KANに対する愛情が伝わる
今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。
この本については、偶然、本屋で見つけて正直なところかなりビックリしました。音楽プロデューサーであり、ライターとしても活躍している鈴木ダイスケの著書「私的KAN論」。おととし、61歳という若さでこの世を去ったシンガーソングライターのKANについて、彼なりの視点で評した1冊。KANというとお茶の間レベルではともすれば「愛は勝つの一発屋」的に扱われているケースが少なくない中、一方ではミュージシャンをはじめ、多くの熱烈なファンを抱えています。とはいえ、こういう形でKANについて語った本が1冊にまとめまってしまうあたり、ちょっとビックリしました。
もっとも、KANというミュージシャンが、ファンにとって語りたくなるミュージシャンというのは、なんとなくわかるような気もします。まずなんといっても、前述の通り、ともすれば「一発屋」扱いされていることもある彼について、「そうじゃないんだ、『愛は勝つ』よりもよっぽどいい曲がたくさんあるんだ」と叫びたくなる気持ちは、ファンなら誰でも持っているでしょうし、また、ビリー・ジョエルやポール・マッカートニーはじめ、洋楽ミュージシャンの要素をさりげなく(時にはかなり大胆に)楽曲に取り入れて、しっかりと日本人の耳になじむようなポップスにまとめあげている彼の音楽的手法は、特に音楽に詳しければ、いろいろと分析して語りたくもあるかと思います。さらに、本書でも語られいるKANの歌詞。都会にどこにでもいるような人物にスポットをあてた歌詞の世界は、誰でも共感できるような内容になっており、それゆえに自らの人生と語り合わせて語りたくなる、というのはよくわかります。
この「私的KAN論」についても、デビュー当初からファンだったという鈴木ダイスケが、思う存分、KANに対する思いを語っており、なによりも純粋に彼がKANのことを好きだったんだなぁ、と読んでいてほほえましくすら感じられる内容でしたし、KANに対する愛情という意味では、同じファンとして非常に共感できる内容になっていました。
本書においては、彼のKANに対する思いを、彼の人生に照らし合わせて語られるほか、同時代に活躍した他のJ-POPミュージシャンへの比較が語られたり、当時のKANのインタビュー記事などもピックアップされ、KANの音楽活動についても同時に語られています。また、音楽プロデューサーらしく、KANの洋楽ミュージシャンからの影響についても分析がなされており、この点についてもあらためて勉強になる部分でした。
また、個人的に興味深かったのは、デビュー直後のKANについて書かれた部分で、その当時のKANがどのような立ち位置にいたか、どのように捉えられていたかということを、著者からの視点ではあるものの、やはり非常に興味深く読むことが出来ました。ここで取り上げられていたのですが、80年代から90年代に人気を博した漫画「ツルモク独身寮」に、KANの「東京ライフ」が登場するんですね。このエピソード、正直今回はじめて知りました・・・。
一方、著者は私より年上の世代となるのですが、そのため、KANや当時のJ-POPに対する見方が、私とは微妙に異なっており、この世代によるギャップにも興味深く感じることが出来ました。年齢が違う・・・といっても、アラフィフくらいになれば、「ほぼ同年代」で括れそうな違いしかないのですが、ただ90年代を、主に大学生から社会人として過ごした著者と、主に中学生から高校生として過ごした私とでは、やはり感じ方、見え方に大きな差があるように感じます。
例えば、後のJ-POPに対する影響という点で、チェッカーズをBOOWYやブルーハーツより大きく取り上げていますが、小中学生時代の学校でのブルーハーツの盛り上がり方やその後の影響を感じると、その記載はちょっと疑問に感じる部分もあります。また、特にギャップを感じるのが堺正章とKANの類似性を書いた記載で、これはもともとミスチルの桜井和寿が言い出したことを著者が同意しているのですが、私くらいの世代だと、堺正章というと、飄々とした雰囲気ながらも芸能界の「ドン」であり、逆らったら怖い人、みたいなイメージがあるのですが、著者くらいの世代だと、まだそこまでの大御所ではなかった時代を見ているので、イメージが異なるのかもしれませんね。さらにKANと似たタイプの男性シンガーソングライターとして大江千里をよく取り上げられており、一方で槇原敬之についてはあまり言及がないもの、やはり世代による違いように感じました。
また、ちょっと残念に感じた部分として中盤、同時期に活躍した男性ミュージシャンについての話が何章かにわたって続くのですが、ここらへんについては読んでいて微妙に感じました。正直なところ、KANと直接的なつながりがない記載も多く(特に小田和正)、わざわざ取り上げている点に違和感も覚えます。どうも著者は仕事などの都合上もあって、90年代中盤についてはちょっとKANからは遠ざかっていた時期があったようで、この頃の記載に関してはかなり薄くなってしまっているのが残念なのですが、後追いでもアルバムは聴いているようなので、この時期のアルバムについても、あらためて音楽的にチェックしたり、後追いでもよいので、当時の雑誌記事などからKANの動向について分析を加えてほしかったな、ということを残念に感じました。
「私的KAN論」という記載の通り、おそらく著者的にもあえてだとは思うのですが、著者の色合い、主張も濃い内容なだけに、著者のKANへの愛情を素直に感じられる反面、それぞれ心の中にKAN像を思い描いているファンにとっては、ちょっと違和感のある部分も出てくるかもしれません。ただ、それを差し引いても、特にデビュー当初からKANを追いかけてきた彼の記載は、やはり興味深い記載も多いですし、なによりも同じKANのファンとして共感できる部分も多く、非常に楽しんで読み進めることが出来ました。こうやって、KANに関するエッセイだけで1冊の本になっちゃうあたり、あらためてKANというミュージシャンの魅力、そして多くのファンを楽しませてきた、という事実を強く感じます。KANが好きならば、まずは手にとって損のない1冊です。
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