書籍・雑誌

2022年11月22日 (火)

まさか「メロン牧場」で・・・。

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

電気グルーヴが長年、音楽誌「ROCKIN'ON JAPAN」誌で掲載している連載を1冊にまとめた「電気グルーヴのメロン牧場-花嫁は死神7」。タイトル通り、これが7冊目となります。

電気グルーヴといえば2019年3月にピエール瀧がコカイン所持で逮捕され、大きな衝撃が走りました。その逮捕を受け、電気グルーヴのCDが販売停止となり、ストリーミング等も配信停止となる事態となり、賛否両論が巻き起こりました。そんな中、あまり話題にはなかなかったものの、「表現の自由」の矜持を見せたのが出版界で、逮捕直前に発売された6巻目も販売休止にならず、また他の書籍類も一切、販売停止等の処置は取られませんでした。実際、この出版会の処置についてはメンバー、特に石野卓球も相当感謝しているようで、以前紹介したリットー・ミュージックの「電気グルーヴのSound & Recording 〜PRODUCTION INTERVIEWS 1992-2019」でも感謝の意を表していますし、本書でも「やっぱり今回電気グルーヴが復活するにあたって、いちばん力になったのが、リットーミュージックとロッキング・オン社(p93)」と「死の商人だから(p94)」と茶化しながらも、律儀に感謝しているあたりが、(リットーミュージックのムック本の感想でも書いたのですが)石野卓球の律儀な性格を感じてしまいます。

さて、そんな6冊目から約2年8ヶ月ぶりに発売された今回の7冊目ですが、今回の「メロン牧場」、まさか

「メロン牧場」を読んでいて、涙腺が緩むことになるとは思いませんでした!

「メロン牧場」を読んでいて、親孝行しなけりゃいけないな、と思うことになるとは思いませんでした!

・・・詳しくはネタバレになってしまうので、同書を読んでほしいのですが、ただ一言言えるのは、前回以上に非常に読み応えのある1冊になっているという点でした。

なんといっても今回の「メロン牧場」では大きなポイントとなるのが、ピエール瀧逮捕前後の回が収録されている点。さすがに逮捕直後の2019年4月号、5月号は休みとなっているのですが、6月号はまだ瀧が釈放される前で石野卓球1人でしゃべっています。ピエール瀧が逮捕された直後、ワイドショー近辺の「相方である石野卓球も謝罪すべき」という圧力に負けず、主にTwitterを中心に正常営業の悪ふざけのツイートを続け賛否両論を集めた彼(・・・というよりはファンからの圧倒的な賛同と、石野卓球を全く知らなかったような層からの反発、といった感じでしょうか)ですが、ここではそういう言動を取った理由についても(もちろんいつも通りに半分茶化した感じではありますが)しっかり語られています。

そこにはしっかりとした石野卓球なりの考えがあり、かつ、一本筋が通った確固たるスタンスを感じます。もちろん、その考え方についても賛否あるかもしれませんが、少なくとも、世間の空気と同調圧力という、理屈のない訳の分からない感情論で叩いていたワイドショー近辺とは勝負にならなかったな、ということを強く感じます。

また、立派に感じたのは、そんな石野卓球のスタンスをしっかりと引き継ぎつつ、ピエール瀧を逮捕前と全く変わらないスタンスで受け入れたロッキング・オン(というかインタビュアーの山崎洋一郎)のスタンスで、ピエール瀧復帰の第一声から「お務め、ごくろうさまでした!(p52)」といつも通りのジョークからスタートし、いつも通りの「メロン牧場」が展開していきます。最近ではすっかりアイドル誌になってしまってロックのかけらも感じられない「ROCKIN'ON JAPAN」には霹靂としていたのですが、ここのスタンスに関しては、ロック誌として最後に残されたような矜持も感じました。

そんなピエール瀧の逮捕にまつわる本人の裏話もあったり、今回の逮捕にあたっての電気グルーヴの事務所独立の話もあったり、以前の「メロン牧場」は電気グルーヴの日常にまつわる「ネタ」をグダグダと話している内容だったのですが(今回もそういうグダグダ話もありましたが)この7冊目に関しては、電気グルーヴや石野卓球近辺で大きな事件・出来事が相次ぎ、それだけに非常に読み応えのある内容でしたし、電気グルーヴのファンなら必読の1冊となっていました。

そんな訳で、いつもの「メロン牧場」に増して読み応えのあった1冊。帯の紹介に「今回の『メロン牧場』はいつもよりドラマティックで笑いながらもちょっと泣けます」という煽り文に全くの偽りがないところが驚くべきところ。心よりお勧めしたい1冊です!

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2022年11月14日 (月)

老害たちのロックンロール

今回も最近読んだ本の紹介です。

今回は、レコード・コレクターズ誌が創刊40周年を記念して発刊した「ロック・アルバム200」。40周年記念企画として2022年の5月号から8月号にかけて10年代ごとに「ロック・ベストアルバム200」という企画を行ってきましたが、その集大成となる企画。1960年代から11990年代のロックアルバムを今回はまとめて各ライターが30位まで順位付け。その集計を行ったのが今回の企画となります。

で、その結果が、あまりに酷くてあきれてしまう順位となっていました。一番の理由として「2022年の現在という視点からの評価」が全くなされていなかった点。90年代のアルバムまで評価対象としていますが、90年代のアルバムはベスト20でも13位にNIRVANA「Nevermind」のみ。80年代まで広げても6位にTaking Heads「Remain In Light」があと1枚ランクインしているだけ。15年前にレココレの25周年で同様の「ロックアルバムベスト100」という企画を行っているのですが、その結果とほぼ変わらない結果となっています。

確かに、ロックの黄金期といえば60年代、70年代。それだけにこの時代のアルバムが比率として多くなる、というのは十分わかります。ただ実際に現時点までのロックの歴史を考えた際に、人気の面でも、それ以降のロックへの影響という面でも欠くことの出来ないアルバムは多くリリースされています。例えばアメリカのローリングストーン誌が選ぶ「The 500 Greatest Albums of All Time」の2020年の改訂版では、NIRVANA「Nevermind」が6位、(90年代ですらありませんが)RADIOHEAD「KID A」が20位に選ばれていますし、同ランキングはロックに限りませんが、80年代90年代のアルバムが多く上位にランクインしています。イギリスのNMEも同様の企画を2013年に行っていますが、こちらに至っては、1位はThe Smithの1986年のアルバム「The Queen Is Dead」ですし、こちらはベスト10のうち5枚までが80年代以降のアルバムとなっています。

それらのランキングと比較すると、明らかに選者が「自分たちの嗜好」に偏重しすぎており、本来、評論家として名乗るのなら持つべき「現在における視点」というのが完全に欠如したランキングは、そもそも批評と名前に値しないランキングと言わざるを得ません。もっとも、この回に限らず、ミュージックマガジン系の雑誌のランキングは、何名かの選者がそれぞれランキングをつけ、それを集計した単なる人気投票にすぎません。それはそれでひとつのやり方ではあるのですが、音楽専門誌を名乗っているのならば、数名の選者によって、ちゃんと雑誌としてのスタンスをあきらかにする批評的な観点を入れたランキングを作成してほしい、といつも強く感じています。また、選者の中にはロック史の観点からのベストアルバムではなく、単なる「個人としての好きなアルバムランキング」を載せている選者も多く、正直、評論家としての素質を疑わざる得ない選者も少なくありません。

またもうひとつ大きな疑問点として感じたのは、40周年という記念企画でありながらも、選択するアルバムを「ロック」に絞ってしまっているロック至上主義。60年代と70年代のロック黄金期のアルバムのみ、というのならまだわかります。ただ、90年代まで含めて、なおかつ2022年という今に評価するのに対して、ロックというジャンルに限定する方針は非常に時代遅れな感が否めません。実際、前述のローリングストーン誌のベストアルバム選でもNMEのものでもジャンルはロックに限らず、様々なジャンルからのアルバムが選ばれています。この点に関しても非常に違和感を覚えました。

要するに、いつまでたっても60年代や70年代のロックに凝り固まり、そんな時代遅れの音楽の価値観を最高と勘違いしている「老害」感をすごく感じてしまうランキングになっていました。もちろん、今回上位に並んだアルバムは名盤であることは間違いないため、ロック初心者が「歴史」を知るためのディスクガイドとする分には問題ありません。ただ、それでも非常に偏りを感じてしまうリストではありますが。もともとレココレ誌は60年代や70年代のロック愛好家がメインの雑誌だった感は否めませんが、もう90年代とか今の時代は無視して、60年代70年代ロック専門誌としてやっていけばいいじゃん。その代わり、そんな「村社会」から一歩も出てきてほしくないのですが。もっとも、そんな私もアラフォーどころかそろそろアラフィフが近づいてきた年代。若い世代の音楽を、無下にバカにしないように、自戒を込めて・・・。

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2022年11月 6日 (日)

日本特有のあのシーンについて語る

今日は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

今回紹介するのは、タイトル通り、日本独自の音楽文化とも言えるヴィジュアル系について、その歴史を中心に紹介した1冊「知られざるヴィジュアル系バンドの世界」。著者は冬将軍と名乗る音楽ライターだそうで、本作が単独名義の本としてはデビュー作。以前は音楽関連の業務に従事したそうです。

このヴィジュアル系バンドというのは、音楽ファンにとっては説明するまでもないでしょう。一般的にはX JAPANやBUCK-TICKをそのルーツ的な存在とする、音楽性よりもまずはそのどぎつい、ゴシック系のメイクを大きな特徴とするバンド。90年代に一世を風靡し一種のブームとなるものの、「ヴィジュアル系」という名前が示す通り、音楽性よりもルックスを重視したようなイメージがついてしまったこともあり徐々に衰退してしまいました。ただ、その後も一部では根強い人気を誇り、一方ではDir en greyのように、ヴィジュアル面ではなく音楽的にも高い評価を誇るバンドも登場。今でも、一定の根強い人気を誇り、日本独自のジャンルとして脈々とその系譜が続いています。

そんなヴィジュアル系について、その成り立ち、歴史を中心に紐解いているのがこの1冊。ヴィジュアル系という文化は、日本のポップスシーンにおいて間違いなく大きな足跡を残しているにも関わらず、音楽面ではなくそのルックスという側面から切り抜かれたシーンなっだけに、音楽シーンにおいては無視されがちなジャンル。X JAPANやBUCK-TICKのような個々のバンドについて取り上げられることはあっても、ヴィジュアル系全体についてはあまり詳しく語られることがなかっただけに、このシーンについて取り上げるというのは非常に興味深く読まさせてもらいました。

このヴィジュアル系の流れを知るにあたって、本書は非常に詳しく記されています。特に80年代後半から90年代にかけてのヴィジュアル系が、まだヴィジュアル系として確立されていなかった時期及び90年代のヴィジュアル系ブームに至るまでの流れについては、著者の詳しい知見を感じることが出来ます。BOOWYからスタートし、X JAPANやBUCK-TICKといった、まさにヴィジュアル系の黎明期のバンドに至る流れ、さらにCOLOR、ZI:KILL、黒夢、SOFT BALLETさらには初期はヴィジュアル系バンドとしてデビューしていたTHE MAD CAPSULE MARKETSなど、様々なバンドが紹介されています。

興味深いのがこの著者の知見が単なるバンドの紹介にとどまらず、楽器の面やファッション面にも言及されていた点。特に日本の音楽評論においては、ライターが実は楽器自体に疎いことが少なくなく(まあ、私も偉そうには言えませんが)、その点への追及がほとんどなされないケースが多いのですが、同書では楽器、特にギターに対するヴィジュアル系の特徴については詳しい記述がされています。またファッション面についても、あのヴィジュアル系のとがったメイク、特に髪型についてはどのように作られているのか、という外部から見ると興味のつきない面にも言及されており、この点も含めて、ヴィジュアル系というシーン全般について、著者の非常に深い知見を感じることが出来る1冊となっています。

ただ、それだけヴィジュアル系については非常に詳しい内容になっているがゆえに、逆にヴィジュアル系以外のジャンルについての著者の知識のあまりの拙さに気になってしまう面が目立ちました。

著者はヴィジュアル系以外のシーン、特にグランジロックやそれに連なるオルタナ系、あるいは80年代から90年代のインディーロック系についての、おそらくほとんど知らないのではないか、という記述が目立ちます。例えばhideについて、彼は亡くなる直前、このオルタナ系からの影響が顕著でしたが、その記載についてはほとんどなし。彼が立ち上げたレコードレーベルLEMONedは、もともとZEPPET STOREを紹介するために立ち上げたレーベルなのですが、ZEPPET STOREについての言及がほとんどない点はさすがに片手落ちすぎるのでは?

また、「ロックフェスが生んだヴィジュアル系差別」と題して、「ヴィジュアル系バンドはフェスに出られない」という偏見があると書かれていますが、初期のロックフェスにはヴィジュアル系に限らず、J-POP系のバンド全般がほとんど出られず、その理由は「偏見」とかではなく、第1回のフジロックで、THE YELLOW MONKEYのファンがバンドが出るかなり前から会場の前の方を占拠。イエモンの前に登場したバンドの時なども微動だにせず彼らの演奏を「無視」し続けたため、多くの音楽ファンの批判をあびた、いわゆる「イエモン地蔵」の登場がその後のフェスにJ-POP系のバンドが出られなかった大きな理由である点は音楽ファンにとっていわば「常識」のレベルなのですが、この点についても一切言及がないのは、さすがにちょっと知らなさすぎるのではないか(それかヴィジュアル系について「偏見」ということにしたいがためにあえて無視しているのか)とも思ってしまいます。

その他にも、このヴィジュアル系シーン以外についての知識のなさについてはかなり気になる部分も多く、かなり厳しい内容になっています。確かにヴィジュアル系を語る本であるため、それ以外について多少知識の不足は仕方がないのでしょうが、ブログの個人サイトで語るにはともかく、ライターとしてお金をもらう立場なら、興味がなくても、もうちょっと音楽シーン全般について知識を仕入れるべきでは?その点はかなり強く疑問を抱いてしまいました。

ヴィジュアル系シーン自体についてはかなり詳しい知識を持っており、タイトル通り、知られざるこのヴィジュアル系というジャンルについて、あらためて興味深く知ることが出来ただけに、この点については非常に残念ですし、惜しさも感じます。ヴィジュアル系に対して「偏見」が持たれているというのが著者の主張ですし、それは事実なのでしょうが、それだけに著者自身もヴィジュアル系以外に対して「偏見」を持たず、もうちょっと知見を広げてほしいなぁ、そう感じてしまった1冊でした。

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2022年11月 1日 (火)

90年代ロックへの愛情あふれる良書

今回も最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「ゴッホより、普通にラッセンが好き」というネタでブレイクした芸人、永野の書いたロックにまつわるエッセイ本「僕はロックなんか聴いてきた〜ゴッホより普通にニルヴァーナが好き!」。永野は芸能界きってのロックフリークとして知られているそうで、そんな彼が、90年代の洋楽の代表的な作品を取り上げ、そのアルバムへの愛情を語りつくした1冊。紹介されているアルバムが個人的にも壺にはまる作品が多く、以前から気になっていたのですが、Kindle Unlimitedで読めるようになっていたことに気が付き、電子書籍の形で読んでみることにしました。

個人的に永野は、好きな芸人とかでは全くなく、むしろ「あまり好きではない」(積極的に嫌いではないが)の部類に入る芸人でした。ただ、彼が、90年代の洋楽ロックのようなサブカルチャー近辺に詳しい、というのは、ある意味予想通りといったイメージ。というのも、彼の「ゴッホより、普通にラッセンが好き」というネタは、そもそもラッセンが、一般的な人気や知名度はあるものの、その絵画については画壇などで全く評価されていない、という前提があって成り立つネタであって、その前提を知っているという段階で、ある程度カルチャー、あるいはサブカルチャーには精通しているんだろうな、というイメージを持っていたからです。

そんな訳で、決して好意的に読み始めたわけではないこの本ですが、読み進めるうちにグイグイとその内容にはまっていきました。そこに強く感じるのは90年代洋楽ロックに対する永野の強い愛情。同書では、彼がはまったアルバムを1枚1枚取り上げ、その紹介をしていくのですが、そこには彼の人生と密接にリンクしています。それだけに、ある意味、彼の自叙伝的な内容も兼ねている1冊なのですが、ある意味、ダメダメな部分も含めて赤裸々に、ある種ユニークに描写しているため、そんな自叙伝的な部分を含めて楽しみながら読み進むことが出来ます。

なにげに文章も結構うまく、読み手をグイグイと惹きつける力もあります。正直なところ、ここまで上手い文章を書いてくるというのはちょっと意外でした・・・。また、なによりもおもしろかったのは、そのロックに対する視点。彼が本書で書いている視点は、決して目新しい斬新な視点、という感じではありません。ただ、洋楽ファンが密かに思っていながらも、世の「評論」とは微妙に異なるため、表にできなかったような率直な感想。「僕にとってベックとビョークは、褒めなきゃいけないアーティストだった」「人は本当に暗いときって『キッドA』聴かないと思うんだ」(blurのアルバム「ブラー」について)「でも、大事な捻くれた部分、遊びの部分が後退しちゃったんだよね。」などなど、言いたいことがすごくわかる!と思う部分が要所要所にありました。特に最後、あとがきの「曲さえ良ければ、みたいなことを言い出してから、ロックがつまらなくなった気がします」という感想も、すごく同感で。なんか、アイドルも売れ線J-POPも曲が良ければいいじゃん、みたいな風潮、個人的にもすごく違和感があって・・・なんか、ある種の「こだわり」みたいなのって、すごく大切だと思うんですよね・・・。

正直言って、90年代ロックといっても、若干私と永野は趣向が違っている部分があって、永野は私より2歳年上ということと、彼は中学から洋楽ロックを聴いていたのですが、私は高校の頃から、という点でスタートの時期が一世代くらい違っています。そのため、彼はNIRVANAスタートで、どちらかというとアメリカのヘヴィーロック路線を好んでいたのに対して、私はoasisスタートでblur、RADIOHEADに進んで、あとは逆にPixiesやジザメリなど80年代インディーロックに戻った聴き方をしていました。ただそれでも、同じ90年代の洋楽ロックを聴いてきたということで言いたいことはすごくよくわかります。親近感を覚えながら読み進むことが出来ました。

予想外に楽しく読み進めることが出来た内容で、評論家とは違う、音楽ファンだからこそ書くことができた、まさに「良書」と呼ぶにふさわしい1冊だと思います。90年代の洋楽ロックをリアルタイムで楽しんできたアラフォー、アラフィフ世代の音楽ファンは、読んで損のない1冊。お勧めです!

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2022年10月25日 (火)

拡大していくシーンの中で

昨日に引き続き、今日も最近読んだ音楽系の書籍の紹介です。

今回は、日本語ラップのブログ開設以降、特に日本語ラップの評論活動を続けるライターの韻踏み夫(「ギャグマンガ日和」に登場しそうな名前だな・・・)による日本語ラップの名盤ガイド「日本語ラップ名盤100」です。タイトル通り、日本語ラップの名盤100枚を紹介したディスクガイド。ラップ黎明期のいとうせいこうやTINNIE PUNXからスタートし、スチャダラやキングギドラ、THA BLUE HERBやShing02、RHYMESTER、BUDDHA BRANDといった早々たる面子の名盤を並べつつ、直近2021年の作品まで、日本語ラップの代表作がズラリと並んでいます。

日本語ラップの名盤ガイドといえば、昔、当サイトで「日本語ラップ伝説」という本を取り上げたことがあります。ただ、この本が出てから、もう10年も経つのですね・・・ちなみにこの10年間(2013年以降)に、本書では20枚もの作品が名盤として取り上げられており、日本語ラップが現在進行形で数多くの名盤がリリースされ続けていることを感じさせます。

さて、昨日はボカロの名曲ガイドを取り上げて、今日は日本語ラップ。実はこの2冊、あえて続けて取り上げさせていただきました。というのも、この2冊を読んで強く感じたのが、ボカロソングと日本語ラップ、ある意味、ここ数年内で日本のヒットシーンの中でもっとも勢いを感じさせるジャンルであるのですが、2冊続けて読むと、この両者、見事に正反対の特徴を持っていることを感じるからです。

特に特徴的なのが楽曲と社会全般とのリンク。ボカロは、正直、ちょっと異常と思われるほど「社会」から距離を置いているのに対して、日本語ラップは非常に社会派な曲が多くリリースされています。HIP HOPも、シーンの性質的に「内輪」な要素が大きいジャンルではあるのですが、昨日書いた、ボカロの「内向き」とはちょっと違って、HIP HOPは内輪ではあるものの、仲間との絆や地域のつながりを大切にしており、ある意味、「他者」を意識しているのに対して、ボカロは完全にある意味、他者を全く意識していない「内向き」さを感じます。

本書では、こちらはおそらく著者の意向もあるのでしょうが、この社会派的な側面を非常にクローズアップした批評が目立ったように思います。内輪でありつつ、社会とのつながりを意識している日本語ラップ・・・それは、日本語ラップが地域とのつながりを大切にしている点にもつながります。この点もボカロとは対極的で、日本語ラップは、横浜や名古屋など地域性を押し出したラッパーのグループが存在するのですが、ボカロの場合、こちらも異常と思えるほど地域性がありません。

もちろん、そういったHIP HOPの特徴がネガティブに反応する場合もあり、ビーフ(ラッパー同士、けなしあうこと)や、セルアウトに対する拒絶感などは他者を意識しているからこそ起こりえる現象とも言えるのでしょう。ボカロでは、ボカロP同士が批判し合うだとか、売れることに対して拒否反応を示す、などといった現象は一切起こっていません。そういった点でも対極性を感じます。

ちなみに本書、社会派にクローズアップしているという特徴の流れで、比較的、フィメールラッパーも積極的に取り上げているような印象を受けました。特にHIP HOPの世界では男尊女卑的な傾向が強く、シーンのネガティブな要素となっているだけに、そんな中で活動するフィメールラッパーはいずれも非常にその言動が意識的。それだけらこそ、後の世に強く印象付ける名盤を生み出しやすいのかもしれません。

ボカロソングが曲単位の紹介なのに対して、日本語ラップがアルバム単位という点も対極的と言えるかもしれません。ただ、両者に共通する点としては、ここ数年、そのすそ野がどんどんと広がっていっているという点でしょう。ボカロシーンもそうですが、日本語ラップも様々なラッパーがシーンに登場してきています。ある意味、水と油な両者ですが、両者が融合してあらたなシーンを生み出すのも近いかもしれません。

日本語ラップシーンがどんどん拡大している今だからこそ、あらためてチェックしたい名盤が並ぶ本書。日本語ラップの入門的にも最適に感じるアルバムでしたし、日本語ラップ黎明期からの流れもつかむことが出来るディスクガイドになっていました。どんどん更新されている日本語ラップの歴史がゆえに、今、チェックしておきたい1冊です。

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2022年10月24日 (月)

ボカロシーンの歴史を俯瞰

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍に関しての紹介です。

ボーカロイドというソフト、音楽ファンなら間違いなく知っていると思います。初音ミクに代表される合成音声ソフトのこと。この「ボカロ」と略されているソフトを使用して音楽を作成し、You Tubeやニコニコ動画に投稿されたボカロソングは、今の日本の音楽シーンの中での大きな流れとなっています。そのボカロを使って曲をつくる「プロデューサー」は「ボカロP」と呼ばれていますが、最近では米津玄師、YOASOBI、ヨルシカなどといったボカロP出身のミュージシャンが、ヒットチャートを席巻するようになりました。

本書は、このネット上で話題となったボカロソングを100曲選曲し、紹介した楽曲ガイド「ボカロソングガイド名曲100選」です。ボカロソングの代表格的な曲がズラリと紹介されており、supercell、wowaka、DECO*27、ハチ(=米津玄師)、Mitchie M、じん、livetuneなどといった初期の代表的なボカロPの代表曲からスタートし、ここ最近の楽曲までズラリと網羅。ボカロに関係するトピックのコラムもついており、名曲ガイドを通じて、ボカロ界隈の音楽の流れ、歴史について知ることが出来る1冊となっています。

個人的に、このボーカロイドを使った音楽シーンの流れについては、初期の頃から非常に興味深く見てきました。楽器についてはパソコンで代替できることになった中、最後までどうしても人の手を介さなければならなかったボーカルというパートまでもが、人の手を介する必要がなくなった=ボーカルを含めて、全てのパートを1人で作成できるようになった、という意味で、非常に画期的な技術であり、またポピュラーミュージックの可能性を大きく広げるものである、ということを、比較的初期の段階から指摘していました。

ただ率直に言えば、私がその時期待していたほどの広がりを見せていません。ようやく米津玄師やYOASOBIなどがお茶の間レベルで知られるようになってきたのですが、正直、登場まで遅すぎると思っていますし、個人的にはボカロが本来持っているポテンシャルを考えると、まだまだ不十分と思っています。そして、この本を読むと、なんとなく、私が期待していたほどに伸びなかった理由がわかるような気がしました。

最大の理由は、このボカロシーンが非常に内向きであるという点だったと思います。今回、ボカロの歴史を網羅したこの100選ですが、これだけの曲がありながら、社会とリンクした曲が一切ありません。そのため、例えば、ここで紹介された曲が30年前の曲と言われようが、30年後の曲と言われようが、全く違和感なくマッチしてしまいます。政治性を排除した歌謡曲やJ-POPでも、楽曲にそれなりの社会性が反映されている中、ここまで社会性を排除した曲が並んでいるのは、少々異様にすら感じられました。

この内向きな方向性は音楽性にも感じられます。ここで紹介されているボカロソングをすべて聴いた訳ではありません。ただ、知っている曲や、ここでの紹介文を読む限り、音楽的には90年代J-POPから地続きの曲が多く、目新しさは感じられません。ここらへんの内向きさというか保守的な雰囲気がボカロソング全体に感じられました。個人的にはボーカロイド技術の画期性から、様々な才能がこのシーンに流れ込んで、聴いたことないような音楽のジャンルが生み出される、という期待をしていたのですが、そのような動きにならなかったのは、このシーン全体の内向きさが大いに関係しているように感じました。

そういう意味では、以前、ここでも紹介した「ボーカロイド音楽の世界2017」では、ボカロソングの奥深さも感じられただけに、本書では、シーン全体を俯瞰する必要性からか、その奥深さという点を紹介しきれていないのは少々残念に感じました。ただ一方で、本書を読む限りでは、ここ数年のシーンでは、どんどん新たなジャンルを取り入れたボカロソングも登場してきたことも伺うことが出来ます。初音ミク登場から15年近くが経過して、ようやくジャンルが広がってきた、と言えるかもしれませんし、ようやく外を意識するミュージシャンたちが登場してきたと言えるかもしれません。また、外を意識してきたからこそ、米津玄師をはじめお茶の間レベルで人気を博するボカロPが登場してきたのでしょう。

ある意味、いかにもロッキンオン出身っぽい、変な意味づけで無駄に絶賛することしか出来ない柴那典のような文体がちょっと気になるのですが、とりあえずはボカロシーンを俯瞰するには最適な1冊だと思います。初期以降のボカロシーンの問題点を感じつつ、それが最近、徐々に変わっていることを感じることが出来た1冊でもありました。このままいけばさらに15年後には、私が期待していた音楽シーンを一気に変えるような、とんでもない才能がボカロシーンから誕生するのでは?そんな予感もしてしまいました。

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2022年10月11日 (火)

SPレコード収集のバイブル

昨日に引き続き、今回も最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

今回読んだのは、音楽評論家・レコード史家で、当サイトでも時々紹介しているSPレコード復刻専門レーベル「ぐらもくらぶ」での選曲・監修を行っている毛利眞人氏による「SPレコード入門〜基礎知識から史料活用まで」。SPレコードとは、主に戦前に流行したレコード盤の企画。最大収録時間が4分程度の長さで、戦後には、今も販売されているLPレコードやEPレコードに取って代わられるのですが、戦前には数多くのSPレコードがリリースされ、現在も多くのSPレコードのコレクターが存在します。そんなSPレコードについて詳しく紹介した1冊が本書です。

個人的には、特にSPレコードを収集している訳でもなく、また、SPレコードを聴くような予定もないのですが、ぐらもくらぶからリリースされるSPレコード復刻のオムニバスを好んで聴いており、主に戦前に流通したSPレコードとはどんなものなのか興味があり、この本を手に取ってみました。そんな訳で、「入門」というタイトルからイメージされる通り、SPレコードの「入り口」に触れようとして読んだ1冊でしたが、この本、予想以上に濃い内容になっていました。

序章のSPレコードとは何か、という点からスタートし、第1章ではSPレコードの買い方や保存方法、さらに第2章ではレコードの歴史や、戦前のレコードレーベルの変遷などが書かれています。特に第2章で描かれるレコードの成り立ちや戦前のレコード会社の話などは、SPレコードに直接興味がなくても、興味深い内容になっています。

それが徐々に深く、濃くなっていくのは第3章から。第3章では「SPレコードの基礎知識」としてSPレコードの材質やら回転数やら歌詞カードやら、SPレコードにまつわるあれこれについて語られています。個人的にはじめて知って興味深かったのが、音楽の「アルバム」の語源。SPレコードを複数枚まとめて写真のアルバムのように発売していたのが、「アルバム」と呼ばれる語源だったということを今回はじめて知りました。

そして第4章以降、かなり深く、濃い内容になってきます。レーベルから読み取れる情報やさらにレコードに刻まれる刻印から読み取れる情報、それによって録音や製造の時期、版数まで読み取れるそうですが、まさにかなりマニアックな領域。さらにSPレコードの情報をより細かく入手するためのディスコグラフィーやデータベースの紹介まで行われており、「入門」というタイトルながらも、SPレコードを集めようとする人が必要とする情報をほぼ網羅するような、かなり広く、濃く、奥深い内容になっていました。

正直なところ、特に後半に関しては、コレクターでもなく、収集を行う予定もない自分にとっては、あまり直接興味のない内容ではあったのですが、それでもSPレコードの世界の奥深さに触れることが出来る内容だったと思います。また、この本、私の家の近くの書店でも置いてあったように、広く販売され、簡単に手に取れるような本であるにも関わらす、これだけマニアックとも思える情報まで網羅されている点も驚かされます。おそらく「SPレコード入門」というタイトルながらも、収集を行う人にとっては、バイブル的に中級者・上級者も活用できる内容ではないでしょうか。まさにSPレコードコレクターにとっては決定版ともいえる1冊のように感じます。

これを読んでみても、さすがにコレクションをしようとまでは思いませんが、この本を読んで、ちょっとSPレコードを手にとってみたいな、と思わせる1冊でした。SPレコードを集めたいと思っている人がいれば必読の1冊。そうでなくてもSPレコードに興味があれば、読んでみて損のない内容です。マニアックな部分もありつつも、SPレコードの奥深い世界に触れられた1冊でした。

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2022年10月10日 (月)

数々の興味深いエピソードに惹きこまれます。

今回は最近読んだ音楽関連の書籍についての紹介です。

今回紹介するのは、「黒人ばかりのアポロ劇場」(原題:UPTOWN:The Story Of Harlem's Apollo Theatre)という本。「アポロ劇場=アポロ・シアター」については、少しでもブラック・ミュージックに興味がある方なら、ご存じでしょう。ニューヨークはハーレムにある劇場で、様々な黒人ミュージシャンがその舞台を踏んできた、ある意味、ブラック・ミュージックにとっては「聖地」とも言える劇場。本書は、そんなアポロ・シアターの支配人だったフランク・シフマンの息子、ジャック・シフマンがアポロ・シアターにおける数々のエピソードを綴った1冊。もともとは1971年に発行され、1973年に武市好古の訳により日本でも発刊。名著として知られていましたが、その後、廃刊に。そんな作品が、その当時の訳文そのままに、このほど復刊されました。

そんなアポロ・シアターの物語が描かれているのが本書。前述の通り、アポロ・シアターの歴史を論文的な構成で綴られた作品、ではなく、アポロ・シアターでの様々なエピソードを紹介した作品になっています。アポロ・シアターについて編年的・論理的に書かれた作品ではないため、「アポロ・シアターの歴史」を学ぶにはちょっとわかりにくい部分もあります。ただ、様々な、それこそ人間味あふれるエピソードがつづられているだけに、アポロ・シアターがどのような劇場であったか、どのような雰囲気であったのかは、非常に良くわかる内容になっていました。

特に「第一幕 おれたちの劇場」では、アポロ・シアターがどのような劇場であったのかが、具体的な描写をまじえながら表現しているのですが、どのような劇場であったのか、本を読んでいる私たちにとっても、その風景が浮かんでくるような描写が見事。読んでいながら、まるでアポロ・シアターを訪問したかのような、そんな気持ちにすらさせられる章となっています。

「第二幕」以降は、それぞれ、様々なテーマに沿って、アポロ・シアターにまつわるエピソードを紹介しています。アポロ・シアターというと、特にソウルのミュージシャンたちが数多くその舞台に立ってきた・・・というイメージがあるのですが、この本を読むと、むしろソウル・ミュージシャンたちについては、その歴史の最後の方のページに少しだけ登場するだけ。むしろビックバンドやジャズ、ダンサーやコメディアンといった、音楽以外のジャンルを含む、様々なパフォーマーがそのアポロ・シアターの舞台に立ってきたということが、数多くのエピソードを通じて感じられます。

数多くのエピソードに彩られながら、戦前から戦後にかけての、非常に幅広いアメリカの黒人エンタテイメント界の状況がよくよく理解できる一冊。エピソードメインの内容なので非常に読みやすかったですし、もちろん私も知らないことだらけで、終始、非常に楽しめた1冊でした。もともとの発行が1971年ということで、それ以降の話はもちろん登場しないのですが、アポロ・シアター自体、この後1975年に資金難のために一度閉鎖されているため、アポロ・シアターについて取りまとめた本としてはちょうどよいタイミングだったかもしれません。

「名著」と呼ばれるにふさわしい1冊で、ブラック・ミュージックが好きなら、文句なしに楽しめる作品ですし、これはまずは「読むべき1冊」のようにも感じました。興味深いエピソードの数々に、一気に惹きこまれること間違いなしの作品でした。

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2022年8月22日 (月)

アメリカポピュラーミュージックを深く分析

今回も最近読んだ音楽関連の書籍です。今回読んだのは、アメリカ文学、ポピュラー音楽の研究家である大和田俊之が、現在のアメリカの音楽シーンを分析した「アメリカ音楽の新しい地図」です。

大和田氏は、ここでも紹介した「文科系のためのヒップホップ入門」の著書。アメリカのポピュラーミュージックの事情について、非常に詳しくキャッチアップしています。この本は、テイラー・スウィフト、ケンドリック・ラマー、ラナ・デル・レイ、チャンス・ザ・ラッパー、さらにはBTSまで、現在のアメリカでヒットを飛ばしているミュージシャンが、どういった社会的背景を持っているか、どのような思想の下に行動をしているのか、さらにはどうして注目を集めているのか、というのを詳しく記載しています。

アメリカの社会情勢と音楽との関わりについては、日本のメディアでも少なからず紹介されます。例えばテイラー・スウィフトがトランプ元大統領を強く批判したことは日本でもそれなりに報道されました。また、ケンドリック・ラマーの歌詞の内容についても、日本の音楽メディアでもよく話題になります。そういった意味でも、同書で紹介されている話について、全く知らなかった・・・といった感はありません。

ただ一方、ブルーノ・マーズやラナ・デル・レイを巡る背景や、HIP HOPとアジア系との関係などは、同書であらためてよく知ることが出来ましたし、なにより強く感じたのは、上記のテイラー・スウィフトやケンドリック・ラマーも含めて、アメリカのポピュラーミュージックが、アメリカの社会情勢と非常に深く結びついているんだな、ということをあらためて強く感じました。日本でも社会的なメッセージを発するミュージシャンは少なくありません。しかし、そのようなミュージシャンでも、そのメッセージを音楽活動に結びつけているミュージシャンは多くありません。例えば坂本龍一もそんなメッセージをよく発するミュージシャンの一人ですが、以前、反原発に関するフェスを行ったことはあるものの、彼の音楽自体について、社会的情勢と強くリンクしたものは、あまり多くありません。

また、アメリカの社会情勢の中で最もインパクトを与えるのが、アメリカにいる多彩な人種の影響という点も興味深く感じました。アフリカにいる黒人が音楽シーンに与える影響については、いままでも様々に言及されてきましたが、ヒスパニック系や、さらに最近、アメリカでも影響が強くなってきたアジア系の影響も記載されています。さらにはケンドリック・ラマーの作品を聴いていると感じるのですが、ブラックコミュニティー内部の問題にも言及されています。アメリカ社会が抱える多彩な人種が、ポピュラーミュージックの世界に大きな影響を与えているということを強く実感できました。

本書では、最後にCOVID-19の音楽シーンに与える影響についても記載しています。ただ、ここで興味深かったのはCOVID-19と1918年のスペイン風邪の大流行を比較していること。COVID-19の流行の際、中国やアジアに対する差別的言動が問題になりましたが、スペイン風邪の時もドイツに対する差別的言動が目立ったという点も興味深かったですし、スペイン風邪の流行の時も、同じく、コンサートなどで人が集まることが規制されていた、ということもはじめて知りました。また一番興味深かったのは、コンサートではなく家で音楽を聴く手段として、自動ピアノや蓄音機などが一気に普及したという点。今回のCOVID-19でもライブストリーミングが一気に浸透しましたが、やはり人間はいつでも音楽を求めるんだということを強く感じ、またそのような中、新たなテクノロジーで困難を乗り越えようとする人間の逞しさも感じました。

著者は慶応大学の教授ということもあり、社会学的な観点からの難しい記載も多く、若干、で、何がいいたいの?とまとめ切れていない部分も感じたのですが、その点を差し引いても、非常に興味深く読むことが出来ました。また、アメリカのポピュラーミュージックを十分理解するのは、これだけ社会的状況にも深くコミットして分析する必要があるんだな、ということも強く感じました。

このアメリカのポピュラーミュージックの分析、今後も何年かのスパンを置いて、同じような著作が読みたいな。ある意味、リアルタイムだからこそ意味のある書籍なので、今のうちにチェックすることがお勧め。アメリカのポピュラーミュージックシーンについて深く理解したいと考えている方は、必読の1冊です。

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2022年8月19日 (金)

貴重なインタビューは必読!

今回は、最近読んだ音楽系の本の紹介です。

日本ブルース界の第一人者、吾妻光良がブルースについてあれこれ語った1冊「ブルース飲むバカ歌うバカ」。私も購読しているブルースやソウルの専門誌「Blues&Soul Magazine」に連載しているエッセイをまとめ、もともとは2006年に販売されたもの。現在もこのエッセイは連載中なのですが、今回、電子版として復刻。ブルースに関してのエッセイ集ということで興味を抱き、今回、読んでみました。

本誌は4章から構成されており、このうち一番興味深かったのは第一章の「達人さんいらっしゃい」でしょう。様々なブルースやソウルミュージシャンへのインタビューが掲載されています。ほとんどが70年代や80年代に行ったインタビューで、もちろん鬼籍に入ったミュージシャンも多く(というよりもほとんどが・・・)、また、音楽評論家やライターによるインタビューではなく、ミュージシャンという立場から、かなりざっくばらんとしたインタビューになっているため、一味違ったインタビューになっているのが興味深く感じます。

その中でもインタビューを受けたミュージシャンたちの個性を強く感じます。例えばB.B.KINGへのインタビューに関しては、コンピューターを含め、あたらしい技術を積極的に取り入れようとしているスタイルに、彼のあくなき挑戦心を強く感じました。生涯現役を続けた彼ですが、こういう新しいことに関しての好奇心が、生涯ミュージシャンを続けた大きな要因だったのでしょう。

他に興味深かったのはゲイトマウス・ブラウンのインタビューでしょう。彼は、自分の音楽を「ブルース」という枠組みにあてはめるのを極端に嫌がったということで有名ですが、このインタビューでは、ブルースという枠組みでインタビューを行おうとする著者に対して、終始怒っています(笑)。有名なエピソードとしては知っていたのですが、本当に彼が「ブルース」という枠組みにあてはめられるのを嫌がったんだな、ということを強く感じさせるインタビューでした。

また、第二章「ブギ・トゥ・ザ 西  ブギ・トゥ・ザ 東」も非常に興味深い内容でした。著者が国内海外様々なところに旅して、そこのブルース事情について調査したエッセイ。香港やベルギー、フィリピンといった、一般的にブルースとなじみのない都市に著者が訪れて、時には現地で活躍するブルースミュージシャンたちともセッション。世界のどんな街でも、その街なりのブルースシーンというのがあるんだな、ということを知れて、非常に興味深く感じました。

ただ、そんな興味深いエッセイも多い一方、全体的に残念に感じたのは彼の書く文章が非常に読みにくかった、という点。特に70年代80年代の初出のエッセイについては、今はやりの「おじさん構文」っぽいラフな文章になっています。おそらく「おじさん構文」の元とも言われる「昭和軽薄体」からの影響を受けているのでしょう。かつ、著者はこの時、まだ20代のはずで「おじさん」と呼ばれる年齢ではなかったはず。「おじさん構文」はもともと、そのおじさんが若かった頃に「カッコいい」と思っていた文体だったという指摘は時々なされていますが、それを裏付けるような文体になっています。なお、皮肉なことに、著者がおじさんになっていくにつれて、この「おじさん構文」が少なくなっていくのですが、全体的にラフな文体になっていて、少々読みにくいなぁ、ということは最後まで否めませんでした。

また、後半については、著者の思い付きの域を得ないようなエッセイも少なくなく、正直、若干おもしろくないな、と感じさせる部分も少なくありませんでした。そういう意味でも著者の癖が強い部分も少なくありませんし、読む人を選ぶ部分がある点も否定できません。ただ、第一章のインタビュー記事を読むだけでもブルースやソウルファンにとっては読む価値のある1冊だと思います。まあ、癖の強さもある意味、著者の「味」の部分ということで・・・楽しめた1冊でした。

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