書籍・雑誌

2022年6月21日 (火)

ブルースを現在の視点から捉えなおす

本日もまた、最近読んだ音楽系の書籍の紹介です。

ここでも時々、ブルースのアルバムを紹介したりしています。個人的に好きな分野で、いろいろと手を広げているのですが、ブルースが好きなら必ず手に取る、ある種のバイブル的なディスクガイドがあります。それが「ブルースCDガイド・ブック」。1995年に発売された後、2006年に「2.0」としてバージョンアップされていますが、全2,000枚という圧倒的な量のブルースのアルバムが紹介されている圧巻ともいえる1冊。ブルースが好きで、過去の名盤を紐解こうとする場合は、必ず手に取るであろう1冊です。

今回、その小出斉があらたなブルースのガイドブックを発売しました。それが今回紹介する「ブルース・ロールズ・オン!! 2020年代に読む、聴くブルース・ガイド エレクトリックの時代」です。

こちらはタイトル通り、2020年代という今の視点から、あらたにブルースを捉えなおし、厳選した名盤、約200枚を紹介したもの。過去のブルースの名盤を、楽曲の概ねのジャンル毎にカテゴライズ。ジャジーなブルース、ハーモニカ・ブルース、ピアノブルース、スライドギター、アグレッシヴ&ワイルド・・・などといったジャンルにわけた上で、それぞれの名盤を紹介。1ページに詰め込んだ「ブルースCDガイド・ブック」と異なり、こちらは基本的に1ページに1枚を紹介し、そのため純粋なディスクガイドというよりも、紹介するミュージシャンの略歴やアルバムリリースの背景なども紹介。この本を読めば、ブルースをめぐる人々の物語の概略もわかるような仕組みになっています。

そして本作の大きな特徴なのが、アルバムのセレクトをあえて戦後以降に絞った上で、今につながるアルバムをセレクトしているという点。焦点をあてられているのはあくまでも戦後のエレクトリックブルース以降になっているため、ブルースのディスクガイドに必ず登場する戦前ブルースの巨匠たち、例えばROBERT JOHNSONやBLIND LEMON JEFFERSON、CHARLIE PATTONといったメンバーは登場しません。戦後に再発見されてアルバムをリリースしているという点で、SLEEPY JOHN ESTESやSON HOUSEといった巨匠がギリギリ登場している程度。ここらへんは完全に割り切っています。

逆に、「現在」につながるような、ここ最近のブルースのアルバムは積極的に取り上げています。例えばSHERWOOD FLEMINGの「Blues Blues Blues」やCRYSTAL THOMASの「Don't Worry About The Blues」、Elvin Bishop&Charlie Musselwhiteの「100 Years of Blues」といった当サイトでも「新譜」として取り上げたアルバムも紹介していますし、「ブルースの新しい波」という章ではKEB'MO'やFANTASTIC NEGRITO、SHEMEKIA COPELANDといった、非常に「今」のミュージシャンたちも取り上げています。ブルースのディスクガイドといえば、ともすれば戦前から戦後すぐのミュージシャンたちがメイン。ともすればガイドだけ読んでいると、過去の存在ととらえられそうなブルースというジャンルを、積極的に現在とむすびつけ、ブルースというジャンルがしっかり現在進行形のジャンルであるということを、強く主張している、そんなディスクガイドとなっています。

一方で、純粋なブルースだけではなく、ゴスペルや、ブルースロック(のうちでも、ストレートにブルースから影響を受けているもの)も取り上げており、そういう意味でもブルースの周辺ジャンルまでの情報もしっかりと網羅した1枚。最近のミュージシャンやブルースロックのミュージシャンも紹介していることから、ブルース初心者にとっては取っつきやすさもあるかもしれませんし、逆にブルースリスナーからしてもれば、ブルース近辺のあらたなジャンルや、ともすればスルーしがちな最近のブルースミュージシャンに目を向けるには最適な1冊と言えるかもしれません。

ただ惜しむらくは、約200枚のアルバム、どのアルバムもほぼすべて1枚1ページで紹介されているため、例えば初心者が、特に最初に手に取るべき1枚、みたいなものがわかりにくい点が難点かもしれません。前述の「ブルースCDガイド・ブック2.0」では「BLUES HIGHWAY 49」と題して、特に最初に手に取るべき49枚のアルバムが紹介されていましたが、本書にはそういうガイドはありません。数枚、2ページにわたって紹介されているアルバムもありますが、そちらも紹介文の都合で2ページになってしまった、という感が強いですし・・・。そういう意味でも、特に最初に聴くべきアルバムには何かマークを付ける、みたいなガイドが欲しかったかもしれません。

そういう点はありつつも、ブルースを今の視点からとらえなおしたという意味では、さすがの仕事ぶりが目立つ、素晴らしいディスクガイドでした。ブルースのディスクガイドとしてのあらたな定番の登場と言っていいかもしれません。ブルース好きなら間違いなく要チェックの1冊です。

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2022年6月17日 (金)

一世を風靡したバンドの自叙伝的マンガ

今回は最近読んだ音楽系の書籍の紹介。今回はちょっと毛色の違う(?)マンガの紹介です。1980年代から2000年代初頭にかけて活躍したバンド「たま」のメンバー、石川浩司の自伝的小説「『たま』という船に乗っていた」をマンガ化した作品。「Webアクションコミック」連載中の漫画となります。

7月に単行本としてのリリースがアナウンスされたのをきっかけでこの本を知り、既に電子版として分冊版がリリースされていたので読んでみました。「たま」というと、おそらくある年代以上の方にとっては、その名前も聞いたことあれば、音楽も聴いたことある人が多いのではないでしょうか。1980年代終盤にバンドブームの波にのって放送されたオーディション番組「いかすバンド天国」、通称「イカ天」に出場し、「イカ天キング」を獲得。そのままメジャーデビューとなり、「さよなら人類」が大ヒットを記録。その年の紅白歌合戦にも出場し、「たま現象」なる流行語も生み出しました。

ただ、もともとアンダーグラウンドシーンで活躍していたバンドで、ブレイク後もアングラというスタンスを全く変えなかったため、人気面では下落し、「表」からは消えてしまいます。そのため、おそらく音楽に興味のない方にとっては彼らは「バンドブームの中で時代のあだ花的に登場したコミックバンド」という認識が一般的ではないでしょうか。ただ一方で音楽的な評価は非常に高く、例えば以前ここでも取り上げた「日本のロック名盤ベスト100」では彼らのアルバム「ひるね」が47位にランクイン。他に「Jポップを創ったアルバム―1966~1995 必聴disc徹底ガイド」でも「THE GROOVY 90's」でも「さんだる」が名盤として取り上げられているなど、間違いなく「たま」は日本のポップス史上に名前を残している実力派バンドとして認識されています。個人的に彼らとKANは、一般的な認識と音楽ファンの認識の乖離が大きいミュージシャンの代表格だと思っています。

そんな「たま」の、いわゆる「たまのランニング」と言われた石川浩司の自伝的小説だった本作は、単行本が絶版となった後、彼の個人サイト上でアップ。さらに今回のマンガ化につながったようです(マンガ化にあたり、Web上の公開は終了したようです)。作者は漫画家の原田高夕己。現在も連載中で、私が読んだ分冊版では有名なインディーレーベル、ナゴムレコードでのデビューが決まった時点まで進んでいます。

現時点ではバンドの出世譚のような展開となっているのですが、非常に自由に音楽活動を行っていたメンバーが徐々に集結していきバンドを結成する流れもおもしろいのですが、なにより80年代の日本のアンダーグラウンドシーンを垣間見れる感じがするのが非常に興味深く感じます。例えば、当時、飛び込みでライブに参加することが出来た両国のフォークロア・センターの話や、客が勝手に食事をとりわけ、お酒を飲む、名古屋のがらん屋のエピソードなど、今よりおおらかな時代を垣間見れる感じがあり、今となってはなくなってしまった風景をある種の憧憬を持って読み進めました。また、若いたまのメンバーが、仲間と連携しつつバンド活動を模索していく姿は一種の青春群像劇としても楽しむことが出来ました。

そして、そんな内容もさることながら個人的に読んでいて楽しかったのが、このマンガの作風。はっきりいって、完全に藤子不二雄A先生の作風をそのまま取り入れていた感じで、「まんが道」のパロディー的な作風になっています。画風や中に登場する効果音なども完全にA先生風ですし、ハイライトシーンが黒枠でかこまれていたり、人物紹介の時に、それまでの画風と全くそぐわない劇画調になるあたりもそのまんま。他にも水木しげるやつげ義春、楳図かずおのパロディー的なものを取り込んだ作風が非常にユニークでした。

特にA先生の作風は、かなり独特なものがあり、そのため、その作風を一種の「パロディー」として使っているマンガはよく見かけるのですが原田氏の場合、完全にA先生のフォロワーで自分のスタイルとして取り入れています。特にこの連載を進めるにあたって、初期は単なるパロディー的なものに過ぎなかったのが、徐々に自分のスタイルとして確立してきており、藤子不二雄ファンの私としては、素直にうれしく感じられました。

現在も連載中の作品で、おそらく今後、イカ天出場から大ブレイク、さらにその後は人気も落ち着いて、再びアンダーグラウンドシーンでマイペースに活動していく彼らの姿が描かれるのでしょう。今後の展開も楽しみ。また、あらためてたまのアルバムも聴いてみたくなりました。A先生フォロワーとして少年漫画風な画風もまた気軽に楽しめますし、たまというバンドを知らなくても、青春群像的な物語として楽しめるマンガだと思います。今後も読み進めていきたいマンガでした。

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2022年4月23日 (土)

今、流行のシティポップがわかる!

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

最近、日本のシティポップが世界的にちょっとしたブームとなっている、というのは音楽ファンならご存じの方も少なくないかもしれません。先日もアメリカの人気ミュージシャン、The Weekndのアルバム「Dawn FM」に収録されている「Sacrifice」で、日本のシティポップのミュージシャン、亜蘭知子の「Midnight Pretenders」がサンプリングされたということで大きな話題となっています。

今回紹介するのは、そんな日本のシティポップの名盤を100枚紹介するディスクガイド「『シティポップの基本』がこの100枚でわかる!」。シティポップを代表するアルバムを100枚ピックアップし、ミュージシャンも含めて詳しく紹介。音楽ライターの栗本斉による1冊。また、アルバム紹介の間にコラムを挟み、「シティポップ」について、より深く紹介しています。

「シティポップ」と一言で言っても、なかなかその定義は難しく、この本でも「ジャンルというよりは、その音楽から醸し出される印象を重視している」という視点の下で「メロウでアーバンでグルーヴを感じられる作品」と定義づけています。正直、「メロウ」も「アーバン」も「グルーヴ」もかなり抽象的とも言える定義なのですが、確かに単純にジャンルや音楽性から厳密に定義づけるのは難しいというのは理解できます。

本作では、そんな定義を下に、1974年にリリースされたSUGAR BABEの「SUGAR BABE」からスタート。荒井由実、大貫妙子、山下達郎、大滝詠一といった大御所のアルバムから、オリジナルラヴや小沢健二、キリンジ、土岐麻子といったミュージシャンを取り上げた上で、ラストはYogee New Wavesまでズラリ。松田聖子や郷ひろみといったアイドル勢にまで目を配りつつ、知る人ぞ知る的ミュージシャンも多く取り上げられており、特に私がリアルタイムで聴いていなかったような、「黎明期」「最盛期」(70年代、80年代)のミュージシャンについては、こんな知られざる名盤もあったのか・・・と、非常に食指が動かされるような作品も少なくありませんでした。

特にColumn1「編曲家とスタジオ・ミュージシャン」で紹介されている、初期シティポップを支えた編曲家やスタジオ・ミュージシャンたちについては、90年代以降の作品でもその名前を聞く人も多く、70年代や80年代のシティポップが、その後のJ-POPシーンに大きな影響を与えたことを伺わせます。

また、アルバム紹介の文章も、基本的に最初はそのミュージシャンの紹介から、アルバムの中の曲の紹介、さらにはミュージシャンのその後、という平易な構成に。比較的シンプルで事実関係をしっかりと綴るような書きぶりで、作者の変な思い入れのあるような文章は登場せず、いい意味で癖のない文章が読みやすさも感じました。

さて、このアルバムで紹介されているミュージシャンですが、「黎明期」「最盛期」のミュージシャンは、私がリアルタイムで聴いていなかった時期ということもあり、正直、有名どころ以外はほとんど初耳のミュージシャンばかりでした。ただ一方、80年代終盤から2000年代くらいまでのミュージシャンにかけては、「知る人ぞ知る」的なミュージシャンを含めて、ほとんど知っているミュージシャンばかりで、具島直子やらbenzoやら「懐かしい~~」と感じてしまうミュージシャンが並んでいました。ただ一方、2010年代に入ってからの最近のミュージシャンについては、また知らないミュージシャンも多くなってしまい・・・最近のミュージシャンもしっかりとアンテナを張ってキャッチしていたつもりだったのですが、以前に比べると、ちょっとアンテナの感度が鈍っていたのかなぁ・・・なんてことを考えてしまいました・・・。

ちなみに今回、本書をKindleで読んだのですが、アルバムや曲にリンクが貼られており、クリックするとAmazon Musicが立ち上がり、音源を聴ける仕組みに。この仕組みには驚かされると同時に、電子書籍の強みを生かした仕組みとなっており、今後はこういうメディア同士のリンクが増えてきて、「本」や「音楽」「動画」の境目が、もっと曖昧になってくるのかな、なんてことを感じたりもしました。

そんな訳で、今、世界的な流行になっているシティポップの魅力を存分に感じられる1冊。文章も非常に読みやすく、読んでいて、いろいろと聴いてみたくなるアルバムも少なくありませんでした。シティポップというジャンルに興味のある方には無条件でお勧めできそうな1冊です。

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2022年2月28日 (月)

「初心者向け」としてはあまりお勧めできませんが・・・

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「マンガで読むロックの歴史」。韓国の漫画家、南武成による著書で、韓国で出版されたものを邦訳した1冊。副題として「ビートルズからクイーンまでロックの発展期がまるごとわかる」という表題がついています。ただ、率直な感想として、ロックをかじったばかりの方が、「ロックの歴史」を「お勉強」しようとして、この本を読み始めると、若干厳しいかなぁ・・・という印象を受ける作品でした。

同書は、基本的にロックバンドやミュージシャンをクローズアップし、そのミュージシャンについて詳しく紹介することによってロックの歴史を紐解いていっています。ただ、そんな中、いきなりトップに紹介されているのがブラック・サバス(!)。さらにディープ・パープルと続き、まずはいきなりヘヴィーメタルの歴史からスタートしています。

その後もハードロックやブルースロックなど70年代ロックを主軸としつつ展開。中盤はクイーンやエルトン・ジョン、デヴィット・ボウイ、後半にはパンクロックやトーキングヘッズ、ジョイディヴィジョンなどといったミュージシャンも登場するのですが、終盤にいきなり登場するのがプログレッシブロックからカンタベリーロックへとつながり、ソフトマシーンなどにもかなりの分量を割いています。

その一方で、「ロックの歴史」として語られる時、必ず登場しそうなミュージシャンが何組も出てきません。例えば、ローリングストーンズがほとんと登場しません。レッドツェッペリンもほとんど登場しませんし、ジミヘンドリックスやドアーズ、ジャニス・ジョプリンも登場しませんし、NIRVANAも登場しません。さらにビートルズも、紹介はされているのですが、解散後のソロでの活動がメインとなっています。おそらく著者の好みがヘヴィーメタルからハードロック、プログレからアートロック系に偏っている影響が強いとは思うのですが、そんな著者の趣味がまるごと反映されたミュージシャンのセレクションとなっています。

そのため、正直なところ、これを「ロックの歴史」として一般化して紹介するのはかな~~~り厳しいように感じます。著者の趣味が反映されすぎていて、一般的なロックの歴史として、まずはたどるべき道筋とはかなり離れています。著者の好みとしても、ロックの芸術性を必要以上に重視している傾向にあり、個人的にはその「聴き方」には賛同できない部分も。ロックを聴き始めた人が「ロックの歴史」としてこの本でロックのルーツを知ろうするのであれば、全くお勧めはできないどころか、最初の1冊としては避けるべきとすら思います。

ただし、そういった「偏り」を理解した上で読むのであれば、これはこれで非常に楽しめる「ロック史」の1冊となっていました。まず、基本的にひとつのミュージシャンにスポットをあてて話を進めていくだけに、ひとつの話の中でバンドやミュージシャンのエピソードが満載。ともすれば、楽曲重視になりがちな「ロック史」の中でミュージシャンのパーソナリティーにスポットがあてられており、よりミュージシャンに対して興味を持てるような展開になっていました。

さらには、クラトゥやシン・リジィのように、通常のロックのガイド本でもまずは取り上げられないようなミュージシャンも登場しており、ここも著者の趣味とはいえ、それはそれで「知られざるミュージシャン」を興味深く読むことが出来ました。そういう意味で、ある程度の偏りを承知の上であれば、よくありがちなロックのガイド本とはちょっと異なった視点からの「ロック史」を楽しめることが出来る内容だったと思います。特にマンガであるがゆえのユニークかつ軽快な語りぶりが非常に読みやすく、知らないミュージシャンであっても、気軽に楽しむことが出来る構成になっていました。

マンガ自体については、正直、トレースベースのキャラクターに説明文も多く、「マンガ」というよりも「絵物語」的な内容にすらなっており、若干読みにくい部分もあることは否めません。この点にも癖があり、最初はちょっと戸惑うかもしれませんが・・・ミュージシャンのセレクトといい、マンガ自体といい、全体的に癖の多い1冊だとは思いますが、少なくとも一通りのロックの通史を知った後であれば、十分楽しめて読める1冊だと思います。ある意味、よくありがちなロックの歴史とはまた一風変わったアナザーロック史を知ることが出来、ロックというジャンルの奥深さを感じることが出来るかもしれません。

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2022年1月17日 (月)

偉大な作曲家の人間的側面も知れる

今回は、また最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

1960年代から2000年代に至るまで、数多くのヒット曲を世に送り出した、日本歌謡史を代表する大ヒットメーカーである作曲家、筒美京平。2020年に惜しまれつつこの世を去った彼ですが、本作は、そんな筒美京平の評伝。ミュージシャンであり、かつ最近では「考えるヒット」などで評論家的な活躍も目立つ近田春夫による筒美京平の評論本となります。

本書は2部から成っており、第1部は「近田春夫による筒美京平論」として、彼の筒美京平楽曲の経験も踏まえた上で、1960年代から晩年に至るまでの筒美京平の活躍を、同時期の日本のヒットシーンと絡めつつ、解読していっています。「考えるヒット」でも、様々なJ-POPのヒット曲を、ミュージシャンならではの音楽的側面からの分析も踏まえて解説していっている近田春夫ですが、筒美京平に対する解説も同様のスタイル。時として日本の音楽系雑誌では、歌詞の部分だけが語られて音楽的側面からの解説がほとんど行われないケースが少なくありません。ただ、そこは近田春夫。あらゆる音楽からの影響を受け、ある意味、その個性を捉えるのが非常に難しい筒美京平の作品を音楽的側面からしっかり解読しており、非常に興味深く読むことが出来ました。

また、なにげにそんな中で本書の中で貢献しているのが聴き手である下井草秀。彼自身も音楽ライターとして活動しているようですが、近田春夫へのインタビュアーとして、しっかりといい仕事をしています。特に90年代あたりのヒットシーンの評価に関しては、正直、リアルタイムで経験した立場からすると、近田春夫の見方には少々疑問を感じる部分があるのですが、そこを彼がしっかりと軌道修正していっているようにも感じました。

この前半に関して、個人的に非常に興味深かったのが、筒美京平が90年代のJ-POPミュージシャンに関して、気になるミュージシャンは誰か、と聴いたところ、スピッツの名前があがってきたという事実。これに関しては近田春夫もその理由がよくわからないようですが、特に90年代のヒットシーンの中でメロディーラインの良さはピカ一だった草野マサムネだっただけに、シンパシーを感じたのでしょうか。興味深く感じることが出来ました。

さらに同書の目玉はなんといっても後半戦。近田春夫が筒美京平の身近な人にインタビューを試みています。実弟で自らも音楽プロデューサーとして活躍する渡辺忠孝、盟友であり、こちらも日本を代表する作詞家のひとり、橋本淳、そして、筒美京平の秘蔵っ子とも言われたシンガーの平山みきの3人。それぞれが異なった側面から筒美京平について語っているのが印象的でした。

特に筒美京平本人、ほとんど表に出ることがなく、芸能界から距離を置いていたそうで、その人柄についてはいままでほとんど語られることがありませんでした。しかし、本書では、身近な人物にインタビューを試みた結果、筒美京平の生い立ちや人柄についてもしっかりと語られており、ひとりの人間としての筒美京平の姿を知ることが出来る構成となっています。ここらへんは、自らも長年音楽シーンに関わり、日本のヒットシーンの中では、既にレジェンド的な立ち位置になっている近田春夫がインタビューを試みているからこそ、筒美京平の身近な人物がインタビューに応じたのではないでしょうか。このインタビューの中でも、筒美京平の音楽性に関してしっかり語られており、ここらへんも音楽的な素養のある近田春夫がインタビュアーだからこその内容にも感じました。

筒美京平という偉大な作曲家の音楽的な功績とひとりの人物としての側面を知ることが出来る非常に興味深い1冊。これを読んで、あらためて筒美京平の曲に触れてみたくなりました。彼の楽曲を含めて日本のポピュラーミュージックシーンを振り返ることが出来る意味でも楽しめる本ですし、特に歌謡曲に興味があれば、是非とも読んでほしい1冊だと思います。

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2022年1月 9日 (日)

「奴隷」時代の歴史から脈々と・・・

今回紹介するのは、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

今回紹介するのはポール・オリヴァー著"The Story Of The Blues"の翻訳版、「ブルースの歴史」。ポール・オリヴァーはイギリスのブルース研究家で、以前、紹介した「ブルースと話し込む」の作者でもあります。本作は、もともと1969年に刊行した1冊。その後、1978年に翻訳出版されました。同作はブルースの名著として知られ、その後も版を重ねていったようですが、その後絶版。今回、その名著が再販され、話題となりました。

同誌の大きな特徴として、まず大判での印刷ということ。29.7cm×21.5cmと、ずっしりと大きな内容は、原著に準じた大きさとなっており、まず手に取ると大きなインパクトがあります。索引等も含めて全208ページからなる内容も重量感があり、中身もずっしり。かなり読み応えのある内容になっていました。

さらに本誌で目立つのは、かなりの枚数の写真が豊富に載せられているという点。全編白黒ということもあって、画質な決してよくないのですが、決して枚数の多くない戦前のブルースミュージシャンたちの貴重な写真が数多く載せられています。もっとも、戦前のブルースミュージシャンたちの写真は枚数も限られるため、見たことある写真も多いのですが、そのほかに当時の黒人社会の状況がわかるような写真も数多く載せられており、それらの写真を眺めるだけで、ブルースが奏でられた当時の状況が目に浮かぶような内容になっていました。

さて、肝心の内容の方ですが、大きな特徴としてもともと1969年に刊行した作品ということもあり、戦前のブルースシーンの描写が主となっています。そのような中で、「ブルースの歴史」のスタートとして、まだ奴隷制度がアメリカに残っていた頃の話からはじめている点が大きな特徴。その時代の記録に残っている黒人たちの歌から「歴史」をスタートさせており、その後、徐々にブルースというジャンルが確立してくるまでを、かなり丁寧に描いているのが印象的です。

普通、「ブルースの歴史」を描く場合は、W.C.ハンディが1903年に、駅のホームで黒人の男が歌う聴いたことのないような音楽と出会ったという有名なエピソードからスタートしていることがほとんどです。しかし、この本では、この有名なエピソードが登場するのは第3章になってから。さらにブルースを紹介する本で、しばしば最初に登場してくる戦前ブルースの代表的なミュージシャン、ロバート・ジョンソンの登場に至っては、134ページと、全体の3分の2程度近くになってようやく登場してきます。

その分、そこに至るまでの数多くのブルースの変遷が丁寧に描かれており、特に戦前のミュージシャンについては、名前を聴くのもはじめてなミュージシャンが数多く登場してきます。調べてみると、録音が残されているのが数曲だけだったり、あるいは録音が残されていないミュージシャンだったり・・・今、数多くの本で紹介される戦前のブルースシンガーというと、ロバート・ジョンソンをはじめ、ブラインド・レモン・ジェファスンやリロイ・カー、チャーリー・パットン、サンハウスといったミュージシャンたちで、そういうミュージシャンももちろん同書では登場し、かなり丁寧に語られているのですが、戦前のブルースシーン、ひいてはその後のミュージックシーンを形作ってきたのは、そんな著名なブルースシンガーだけではなく、彼らに影響を与えた数多くのミュージシャンたちが戦前には存在したんだ、ということをあらためて実感させられる内容になっていました。

非常に興味深い内容になっていた同書。ブルースの成り立ちが奴隷制度の時代から紐解かれており、しっかりと理解できる1冊に。かなり重い本ではあるため、ちょっと手を出しずらい部分もあるかもしれませんが、ブルース、特に戦前ブルースに興味がある方なら必読の1冊です。

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2021年12月10日 (金)

「音楽の百科事典」リニューアル

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍に関しての感想です。

今回紹介するのは、「コモンズ:スコラ vol.18 ピアノへの旅 (commmons:schola〈音楽の学校〉)」。もともと、この「commons:schola(音楽の学校)」というのは、坂本龍一監修のもと、「音楽の百科事典」を目指して2008年から刊行が開始されたシリーズ。全30巻の予定で、第1回目は「バッハ」からスタートしたものの、その後は音楽のジャンルにこだわらず、クラシックからポピュラーミュージック、さらには伝統音楽まで幅広く取り上げたシリーズとなり、さらには2010年からはNHK教育テレビでも、このシリーズに準拠した音楽番組が放送されるなど、一時期話題となりました。

私も発刊時期から非常に興味を持っており、テレビ番組は見ていたのですが、肝心の書籍の方は購入していませんでした。というのも、1巻あたり非常に高い!百科事典を模したようなハードカバーの書籍にCD1枚付で、9,000円近い値段がつけられており、当時は独身の社会人という、もっとも金銭的に余裕がある時期であったにも関わらず、さすがにこれを30巻=30万円近い出費には踏み切れませんでした。

その高すぎる値段設定が原因なのか、テレビシリーズもシーズン4まで行う力の入れぶりながらも、2018年に17巻が刊行された時点でストップ。全30巻は残念ながら途中でストップしてしまいました。しかし、やはり坂本龍一自身、この企画にかなりの力を入れていたのでしょう、このたび、企画がリニューアル。無事、18巻がリリースされました。

ちなみに今回のリニューアルにあたり、ストリーミングというリスニング環境の変化に伴うものでしょうか、CDは取りやめ、書籍のみというスタイルに。ただし、書籍中のQRコードを読み取ると、SpotifyもしくはApple Musicのプレイリストが聴ける仕様になっていました。その結果、値段も2,200円と大幅に値下がり。以前は躊躇していた私も、ようやく購入に踏み切ることが出来ました。さすがに高いお金を払ってCD付で買う時代ではなくなったということなのでしょう。また、以前のシリーズの刊行がストップしていたのは、やはり値段設定が高すぎたのでしょうか?

さて、待望の18巻ですが、今回は「ピアノへの旅」と題してピアノをテーマとした一冊。前半はこの鍵盤楽器が出来るまでの歴史を追った内容に。今回はプレイリストに沿って、ピアノという楽器の特質を語っていく構成となっています。個人的に特に興味深かったのがこの前半で、いままでさほど深く考えたことはなかったのですが、確かに、昔からピアノという楽器があったわけではなく、徐々に進化してきたという点。特に、今となってはピアノで演奏している昔のクラシックも、当時はピアノではなく、ピアノの祖先の楽器で弾かれていた、というのは、あらたか「気づき」であり、非常に興味深く、読むことが出来ました。

後半は、坂本龍一と音楽学者の伊東信宏が、ピアノという楽器を語ります。ただ、坂本龍一は、メロディーというものよりも音の響き、そのものに昔から興味があるようで、決まった音しか出せないピアノという楽器をいろいろと腐しています。もっとも、とはいっても一方では昔から最もなじみ親しんだ楽器ということもあり、同時にピアノに対する思い入れも感じられる対談となっており、プレイリストの音楽を聴きながら、ピアノという楽器のおもしろさについてもあらためて楽しむことが出来る内容になっていました。

そんな訳で、全体的に非常に興味深い内容になっていた本作。ただ、文章については、終始対談形式となっているため、読みやすい反面、ボリュームの割りには情報量はさほど多くなかったように感じます。内容的には十分楽しめたのですが、2,200円という価格を考えると、若干高めかも、という印象も受けました。一部、坂本龍一による対談を載せるほかは、専門家による論文形式のようにした方が、内容のボリュームがより出て、よかったようにも思います。

とはいえ、2,200円程度なら、それなりに躊躇なく買うことが出来ますし、以前は見送っていたこのシリーズですが、今後は是非、読み進めていきたいと感じました。リニューアル後は、30巻まで徐々に発刊されるのでしょうか。以前は坂本龍一のcommonsレーベルの中に、同シリーズの紹介サイトがあったのですが、リニューアルにあたり発刊元が、commonsレーベル(=avex)からアルテス・パブリッシングに変わったことから、18巻以降はフォローされていません。アルテスのサイトでも19巻以降についての発刊予定の記載はなく、ちゃんとコンスタントにリリースされるのか気になるところなのですが・・・ただ、おそらく坂本龍一も相当力を入れていると思われる企画なだけに、次も楽しみ。今後は30巻まで、リアルタイムに追いかけていきたいと思う、そんな1冊でした。

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2021年11月21日 (日)

隔靴掻痒な1冊

本日は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

昨年、覚せい剤保持でつかまり活動休止となったものの、今年10月にアルバム「宜候」で活動を再開した槇原敬之。本作は、そのアルバムリリースと同時に発売された、彼の活動を追ったノンフィクション作品。音楽評論家の小貫信昭による著作となります。

デビュー前夜からアルバム「宜候」リリースに至るまでの彼の活動を、彼が書いた楽曲に沿って追いかけた構成になっており、各章、その時々の彼の活動の「キー」となるような曲のタイトルが付されており、その曲を含めて、その時期を象徴するような曲の歌詞も収録されています。曲自体はもちろんのこと、歌詞も重要なキーワードとなるのは槇原敬之らしいといった感じも受けます。

この中でやはり非常に興味深かったのはデビューから、彼の初期の活動の推移。ちょうど私が中学生の頃から高校、大学に至るまでの槇原敬之の活動でしょう。断片的には聴いたことある話だったのですが、彼のデビュー前からデビューに至る話は非常に興味深く楽しめました。リアルタイムで彼のブレイク直後を知っている身としては、あの頃の槇原敬之といえば、まさに「そこらへんにいる浪人生」を地で行くような風貌で、その普通すぎるいで立ちが印象に残っていました。

ただこのノンフィクションを読むと、希代のメロディーメイカーとしての彼の才能はもちろんのこと、音楽に関する情熱やその行動力についても、デビューに至るまでのその活動は、やはり常人とは異なる部分を感じさせます。やはりミュージシャンとして成功をおさめる人というのは、風貌がどんな「普通」であろうと、常人とは異質な部分があるんだな、ということをあらためて感じました。

また、デビュー後の彼の活動については、私が中学生から大学生までリアルタイムで追っていったのですが、その当時は私自身、ポピュラーミュージックに対する知識が乏しく、なぜ彼がこのような曲を作るのか、その意味するところがわからなかったことが多々ありました。しかしこの本で、当時感じていた疑問の「答え合わせ」が出来たように思います。特に印象深かったのが、異質で、リリース当初はファンとして少々戸惑いも感じてしまった1996年の、彼の全英語詞のアルバム「Ver.1.0E LOVE LETTER FROM THE DIGITAL COWBOY」に関するエピソード。洋楽を聴いていて「ラップやヒップホップが全盛になりつつあった。メロディーというものが、すぽっと消えてしまった気がした。」という危機感から作成されたアルバムだったそうです。ただ、当時、日本ではまだまだHIP HOPがほとんど浸透していないような状況でしたし、そんな中でこういうアルバムがファンの間で若干戸惑いを持って受け入れられたのは仕方なかったのかな、という感じもします。ある意味、少々「時代を先取りしすぎた」感のあるアルバムだったのでしょう。

そんな特に前半に関しては非常に興味深く読むことが出来た本書でしたが、正直言うと、最後まで読むとタイトルのとおり、隔靴掻痒、つまり槇原敬之に関して特に知りたいことがほとんど触れられておらず、かなりもどかしい思いをした著作になっていました。

槇原敬之に関して知りたいこと・・・というとある程度想像はつくかと思います。そう、彼が「同性愛者」だという事実と、なぜ2度にわたり覚せい剤の使用という犯罪を犯してしまったか、という事実。どちらも彼の活動に大きな影響を与えている点だと思います。どちらも軽くは触れられているのですが、残念ながらほとんどスルーしてしまっており、深く触れられていません。

もちろん「同性愛者」であるという点は、あくまでも彼のプライベイトな部分であり、第三者である著者が、本人が語りたいかどうかという意思を無視して安易に語ることは出来ない素材でしょう。そういう意味では仕方なかったのかもしれません。一方、覚せい剤の件については、やはり活動を再開するにあたって、しっかりと語られるべき話だと思いますし、著作の中でほとんどなかったかのように(特に2回目については)さらっと書いているだけの構成についてはかなり疑問です。特に1回目の逮捕以降、「ライフソング」という、本書いわく「仏教の思想に影響を受けた」のような即物的な価値観にとらわれない、本質的に大切なものを語るような曲を数多く書きながら、なぜ本人は「覚せい剤」というもっとも即物的な快楽におぼれたのか・・・この彼の「行動」と「楽曲」の大きな矛盾について全く触れていないというのは、「評論」としては完全に片手落ちと言えるでしょう。

もっとも、「ぴあ」という音楽業界ど真ん中の会社から発行された「音楽評論家」という音楽業界のど真ん中で飯を食っている人の著作としては、覚せい剤犯罪という話にもなかなか突っ込めなかったのでしょう。ただ、本当は活動再開の第1弾の「禊」として、語ってもらわなくてはいけないこの段階ですら、この犯罪についてほとんど突っ込めなかったとしたら、もうそれは「評論」家とは言えないのでは?

そして残念ながら槇原敬之の言葉の中でも非常に気になる部分がありました。それは2度目の逮捕を受けた時の心境として「その当時はもうすでに薬もぜんぜんやっていなかったし、そのなかでの逮捕となったので、自分の心が自分のことをいちばんわかっていた」という一文。でも、覚せい剤でつかまった人って、大抵「自分のことはよくわかっている。もうやめられる」って言うんですよね。彼の場合、1回目から2回目までスパンがあるだけに「中毒」ではないと思うのですが、ただ、1回目の逮捕ならともかく、2回目の逮捕でこういう心持ってかなり危険で、若干「本当に反省しているの?」とすら思ったりしています。ファンとしては非常に残念なのですが、この発言からすると、3回目があっても不思議ではないかも・・・と感じてすらしまいました。

前半については非常に興味深く楽しめた部分はありつつも、ある程度予想はしていたとはいえ、かゆいところに手が届いていない、非常にもどかしさを感じる1冊でした。ただ、槇原敬之の気になる部分について深く突っ込むためには、音楽業界とは直接関係のないノンフィクションライターが、例えば文春あたりの音楽業界とはちょっと離れた出版社で書くしかないんだろうなぁ。正直、槇原敬之のその音楽活動を駆り立てるような本質の部分ももっと知りたかった・・・そう感じてしまった著作でした。

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2021年10月 8日 (金)

奥深いブルースの歌詞の世界へ

今日も最近読んだ、音楽系の書籍の紹介です。

今回紹介するのは、ブルースの歌詞を通じて、その奥深い世界を案内する1冊「黒い蛇はどこへ~名曲の歌詞から入るブルースの世界」。大阪府立大学及び関西大学名誉教授でもある中河伸俊による著作であり、現在でもBlues&Soul Records誌で連載中のコラムを1冊にまとめた内容になっています。

本書ではブルースのスタンダードナンバーを中心に35曲を取り上げ、その歌詞を紹介。歌詞から浮かび上がるブルースの世界の背景を紹介するとともに、その曲を歌ったミュージシャンについての紹介も加えています。ブルースの歌詞といえば、比較的シンプルな歌詞ながらも、当時の文化的背景が色濃く紐づいた歌詞がゆえに、直訳するだけではなかなかその意味がわからず、また、当時の黒人のスラングや、はたまた固有名詞なども飛び出すだけに、単純に英語を直訳したり、和訳を読んだりしても、その意味するところはなかなかわからなかったりします。

本作では、そんなブルースの歌詞を1曲ずつ丁寧に解説。注釈なども用いつつ、歌詞に登場する黒人特有の言い回しや、当時の黒人らしいダブルミーニングの歌詞の意味、さらにはスラングや固有名詞の意味などもしっかりと解説がなされており、単純のようで実は奥深い、ブルースの歌詞の世界をしっかりと理解することが出来る1冊となっています。しっかり原著にあたっていたり、歌詞の内容についても時代背景に基づいた分析までしっかり行われているのは、さすが大学教授の著者らしい仕事ぶりといった感じではないでしょうか。特にエルヴィス・プレスリーがカバーし、ロックのスタンダードナンバーともなった「HOUND DOG」が、ビッグ・ママ・ソーントンが歌うブルースの原曲と比べて、どのような変化を遂げているか、という第10章の解説などは非常に興味深かったですし、p55で書かれている、専業のソングライターによるブルース曲(1曲3分で単線的な筋を持っている歌詞)と、伝統的なカントリーブルースの曲(歌詞とメロディーの組み合わせが固定化されておらず、他作・自作の歌詞のストックから、いくらでも長く演奏できる)の区分は非常に興味深く感じました。特に後者に関しては、その視点から今後、ブルースを聴くことにより、ブルースに対する見方も変わりそうな、新たな知見を得ることが出来ました。

さらに本編ラストには付録として「黒人英語とライム」として、非常に短い構成ながらも、黒人英語の特徴について簡単な記載があります。さすがに非常に簡単なさわりの部分だけの紹介だけでしたので、既知の事項がほとんどだったのですが、ブルースの歌詞解説に合わせて読むと、よりブルースの歌詞の世界が広がるような内容になっています。

さて、ブルースを歌詞の世界から紹介した1冊という意味では、音楽評論家の小出斉の書いた「意味を知らずにブルースを歌うな!」という本を以前、紹介したことがあります。ただ、「意味を知らずに~」は比較的ブルースの入門書という位置づけ。登場するミュージシャンもシーンの流れに沿って初心者でもわかるように紹介されているので、ブルースを聴いたことがないという方でも違和感なく読める1冊になっています。

一方、本書に関しては、入門としていきなりこの本を読むと、ちょっとヘヴィーかもしれません。ミュージシャンの紹介もしっかりと書いてあるので、最初の1冊としても丁寧に読み込めば、おそらく本書をきっかけにブルースの世界に入っていけるとは思うのですが、登場するミュージシャンがブルースの中でどのような位置づけなのか、わからずに読んでいくと、さすがに最後まで読み切るのは難しいかも。ただ一方で、「意味を知らずに~」では入門書であるがゆえに、歌詞の背後にある黒人社会への言及がほとんどなく、それが物足りなさを覚えたのですが、本書では、前述のとおり、そういった文化・社会的背景の記述もしっかりと記載されています。

また入門書ではない、といっても決してマニアックな1冊でもないため、「手に取りずらい1冊」でもありません。ブルースを聴き始めて、有名どころをそれなりに一通り聴いて、この本の目次を読めば、大抵のミュージシャンまたは曲を知っている(登場するミュージシャンや曲は有名どころばかりなので、ある程度ブルースを聴きかじった方ならば、おそらくご存じの方ばかりです)という方でしたら、すんなり読んで楽しめる内容だと思います。奥深いブルースの歌詞の世界が楽しめる1冊。それなりのボリュームのある内容ですが、それに見合うだけのズッシリとしたブルースの歌詞の奥深さを知ることが出来る作品でした。

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2021年8月22日 (日)

これを「教養」というのはちょっと厳しいような・・・

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想

音楽評論家の川﨑大助氏によるロック名曲集「教養としてのロック名曲ベスト100」。彼はいままでもこの手の書籍を何点か記しており、「日本のロック名盤ベスト100」「教養としてのロック名盤ベスト100」をこのサイトでも紹介してきました。今回はそのリリースの第3弾・・・というより、「教養としてのロック名盤ベスト100」に連なる作品となります。この「ロック名盤」ではアメリカの音楽雑誌、ローリング・ストーン誌と、イギリスの音楽雑誌NMEの「Greatest Albums」にランクインしたアルバムをピックアップし、集計した結果を紹介していますが今回も同様。ローリング・ストーン誌が2010年に発表した"The 500 Greatest Songs of All Time"と、NMEが2014年に発表した"The 500 Greatest Songs of All Time"を使用。両者に共通してランクインした曲をピックアップした上で、順位に従ったポイントを付け、両者を合計した結果を並べた結果を紹介しています。

その前作「ロック名盤」でも、ローリング・ストーン誌及びNMEでそれぞれ主張のあるリストになっていたために、結果は少々いびつな結果になっていますが、正直言って、今回の「ロック名曲」については、そのいびつさがさらに際立った結果となっています。それについては川﨑氏もかなり自覚しているようで、その旨のコメントは本誌に繰り返し登場してきています。

ただ、そういう「偏り」をわかった上で、単純合算の結果を単なるベスト100に並べるというスタイルは、さすがにちょっと無理があるようにも思いました。これを例えばブログ記事とかで紹介するのならおもしろいといえばおもしろいのですが、新書として発刊し、かつこれをロックの「教養」と言い切るのはかなり辛いのでは・・・?まあ、確かに基本的には並んだ100曲は、偏りがあるとはいえ「スタンダードナンバー」として通用する曲がほとんどなので、おそらくほぼ全曲、SpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスで聴けると思うので、このリストを頼りに聴いていってみるのもおもしろいとは思うのですが・・・ただそれをやるのなら、単純にローリング・ストーン誌の上位50曲と、NMEの上位50曲を聴けばいいだけのような気もします・・・。

また今回「ロック名曲」と書いているのですが、原題を見ればわかるように、両者とも必ずしもロックのベスト500を選んでいるわけではありません。確かにここ50年以上、最近はHIP HOPにとってかわられつつあるものの、基本的にロックミュージックがヒットの中心として君臨してきただけに、結果として上位にランクインしてきたのはロックがメインとなっています。ただ、特にローリング・ストーン誌ではR&B/Soulの名曲もロックと同じくらいランクインしているなど、必ずしもロックのみの名曲集ではありません。

以前の川﨑氏の著書の感想でも書いた通り、彼はどうも、今となっては若干時代遅れになった感もある「ロック至上主義」的な史観の持ち主のようで、それなりの割合でR&B/Soulの曲が混じっているにも関わらず「ロック名曲」という題名になったのもその表れでしょう。また、前作「ロック名盤」でも感じたのですが、ロックとそれ以外の曲に、記述の熱量にかなりの差が見られます。

ロックの名曲に関しては、これでもかというほどの熱量を感じる記述が目立つのに対して、R&B/Soulの曲に関しては、それなりの熱量のある曲もあるものの、Wikipediaあたりから引っ張れる情報を羅列しただけでは?という程度の記述も少なくなく、ここらへんは以前の彼の著書と同様、癖のある記述も目立ちました。

そういう点からも、偏りのあるランキングからも、若干癖のある1冊であり、「ロック名盤」同様、これを「教養」として盲信するにはかなり危険な感のある1冊のようにも思います。ただ、そこらへんの要素を加味しつつ読む分には、ある意味、アメリカとイギリスのそれぞれのポピュラーミュージック観もわかり、興味深いといえば興味深いランキングと言えるかもしれません。もろ手をあげてお勧めできるような名曲集ではありませんが、興味ある方は手にとって損はない1冊です。

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