書籍・雑誌

2022年1月17日 (月)

偉大な作曲家の人間的側面も知れる

今回は、また最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

1960年代から2000年代に至るまで、数多くのヒット曲を世に送り出した、日本歌謡史を代表する大ヒットメーカーである作曲家、筒美京平。2020年に惜しまれつつこの世を去った彼ですが、本作は、そんな筒美京平の評伝。ミュージシャンであり、かつ最近では「考えるヒット」などで評論家的な活躍も目立つ近田春夫による筒美京平の評論本となります。

本書は2部から成っており、第1部は「近田春夫による筒美京平論」として、彼の筒美京平楽曲の経験も踏まえた上で、1960年代から晩年に至るまでの筒美京平の活躍を、同時期の日本のヒットシーンと絡めつつ、解読していっています。「考えるヒット」でも、様々なJ-POPのヒット曲を、ミュージシャンならではの音楽的側面からの分析も踏まえて解説していっている近田春夫ですが、筒美京平に対する解説も同様のスタイル。時として日本の音楽系雑誌では、歌詞の部分だけが語られて音楽的側面からの解説がほとんど行われないケースが少なくありません。ただ、そこは近田春夫。あらゆる音楽からの影響を受け、ある意味、その個性を捉えるのが非常に難しい筒美京平の作品を音楽的側面からしっかり解読しており、非常に興味深く読むことが出来ました。

また、なにげにそんな中で本書の中で貢献しているのが聴き手である下井草秀。彼自身も音楽ライターとして活動しているようですが、近田春夫へのインタビュアーとして、しっかりといい仕事をしています。特に90年代あたりのヒットシーンの評価に関しては、正直、リアルタイムで経験した立場からすると、近田春夫の見方には少々疑問を感じる部分があるのですが、そこを彼がしっかりと軌道修正していっているようにも感じました。

この前半に関して、個人的に非常に興味深かったのが、筒美京平が90年代のJ-POPミュージシャンに関して、気になるミュージシャンは誰か、と聴いたところ、スピッツの名前があがってきたという事実。これに関しては近田春夫もその理由がよくわからないようですが、特に90年代のヒットシーンの中でメロディーラインの良さはピカ一だった草野マサムネだっただけに、シンパシーを感じたのでしょうか。興味深く感じることが出来ました。

さらに同書の目玉はなんといっても後半戦。近田春夫が筒美京平の身近な人にインタビューを試みています。実弟で自らも音楽プロデューサーとして活躍する渡辺忠孝、盟友であり、こちらも日本を代表する作詞家のひとり、橋本淳、そして、筒美京平の秘蔵っ子とも言われたシンガーの平山みきの3人。それぞれが異なった側面から筒美京平について語っているのが印象的でした。

特に筒美京平本人、ほとんど表に出ることがなく、芸能界から距離を置いていたそうで、その人柄についてはいままでほとんど語られることがありませんでした。しかし、本書では、身近な人物にインタビューを試みた結果、筒美京平の生い立ちや人柄についてもしっかりと語られており、ひとりの人間としての筒美京平の姿を知ることが出来る構成となっています。ここらへんは、自らも長年音楽シーンに関わり、日本のヒットシーンの中では、既にレジェンド的な立ち位置になっている近田春夫がインタビューを試みているからこそ、筒美京平の身近な人物がインタビューに応じたのではないでしょうか。このインタビューの中でも、筒美京平の音楽性に関してしっかり語られており、ここらへんも音楽的な素養のある近田春夫がインタビュアーだからこその内容にも感じました。

筒美京平という偉大な作曲家の音楽的な功績とひとりの人物としての側面を知ることが出来る非常に興味深い1冊。これを読んで、あらためて筒美京平の曲に触れてみたくなりました。彼の楽曲を含めて日本のポピュラーミュージックシーンを振り返ることが出来る意味でも楽しめる本ですし、特に歌謡曲に興味があれば、是非とも読んでほしい1冊だと思います。

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2022年1月 9日 (日)

「奴隷」時代の歴史から脈々と・・・

今回紹介するのは、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

今回紹介するのはポール・オリヴァー著"The Story Of The Blues"の翻訳版、「ブルースの歴史」。ポール・オリヴァーはイギリスのブルース研究家で、以前、紹介した「ブルースと話し込む」の作者でもあります。本作は、もともと1969年に刊行した1冊。その後、1978年に翻訳出版されました。同作はブルースの名著として知られ、その後も版を重ねていったようですが、その後絶版。今回、その名著が再販され、話題となりました。

同誌の大きな特徴として、まず大判での印刷ということ。29.7cm×21.5cmと、ずっしりと大きな内容は、原著に準じた大きさとなっており、まず手に取ると大きなインパクトがあります。索引等も含めて全208ページからなる内容も重量感があり、中身もずっしり。かなり読み応えのある内容になっていました。

さらに本誌で目立つのは、かなりの枚数の写真が豊富に載せられているという点。全編白黒ということもあって、画質な決してよくないのですが、決して枚数の多くない戦前のブルースミュージシャンたちの貴重な写真が数多く載せられています。もっとも、戦前のブルースミュージシャンたちの写真は枚数も限られるため、見たことある写真も多いのですが、そのほかに当時の黒人社会の状況がわかるような写真も数多く載せられており、それらの写真を眺めるだけで、ブルースが奏でられた当時の状況が目に浮かぶような内容になっていました。

さて、肝心の内容の方ですが、大きな特徴としてもともと1969年に刊行した作品ということもあり、戦前のブルースシーンの描写が主となっています。そのような中で、「ブルースの歴史」のスタートとして、まだ奴隷制度がアメリカに残っていた頃の話からはじめている点が大きな特徴。その時代の記録に残っている黒人たちの歌から「歴史」をスタートさせており、その後、徐々にブルースというジャンルが確立してくるまでを、かなり丁寧に描いているのが印象的です。

普通、「ブルースの歴史」を描く場合は、W.C.ハンディが1903年に、駅のホームで黒人の男が歌う聴いたことのないような音楽と出会ったという有名なエピソードからスタートしていることがほとんどです。しかし、この本では、この有名なエピソードが登場するのは第3章になってから。さらにブルースを紹介する本で、しばしば最初に登場してくる戦前ブルースの代表的なミュージシャン、ロバート・ジョンソンの登場に至っては、134ページと、全体の3分の2程度近くになってようやく登場してきます。

その分、そこに至るまでの数多くのブルースの変遷が丁寧に描かれており、特に戦前のミュージシャンについては、名前を聴くのもはじめてなミュージシャンが数多く登場してきます。調べてみると、録音が残されているのが数曲だけだったり、あるいは録音が残されていないミュージシャンだったり・・・今、数多くの本で紹介される戦前のブルースシンガーというと、ロバート・ジョンソンをはじめ、ブラインド・レモン・ジェファスンやリロイ・カー、チャーリー・パットン、サンハウスといったミュージシャンたちで、そういうミュージシャンももちろん同書では登場し、かなり丁寧に語られているのですが、戦前のブルースシーン、ひいてはその後のミュージックシーンを形作ってきたのは、そんな著名なブルースシンガーだけではなく、彼らに影響を与えた数多くのミュージシャンたちが戦前には存在したんだ、ということをあらためて実感させられる内容になっていました。

非常に興味深い内容になっていた同書。ブルースの成り立ちが奴隷制度の時代から紐解かれており、しっかりと理解できる1冊に。かなり重い本ではあるため、ちょっと手を出しずらい部分もあるかもしれませんが、ブルース、特に戦前ブルースに興味がある方なら必読の1冊です。

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2021年12月10日 (金)

「音楽の百科事典」リニューアル

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍に関しての感想です。

今回紹介するのは、「コモンズ:スコラ vol.18 ピアノへの旅 (commmons:schola〈音楽の学校〉)」。もともと、この「commons:schola(音楽の学校)」というのは、坂本龍一監修のもと、「音楽の百科事典」を目指して2008年から刊行が開始されたシリーズ。全30巻の予定で、第1回目は「バッハ」からスタートしたものの、その後は音楽のジャンルにこだわらず、クラシックからポピュラーミュージック、さらには伝統音楽まで幅広く取り上げたシリーズとなり、さらには2010年からはNHK教育テレビでも、このシリーズに準拠した音楽番組が放送されるなど、一時期話題となりました。

私も発刊時期から非常に興味を持っており、テレビ番組は見ていたのですが、肝心の書籍の方は購入していませんでした。というのも、1巻あたり非常に高い!百科事典を模したようなハードカバーの書籍にCD1枚付で、9,000円近い値段がつけられており、当時は独身の社会人という、もっとも金銭的に余裕がある時期であったにも関わらず、さすがにこれを30巻=30万円近い出費には踏み切れませんでした。

その高すぎる値段設定が原因なのか、テレビシリーズもシーズン4まで行う力の入れぶりながらも、2018年に17巻が刊行された時点でストップ。全30巻は残念ながら途中でストップしてしまいました。しかし、やはり坂本龍一自身、この企画にかなりの力を入れていたのでしょう、このたび、企画がリニューアル。無事、18巻がリリースされました。

ちなみに今回のリニューアルにあたり、ストリーミングというリスニング環境の変化に伴うものでしょうか、CDは取りやめ、書籍のみというスタイルに。ただし、書籍中のQRコードを読み取ると、SpotifyもしくはApple Musicのプレイリストが聴ける仕様になっていました。その結果、値段も2,200円と大幅に値下がり。以前は躊躇していた私も、ようやく購入に踏み切ることが出来ました。さすがに高いお金を払ってCD付で買う時代ではなくなったということなのでしょう。また、以前のシリーズの刊行がストップしていたのは、やはり値段設定が高すぎたのでしょうか?

さて、待望の18巻ですが、今回は「ピアノへの旅」と題してピアノをテーマとした一冊。前半はこの鍵盤楽器が出来るまでの歴史を追った内容に。今回はプレイリストに沿って、ピアノという楽器の特質を語っていく構成となっています。個人的に特に興味深かったのがこの前半で、いままでさほど深く考えたことはなかったのですが、確かに、昔からピアノという楽器があったわけではなく、徐々に進化してきたという点。特に、今となってはピアノで演奏している昔のクラシックも、当時はピアノではなく、ピアノの祖先の楽器で弾かれていた、というのは、あらたか「気づき」であり、非常に興味深く、読むことが出来ました。

後半は、坂本龍一と音楽学者の伊東信宏が、ピアノという楽器を語ります。ただ、坂本龍一は、メロディーというものよりも音の響き、そのものに昔から興味があるようで、決まった音しか出せないピアノという楽器をいろいろと腐しています。もっとも、とはいっても一方では昔から最もなじみ親しんだ楽器ということもあり、同時にピアノに対する思い入れも感じられる対談となっており、プレイリストの音楽を聴きながら、ピアノという楽器のおもしろさについてもあらためて楽しむことが出来る内容になっていました。

そんな訳で、全体的に非常に興味深い内容になっていた本作。ただ、文章については、終始対談形式となっているため、読みやすい反面、ボリュームの割りには情報量はさほど多くなかったように感じます。内容的には十分楽しめたのですが、2,200円という価格を考えると、若干高めかも、という印象も受けました。一部、坂本龍一による対談を載せるほかは、専門家による論文形式のようにした方が、内容のボリュームがより出て、よかったようにも思います。

とはいえ、2,200円程度なら、それなりに躊躇なく買うことが出来ますし、以前は見送っていたこのシリーズですが、今後は是非、読み進めていきたいと感じました。リニューアル後は、30巻まで徐々に発刊されるのでしょうか。以前は坂本龍一のcommonsレーベルの中に、同シリーズの紹介サイトがあったのですが、リニューアルにあたり発刊元が、commonsレーベル(=avex)からアルテス・パブリッシングに変わったことから、18巻以降はフォローされていません。アルテスのサイトでも19巻以降についての発刊予定の記載はなく、ちゃんとコンスタントにリリースされるのか気になるところなのですが・・・ただ、おそらく坂本龍一も相当力を入れていると思われる企画なだけに、次も楽しみ。今後は30巻まで、リアルタイムに追いかけていきたいと思う、そんな1冊でした。

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2021年11月21日 (日)

隔靴掻痒な1冊

本日は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

昨年、覚せい剤保持でつかまり活動休止となったものの、今年10月にアルバム「宜候」で活動を再開した槇原敬之。本作は、そのアルバムリリースと同時に発売された、彼の活動を追ったノンフィクション作品。音楽評論家の小貫信昭による著作となります。

デビュー前夜からアルバム「宜候」リリースに至るまでの彼の活動を、彼が書いた楽曲に沿って追いかけた構成になっており、各章、その時々の彼の活動の「キー」となるような曲のタイトルが付されており、その曲を含めて、その時期を象徴するような曲の歌詞も収録されています。曲自体はもちろんのこと、歌詞も重要なキーワードとなるのは槇原敬之らしいといった感じも受けます。

この中でやはり非常に興味深かったのはデビューから、彼の初期の活動の推移。ちょうど私が中学生の頃から高校、大学に至るまでの槇原敬之の活動でしょう。断片的には聴いたことある話だったのですが、彼のデビュー前からデビューに至る話は非常に興味深く楽しめました。リアルタイムで彼のブレイク直後を知っている身としては、あの頃の槇原敬之といえば、まさに「そこらへんにいる浪人生」を地で行くような風貌で、その普通すぎるいで立ちが印象に残っていました。

ただこのノンフィクションを読むと、希代のメロディーメイカーとしての彼の才能はもちろんのこと、音楽に関する情熱やその行動力についても、デビューに至るまでのその活動は、やはり常人とは異なる部分を感じさせます。やはりミュージシャンとして成功をおさめる人というのは、風貌がどんな「普通」であろうと、常人とは異質な部分があるんだな、ということをあらためて感じました。

また、デビュー後の彼の活動については、私が中学生から大学生までリアルタイムで追っていったのですが、その当時は私自身、ポピュラーミュージックに対する知識が乏しく、なぜ彼がこのような曲を作るのか、その意味するところがわからなかったことが多々ありました。しかしこの本で、当時感じていた疑問の「答え合わせ」が出来たように思います。特に印象深かったのが、異質で、リリース当初はファンとして少々戸惑いも感じてしまった1996年の、彼の全英語詞のアルバム「Ver.1.0E LOVE LETTER FROM THE DIGITAL COWBOY」に関するエピソード。洋楽を聴いていて「ラップやヒップホップが全盛になりつつあった。メロディーというものが、すぽっと消えてしまった気がした。」という危機感から作成されたアルバムだったそうです。ただ、当時、日本ではまだまだHIP HOPがほとんど浸透していないような状況でしたし、そんな中でこういうアルバムがファンの間で若干戸惑いを持って受け入れられたのは仕方なかったのかな、という感じもします。ある意味、少々「時代を先取りしすぎた」感のあるアルバムだったのでしょう。

そんな特に前半に関しては非常に興味深く読むことが出来た本書でしたが、正直言うと、最後まで読むとタイトルのとおり、隔靴掻痒、つまり槇原敬之に関して特に知りたいことがほとんど触れられておらず、かなりもどかしい思いをした著作になっていました。

槇原敬之に関して知りたいこと・・・というとある程度想像はつくかと思います。そう、彼が「同性愛者」だという事実と、なぜ2度にわたり覚せい剤の使用という犯罪を犯してしまったか、という事実。どちらも彼の活動に大きな影響を与えている点だと思います。どちらも軽くは触れられているのですが、残念ながらほとんどスルーしてしまっており、深く触れられていません。

もちろん「同性愛者」であるという点は、あくまでも彼のプライベイトな部分であり、第三者である著者が、本人が語りたいかどうかという意思を無視して安易に語ることは出来ない素材でしょう。そういう意味では仕方なかったのかもしれません。一方、覚せい剤の件については、やはり活動を再開するにあたって、しっかりと語られるべき話だと思いますし、著作の中でほとんどなかったかのように(特に2回目については)さらっと書いているだけの構成についてはかなり疑問です。特に1回目の逮捕以降、「ライフソング」という、本書いわく「仏教の思想に影響を受けた」のような即物的な価値観にとらわれない、本質的に大切なものを語るような曲を数多く書きながら、なぜ本人は「覚せい剤」というもっとも即物的な快楽におぼれたのか・・・この彼の「行動」と「楽曲」の大きな矛盾について全く触れていないというのは、「評論」としては完全に片手落ちと言えるでしょう。

もっとも、「ぴあ」という音楽業界ど真ん中の会社から発行された「音楽評論家」という音楽業界のど真ん中で飯を食っている人の著作としては、覚せい剤犯罪という話にもなかなか突っ込めなかったのでしょう。ただ、本当は活動再開の第1弾の「禊」として、語ってもらわなくてはいけないこの段階ですら、この犯罪についてほとんど突っ込めなかったとしたら、もうそれは「評論」家とは言えないのでは?

そして残念ながら槇原敬之の言葉の中でも非常に気になる部分がありました。それは2度目の逮捕を受けた時の心境として「その当時はもうすでに薬もぜんぜんやっていなかったし、そのなかでの逮捕となったので、自分の心が自分のことをいちばんわかっていた」という一文。でも、覚せい剤でつかまった人って、大抵「自分のことはよくわかっている。もうやめられる」って言うんですよね。彼の場合、1回目から2回目までスパンがあるだけに「中毒」ではないと思うのですが、ただ、1回目の逮捕ならともかく、2回目の逮捕でこういう心持ってかなり危険で、若干「本当に反省しているの?」とすら思ったりしています。ファンとしては非常に残念なのですが、この発言からすると、3回目があっても不思議ではないかも・・・と感じてすらしまいました。

前半については非常に興味深く楽しめた部分はありつつも、ある程度予想はしていたとはいえ、かゆいところに手が届いていない、非常にもどかしさを感じる1冊でした。ただ、槇原敬之の気になる部分について深く突っ込むためには、音楽業界とは直接関係のないノンフィクションライターが、例えば文春あたりの音楽業界とはちょっと離れた出版社で書くしかないんだろうなぁ。正直、槇原敬之のその音楽活動を駆り立てるような本質の部分ももっと知りたかった・・・そう感じてしまった著作でした。

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2021年10月 8日 (金)

奥深いブルースの歌詞の世界へ

今日も最近読んだ、音楽系の書籍の紹介です。

今回紹介するのは、ブルースの歌詞を通じて、その奥深い世界を案内する1冊「黒い蛇はどこへ~名曲の歌詞から入るブルースの世界」。大阪府立大学及び関西大学名誉教授でもある中河伸俊による著作であり、現在でもBlues&Soul Records誌で連載中のコラムを1冊にまとめた内容になっています。

本書ではブルースのスタンダードナンバーを中心に35曲を取り上げ、その歌詞を紹介。歌詞から浮かび上がるブルースの世界の背景を紹介するとともに、その曲を歌ったミュージシャンについての紹介も加えています。ブルースの歌詞といえば、比較的シンプルな歌詞ながらも、当時の文化的背景が色濃く紐づいた歌詞がゆえに、直訳するだけではなかなかその意味がわからず、また、当時の黒人のスラングや、はたまた固有名詞なども飛び出すだけに、単純に英語を直訳したり、和訳を読んだりしても、その意味するところはなかなかわからなかったりします。

本作では、そんなブルースの歌詞を1曲ずつ丁寧に解説。注釈なども用いつつ、歌詞に登場する黒人特有の言い回しや、当時の黒人らしいダブルミーニングの歌詞の意味、さらにはスラングや固有名詞の意味などもしっかりと解説がなされており、単純のようで実は奥深い、ブルースの歌詞の世界をしっかりと理解することが出来る1冊となっています。しっかり原著にあたっていたり、歌詞の内容についても時代背景に基づいた分析までしっかり行われているのは、さすが大学教授の著者らしい仕事ぶりといった感じではないでしょうか。特にエルヴィス・プレスリーがカバーし、ロックのスタンダードナンバーともなった「HOUND DOG」が、ビッグ・ママ・ソーントンが歌うブルースの原曲と比べて、どのような変化を遂げているか、という第10章の解説などは非常に興味深かったですし、p55で書かれている、専業のソングライターによるブルース曲(1曲3分で単線的な筋を持っている歌詞)と、伝統的なカントリーブルースの曲(歌詞とメロディーの組み合わせが固定化されておらず、他作・自作の歌詞のストックから、いくらでも長く演奏できる)の区分は非常に興味深く感じました。特に後者に関しては、その視点から今後、ブルースを聴くことにより、ブルースに対する見方も変わりそうな、新たな知見を得ることが出来ました。

さらに本編ラストには付録として「黒人英語とライム」として、非常に短い構成ながらも、黒人英語の特徴について簡単な記載があります。さすがに非常に簡単なさわりの部分だけの紹介だけでしたので、既知の事項がほとんどだったのですが、ブルースの歌詞解説に合わせて読むと、よりブルースの歌詞の世界が広がるような内容になっています。

さて、ブルースを歌詞の世界から紹介した1冊という意味では、音楽評論家の小出斉の書いた「意味を知らずにブルースを歌うな!」という本を以前、紹介したことがあります。ただ、「意味を知らずに~」は比較的ブルースの入門書という位置づけ。登場するミュージシャンもシーンの流れに沿って初心者でもわかるように紹介されているので、ブルースを聴いたことがないという方でも違和感なく読める1冊になっています。

一方、本書に関しては、入門としていきなりこの本を読むと、ちょっとヘヴィーかもしれません。ミュージシャンの紹介もしっかりと書いてあるので、最初の1冊としても丁寧に読み込めば、おそらく本書をきっかけにブルースの世界に入っていけるとは思うのですが、登場するミュージシャンがブルースの中でどのような位置づけなのか、わからずに読んでいくと、さすがに最後まで読み切るのは難しいかも。ただ一方で、「意味を知らずに~」では入門書であるがゆえに、歌詞の背後にある黒人社会への言及がほとんどなく、それが物足りなさを覚えたのですが、本書では、前述のとおり、そういった文化・社会的背景の記述もしっかりと記載されています。

また入門書ではない、といっても決してマニアックな1冊でもないため、「手に取りずらい1冊」でもありません。ブルースを聴き始めて、有名どころをそれなりに一通り聴いて、この本の目次を読めば、大抵のミュージシャンまたは曲を知っている(登場するミュージシャンや曲は有名どころばかりなので、ある程度ブルースを聴きかじった方ならば、おそらくご存じの方ばかりです)という方でしたら、すんなり読んで楽しめる内容だと思います。奥深いブルースの歌詞の世界が楽しめる1冊。それなりのボリュームのある内容ですが、それに見合うだけのズッシリとしたブルースの歌詞の奥深さを知ることが出来る作品でした。

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2021年8月22日 (日)

これを「教養」というのはちょっと厳しいような・・・

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想

音楽評論家の川﨑大助氏によるロック名曲集「教養としてのロック名曲ベスト100」。彼はいままでもこの手の書籍を何点か記しており、「日本のロック名盤ベスト100」「教養としてのロック名盤ベスト100」をこのサイトでも紹介してきました。今回はそのリリースの第3弾・・・というより、「教養としてのロック名盤ベスト100」に連なる作品となります。この「ロック名盤」ではアメリカの音楽雑誌、ローリング・ストーン誌と、イギリスの音楽雑誌NMEの「Greatest Albums」にランクインしたアルバムをピックアップし、集計した結果を紹介していますが今回も同様。ローリング・ストーン誌が2010年に発表した"The 500 Greatest Songs of All Time"と、NMEが2014年に発表した"The 500 Greatest Songs of All Time"を使用。両者に共通してランクインした曲をピックアップした上で、順位に従ったポイントを付け、両者を合計した結果を並べた結果を紹介しています。

その前作「ロック名盤」でも、ローリング・ストーン誌及びNMEでそれぞれ主張のあるリストになっていたために、結果は少々いびつな結果になっていますが、正直言って、今回の「ロック名曲」については、そのいびつさがさらに際立った結果となっています。それについては川﨑氏もかなり自覚しているようで、その旨のコメントは本誌に繰り返し登場してきています。

ただ、そういう「偏り」をわかった上で、単純合算の結果を単なるベスト100に並べるというスタイルは、さすがにちょっと無理があるようにも思いました。これを例えばブログ記事とかで紹介するのならおもしろいといえばおもしろいのですが、新書として発刊し、かつこれをロックの「教養」と言い切るのはかなり辛いのでは・・・?まあ、確かに基本的には並んだ100曲は、偏りがあるとはいえ「スタンダードナンバー」として通用する曲がほとんどなので、おそらくほぼ全曲、SpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスで聴けると思うので、このリストを頼りに聴いていってみるのもおもしろいとは思うのですが・・・ただそれをやるのなら、単純にローリング・ストーン誌の上位50曲と、NMEの上位50曲を聴けばいいだけのような気もします・・・。

また今回「ロック名曲」と書いているのですが、原題を見ればわかるように、両者とも必ずしもロックのベスト500を選んでいるわけではありません。確かにここ50年以上、最近はHIP HOPにとってかわられつつあるものの、基本的にロックミュージックがヒットの中心として君臨してきただけに、結果として上位にランクインしてきたのはロックがメインとなっています。ただ、特にローリング・ストーン誌ではR&B/Soulの名曲もロックと同じくらいランクインしているなど、必ずしもロックのみの名曲集ではありません。

以前の川﨑氏の著書の感想でも書いた通り、彼はどうも、今となっては若干時代遅れになった感もある「ロック至上主義」的な史観の持ち主のようで、それなりの割合でR&B/Soulの曲が混じっているにも関わらず「ロック名曲」という題名になったのもその表れでしょう。また、前作「ロック名盤」でも感じたのですが、ロックとそれ以外の曲に、記述の熱量にかなりの差が見られます。

ロックの名曲に関しては、これでもかというほどの熱量を感じる記述が目立つのに対して、R&B/Soulの曲に関しては、それなりの熱量のある曲もあるものの、Wikipediaあたりから引っ張れる情報を羅列しただけでは?という程度の記述も少なくなく、ここらへんは以前の彼の著書と同様、癖のある記述も目立ちました。

そういう点からも、偏りのあるランキングからも、若干癖のある1冊であり、「ロック名盤」同様、これを「教養」として盲信するにはかなり危険な感のある1冊のようにも思います。ただ、そこらへんの要素を加味しつつ読む分には、ある意味、アメリカとイギリスのそれぞれのポピュラーミュージック観もわかり、興味深いといえば興味深いランキングと言えるかもしれません。もろ手をあげてお勧めできるような名曲集ではありませんが、興味ある方は手にとって損はない1冊です。

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2020年12月 1日 (火)

歌謡曲への愛情がストレートに伝わる

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介。今回紹介するのは、当サイトでもたびたび紹介しているシンガーソングライター町あかりによる「町あかりの昭和歌謡曲ガイド」です。彼女は、もともと非常に歌謡曲への造詣が深いミュージシャン。彼女の歌う曲自体、昭和歌謡曲をそのまま今の時代によみがえらせたようなスタイルですし、2016年にリリースした「あかりの恩返し」というアルバムは、「町あかりが今まで影響を受けてきた歌手のみなさんに楽曲提供の依頼を受けたら」というコンセプトで曲を書き上げるという内容になっており、歌謡曲への愛情をストレートに感じるアルバムになっていました。

そんな彼女の書いた一冊。ただ、「昭和歌謡曲ガイド」と題していますが、昭和歌謡曲を知るためのガイドブックというよりも、どちらかというと彼女が好きな昭和歌謡曲について書いたエッセイ集という感じが強くなっています。1991年生まれの彼女は、完全に後追いで歌謡曲を聴いた世代。かく言う私もリアルタイムで歌謡曲を愛好していた世代ではないので、後追いで歌謡曲を聴いたりしたのですが、私の場合は「あの頃ヒットした曲」をまずは聴くという、ある意味「お勉強」的な聴き方をしました。しかし彼女の場合はYou Tubeなどで出会った気に入った曲を片っ端から聴いていくというスタイル。そのためここで紹介されている曲は決してメジャーな曲ではなく、むしろ「知る人ぞ知る」的な曲が少なくありません。また世代的にも彼女が好みという1978年近辺にデビューしたアイドルや歌手の曲がメインであり、昭和歌謡曲を網羅的に取り上げているものではありません。この曲をガイドブックとして歌謡曲を聴き進めても、おそらく「昭和歌謡曲」の全体像は見えてはこないように思います。

ただ、そんな「エッセイ集」であるからこそ、1曲1曲の紹介文がそれぞれ、実に彼女の思いのつまったような文章となっています。彼女とその曲との出会いや、惹かれた理由、彼女がその曲を愛した理由がこれでもかというほど書かれており、彼女の歌謡曲に対する愛情を深く感じることの出来る内容になっていました。文章は彼女の語り口そのままということもあってか非常に読みやすい文体になっており、各曲に関するエピソードもいろいろと述べられているのですが、若干29歳とは思えないような歌謡曲への詳しさに舌を巻くような内容になっており、本当に彼女は歌謡曲が好きなんだなぁ、と素直にほほえましくなるような内容になっています。

また、この手の昭和歌謡曲の紹介だと、よくあるパターンなのですが、歌謡曲を持ち上げるあまり、90年代以降のJ-POPや現在の音楽、時としては同世代のニューミュージック、フォーク系の楽曲を貶めるような文章が出てくるケースが多々あります(個人的に非常に苦々しく感じるので繰り返して強調しますが、本当に多々あります)。しかし、本書の中にはそんな記載は一切ありません。基本的にはただただ歌謡曲への愛情をつづっていますし、途中、星野源なども登場するのですが、何気に彼女も星野源の「恋」にはまったらしく、ポジティブな文脈として登場してきます。おそらく彼女は歌謡曲云々以前に、まずは「音楽」が好きなんでしょうね。そんな音楽自体への愛情も強く感じました。

ただちょっと残念に感じる部分もあって、まず1点目に、その曲が誕生した頃の音楽シーンや社会情勢のような、曲の背後についてほとんど触れられていない点に物足りなさも感じました。まあ、もっともこの点については、彼女は決して「研究家」ではなく、なによりも純粋に曲自体が好きなんでしょうから、無理に楽曲が誕生した背景にまで言及する必要はないのかもしれません。ただ、もう1点の方はかなり残念な点なのですが、曲紹介に、彼女のシンガーソングライターとしての視点がほとんどなかった点。歌詞についての言及はあるものの、メロディーラインやコード進行の妙、作る側の立場としておもしろさを感じる点、のようなシンガーソングライター的な視点がほとんどありませんでした。良くも悪くも歌謡曲のいちファンとしての立場で書かれたエッセイになっているのですが、彼女は間違いなくシンガーソングライターとして「プロ」なんだから、普通の「歌謡曲ファン」には出せない、プロとしての視点も聴いてみたかったな、という点は残念に感じました。

そんな残念な点はありつつも、全体といては歌謡曲への愛情が伝わる、そして取り上げられた楽曲について一度聴いてみたくなる、そんなエッセイ集でした。ただ純粋に、昭和歌謡曲全体について詳しく知りたい、という方にとっては若干拍子抜けしてしまう内容かもしれません。その点は注意かも。逆にこの1冊ではじめて町あかりを知ったのなら、次は彼女の曲も、是非チェックしてみてくださいね。

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2020年9月27日 (日)

音楽の幅が広がる素敵なディスクガイド

今日は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

今回は、主にラジオのDJとしても活躍。音楽に対しても造詣が深く、様々な音楽関連の書籍の著者としても知られるピーター・バラカンの新たな書籍「Taking Stock-ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤」です。

以前から、彼の著書は比較的多く読んできており、ソウル入門書の名著として名高い「魂(ソウル)のゆくえ」や、「ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック」「ぼくが愛するロック名盤240」などを読んできました。ただ、これらの著書で彼の書籍を読んだことがある方はご存じかと思いますが、彼が紹介する「名盤」は、正直言って、一般的に日本で売られているロックの入門書的な名盤集に比べると、非常に癖の強いものになっています。

それは彼が紹介する「名盤」が、非常に彼の趣味趣向に寄り添ったものであることが大きな理由なのですが、さらに2つの大きな理由があって、それは(1)いかにもロック然としたハードロックを好んでおらず、一方でソウル、ブルース、カントリーといったルーツ志向の音楽、アフリカ音楽をはじめとしたワールドミュージックに強い興味関心を示している点。(2)生まれも育ちもイギリスであるため、日本における「ロック史観」に染まっていない点があげられます。そのため、一般的に「名盤」とされるようなアルバムがほとんど無視されていたり、一方では一般的にはあまり知られていなかったり、取り上げられなかったりするアルバムを大きく評価したりしています。

今回もそんな彼がセレクトしたディスクガイドなのですが、タイトル通り、21世紀以降のアルバムであり、かつ「愛聴盤」という選択方針の通り、基本的に一般的な「名盤」とされるアルバムではなく、あくまでも彼が愛してやまないアルバムが紹介されています。特に現在69歳となった彼の紹介している愛聴盤にはロックは皆無。ソウルやブルース、カントリー、そして大きな割合を占めるのがワールドミュージック、特にアフリカ音楽の紹介です。一般的にロックとカテゴライズされるようなアルバムも多く紹介されていますが、その多くはルーツ志向の強いロックを奏でるミュージシャンたちのアルバムとなっています。そのため、氏の嗜好を知らない人が、単純にここ20年のディスクガイドとしてこの本を手に取ると、少々戸惑ってしまうのではないでしょうか。

ただ、一方で一般的に日本でよく紹介されるようなロックや、あるいはRockin'Onあたりでよく紹介されるアルバムにちょっと食傷気味になってきたとしたら、音楽の幅を広げるのにこれだけ最適なガイドブックはないように思われます。おそらく一般的な日本のディスクガイドにはなかなか取り上げられることのない、しかし非常に優れたソウルやブラックミュージック、ルーツ志向のロック、ワールドミュージックのアルバムたちが列挙されています。おそらくここのアルバムを聴くことによって広がっていくであろう音楽の嗜好の幅を想像しながらワクワクしながらページをめくっていくのではないでしょうか。

しかし、ピーター・バラカンが優れているのは、これだけ売れ線とは異なるアルバムを取り上げつつも、そこにほとんどスノッブ臭を感じない点のように思われます。それは、彼が取り上げるアルバムが決して「知る人ぞ知る」的なマニアックなアルバムを取り上げて知識を見せびらかしているといった感はなく、むしろジャンルによっては意外と「ベタ」なアルバムを取り上げているからはないでしょうか。例えばアフリカ音楽でいえばTinariwenやスタッフ・ベンダ・ビリリといった、アフリカ音楽を聴き始めると、まず最初に出会いそうな有名処もきちんと紹介していたり、ソウル志向のミュージシャンとしてはAmy WhinehouseやMichael Kiwanukaといった、日本でも話題となったミュージシャンたちもきちんと取り上げています。結果として、ベテラン評論家でよくありがちな昔のミュージシャンたちを必要以上に絶賛し、逆に最近のミュージシャンたちは無視、といったことがなく、ベテランミュージシャンたちがやはり多いものの、一方でしっかり今のミュージシャンたちも抑えている点にバランスの良さも感じます。

また、彼の文章の語り口も非常に穏やかかつ平易な表現に終始しており、これも日本の評論家にありがちな妙に理屈っぽかったり、変な自分の思想性を反映させようとした文書はほとんどありません。音楽との出会いについては自分の経験も絡めて語っているものの、こちらについても変に感情論に走ることなく、すんなりと受け入れられる語り口がほとんど。そういう穏やかな語り口もまた、スノッブ臭を感じせない大きな要因でしょう。

最後には「The Big List」と題して彼の生涯の愛聴盤も紹介。さらになんと彼は2005年にアメリカのローリング・ストーン誌で企画した「史上最高のアルバム500枚」にも評者として参加し、アルバムに投票していたようで、そのリストも公表されています。このリストもなかなか興味深く読みつつ、聴いてみたくなるようなアルバムもチラホラ。ちょっと意外なアルバムもあったりして、個人的にはU2の「The Joshua Tree」が入っていたのは、ちょっと意外にも感じました。

正直言うと、基本カラーとはいえ、紹介されているアルバムは52枚のみで、全141ページというボリューム。これで1,700円というのは若干高く感じてしまいます。また、上にも書いた通り、紹介されているアルバムは彼の嗜好に沿ったものであるため、「入門書」的にはあまり向かず、少々人を選ぶ部分も否定はできません。ただ、このリストに紹介されているアルバムは非常に魅力的なのは間違いなく、私も興味を持ったアルバムから少しずつ聴いてみたいなぁ・・・そう強く感じさせるリストでした。最近、正直あまりおもしろいアルバムに出会えないなぁ・・・なんて思っちゃった人や、ロックに限らずいろいろな音楽を聴いてみたいな、と思っているような方は是非、手に取ってほしい一冊だと思います。きっと、新たな音楽との素敵な出会いが待っているはず。

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2020年6月30日 (火)

電気グルーヴ「自粛」の1件から社会を考察

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

昨年、音楽業界のみならず芸能界全体に大きな衝撃を与えたピエール瀧の覚せい剤所持逮捕のニュース。その中で音楽ファンにとって大きなショックだったのが彼が所属していた電気グルーヴのCD・配信がすべて停止になった出来事でした。特にサブスクリプションの音源も一切停止されたことによって、それまで普通に聴いていた電気グルーヴの曲が突然聴けなくなってしまった出来事は、サブスクリプションのリスクがあらためて顕在化した瞬間でした。

そして、そんな電気グルーヴ関連の音源の発売停止に関して反発の声が大きく上がったのも印象的な出来事でした。そんな中で、作品の販売・配信停止の撤回を求める署名活動も行われ、こちらもニュースとして取り上げられました。今回紹介する1冊「音楽が聴けなくなる日」は、電気グルーヴ音源の発売中止がなぜ行われたのか、その理由と問題点について考察したもの。その署名活動の発起人のひとりが社会学者の永田夏来と音楽研究家のかがりはるきが中心となり、さらに社会学者の宮台真司を含め3名が、それぞれの立場からその理由について考察しています。

具体的には永田夏来が社会学の観点から、かがりはるきは過去の犯罪事件より、CDの販売停止、自粛が行われた歴史を調べた上で、自粛をよぎなくされたミュージシャンと逆にレコード会社側の関係者のインタビューを実施。さらに宮台真司は哲学的な観点を含めて、さらにはあいちトリエンナーレの「表現の不自由展」で起こった騒動との共通点を探ることにより、より深い考察を試みています。

さて、永田夏来と宮台真司はそれぞれの立場からこのような販売停止、自粛が起こる理由について考察しているのですが、その結論は率直に言って両者、似たような結論に達しています。宮台真司の言説を借りれば、「90年代半ば以降のグローバル化と過剰流動性を背景に共同身体性と共通感覚が消え、徹底的なゾーニングが図られ」た結果、「多視座化の可能性が阻まれ、社会の劣化が加速」し、宮台真司が「クソ」と表現する社会の外を消去する社会が出来上がり、そのような社会故に、「法」を無意味に信奉し、社会からはずれた「犯罪者」を過剰にバッシングするような社会になっている・・・そう語っています。

簡単に言うと、グローバル化などを背景として、物事が異常なまでに変化して続けている現在において、人と人とのつながりが非常に希薄となり、その結果として、法律に従うことを異常に重要視したり、そこからはずれたような人を異常にバッシングしたりする社会が出来てきた、といった感じでしょうか。第1章では永田夏来がおなじく署名運動に関するエピソードを語ると同時に、このような現象が生じる理由について考察していますが、同じく、現代社会が流動的であるからこそ、前例主義に陥っている点を指摘。同じくその結果として「全人格的な人間関係」から「状況的な人間関係」に変化しており、人と人とのむすびつきが希薄になってことを取り上げています。

これらの指摘については非常に納得感がある一方、正直言えばある程度は理解していた点であり、全く気が付かなかった視点からの指摘、というような驚きはあまりありません。ただ、宮台真司の考察では、なぜ芸術と芸術を作り出す主体は分離しうるか、なぜ道徳的観点から芸術を糾弾するのは問題なのか、詳しく考察しており、読んでいて非常に考えさせられる点が数多くありました。また、最後には「クソ」な社会の中で「法の奴隷化」しないためには、まず好きなことを好きとはっきり言おう、という具体的かつ簡単な解決法も示されており、最後まで興味深く読むことが出来ました。

一方、若干、最後の部分に納得感がなかったのが永田夏来の考察。状況的な人間関係で人と人のむすびつきが希薄になっている点を問題点としてあげながら、最後の家族論ではいまような結婚観を否定し、「状況ごとに最適なパートナーを選んだっていい」とむしろ人間関係の希薄性を肯定しているように感じます。彼女の家族論の賛否とは別として、この考察の流れとして、この家族論の結論は、むしろそれまで否定していたことを一気に覆すような流れの悪さを感じてしまい、疑問を抱いてしまいました。彼女の考察の中で、石野卓球がTwitterでピエール瀧を前提としたつぶやいた「キミたちのほとんどは友達がいないから分からないと思うけど、友達って大事だぜ。あと「知り合い」と「友達」は違うよ」というツイートを取り上げ、この本当の友達こそが流動的な社会を生き抜く秘訣と語っているのですが、彼女が最後に絶賛している状況ごとの最適なパートナーというのは、石野卓球が取り上げた友達とは全く逆の存在のように感じます。

さて、そんな社会学的な考察で考えさせる中、個人的に一番興味深かったのが第2章のかがりはるきによる「自粛」の歴史と関係者の証言。特に事務所、ミュージシャン、レコード会社関係者のそれぞれの証言は興味深く感じました。特にレコード会社の元幹部である代沢五郎の証言はレコード会社側の人間の本音が赤裸々に語られています。正直、かなりレコード会社寄りの意見であり、音楽ファンとしてはイライラさせられる部分もあるのですが、そんな点を含めて興味深い発言が多く、特に「(CDの回収などで)短期的にはそう(誰も得しない)ように見えるが、中長期的には(コンプライアンスな観点から)そっちの方が儲かるからやってんだよ!」という発言は、レコード会社関係者の本音中の本音じゃないでしょうか。実際、結局のところ社会の劣化やら流動化社会やら前例主義やら関係なく、儲かるか儲からないか、ビジネスである以上それに尽きる・・・それがCDの回収、自粛の大きな要因のように感じます。

今回の考察で若干物足りなさを感じたのは、このビジネス的な視点からの考察があまりなかった点。個人的にはここ最近、ミュージシャンが犯罪を起こした場合のCDの回収や自粛が広まっている背景としては、音楽業界が巨大産業化した結果、いままでいかがわしさも許容してきたレコード会社や事務所が「立派な会社」となってしまい、いかがさしさを許容できなくなり、さらには昨今のコンプライアンスへの異常なまでの重視が重なった結果、CDの回収や自粛が今まで以上に広がってしまった、という点があると思います。ただ、こういったビジネス的な背景からの考察が出来る人をひとり、加えてもよかったように感じました。

ただ、ここ最近、この流れが徐々に変わってきているように感じます。電気グルーヴの一件でもむしろ自粛反対派の声が目立ったように感じますし、そんな中で、先日、覚せい剤で2度目の逮捕となってしまった槇原敬之の一件では、現時点において(新譜のリリース中止はあったものの)CDの販売停止、回収や配信・ストリーミングの停止が一切ありません。それにも関わらず、この一件でレコード会社側を責める意見がほとんどなかった点や売上へのネガティブな影響がほとんどなかった点から、今度、レコード会社側の対応も変わっていくのではないでしょうか。

さらには先日、ついに電気グルーヴのCD販売、配信が再開され、これがニュースとなりました。正直、ピエール瀧の刑罰が確定したタイミングでも執行猶予が終了したタイミングでもなく、今回の再開時期に全くの合理性がありません。CD販売、配信がこのようなおかしなタイミングで再開されることがニュースにより知れ渡ることにより、この「自粛」の無意味さが、より知れ渡る結果になったようにも思います。

社会学、哲学的な観点からの考察は難しい部分もあり、単純な「音楽関連の書籍」とは異なる1冊であるため、気軽に「自粛」の経緯、歴史を知りたい人にはちょっと難しい1冊になっているかもしれません。ただ、様々な点で考えさせられながら読む本でもあり、とても興味深い考察も多くみられました。今回の電気グルーヴの1件で疑問に感じた方にはお勧めしたい1冊。今後、このような社会が少しでも変わって行けばよいのですが。

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2020年6月14日 (日)

35年の歩み

本日は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介&感想です。

個人的にファンの、渡辺美里の自叙伝的な1冊、「ココロ銀河~革命の星座~」です。今年、デビュー35周年を迎える彼女の、初となるオフィシャルブック。彼女のデビュー時からデビューに至る前の時期、さらには今に至るまでの歩みが綴られている本。著者は渡辺美里本人となっているように、基本的には彼女へのインタビューから構成された内容になっているよう。軽快な(ただちょっとおばさんちっくな部分もある(失礼!))語り口は、ファンにとってはおなじみな、いかにも渡辺美里らしい語り口で、彼女の35年の歩みが綴られているほか、デビュー当初から今に至るまでの貴重な写真も数多く収録。さらには1995年から96年にソニーマガジンズの雑誌「Pee Wee」で連載されたエッセイ集「ロックのハート」を、雑誌の構成そのままで収録されています。

デビュー当初のエピソードから、「My Revolution」でのブレイクや西武スタジアムでのライブのエピソード。80年代から90年代にかけての数多くのヒット曲にまつわるエピソードや、西武スタジアムでのライブが終わった後の話、さらには最近の曲や、最近、作曲を手掛けたミュージシャンたちとのエピソードまで、まさにミュージシャン渡辺美里の歩みを知ることの出来る本作。デビューからブレイク、西武スタジアムから現在に至るまでの概ねの流れについては、ファンにとってはおなじみの話であり、特に目新しさはなかったのですが、ただ一方で非常に興味深かったのは、第1章から第2章にかけて紹介されている、数多くのヒット曲誕生にまつわるエピソード。特に「恋したっていいじゃない」が生まれたエピソードとして、彼女が芸能ニュースを見て「恋くらいしたっていいじゃん、ねぇ?」と語ったところを、当時のプロデューサー、小坂洋二が拾い上げたというエピソードははじめて知ったのですが、ふとしたきっかけでフレーズが出来上がるという点、とてもユニークに感じます。

また、デビュー直後のエピソードには、若き日の小室哲哉、岡村靖幸、大江千里といった、後々、シーンを代表することになるようなミュージシャンとのエピソードも語られており、非常に興味深く読みことが出来ました。岡村靖幸のエピソードとして、自分の曲のレコーディングではない時もスタジオに遊びに来て、「大村雅朗さんがアレンジしている間も「フォー!」とか「ベイビー!」とか言いながらずっと横にいて。」(p102)というエピソードは、いかにも岡村ちゃんらしく、ほほえましく感じます。渡辺美里のデビュー当初は、若き才能たちがいままさに羽ばたこうとしていた時期であり、そんな時期のエピソードはいかにも若々しさを感じ、かつシーンが非常に活性的であったことを、渡辺美里のエピソードを通じても感じることが出来ます。

そしてこの35年間の歩みを読んでさらに感じることがあります。それは彼女の人生、本当に順風満帆だったんだなぁ、ということ。17歳であっさりデビュー出来た後、下積みもほとんどなく、ほどなくブレイク。その後も20年連続西武スタジアムライブという快挙を達成し、それからも今に至るまで特に問題なくミュージシャン生活を続けている・・・そう感じてしまいます。実際、彼女はその通り、比較的順調なミュージシャン人生だったと思います。ただ、例えば80年代から90年代初頭にかけて一世を風靡した反面、90年代後半からは人気が急落。最後の方の西武スタジアムは空席も目立ち、かなり厳しい状況だった、という事実もあり、決して終始、順風満帆という訳ではなかったと思います。

ただ、これは彼女の性格なのでしょう、この本には、そういう彼女の影の部分はほとんど、というよりも全く描かれていません。あえていえば2001年の西武ドームライブ「TRY TRY TRY」のエピソードとして「スタッフのなかに『西武球場ライブをやるために曲をつくってもらうのは困るんですよね」と言う人が出てきたんです。また、スタッフ以外からも西武球場ライブに反対する声が聞こえてきました。」(p120)あたりの描写でしょうか。確かに2001年というと、彼女の人気が急落し、正直、西武球場に人を集めるのが厳しくなってきた頃。ここらへんに彼女の苦難も若干は垣間見れます。ただ、全体的にはそんな影の部分は表に出てこず、終始、明るい姿を見せ続けています。それがまた、彼女らしさなんだろうなぁ、と思う反面、こういうアーティストブックだからこそ、もうちょっと影の部分も知りたかったかも、とも思ってしまいました。

そんな気になる部分もありつつも、やはり全体的には貴重な写真も満載ですし、彼女の35年を俯瞰できるエピソードも読みごたえありますし、ファンならば要チェックの1冊でしょう。また、彼女の曲を聴きたくなり、久しぶりに彼女のライブにも足を運びたくなった、そんな本でした。

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