書籍・雑誌

2025年5月13日 (火)

KANに対する愛情が伝わる

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

この本については、偶然、本屋で見つけて正直なところかなりビックリしました。音楽プロデューサーであり、ライターとしても活躍している鈴木ダイスケの著書「私的KAN論」。おととし、61歳という若さでこの世を去ったシンガーソングライターのKANについて、彼なりの視点で評した1冊。KANというとお茶の間レベルではともすれば「愛は勝つの一発屋」的に扱われているケースが少なくない中、一方ではミュージシャンをはじめ、多くの熱烈なファンを抱えています。とはいえ、こういう形でKANについて語った本が1冊にまとめまってしまうあたり、ちょっとビックリしました。

もっとも、KANというミュージシャンが、ファンにとって語りたくなるミュージシャンというのは、なんとなくわかるような気もします。まずなんといっても、前述の通り、ともすれば「一発屋」扱いされていることもある彼について、「そうじゃないんだ、『愛は勝つ』よりもよっぽどいい曲がたくさんあるんだ」と叫びたくなる気持ちは、ファンなら誰でも持っているでしょうし、また、ビリー・ジョエルやポール・マッカートニーはじめ、洋楽ミュージシャンの要素をさりげなく(時にはかなり大胆に)楽曲に取り入れて、しっかりと日本人の耳になじむようなポップスにまとめあげている彼の音楽的手法は、特に音楽に詳しければ、いろいろと分析して語りたくもあるかと思います。さらに、本書でも語られいるKANの歌詞。都会にどこにでもいるような人物にスポットをあてた歌詞の世界は、誰でも共感できるような内容になっており、それゆえに自らの人生と語り合わせて語りたくなる、というのはよくわかります。

この「私的KAN論」についても、デビュー当初からファンだったという鈴木ダイスケが、思う存分、KANに対する思いを語っており、なによりも純粋に彼がKANのことを好きだったんだなぁ、と読んでいてほほえましくすら感じられる内容でしたし、KANに対する愛情という意味では、同じファンとして非常に共感できる内容になっていました。

本書においては、彼のKANに対する思いを、彼の人生に照らし合わせて語られるほか、同時代に活躍した他のJ-POPミュージシャンへの比較が語られたり、当時のKANのインタビュー記事などもピックアップされ、KANの音楽活動についても同時に語られています。また、音楽プロデューサーらしく、KANの洋楽ミュージシャンからの影響についても分析がなされており、この点についてもあらためて勉強になる部分でした。

また、個人的に興味深かったのは、デビュー直後のKANについて書かれた部分で、その当時のKANがどのような立ち位置にいたか、どのように捉えられていたかということを、著者からの視点ではあるものの、やはり非常に興味深く読むことが出来ました。ここで取り上げられていたのですが、80年代から90年代に人気を博した漫画「ツルモク独身寮」に、KANの「東京ライフ」が登場するんですね。このエピソード、正直今回はじめて知りました・・・。

一方、著者は私より年上の世代となるのですが、そのため、KANや当時のJ-POPに対する見方が、私とは微妙に異なっており、この世代によるギャップにも興味深く感じることが出来ました。年齢が違う・・・といっても、アラフィフくらいになれば、「ほぼ同年代」で括れそうな違いしかないのですが、ただ90年代を、主に大学生から社会人として過ごした著者と、主に中学生から高校生として過ごした私とでは、やはり感じ方、見え方に大きな差があるように感じます。

例えば、後のJ-POPに対する影響という点で、チェッカーズをBOOWYやブルーハーツより大きく取り上げていますが、小中学生時代の学校でのブルーハーツの盛り上がり方やその後の影響を感じると、その記載はちょっと疑問に感じる部分もあります。また、特にギャップを感じるのが堺正章とKANの類似性を書いた記載で、これはもともとミスチルの桜井和寿が言い出したことを著者が同意しているのですが、私くらいの世代だと、堺正章というと、飄々とした雰囲気ながらも芸能界の「ドン」であり、逆らったら怖い人、みたいなイメージがあるのですが、著者くらいの世代だと、まだそこまでの大御所ではなかった時代を見ているので、イメージが異なるのかもしれませんね。さらにKANと似たタイプの男性シンガーソングライターとして大江千里をよく取り上げられており、一方で槇原敬之についてはあまり言及がないもの、やはり世代による違いように感じました。

また、ちょっと残念に感じた部分として中盤、同時期に活躍した男性ミュージシャンについての話が何章かにわたって続くのですが、ここらへんについては読んでいて微妙に感じました。正直なところ、KANと直接的なつながりがない記載も多く(特に小田和正)、わざわざ取り上げている点に違和感も覚えます。どうも著者は仕事などの都合上もあって、90年代中盤についてはちょっとKANからは遠ざかっていた時期があったようで、この頃の記載に関してはかなり薄くなってしまっているのが残念なのですが、後追いでもアルバムは聴いているようなので、この時期のアルバムについても、あらためて音楽的にチェックしたり、後追いでもよいので、当時の雑誌記事などからKANの動向について分析を加えてほしかったな、ということを残念に感じました。

「私的KAN論」という記載の通り、おそらく著者的にもあえてだとは思うのですが、著者の色合い、主張も濃い内容なだけに、著者のKANへの愛情を素直に感じられる反面、それぞれ心の中にKAN像を思い描いているファンにとっては、ちょっと違和感のある部分も出てくるかもしれません。ただ、それを差し引いても、特にデビュー当初からKANを追いかけてきた彼の記載は、やはり興味深い記載も多いですし、なによりも同じKANのファンとして共感できる部分も多く、非常に楽しんで読み進めることが出来ました。こうやって、KANに関するエッセイだけで1冊の本になっちゃうあたり、あらためてKANというミュージシャンの魅力、そして多くのファンを楽しませてきた、という事実を強く感じます。KANが好きならば、まずは手にとって損のない1冊です。

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2025年4月15日 (火)

90年代の懐かしいヒット曲の数々を紹介

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「8cmCDで聴く、平成J-POPディスクガイド 「小室」系、「ビーイング」系、「渋谷」系──CDがもっとも売れた90年代の名曲200」。タイトル通り、1990年代の8cmCD、いわゆる短冊形シングルでリリースしたシングルを紹介するディスクガイド。数多くのミリオンセラーが登場し、日本の邦楽シーンに最も活気があったとも言える1990年代。その音楽シーンで主流であった8cmCDでのシングル曲を紹介した1冊となります。1990年代といえば、私にとっても主に、中学生から大学生にあたる時期。特に前半についてはヒット曲を一番追いかけていた時期になりますし、後半については、当サイトも立ち上げて、もっとも幅広く多い邦楽を聴いていた時期。それだけにかなり思い入れのある時期になるだけに、この1冊も気になり、読んでみました。

このディスクガイドの大きな特徴となっている点は、「売れたシングルを紹介している」という点です。90年代のディスクガイドは、こちらの本こちらの本など、いままでも何度かここで取り上げました。ただ、どちらのディスクガイドもアルバム主体であり、なおかつ、筆者の評価の入った「名盤集」となっています。一方、今回紹介するディスクガイドについては、当時ヒットしたシングルを徹底的に紹介した1冊。さらに原則的に1ミュージシャン1曲のみが取り上げられています。そして、紹介文は基本的には楽曲やミュージシャン自体の紹介が主となっており、評論的な部分は控えめ。あくまでも90年代のヒット曲の紹介に終始した構成となっています。

そして、ここで紹介されているシングルは、私にとってもリアルタイムで聴いていたシングルとなるため、この本を読みながら、非常に懐かしい気持ちになりました。今回、200曲が紹介されているのですが、この感想を書くにあたってあらためて確認したのですが、この200曲の中で私が聴いたことない曲は1曲もありません。かつ、私が今の段階でメロディーを口ずさめない曲も、おそらく、両手で余る程度。ほぼ全ての曲に関して、少なくともサビの部分は口ずさめる曲ばかりが並んでいます。実際、読み進む中で、紹介されている楽曲が頭の中に流れ出してきて、懐かしさを感じつつ、読み進めることが出来ましたし、リアルタイムに90年代のヒット曲を楽しんでいた自分としては、素直に楽しめたディスクガイドでした。

ただ一方、紹介するシングルを8cmCDと限ったというコンセプト上、どうしても90年代のJ-POPシーンを包括的に紹介できているか、と言われると、かなり疑問に残るディスクガイドにもなっていました。

90年代というと、前述の通り、邦楽シーンが最も活気だっていた時期ですが、それは必ずしも8cmCDでシングルをリリースされていたヒットシーンに限りません。例えば、アンダーグラウンドシーンやサブカルチャーシーンでは90年代の比較的初期から、8cmでのシングルはリリースされていませんでしたし、さらに90年代終盤になると、マキシシングルが主流となってきており、8cmCDは徐々にその役割を終えています。

実際、本書の中でも渋谷系の紹介の中で8cmCDではあまりリリースされなかった旨が書かれていますし、90年代にアンダーグラウンドシーンから誕生し、2000年代にかけて徐々に花開いていったHIP HOPやメロコア・パンク、オルタナ系ギターロックなどにはほとんど触れられていません。

本書の前書きで「90年代、平成のJ-POP=8cmシングルだと言っても過言ではありません。」と言っていますが、はっきりいって過言だと思います。特に2025年という現在からみて90年代を振り返った場合、ミッシェル・ガン・エレファント、ブランキージェットシティー、ナンバーガール、ハイスタンダード、ライムスター、キングギドラなどなど、2000年代以降のシーンに大きな影響を残したミュージシャンが数多く1990年代にデビューしていますが、本書では軒並み紹介されていません。ヒットシーンからサブカルチャー、アンダーグラウンドシーンまで、シーン全体に余裕があっただけに百花繚乱、音楽シーンとしての厚みがあった点が90年代J-POPの大きな魅力だと思うのですが、残念ながら本書は「8cmCDのヒット曲」という括りを設けただけに、90年代J-POPの本来の魅力を捉えられていないという印象を受けました。

もちろん、それは本書が、「8cmCDのヒット曲を取り上げる」というコンセプトの下に構成されている以上、仕方ない部分かもしれません。むしろ「ヒット曲」というのは、逆に「名盤集」などで取り上げられずらい部分もあるため(特に90年代J-POPのような、商業主義的に見られがちなメガヒット曲については)本書のような存在は意義深いとも言えるかもしれません。ただ、それはそれで、コラムでフォローするか、これらのCDは、あくまでも90年代J-POPの一部に過ぎない、という点は言及してほしかったようにも思います。

実際、前述の通り、懐かしいヒット曲の連続で懐かしく楽しめた反面、紹介されているCDがそれ以上でもそれ以下でもなかったため、やはり読み進む中でちょっと物足りなさを感じてしまったのも事実。本書のコンセプト上、仕方ない部分ではあるとは思うのですが・・・ちょっと惜しくも感じた1冊でした。

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2025年3月29日 (土)

ディスコブーム関連3アイテム

今日紹介するのは80年代に流行したディスコについて取り上げたアイテムです。

Title:昭和40年男 presents ミッドナイトステーション~踊れ!ディスコ DE 歌謡曲~

昭和40年代生まれの男性が青春時代を送っていた頃の流行を取り上げるカルチャー誌「昭和40年男」。同誌とコラボしたコンピレーションアルバムが本作で、70年代に大流行したディスコミュージック・・・そのものというよりも、そのディスコミュージックに影響を受けた歌謡曲を取り上げたコンピレーションアルバムとなります。

年代的に、ディスコがブームになった頃は、私がまだ赤ちゃんだった頃の話。そのため、ディスコブームについてはリアルタイムには全くわからないのですが・・・このコンピを聴くにあたって、このディスコブームを特集した雑誌「昭和40年男」も読んでみました。

「昭和40年男 2024年10月号」。特集記事は「魅惑の昭和ディスコナイト」となります。タイトル通り、70年代のディスコブームについて取り上げた特集記事。ただ、読んでみたのですが、取り上げているのは主にディスコブームという現象そのものであり、音楽そのものへの言及はあまりありません。

ただ、このディスコの特集記事を読んでつくづく思うのは、私が生まれた昭和50年代とはたった10年の差しかないのに、文化的にはかなり異なったものを感じます。これは以前もここにチラッと書いたかと思うのですが、ディスコにおいてはみんな同じステップで踊ることを称賛されていたようです。一方、私たちの世代にとって、特にサブカルチャーシーンにおいて、音楽に対してみんな一緒のポーズで踊るのは、ある意味、馬鹿にされる行為となっていました(ヒットチャートの中心にいたミュージシャンたちのライブでは、みんな一緒のポーズで踊っていたので、それに対するカウンターということもあります)。たった10年で、ここらへんの価値観がガラリと変化した、というのは非常に興味深く感じます。

また、特集記事があくまでもディスコブームという現象そのものであり、音楽的にはディスクガイドはあるものの、あまり多くは割かれていません。そのため、残念なことに前述のコンピレーションアルバムとの連携記事もなし。せっかくなんだから、連携記事くらい載せてほしかったのですが・・・コラボ企画でありながら、非常に残念に感じました。

さて、肝心のコンピレーションアルバムの感想に戻るのですが、ディスコという観点からすると、正直言ってちょっと微妙な印象が否めません。というのも、前述の通り、収録されているのはディスコソングそのものではなく、ディスコに影響を受けた歌謡曲。そのため、「これ、本当にディスコの範疇に入れていいの??」といった感じの曲もちらほら見受けられます。

確かに、ラッツ&スターがディスコに挑戦した「夢のディスコティック」という曲や、アメリカの女性ボーカルグループ、スリーディグリーズが日本独自でリリースした「にがい涙」など、聴きどころもあるのですが、ディスコソングというイメージで聴き始めると、少々肩透かしを食らう感じは否めせん。最後を占めるバブルガム・ブラザーズの「WON'T BE LONG」は1991年のヒット曲で、ディスコブームとは直接関係ないと思うのですが、雑誌の中で彼らがディスコブームについて、インタビューを受けていた影響でしょう。唯一、雑誌とリンクした収録曲ではあるのですが。

評価:★★★

特に、同じディスコをテーマとしたコンピレーションアルバムでも、同じ時期に聴いたこちらは、B級的なディスコソングが詰まっており、ある意味、ディスコブームの猥雑さがよくわかる興味深く、そしてとても楽しいコンピレーションアルバムに仕上がっており、こちらの方が、ディスコブームをより反映したコンピレーションとなっていました。

Title:ゴールデン☆ベスト DISCO TRAIN − ワーナー・レア・ディスコ・クラシックス 1976−1979 Selected by T−GROOVE

こちらは、レコード会社を横断してリリースされる同一タイトルの廉価版ベストシリーズ「ゴールデン☆ベスト」でリリースされた1枚なのですが、タイトル通り、1976年から79年のディスコブーム真っただ中でリリースされたディスコソングのうち、「レア音源」とも言える作品をまとめたもの。

これがどの曲も、ブラックミュージックやファンクの影響をダイレクトに受けた曲が並んでおり、どす黒いグルーヴ感あふれる曲になっています。もっとも、とはいうものの基本的にアメリカのファンクやソウルミュージックを見よう見真似で取り入れたもの。そのため、物まね的になっていたり、ちょっとチグハグ感が否めないものとなっていたりもするのですが、そこらへんがまたB級っぽさを醸し出しており、それはそれで非常にユニークかつ独特のグルーヴ感を出していました。

特にB級感が強いのは、当時の流行歌を無理やりディスコ調にアレンジし、カバーした曲で、クレイジーキャッツの「ウンジャラゲ」のカバーや、植木等の「スーダラ節」のカバー「ソウル・スーダラ」など、原曲とソウルミュージックを混ぜ合わないのにむりやり混ぜ合わせた感がB級度合いを増しており、奇妙なグルーヴ感を出しています。

かなりレア感のある楽曲で、癖もつよい曲が並んでいるため、正直万人受けといった感じのコンピではないものの、昭和のレアグルーヴに興味があるのならば、間違いなくお勧めできるアルバムかと思います。そうでなくても、この癖の強いグルーヴ感に意外とはまるかも?B級感がたまらない、コンピ盤でした。

評価:★★★★★

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2025年3月14日 (金)

HIP HOPシーンの「今」を考える

今回もまた、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「ele-king presents HIP HOP 2024-25」。もともとはテクノ専門誌として発刊し、現在はクラブカルチャーに関連するジャンルを中心に、様々な音楽関連の書籍を発行しているele-kingが手掛けた1冊。「書籍」ではなく「雑誌」という扱いであり、それも「年刊誌」ということ。今後は、毎年、同じようなスタイルの雑誌を同じような時期に発刊する、ということなのでしょうか。

ここでもHIP HOPのアルバムをよく取り上げているように、個人的に音楽ファンとしての立ち位置から、話題となったHIP HOPのアルバムについては、なるべくチェックしようとしています。ただ、そういった中で感じるのはHIP HOPシーンというのは非常にわかりにくいという点。以前、ここでも紹介し、その後も何度か引用している「文科系のためのヒップホップ入門」の中で「ヒップホップとは『場』を楽しむものである」という指摘がありました。それだけにHIP HOPという「場」を常に追いかけている訳ではない自分にとっては、HIP HOPシーンというのはわかりにくさがあり、それを少しでも理解するためには最適な1冊として本書を読んでみました。

そんな本書はHIP HOPの現状について、端的にわかりやすくまとめられていました。ライターの池城美菜子と渡辺志保による対談形式で、HIP HOPシーンの今について大まかに概観したあとで、様々なライターがいろいろな視点からコラムとしてHIP HOPシーンの現状を取り上げ、またチェックすべきHIP HOPアルバムの指針として、2024年の年間ベストアルバムも紹介されています。特に年間ベストアルバムの上位については、既に聴いているアルバムも少なくありませんが、やはり聴いていないアルバムも多く、何枚か、これを機に聴いてみたいと思いました(後日、同サイトでも取り上げたいと思います)。

まさに私のようなHIP HOPに興味はあるものの、熱心に追いかけている訳ではないようなライトリスナーにとっては、ほどよくシーンをまとめている最適な1冊とも言える本書。ただ、読んてみて感じてしまったのは、やはりHIP HOPシーンというのは、どこか内輪向けであり、そして外部の人間からするとわかりにくい、という点でした。

典型的なのはそのリリックであり、この中のコラムとしてもリリックを詳しく解説したコラムがあります。様々な事象を重層的に組み合わせ、英語のたとえなどもふんだんに入れて、その当時、起こった社会的ネタやゴシップもうまく取り入れたリリックは非常に興味深く、奥深さを感じさせる反面、コミュニティーの外側の人間からすると非常にわかりにくく、特に英語の壁がある私たち日本人にとっては、それを読み解くのは容易でないものを感じます。特に昨今ではCDが、それも邦訳付きの国内盤がリリースされるHIP HOPのアルバムは皆無に近い状況になってきており、私たち日本人にとっては、詳しい人の解説抜きでリリックを読み取るのは、ほぼ不可能という状況になってしまっています。

昨今、若者の「洋楽離れ」が叫ばれ、かつ、同書の中でも「若いラッパーやリスナーの子でアメリカのヒップホップを聴いていない子が多い」という指摘もされているのですが、やはり現在、特にアメリカのヒットシーンの主流を占めているHIP HOPシーン全体が限られたコミュニティー向けであり、外部から理解するのが困難という点が、大きな理由ではないか、ということも感じてしまいました。

また、HIP HOPシーンの内向性からもうひとつ気になった点があります。それは先日行われたアメリカ大統領選との関係。本書でもHIP HOPとアメリカの大統領選との関係についてのコラムもありますが、ポップフィールドのミュージシャンがほぼ全員、民主党のカマラ・ハリス陣営についたのに対して、HIP HOPのミュージシャンは、ハリスとトランプと、ほぼ半々にわかれたそうです。

ただ、保守とリベラルの嗜好を考えた時、(以前、ネットでこの点を指摘した書き込みがあり、ハッと気が付かされたのですが)保守は得てして自分たちの身内を一番大切に考える一方、リベラルは身内に限らず、全世界のあらゆる人を大切にしていこうという傾向にあります。いままでは(そしてある意味現状でも)HIP HOPコミュニティーの中心であるアメリカ黒人層はマイノリティーであるがゆえに、リベラルと親和性が強かったのですが、ただ、自分たちのコミュニティーを大切にしようとするHIP HOPシーンの嗜好性は、本質的にはむしろ、保守系と親和性が強い傾向にあるように感じます。だからこそ、今回の大統領選においても、HIP HOPのミュージシャンたちは、右と左にほぼ半々にわかれてしまったのではないでしょうか。

アメリカのトランプは極端にしろ、現在、世界中ではどちらかというと身内を守ろうとする保守の方向が目立つように感じます。現在、世界的にロックが退潮傾向にあり、変わってHIP HOPがシーンの中心になってきています。もちろん、リベラル寄りのHIP HOPミュージシャンも少なくありませんし、ロック=左でHIP HOP=右というのは少々乱暴な切り口かもしれません。とはいえ、HIP HOPミュージシャンのアメリカ大統領選の動向を見る限り、ひょっとしたら、HIP HOPの躍進は、そんな保守化する世界の傾向とリンクするものではないだろうか、そんなことも感じてしまいました。

そんなことは気になりつつも、ただとはいえ、勢いのあり、次々と新しいジャンルや音が登場してくるHIP HOPシーンは音楽的には非常に魅力的であることは間違いありません。個人的にも、そういう意味でも今後も出来るだけシーンの動向を追いかけていきたいのですが・・・。そんな中、この冊子はシーンについてよくまとまっており、非常によくできた雑誌だったと思います。年刊誌ということで、おそらく今後も、毎年、同じ時期に年間のシーンをまとめた1冊がリリースされるのでしょう。発売間隔が長く、かつ雑誌業界は非常に厳しい状況であるだけに、今後、どれだけ続けられるのか、不安な部分もあるのですが・・・今後にとても期待したい雑誌でした。

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2025年3月11日 (火)

懐かしさがあふれ出す短冊CDのディスクガイド

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

「短冊CDディスクガイド 8cmCDマニアックスー渋谷系、レア・グルーヴ、アイドル、アニメ、テレビ番組、企業ノベルティまで」。本屋で立ち読みしていたのですが、個人的に非常におもしろい内容だったため、買って読んでみた1冊です。ディスク百合おんという、ナードコアテクノのミュージシャンであり、8cmCDのみをまわすDJである方による監修で、同じく、90年代J-POPや8cm CDに興味のあるようなDJ、ライターが執筆する形でのディスクガイドとなります。

短冊CDとは、主に90年代に一世を風靡したCDシングルの形。短冊のような縦長のケースに収められていたことから「短冊CD」と呼ばれています。90年代に、メディアがレコードからCDに変わった頃に登場し、2000年代にはシングルも通常の12cmCDで収録された「マキシシングル」が主流になるため、主に流通したのはわずか10年程度という短い期間でしたが、一方で時代はJ-POP全盛期。ミリオンセラーどころかダブルミリオンのシングルが連発されていた時期なだけに、その流通量は相当の程度だったと思います。

個人的にこの90年代というのは、ちょうど中学から大学に至る時期であって、音楽をいろいろと聴きはじめた頃。そういうこともあって、短冊CDはたくさん買いましたし、やはり思い入れもあります。そのため、本書を読んてみて、非常に懐かしく感じる部分も強く、衝動買いに近い感じで買ってみた訳ですが、おそらく私と同じくらいの30歳後半から50歳初頭あたりの世代にとっては同じように感じる方も少なくないのでしょう。この短冊CDをあえて愛好している方も少なくないみたいですし、本書では、そういった方が執筆陣として加わっており、また、同じく短冊CDで多くの作品を発表していたようなミュージシャンたちへのインタビュー記事も収録されています。

そんな訳で本書は、そんな好事家たちが取り上げた多くの短冊CDが収録されています。フルカラーでのジャケット写真の紹介と、それに関する短い説明文が並び、間にはインタビューやコラムが挟まれているスタイル。この紹介されている短冊CDが非常に面白く、興味深く一気に読み進むことが出来ました。

ただちょっと気を付けなくてはいけないのはここで紹介されている短冊CD、決してその時代を代表する作品ではありません。選曲の基準はおそらくクラブ映えするような、「レアグルーヴ」感のあるCDがメイン。そこにユニークな珍盤奇盤が加わるスタイルで、一世を風靡したビーイング系や小室系、または渋谷系などのCDは、何枚かは紹介されているのですが、有名なヒット曲はほとんど紹介されていません。

とはいえ、非常におもしろいのがこの珍盤奇盤の数々。この短冊CDは、販売価格が500円~1000円程度と安価だった上に、薄っぺらくかさばらないものであったために、おそらくノベルティーグッズなどとして相性がよかったのでしょう。かつ、時代的にも音楽業界に活気がある時期だっただけに、「よくこんなCD販売しようと思ったな」的なCDが数多く紹介されており、この点では非常に90年代という時代を反映されたラインナップとなっています。

個人的には、リアルタイムに知っている世代とはいえ、もちろん知らない曲も多く、「こんなCDもあったんだ」と興味深く読みすすんだ一方、やはり読んでいて一番楽しかったのは「あったあった、こんなCD!」と当時を懐かしく思い出した瞬間でした。すっかりと記憶の片隅に追いやられていた思い出が引っ張り出されてくる快感がとても心地よく、あの頃を思い出しつつ、本書を読み進めることが出来ました。

またおもしろかったのが、「あの人がこんなことをやっていたんだ」とか「あの人がこんなCDを出していたんだ」といったことを知れたことも。例えば本書であのダンス☆マンがもともと別のバンドをやっていたことをはじめて知りましたし、他にも知られざる有名人の前歴もチラホラ。また、今となってはコンプライアンス的に厳しそうな内容のCDがあったり、またジャケット写真でもアイドルの写真に目を惹かれたり、楽しい体験をすることが出来た本書。CDの解説については、スペースの関係上、最低限であるため、気になったミュージシャンについてはスマホで調べつつ読むのもおもしろいかも。ただ、ネット上でほとんど情報のないCDやミュージシャンも少なくないのですが。

すっかり時代のあだ花的に追いやられていた短冊CDが、このように珍重されているというのが興味深く感じられ、また同時代を生きた世代としては気持ちは非常にわかる気がします。いままで、昔のレコードを並べて紹介しただけの本は数多く出版されていたのですが、そのような本を懐かしく楽しむ世代が、私たちの世代にも降りてきたということなのでしょう。ただ一方でちょっと気になるのが短冊CDが事実上流通していたのは10年程度という短い期間だったという点。いまでも愛好家の多いSPなどに比べると、あまりにも短い期間です。そういう意味で、この短冊CDが、今後より大きなブームとなるのか、やはり一部の好事家だけが楽しんで、あっという間に時代の彼方に忘れ去られてしまうのか・・・今後どうなっていくのか気になってしまいます。

個人的には非常に楽しめた1冊で、一気に読むことができましたし、久しぶりに実家で眠っている短冊CDをあらためて取り出してみようかなぁ、という思いにも至りました。おそらく実家にも珍盤奇盤とされそうな短冊CDが何枚か転がっているはず・・・。一方でただ本書、万人におすすめできるかと言われると微妙な部分があり、前述の通り、90年代J-POPの代表曲が紹介されている訳でもありませんし、90年代をリアルタイムに経験していなかった世代が読んだとしても、よっぽどの好事家以外は面白いと感じられないように思います。そういう意味では、読み手を選ぶ本ではあると思うのですが、一方で私のように世代的に壺にはまる方にとっては、非常に興味深くおもしろい1冊だと思います。おそらく30代後半から50代初頭くらいの世代の方で、青春時代に音楽にはまっていて、かつ、それなりにマイナーな曲まで手を伸ばしていたような方にとっては、かなりたまらない1冊かと。あの頃をあらためて思い出しつつ、90年代J-POPの奥深さを感じる1冊でした。

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2025年3月 2日 (日)

邦楽界のレジェンドによる貴重な証言集

前日に引き続き、今日も音楽関連の書籍の紹介です。

ザ・フォーク・クルセイダーズとしてデビューし、その後、サディスティック・ミカ・バンドなどで活躍。「帰って来たヨッパライ」や「あの素晴らしい愛をもう一度」など数多くの名曲を世に生み出していたミュージシャンであり作曲家である加藤和彦。昨年、彼の生涯を追ったドキュメンタリー映画「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」が公開された話題を呼びました。私もその映画をリアルタイムで見て、こちらでも紹介しましたし、また、それに関連して発売された、彼の作品を集めたオムニバスアルバム「The Works Of TONOBAN~加藤和彦作品集~」や、再販された「バハマ・ベルリン・パリ〜加藤和彦ヨーロッパ3部作」も紹介しましたが、そんな関連商品の中で、唯一、いままでチェックしてこなかったのが、加藤和彦本人が彼のこれまでの生涯について語ったインタビュー集「あの素晴らしい日々 加藤和彦、「加藤和彦」を語る」でしたが、このたび、おくればせながら同書をようやく読むことが出来ました。

本書は、ライターの前田祥丈が1993年に行ったインタビューをまとめたもの。その当時は発表されなかったものの、2013年に「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」と題されて出版されました。同書が映画公開にあたり、タイトルも変わり再発されたのが本書で、そのため内容的には2013年にリリースされた本と全く同じ内容だそうです。ただし、当時同封されていた未発表音源のCDは本書では付属されていません。

さて、前述の通り、本書は加藤和彦本人が、それまでの人生を語る形式でのインタビュー集。映画「トノバン~」は、基本的に加藤和彦本人はインタビュー等で登場せず、周りの人間が加藤和彦について語った内容ですので、本書は、映画で描かれた加藤和彦本人の生涯を本人の側から語られているという意味でも、非常に興味深い内容となっていました。

特に映画では、スタートが「帰って来たヨッパライ」のヒットからで、それ以前の彼については語られていないのですが、本書では彼の原点とも言うべき子供時代から語られている点が興味深いところ。子供の頃から、いい意味で王道を行かないような性格には彼らしさを感じさせましたが、ただ、ハヤカワミステリーを読破した、というエピソードには、個人的にも中学生の頃、アガサ・クリスティーにはまって、彼女の本をほぼ読破したという経験があるだけに、(ハヤカワミステリー全部とアガサ・クリスティーだけでは、冊数に大きな開きはあるとはいえ)ちょっとだけ親近感も覚えてしまいました。

一方、このインタビューならではの話として興味深かったのは、有名なエピソードである「イムジン河」が発売中止となってしまったあたりのエピソードで、この発売中止に関してほとんど何も思わなかったという話は、彼らしさを感じます。インタビュー記事を読んでいても、全体的に職人気質といった感じで、ビジネス面や政治面ではあまり関心を抱かなかったようで、その点、ザ・フォーク・クルセイダーズの盟友、北川修とは対照的だったよう。ここらへんの天才肌の職人気質という側面は、映画からでも感じられたのですが、このインタビュー記事では、そんな彼の側面をより強く感じさせました。

また、ちょっと気になってしまったのが、インタビューの最後に、彼の音楽観や人生観などを語られているのですが、この音楽観がちょっと口悪く言ってしまえば若干「老害気味」で、今の(といっても当時なので1993年の頃の、ですが)音楽に対して全く評価していない下りなどは、天才肌の職人気質という彼らしいとも感じる反面、時代についていけなくなっている、とも感じてしまいました。例えば彼の昔からの盟友である高橋幸宏にしても細野晴臣にしても矢野顕子にしても、最近まで今時のミュージシャンたちとも積極的に交わってきましたが、そんな彼らとは真逆のようなスタンスにも感じます。ただ、このインタビューからも垣間見れてしまった「時代についていけなくなってしまっている」という側面が、最期の悲劇にもつながってしまったのかなぁ・・・とも感じてしまいました。

さらにもうひとつ注意しなくてはいけないのが、本人によるインタビューだからといって事実を語っているとは限らない、という点。例えばさぃでスティック・ミカ・バンドのミカとの離婚の一件について、さすがに本人へのインタビューなので深くは聴かれていません。ただ、本人は既にバンドとしては崩壊寸前であり、ミカとの離婚だけがバンド解散の原因ではない、とサラッと語っていますが、映画ではやはりミカとの離婚がかなり大きな要因として語られていました。この点、やはり周りの証言の方が事実だったのではないか、ということは感じてしまいます。

ただ一点、気にかかったのは同書中の注釈について、本の中では記載がなく、なんと出版社のサイト上で注釈についての解説がなされていたという点。おそらく、本自体は、もし廃版となったとしても古本や図書館等で、長らく読み継がれると思うのですが、一方、ネット上の注釈についてはおそらくどこかに時点で消えてしまうでしょう。こういうことはやらない方がよいのでは・・・?その点だけ強く気になってしまいました。

そんな感じで、加藤和彦の証言がすべて事実、とは限らないとはいえ、非常に貴重な証言の連続で、映画と合わせてみることにより、加藤和彦というミュージシャンの実像に、より深く迫れる一冊だったと思います。音楽や映画で彼について興味を持った方はもちろん、日本の邦楽史に偉大な足跡を残したレジェンドである彼だけに、音楽に興味がある方ならば、興味深く読めるお勧めの1冊だったと思います。

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2025年3月 1日 (土)

百花繚乱の70年代ブリティッシュ・ロック

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

MUSIC MAGAZINE増刊のアルバム・セレクションシリーズの最新作「70年代ブリティッシュ・ロック」。昨年8月に同シリーズの「60年代ブリティッシュ・ロック」がリリースされていますので、それに続きということになります。

前作「60年代ブリティッシュ・ロック」はロック評論家の大鷹俊一が監修という形で、複数のライターがレビューを書き分ける構成となっていましたが、今回の書作では大鷹俊一が著者という形で関与しており、基本的にすべてのCD評を彼一人が手掛けた形でのディスクガイドとなっています。

基本的にこのシリーズ自体、比較的王道的に名盤を紹介するディスクガイドですが、本作の構成や選んだ作品についても非常にオーソドックス。前半はARTIST PICK UPと題して、ミュージシャン毎にアルバム紹介、後半は時代毎に、前半でピックアップされなかったミュージシャンたちのアルバムを紹介する形となっています。前半で選び出されたミュージシャンたちについても非常にオーソドックス。ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンにはじまり、ヘヴィーメタルのブラックサバス、プログレのキング・クリムゾンやピンク・フロイド、QUEENやボブ・マーリー、さらにはパンクからピストルズやクラッシュなどなど。

あえて言えば、監修から著者になったことにより、大鷹俊一の好みがより押し出されていた感もあって、DR.FEELGOODや、本人も「最も知名度が低い」と語っているスロッビング・グリッスルなど、おそらく彼の趣味が反映された選択となっており、逆に後半にのみ紹介するT.REXなどは単独で取り上げてもよかったのでは?とも思ってしまいます。ただ、そんな彼の趣味性も垣間見れる部分もあるものの、基本的には彼個人の好みは最低限に抑えて、非常にスタンダードで、おそらく誰が選んでも選ばれるであろう、名盤中の名盤をちゃんと取り上げています。

ただ、そんな70年代のブリティッシュ・ロックの代表的なミュージシャンやアルバムをあらためて見てみると、まさに70年代という時代はロックが大きく花開いた自体、まさに百花繚乱の時代だったということを強く感じます。

まさにツェッペリンのようなハードロックがブラック・サバスのようなヘヴィーメタルへの変化し、プログレも登場し、レゲエがロックシーンに姿を見せ、さらにはグラムロックなども登場。多種多彩なロックがその姿を見せます。ただ、それ故にどんどんと複雑になっていくロックという音楽に対して、一気にロックンロールの本質へと引きずり戻したパンクというジャンルの登場もまた、70年代ロックの象徴的な流れであるとも言えるでしょう。本著の冒頭に、レコードコレクター誌でかつて実施した「70年代ロック・アルバム・ベスト100」の1位にピストルズの「勝手にしやがれ」が選ばれ、大きな話題となったニュースが記載されているのですが、ただ、この百花繚乱の70年代ロックシーンの中で、ロックンロールの原点を提示したパンクというムーブメントのアルバムが1位を取るというのは、ある意味、象徴的であり、必然だったようにも感じます。

そんな70年代のロック、特にイギリスのロックシーンを一望するのはうってつけのディスクガイド。これを参考にしながら聴いていえば、70年代のブリティッシュ・ロックを理解できること間違いなしの1冊だと思います。これからいろいろと聴いていこうとする初心者から、ロックのベテラン勢までお勧めできるディスクガイドです。

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2025年2月15日 (土)

KANちゃんの人柄がよくあらわれた1冊

今日は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

Kanintheluckyraccoon

音楽ライターの森田恭子が編集・発行を行っていた音楽カルチャー誌「Lucky Raccoon」の中から、KANのコラムやインタビュー記事を抜粋して1冊にまとめた著書「KAN in the Lucky Raccoon」。基本的には書店等での取り扱いはなく、下記サイトからの通販のみのようです。この本の発行については公式サイトで知り、さっそく通販で取り寄せて読んでみました。

KAN in the Lucky Raccoon

生前のKANのコラムやインタビュー記事などの載ったA5サイズの書籍。全191ページとなかなかなボリューム量なのですが、掲載内容もかなり豪華。2003年から2022年までの記事から抜粋されたそうで、アルバムリリース時のインタビュー記事もさることながら、ライブイベント開催時には、共演者のミスチル桜井和寿や和田唱、KANが組んだバンド、カブレルズのメンバーとのインタビューや、藤井フミヤとのインタビュー記事も。どれも貴重な記事なのですが、特に藤井フミヤとのインタビューは、同じ福岡出身で、かつ同じ年。他では、この2人がからんで、という記事はあまり見かけたことはなく、そういう意味でも貴重なインタビュー記事だったように思います。

さらに本作が非常にユニークなのは、最初、いきなりKANによる料理のレシピからスタートすること。音楽関連の書籍で、いきなり料理のレシピからスタートするなんて、はじめて見ましたが、これもまたKANちゃんらしさを感じます。このレシピも読んでみると、しっかりKANの生い立ちやら考え方やらを反映した、列記としたコラム記事となっており、料理関係なく読み応えがあります。

特にこの冒頭の料理コラムでも強く感じたのは、KANという人は非常に拘りがつよい性格だったということで、最初に紹介されている「スパゲティ・アラ・カルボナーラ」でも、特に粒の黒胡椒の使用を指定したり、「グリル千のシャリアピン・ステーキ」では、彼の生まれ故郷の近所にあった洋食レストラン「グリル千」のレシピを完全再現しようとしたり、強いこだわりをかんじます。このこだわりは編集後記でも、記事のレイアウトに細かくこだわったエピソードも載せられており、KANらしいなぁ、ということを感じます。

ただ、このこだわりの強さというのは一歩間違えれば、人間的に嫌われたり敬遠されたりすることにもなりかねませんが、KANちゃんに関しては、このこだわりも含めて多くの人たちに愛されていたようで、それはおそらくそんなこだわりが、あくまでも他の人を楽しませようとする心遣いに通じていたからでしょう。実際に、この本を読んでいても、そんなこだわりの強さは嫌味に感じることはなく、ユーモラスな記述も多く、読んでいて楽しめる本書からは、そのとにかく人に楽しんでもらおうというエンタテイナーであるKANの人柄の素晴らしさがにじみでてきているように感じました。

インタビュー記事にしても、そんなKANちゃんの人柄がとても出ている自然体のインタビューになっており、この点は、おそらく著書の森田恭子氏との関係性もあったように感じます。本書全体を通じて、KANがどんな人物だったのか、どんなミュージシャンだったのか、とてもよくわかる記事にまとまっていたように感じました。特に、この著者との関係性については、最後の編集後記に強くあらわれており、ファンとしては読んでいて胸が熱くなるような記載に。あらためてあまりに早かったKANの最期を残念に感じてしまいました。

上記通販からの申し込みのみなのですが、KANのファンならば要チェックの1冊。本編はKANの人柄があらわれた、要所要所に読んでいて思わず笑ってしまうような記載もある、とても楽しいコラムやインタビュー記事ばかり。あらためてKANというミュージシャンの魅力を遅ればせながら強く感じることの出来た1冊でした。

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2025年2月 9日 (日)

沖縄のミュージックシーンを知るには最適な1冊

今日は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「オキナワミュージックカンブリア:ラジオが語る沖縄音楽50年」。沖縄のラジオ局、エフエム沖縄が、本土復帰50周年を記念して放送された、同タイトルの番組を土台に構成された、沖縄のミュージックシーンについて綴った書籍。1970年代から2020年代までの50年にわたる沖縄のミュージックシーンの変遷がまとめられた1冊となっています。

ご存じの通り、沖縄の音楽というのは、本土における音楽とは異なる音楽の歴史・文化を持っています。もともと沖縄・琉球地域は本土とは異なる歴史や文化を持った地域であり、それが音楽にも直接的に反映されており、特に私たち本土の人間からすると、ともすればエキゾチックに感じられる沖縄音楽に対して、異文化的な興味を抱くことが少なくありませんし、かくいう私も、そういう視点から沖縄の音楽シーンについては以前から興味がありました。

本作は、そんな沖縄のミュージックシーンの歴史について簡潔にまとめています。基本的にはラジオ番組をベースとしているため、文章もわかりやすく、かつ、ポップスシーンについて非常に幅広くおさえられているのも特徴的。本土でのいろいろな音楽雑誌や音楽関連の書籍でも、嘉納昌吉やりんけんバンド、知名定男などといったミュージシャンたちは取り上げられることが多いのですが、ジョニー宜野湾とか、パーシャクラブとか、ティンクティンクとか、私も本作ではじめて知ったような、いわば本土の音楽誌ではあまり取り上げられない一方、沖縄ではよく知られており、かつポップスシーンの中で重要と思われるミュージシャンたちも取り上げられています。

いわば本土の音楽雑誌や音楽関連の書籍で取り上げられている沖縄音楽は、外部の人間から見た沖縄のシーンの話であるのに対して、本書は沖縄の人たちが見た沖縄のミュージックシーンの話。それだけに、非常にリアリティーがあり、かつはじめて知るような話ばかり。また、沖縄のミュージックシーンは確かに本土のミュージックシーンとは全く異なる文化が形成されていることを今回、あらためて知り、ますます沖縄のミュージックシーンに対して興味を抱くことが出来ました。

また、本書で特徴的なのは、そんな沖縄のミュージックシーンを代表するミュージシャンたちのインタビュー記事が載せられていること。嘉納昌吉や照屋林賢といった大御所やBEGIN、HY、さらにはCoccoやKiroroなど豪華ミュージシャンたちがインタビューに応じているのは、さすがFM局ならでは、といった感じでしょうし、また、地元で愛されるFM局だからこそ、多くのミュージシャンたちがインタビューに応じているのでしょう。この点も本書の大きな魅力であり、特徴でした。

そんな中で印象的だったのはBEGINの島袋優のインタビューの中で、沖縄の音楽が東京のレコード店でワールドミュージックのコーナーで取り上げられていたことに関して、「沖縄の音楽はワールドミュージックじゃない!日本の歌なんだ!」と言い続けているという話。確かに、沖縄というのは間違いなく日本の一部であって、沖縄の音楽も間違いなく「日本の音楽」の一部なんだよな、ということに、今回ハッと気が付かされました。

沖縄のミュージックシーンについて俯瞰でき、かつあらためて沖縄のミュージックシーンについて多く知ることが出来た1冊。ここに登場してきたミュージシャンたちについては、あらためて聴いてみたい、と強く感じました。ただちょっと残念なのは、その際に最初に聴くべきようなアルバムの紹介がなかったこと・・・。この点はやはりストリーミングの時代となり、名盤ガイドというのはいまさら流行らないのでしょうか・・・。また、基本的にエフエム沖縄が制作し、発行元も沖縄の出版社ということもあり、本土ではほとんど書店に並んでいないにも残念。むしろ沖縄のミュージックシーンを知ってもらうために、もっと本土でも書店に並べてほしい1冊だと思うのですが・・・。ともかく、沖縄のミュージックシーンに興味がある方は、是非、取り寄せてでも読んでほしい1冊。非常に勉強になりました。

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2024年12月21日 (土)

60年代ソウルの入門書として最適な1冊

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

今回読んだのは、ミュージック・マガジン誌の増刊号、「アルバム・セレクション」シリーズの最新刊「60年代ソウル」です。以前から、このシリーズの書籍で、以前、「80年代ソウル」という書籍を紹介しましたが、今回はその60年代版。また、他にも「70年代ソウル」という書籍もリリースされており、これで60年代から80年代まで揃ったということになっています。

他のシリーズと同様なのですが、最初は「ARTIST PICKUP」としてミュージシャン毎に略歴と代表するアルバム数枚の紹介。その後はジャンルにわけて、アルバムの紹介という構成。「ARTIST PICKUP」ではサム・クックやレイ・チャールズからスタートし、「ザ・シュプリームズ」や「ザ・テンプテーションズ」など約20組のミュージシャンが紹介されています。ちなみに「ジェイムズ・ブラウン」と「アレサ・フランクリン」は60年代、70年代の2年代にわたり「ARTIST PICKUP」として取り上げられており、ここらへんは帝王・女王のすごさを感じます。

一方、後半では「INSTRUMENTALISTS」「PIONEERS」「MALE SINGERS」「FEMALE SINGERS」「VOCAL GROUPS/DUOS」と、主にミュージシャンの「形態」によって区別されています。「70年代ソウル」「80年代ソウル」いずれも、ここの分け方は基本的に音楽のジャンルによる区分だっただけに、後の年代とはちょっと異なる構成になっているのですが、この点はまだ60年代においてソウルミュージックとされるジャンルについては、後の世代ほど、ジャンル毎に色分けできるほどの音楽的なバラエティーがまだなかった、ということなのでしょうか。ただ、サザンソウルとノーザンソウルで大きく色分けできそうなので、著者の嗜好による部分も大きいようにも感じるのですが。

さて、今回の著書の特徴として一番大きかった点は、他の「70年代ソウル」「80年代ソウル」が複数のライターによる著作であるのに対して、本作は音楽評論家、鈴木啓志ひとりの著作であるという点でした。この鈴木啓志は現在76歳という大ベテラン。この60年代ソウルをリアルタイムで聴いていた世代であり、そういう意味では貴重な存在。実際、リアルタイムで音楽に触れていたからこその感想やその当時の状況の描写が要所要所に記載されており、今となっては貴重な証言とも感じられます。一方で、そのため単なる個人の感想では?と感じる部分のなきにしもあらず。「ARTIST PICKUP」でも、例えば「ザ・デルズ」が取り上げられているのですが、他のディスクガイドなどではそこまで重要視されている感もなく、ここらへんは良くも悪くも鈴木啓志個人の見解的な部分も感じます。

また、「60年代ソウル」ということですが、「ARTIST PICKUP」の中に、ブルースミュージシャンであるボビー・ブランドが登場していたり、B.B KINGのアルバムも紹介されていたりと、この手のガイドブックではソウルミュージックと一線を画して紹介されそうなブルース系のシンガーも登場。一方、ドゥーワップなどは明確にソウルと区別されて「別物」として記載されており、ここらへんもある種、彼の嗜好も感じさせます。

ただ、とはいっても全体的にはおそらく意識的に個人の嗜好は抑え気味となっており、全体的には非常にスタンダードなディスクガイドとなっています。紹介されているアルバムに関しても、個人の嗜好を抑えて、あえて代表的なアルバムを選んでいる部分もあり(かつ、それを明確に記載しているのですが)、その点を含めて60年代ソウルの入門書としても最適な1冊であり、また、60年代ソウルを総花的に知るにも最適な1冊だと思います。ここで紹介されているアルバムで、既に聴いたことのあるアルバムも少なくないのですが、大きく取り上げられているアルバムの中でも未聴のアルバムも多くあり、一度聴いてみなくては、とも感じました。ちなみに最後の最後に紹介されているアルバムはSLY&THE FAMILY STONEの「Stand!」となっており、スライは「70年代ソウル」の「ARTIST PICKUP」の一組目として登場しています。そういう点で上手く次の世代にリンクされており、そういう意味でもよく出来た構成にも感じました。

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