描かれているようにすら感じました。ただ、非常におもしろかったのが若き日の富澤一誠は非常に尖っていて、世間に対して反抗的であったという事実。特に歌謡曲や演歌に対してつまらなく感じており、さらには当時あった音楽雑誌「新譜ジャーナル」のフォーク評が気に入らず、フォーク評に対する強烈な批判と、それに対して自分の評論をのせろ、と迫る手紙を送りつけたという点は、すっかり保守的になってしまった今の彼からは想像できないほどの尖りぶりで、とても興味深く感じました。

ただし、その後の井上陽水との出会いと井上陽水に対する絶賛、さらには井上陽水のブレイクから袂を分かつまでを読むと、この本で意図していたのは、井上陽水と富澤一誠の、ある意味対照的な両者の対比。もっと言ってしまうと、「天才」井上陽水を、ある意味、「凡人」である富澤一誠と対比させることによって、井上陽水の天才ぶりを際立たせている・・・そんなイメージすら受けました。

富澤一誠のことを「凡人」と言ってしまうと、怒られてしまうかもしれません。少なくとも彼は音楽評論家として確固たる地位を築いた人物であることは間違いありません。ただ、この本を読むと、井上陽水がデビュー以来、自分のスタイルをどんどんと変えて、その可能性を広げていっているのに対して、富澤一誠は、そんな井上陽水の変化を理解できず、いつまでもデビューアルバムの頃のイメージに固執し、さらには「フォークはかくあるべき」的なイメージにも固執しています。それが結果として両者が袂を分かつ原因にもつながっているのですが、今という視点から振り返ると、とかく富澤一誠の保守的な考え方が目立ち、結果として井上陽水の先見性、天才ぶりがより一層わかる記述となっていたように感じました。

もっとも、これは富澤一誠が特に「保守的で考えが堅かった」という訳ではないように思います。むしろ世間一般が井上陽水に対して感じていたイメージの、彼が代弁者であったのではないでしょうか。実際、アルバムの売上で言えば1973年にリリースされた「氷の世界」がミリオンセラーを記録したものの、その後、彼が自由にそのスタイルを変えていったアルバムは、「氷の世界」から比べると大きく売上を落としています。おそらく富澤一誠と同様、世間一般も、井上陽水の天才ぶりが当初は理解できなかったのでしょう。そういう意味でも富澤一誠の意見というのは、当時の世間一般のリスナーの意見でもあったのではないでしょうか。

この本を読んで、あらためて井上陽水のすごさを感じましたし、そしてデビュー当初の彼のアルバムをあらためて聴いてみたくもなる一冊でした。ただ、単純に広くお勧めできるか、と言われると、どちらかというと富澤一誠に焦点があたりすぎているため、純粋に井上陽水の評伝として読むのならば、他の本にあたった方がよいような印象を受けました。ある程度、井上陽水について詳しい方が、次の一冊として読むような本といった感じでしょうか。読みやすい文体で興味深く読める一冊ではありましたが。

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2023年10月10日 (火)

百花繚乱の90年代

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「『90年代J-POPの基本』がこの100枚でわかる!」。以前、「『シティポップの基本』がこの100枚でわかる!」という本を紹介しましたが、同書を書いた音楽ライター、栗本斉による新作です。

90年代の音楽シーンというと、ミリオンセラーが連発した、売上的にはまさに日本ポップス史上の最盛期とも言われた頃。今でもあの時代を肯定的に語る人は少なくありません。ただ、じゃあリアルタイムで経験してきた身としては、あの時代のヒット曲が今より優れていたか、と言われると疑問。また、「90年代のヒット曲は今と違ってみんな歌えた」みたいな言説を目にすることもありますが、むしろあの時代は80年代以前のお茶の間に流れた歌番組が次々と終り、「最近のヒット曲は誰も知らない」と、特に上の世代にはよく言われていた時代。特にあの頃は、ビートルズ誕生以前の音楽しか聴いたことない世代がまだまだ現役であり、最新ヒット曲に対する許容度は、いまよりはるかに低かったように思います。

ただ、ミリオンセラーの連発で音楽業界全体が「バブル」とも言える活気あふれていた時代なだけに、レコード会社としては様々な音楽を「売る」余裕があったように感じます。実際、90年代の10年間を見ると、その変化はすさまじいものがあります。1990年はいわゆる「イカ天」ブームの最中で、バンドブームの最中。その後、ドラマタイアップ曲の全盛期からビーイング系、小室系の全盛期を経て、宇多田ヒカルの誕生まで、ここまでわずか10年です。さらにそんなヒットシーンの傍らには、渋谷系やヴィジュアル系のブームがあったり、HIP HOPがアンダーグラウンドシーンで徐々に注目を集めてきたりと、まさに文字通り、ポップシーンは百花繚乱の状況にありました。

本書では、そんな90年代J-POPから時代を代表する100枚を紹介した入門書的な1冊。前述の通り、様々なジャンルが花開いた時代から、わずか100枚を選ぶわけですから、かなり選盤についてはライターの苦労も感じさせます。そんな中でイカ天出身、バンドブーム、ビーイング系や小室系、渋谷系、ヴィジュアル系、HIP HOPからさらにはメロコアや2000年代につながるインディー系バンドやR&B系まで、様々なジャンルに目を配りつつ、100枚を選び出しています。

ただ、この100枚を眺めて、リアルタイムに90年代を過ごしてきた方にとっては、違和感を覚える方もいるかもしれません。例えばヒット曲を中心に考えれば、90年代の中に小室系やビーイング系の占める割合というと、イメージ的にもっと大きかったでしょうし、また、渋谷系を中心に聴いていた方、インディーロックを聴いていた方にとっても見え方は違うかもしれません。逆に言えば、90年代の音楽シーンはそれだけ多様的であったということでしょう。そのため、いろいろな意見はあるかとは思いますが、90年代という多様な音楽シーンをそれなりに包括的にとらえられていた選盤になっていたと思います。

また、そのようにして選ばれたアルバム評については、比較的シンプルで、基本的な情報を重視した内容にまとめています。確かに「考察」という意味では、独特な考察があったり、深い分析があったわけではありません。ただ、あくまでも90年代J-POPの紹介という本書の目的から考えると、比較的シンプルで、基本的な情報に留めている書き方というのはあるべき姿。変な癖のない文章なだけに、広い層が変な先入観なしにJ-POPのアルバムを知ることが出来る内容になっていました。

このようにJ-POPの入門書としては最適ですし、私も懐かしさを感じながらも読み進めることが出来たのですが・・・ただ一方で疑問点も何か所かありました。

まず肝心の100枚の選盤。これに関しては確かに人によって好き嫌いもありますし、いろいろな意見が出てくるのは仕方ないでしょう。ただ、それを差し引いてもこのアルバムは入らなければおかしいのでは?と思ったアルバムが2作あり。それが1997年のCornelius「FANTASMA」と、1999年のNUMBER GIRL「シブヤROCKTRANSFORMED状態」。「FANTASMA」では海外でも評価される、日本ロック史上指折りの名盤ですし、2000年代のロックシーンに与えた影響を考えると、NUMBER GIRLは外せません。確かに100枚のアルバムを選ぶにあたってはいろいろな考えはありますし、他にも「PRINCESS PRINCESS」(1990年)やゆらゆら帝国の「ミーのカー」(1999年)あたりも入れるべきでは?とも思ったりはするのですが、客観的に考えても、この前述の2枚については100選から外したのは疑問を感じてしまいました。

また、アルバム評についても概ね首肯できる内容であるものの、若干首をひねりたくなるような表現も散見されました。特に疑問を感じる表現は90年代後半のアルバムに多く、例えばくるりの「さよならストレンジャー」の紹介では、この頃のくるりのスタンスとしてナンバガやeastern youthに近かったのでは、と書いているのですが、少なくとも当時を知っていれば、デビューアルバムの頃のくるりを、ナンバガやeastern youthと並べるのはかなり違和感があります。SUPERCARの「スリーアウトチェンジ」でも説明文として「UKのギター・ロックにも通じる粗削りなギター・サウンド」とのみ書かれており、初期の彼らで当然言及されそうな、ジザメリやシューゲイザーからの影響には言及されていません。確かに「UKのギター・ロック」という表現でも間違いではありませんが、プロのライターの文章としてはちょっと稚拙さを感じてしまいます。

あとがきによれば、著者は1970年代生まれということ、やはり90年代でも後半になると30代近く。20代前半に比べると、シーンに対する感性が薄れ、特に若手のインディー系バンドについては、リアルタイムでは追い切れていなかったのではないでしょうか。逆に私自信は90年代終盤はまさに20代前半の頃でライブハウスに行きまくっていた時期。それだけに、特にインディーロックシーンに距離の違いが、アルバム評の違和感につながっていたようにも感じます。

そういうちょっと残念な弱点と思われる部分もありつつも、基本的には90年代という多様な音楽が登場した時代をしっかりと1冊にまとめて紹介している、入門書としては最適な1冊だったと思います。リアルタイムに90年代を経験した方には懐かしさを感じながら。当時は小室系やらビーイング系やらヒット曲しか聴いていなかった方にとっては、ヒットシーンとは別にあった90年代シーンの奥深さを感じながら、また若い世代には、今のJ-POPシーンの原点を感じながら読んでほしい1冊です。

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