書籍・雑誌

2019年5月21日 (火)

買って応援

今年3月、あるニュースに衝撃が走りました。ピエール瀧逮捕。最近では役者としての活躍も目立った彼の薬物犯罪での逮捕というニュースは連日、ワイドショーを中心に大きく取り上げられました。そんなニュースを受け、電気グルーヴの所属するソニーレコードでは電気グルーヴの過去のCDの回収・出荷停止を決定。さらにサブスプの配信も停止されたことから大きな衝撃が広がりました。ただ、これについては音楽という作品と、それを作った本人の犯罪とは別物という当然の議論が巻き起こり、出荷停止に抗議する署名活動も起きたほか、著名人からこのレコード会社の行動に対する疑問の意見も相次ぎました。

実は今回の電気グルーヴのCD回収・出荷停止騒ぎの中であまり指摘されていない事実があります。それは、電気グルーヴに関する書籍については回収・出荷停止という事態は全く起こっていないということ。例えば今回紹介する今年2月に発売された「電気グルーヴのメロン牧場ー死神は花嫁<6>」も現在、普通にAmazonでも取り扱いがされていますし、書店で購入することもできます。

邦楽専門誌「ROCKIN'ON JAPAN」に長年連載を続けている電気グルーヴの対談集を一冊にまとめた単行本のこれが6冊目。ちなみに回収・出荷停止にしていないというのは明らかに意図的で、ピエール瀧逮捕直後の「JAPAN」誌の中でもはっきりと「好評発売中」と宣伝されていました。ちなみにこういう方針なのはロッキン・オンだけではなく、誠文堂新光社が5年前に発刊した「電気グルーヴ×アイデア―電気グルーヴ、石野卓球とその周辺。」も問題なくAmazonで取り扱いがありますし、それこそピエール瀧本人名義の「ピエール瀧の23区23時」すら、問題なくKindleで配信されています。

これは思うに、単純に「CDに比べて目立たないから」とかではなく、おそらく自ら言論・表現の自由を担っているという自負が出版社にはあり、簡単に自らの出版物を回収したり出荷停止にしたりはしないとい、出版社としての矜持があるからはないでしょうか。そう考えると、レコード会社が簡単にCDを回収・出荷停止してしまうというのは同じく表現の自由を担わなければいけない立場であるはずなのに、あまりにも情けなく感じてしまいます。

私が今回、本書を買った最大の理由はそんな出版社の心意気に対して買って応援したいと思ったから。電気グルーヴのCDやDVDをいままでいろいろ買ってきた私ですが、正直、トークをまとめただけの内容に1,400円はちょっと高いかなぁと思っており、発売当初は手が出ませんでした。そんな経緯がありつつ今回、購入してみた訳ですが・・・これが予想していたよりおもしろかった!いやぁ、十分1,400円+消費税という価値のある満足度の高い一冊でした。

身の回りの日常ネタにサブカルネタや下ネタなどを交えた毒のあるトークが終始冴えわたっていて、特に今回、単行本として読んでみると、トークの主導権を握っているのはあくまでも石野卓球ということに気が付きます。ただ一方、様々なサブカルネタなどを入れつつ飛びまくっている石野卓球のトークをしっかりと受け取っているピエール瀧との相性の良さも抜群。本書の中でも「うちらは、一緒になってからアイデンティティを得てるから、そこがブレない」(p358)と語っていますが、そんな2人の仲の良さが会話の節々から伝わってきます。

また、そんな中でも世の中の常識・良識に対して疑いの目を向け、時としてそんな常識のうすっぺらさをおちょくっているやり取りも印象に残ります。「ファン」を否定して「結局世の中は、客か、客じゃないか!(笑)」(p62)なんて衝撃的な発言があったり、「結婚式とかやる奴、信用できないんだよ、誰ひとりとして(笑)」(p268)と結婚式(というよりは披露宴?)の無意味さを指摘したり、「変な奴とかが楽屋挨拶に来たりするじゃん。どうでもいいのにさあ。」(p29)と芸能界のしきたり的なものに疑問を呈したり、デビュー当初からの「世の中の良識をおちょくる」というスタイルは、2人とも50歳を超えた今でも一切変わりません。

そして今回、今となってこの本を読むと、2人の・・・というよりも石野卓球のスタイルがピエール瀧逮捕という衝撃的なニュースを経ても全く変わっていないことに驚かされます。特にTwitterでの飄々とした発言は一部のメディアに批判されつつも多くのファン(客?)にとってはそのぶれない姿勢を絶賛されています。そんな中でも石野卓球本人にからんでくるイタイ発言に対して、彼はスルーすることなく反論しているのですが、本書の中に石野卓球のこんな発言が登場します。

「SNSとか放っときゃいいっていうけど、そうはいかないぜ?放っとけないやつもあるし、追い詰めたほうがいいやつもあるんだよ。俺、追い詰めるから(笑)。だって追い詰めないとさ、これOKなんだっていうふうになるから。自由な校風になると学級崩壊っていうか」(p299)

まさに今の彼のTwitterでの姿勢はこの発言そのものですし、瀧逮捕のニュースでおかしな奴が大量に集まるようになってもスタンスを全く変えない彼の姿勢には素晴らしいものがあります。また、この発言もそうなのですが、電気の2人は一見すると飄々とした態度を取りながら、実はしっかりとした考えの下で行動を起こしており、今回、メディアなどで話題となったTwitterでの石野卓球の発言も、しっかりとその影響を考えての上なんだろうなぁ、と実感しました(と思っていたら最新のROCKIN'ON JAPAN6月号の「メロン牧場」でちゃんとTwitterの発言の趣旨を語っていましたね)。

ただ、2人が、というか特に卓球自身がどちらかというと論理的に語るというよりは感情的に語っている部分が多いため、読んでいて若干わかりにくくなる部分もなきにしもあらずなのですが(笑)、それもある種の味として、本当に楽しくって、過去の書籍も遡って読んだみたくなりました。どうも「メロン牧場」自体も事件に関係なく今後も連載が続くようですし、まだまだ彼らのトークは楽しめそう。ピエール瀧はしっかりと罪を償って、そして電気グルーヴとして活動を再開することを、ファンとして待っています!

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2019年5月10日 (金)

クラシックとポップスの橋渡し的な存在として

今日は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介。今回読んだのは、「Studio Voice」の元編集長で音楽評論家の松村正人による現代音楽の歩みを網羅的に紹介した「前衛音楽入門」です。

私が現代音楽、あるいは前衛音楽というものにちょっと興味を持ったきっかけが、一時期、クラシック音楽に手を伸ばしかけた時に勉強のために読んでみた「もう一度学びたいクラシック」というクラシック音楽の歴史を概観的に紹介した本。グレゴリオ聖歌からはじまり最後は前衛音楽まで網羅的に紹介した一冊なのですが、この中で前衛音楽の触りが紹介されていました。その中では録音した音源をつなぎあわせて新しい音楽を作るという、サンプリングに通じる「ミュージック・コンクレート」という作曲手法や、テクノなどのジャンルではおなじみのミニマル・ミュージックという作曲手法などが紹介。ポピュラーミュージックのジャンルでそのような手法が取り入れられる以前の1960年代や70年代あたりに前衛音楽としてそのような音楽が誕生していたことを知り、驚き、前衛音楽というジャンルに興味を持ちました。ただ、その後はいろいろなジャンルの音楽を聴くのに忙しく、前衛音楽のジャンルまではなかなか手が伸びず、今に至っています。

そんな状況の中で出会ったのが今回のこの一冊。「入門」というタイトル通り、まさに前衛音楽の歩みを概観的に紹介した一冊なのですが、イラストや写真などを用いてわかりやすく紹介したいわゆるノウハウ本的な本ではなく、学術書とまではいきませんが、前衛音楽の歴史をその思想的な側面まで踏み込んで丁寧に解説したしっかりと読ませる一冊となっています。正直言って、次々と人物が登場し、専門用語も特に注釈なく登場してくるため音楽的に全くの初心者だとちょっとわかりにくい感じもするのですが、ただ非常に読み応えのある作品ではありました。

特に今回この本を読んでみようと思ったのが、上にも書いた通り、前衛音楽がポピュラーミュージックと、クラシック音楽などのいわゆる「芸術音楽」との間をむすびつける橋渡し的な要素を感じていたのですが、この本がそんな前衛音楽の一環としてポップスのジャンルもきちんと取り上げていたからで、この本は最初、エリック・サティからスタートするのですが、フリージャズやHIP HOPのサンプリングまで触れ、最後はソニック・ユースで締めくくっています。また、序章ではRADIOHEADの名盤「KID A」の前衛音楽からの影響についても書かれています。

さて今回、この本を読んであらためて知ることが出来たのは前衛音楽というジャンルは非常に思想性の強いジャンルであるという点でした。音楽というジャンルに意識的もしくは無意識的に存在するある種の規範をあえて逸脱することにより、その向こうに広がる新しい音楽を模索する作業、それが前衛音楽であるということがこの本を読むことにより知ることが出来ました。そのため、前衛音楽には音楽家のある種の哲学が反映されており、本書でもその哲学的な部分についても簡単に記載されており、正直、読んでいて難解な部分も少なくなかったのですが、興味深く読むことが出来ました。

もっとも、前衛音楽を理解するためには、おそらく音楽に限らず前衛芸術全般に言えることだとは思うのですが、そういった思想的な背景を知る必要があり、それがこの手の前衛芸術を「難解なもの」と一般的に認識される大きな要因なのでしょう。ただ一方でそんな前衛音楽の中からも、例えばミニマルミュージックなどはポピュラーミュージックの手法として一般的なものとなっていますし、無調の音楽もポップスの中でも多く取り入れられているようで、音楽の規範を逸脱した向こうに、新たに魅力的な音楽の世界が広がっていたという事実におもしろさも感じます。今回、この本を読むことでそんな前衛音楽の魅力を強く感じることが出来ました。

ただ一方、ちょっと残念に感じる部分があり、まず一点目は本書に索引がなかった点。この本では前衛音楽の作曲家が多く登場しますし、また新たな音楽のジャンルも多く登場します。そのため固有名詞も多く、初心者にとっては読み進みにくい要因になっているのですが、それを手助けするための索引がなかったのは非常に残念。また読み終わった後に後日であった前衛音楽について調べるためにもこの手の本には索引が必須だと思うのですが・・・その点は非常に残念に感じます。

また、文章の中に前衛音楽の歴史の中の転機になったアルバムが多く紹介されているのですが、そういったアルバムに関してのディスクガイドがなかったのは残念。最後に何枚かディスクガイド的にアルバムが紹介されているのですが、本書の中で登場するアルバムとは異なっているアルバムも多く、現在の視点から見て、本書の中に登場するアルバムの立ち位置がいまひとつわからない部分もあり、そういう意味ではもうちょっと充実したディスクガイドが欲しかったようにも思います。もっとも、ともすれば膨大にひろがりかねない前衛音楽のジャンルで入門的に聴くべきアルバムを絞ったという見方も出来る訳で、最後に紹介されているアルバムについては是非聴いてみたいと思うのですが。

そんな訳でちょっと残念な部分はありつつも、全体的にはとても魅力的に前衛音楽について知ることが出来た良書でした。これを機に、いままで知らなった世界の音楽にも手を広げられるかも。まずは本書の最後に紹介されているアルバムを1枚ずつ聴いてみたいと思います!

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2018年11月27日 (火)

ラップの入門書の決定版(?)

ここ最近、テレビ番組「フリースタイルダンジョン」のヒットなどにより一気に若い世代に人気を広げてきた日本のHIP HOPシーン。その影響なのか、ここ最近、HIP HOPの入門的な書籍が多く発売されています。ここのサイトでも「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」「文科系のためのヒップホップ入門2」などを紹介しました。そしてそんな中、HIP HOPの入門書、特にHIP HOPの歴史を知るための入門書として決定的な一冊になりそうな本が発売されました。それが今回紹介する「ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門」です。

本書はもともと、今年1月8日にNHK FMで放送された「今日は一日"RAP"三昧」を書籍化したもの。なにより注目したいのは、あのライムスター宇多丸がラップの歴史を語るという点。宇多丸といえば、日本ラップの黎明期から活動を続けるレジェンド、ライムスターのMCであり、ラジオパーソナリティーとしても人気が高く、またそのサブカルチャーに対する深い知識やしっかりとした論理構成、そして独特の視点から繰り広げるトークには定評があります。そんな彼がどのような「ラップ史」を語るのか、否応なく期待が高まります。

この番組では宇多丸の他、ライターの高橋芳朗、渡辺志保、DJでありレコ屋のバイヤーでもあるDJ YANATAKEが参加。それぞれがそれぞれの視点からラップの歴史について語っています。ただ、基本的には独自の視点といった感じではなく、あくまでもオーソドックスにラップの歴史を紐解いていく通史のような内容になっています。ラップの歴史をまとめたような書籍としては、ここまで紹介した「文科系のためのヒップホップ入門」が一時期大きな話題を集めました。同書では「HIP HOPは『音楽』ではなく場を楽しむツールである」という視点に基づいたラップ史観を展開していましたが、それに比べると本書で語られているのはある意味フラットな視点からのラップ史。そういう意味ではタイトル通り「入門書」としては実に最適な内容になっていました。

そして本書で一番ユニークだったのは海外の、というよりもアメリカのラップ史と並行して日本のラップ史が語られているという点。前述の「文科系のための~」では日本のラップは語られていませんし、ある意味、日本のラップ史を、それをアメリカと対比する形で語られているのはいままであまりなかったのではないでしょうか。それだけに日本のラップ史の部分も非常に興味深く読むことができました。また、いとうせいこう、スチャダラのBose、Zeebra、漢が(インタビューを含めて)参加しており、彼らの視点から語られる「ラップ史」も貴重な証言。そういう意味でも興味深い内容に仕上がっています。

ただ、本書を読んでいくにあたって、いくつか気になるような点がありました。まず今回の本書、基本的にラジオ番組の内容をそのまま書き下ろしたもの。ラジオ番組ならではの和気藹々とした雰囲気が伝わってくる反面、若干話としてまとまりのない部分もあったかな、という印象も受けます。特にみなさんがおそらく疲れてきたであろう後半戦(^^;;全284ページというなかなか分厚い本になっているのですが、ラジオの雰囲気を無視して大胆に構成しなおせば、半分・・・とはいわないまでも3分の2くらいにまとまりそう・・・。

あと、日本のラップ史の中で、ある程度予想していたんですが、やはりDragon Ashの存在って、ある程度無視されるんだな、という点も気になりました。確かにDragon Ashはラップという観点で見るとスキル的にいまひとつだし、決して評価されないグループかもしれません。ただ、日本のラップ史にとってDragon Ashのブレイクというのはあきらかな分岐点。ラップシーンの渦中にいる人だとあまり感じなかったかもしれませんが、Dragon Ashブレイク以前は普段HIP HOPを聴かなかったような一般リスナー層にとって当時、ラップというのは正直言えば「コミックソング」的な扱いを受けていました。それがDragon Ashの「Let yourself go, Let myself go」がヒットし、さらに「I LOVE HIP HOP」「Greateful Days」が大ヒットしたことにより一気にHIP HOPのイメージが「コミックソング」から「カッコいい音楽」にシフト。一気にHIP HOPというジャンルがブレイクしました。そういう意味ではラップのスキルはともかくとして彼らの存在は日本のラップ史において相当大きいと思うのですが、残念ながらあまり語られていませんでした(若干触れられてはいるのですが)。

そんな訳で若干残念に感じた部分もあるのですが、全体的には上にも書いた通り、最近HIP HOPに興味を持ち、ラップの歴史が気になった人にとってはほどよくまとめられている最適な一冊だと思います。特に今年1月の放送とはいえ、最新のトラップミュージックまでしっかりとキャッチアップしており、最新情報もしっかりと網羅している意味では入門書として最適。基本的に対談形式なのでサラッと読める点も入門書としては大きなプラス。私自身、非常に勉強になった1冊でした。

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2018年10月22日 (月)

日本古来の音楽への好奇心がくすぐられます。

本日も音楽関連で読んだ書籍の感想です。とはいっても、ちょっといつもとは趣きが異なるかもしれませんが・・・。

ここでもいろいろなアルバムを紹介していますが、個人的にワールドミュージックに興味を持っており、様々な国の音楽でおもしろそうなアルバムを積極的に聴いています。またその流れで日本の昔からの音楽にも興味を持ち、久保田麻琴プロデュースによる「ぞめき」シリーズなどの盆踊りなどを収録したアルバムも何作か紹介してきました。

そんな中で興味を持ったのが今回紹介する本。「新 神楽と出会う本」。日本の神道において神様に奉納するために行われている音楽である神楽。その音楽自体はお祭りなどで日本人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。その「神楽」を体系的に紹介した入門書となります。

この本の著者はもともと細野晴臣をはじめ、数多くのミュージシャンたちと活動を行ったことのあるミュージシャン三上敏視氏。現在は「神楽ビデオジョッキー」として、数多くの神楽を紹介する活動を行っているとか。民俗学的な観点から捉えられることが多そうな神楽を、音楽的な観点から、それもポピュラーミュージックの視点から分析している点に非常な新鮮味を感じる一冊となっています。

同書の構成は第1章で「神楽を知る」として神楽というのはどのような芸能なのか概説的に紹介。そしてその神楽を第2章では音楽的な切り口から紹介しています。第1章はどちらかというと民俗学の本を読んでいるような感覚になるのですが、大まかな解説にとどめているため、学問的に神楽を知りたい人にはちょっと薄い内容かも。もっとも神楽はどんな芸能でどんな魅力があるのかは十二分にわかる内容になっています。

そしてこの第2章が同書の一番の肝。神楽という音楽をポピュラーミュージック的な切り口から解説しているのですが、ホワイトノイズやら16ビートやらトランスやら、おそらく神楽を紹介する一般的な本ではまず出てこないような言葉が次々と飛び出してきます。そしてポップスに聞き慣れた耳を持つ私たちにとっては、この解説が実に魅力的。ポピュラーミュージック的な観点からの神楽の魅力が語られるため、俄然興味がわいてきました。

さらに第3章では神楽で歌われる「せり歌」の紹介。こちらは現地調査のレポートのような形態になっており、そのレポートも魅力的なのですが、神様に奉納する神楽でありながら、時として「エロ歌」も飛び出る一般大衆の気持ちがそのまま反映された歌の内容にもとても惹かれるものがありました。

そして最後の第4章では日本全国50か所の神楽についての紹介。こちらも音楽的な観点からの紹介もあり、実際に聴きたくなってくる魅力あふれる紹介に。この紹介を頼りに、まずは紹介されている神社のうち、近場の神社に足を運んでみたくなります。

そんな訳で、ポピュラーミュージックに慣れ親しんだ私たちに神楽の音楽的な魅力を上手く伝えてくれる同書。さらに本作にはところどころにQRコードがついており、このコードを読み取ることによってYou Tube上にアップしてある神楽の動画を見ることが出来ます。この試みもなかなかユニーク。個人がアップした動画なども含まれているだけに、今後、リンク切れになるケースが多くなるような懸念もあるにはあるのですが、ネット時代の今だからこそ使える手法で、この本で紹介する神楽を、実際に目や耳にも伝えることが出来る仕組みになっています。

また、この本を読むと、日本全国に実に様々なタイプの神楽が存在していることを知り、その点でも興味がわいてきます。いかんせん神楽のイメージとすると太鼓がドンドンと鳴って笛がぴーひゃらと鳴り響いている、程度のイメージしかないのですが、実際にはいろいろな音やリズムのバリエーションがあることを知ることが出来ました。

もっとも本書でひとつだけちょっと残念な部分も。この本、いわゆる入門書的な位置づけの本なのですが、次に読むべき神楽についての本や、あるいは神楽をもっと知るためのディスクガイド的なものがなかったのは残念。実際に現場に行ってみてほしい、ということなのでしょうか。だとしたらもう1点、実際に神楽を見に行く場合の注意事項や手軽に見る方法なども詳しく書いてほしかったような・・・。地方の、ある意味地元民のためのお祭りに外部の者が見に行くのはどうしても敷居が高いものがあるので・・・。

そんな気になる部分もありつつ、全体的にはとても楽しめた1冊でした。まだ同書で紹介されている動画も全然見切れていないので、今後、徐々に紹介されたYou Tubeの動画も見に行ってみたいところ。そしてなにより、一度現地で神楽も見たくなりました。非常に好奇心をくすぐられる1冊でした。

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2018年10月13日 (土)

話題のHIP HOP入門書第2弾

いまから7年前、一冊のHIP HOP入門書が大きな話題となりました。「文科系のためのヒップホップ入門」と名付けられたその本は、ヒップホップを「音楽」ではなく「場を楽しむゲーム」であると主張。少々極論気味とはいえ、HIP HOPの本質をずばり突いたような評論が大きな話題となりました。(その当時の当サイトの感想はこちら

そしてそれから早くも7年。ある意味「ようやく」という表現がピッタリかもしれません。HIP HOPを巡る動向が大きく変化する中、同書の第2弾が発売されました。それが今回紹介する「文科系のためのヒップホップ入門2」。前作と同様、ライターの長谷川町蔵氏と大和田俊之氏の会話を中心とした構成になっています。

本作の構成は前作がリリースされた移行、2012年から2014年までのHIP HOPの動向を1年ごとに紹介。またそれに挟む形でジャズ評論家の柳楽光隆氏を迎えて、「ジャズとヒップホップ」として近年急接近したジャズとヒップホップの関係を紹介しています。

そのため基本的には本作は前作を読んだ前提で話が進んでいきます。一応、前書きと第1章を復習的な章として設けてありますが、どちらかというと知識の振り返りといった感じで全くの初心者が本作から読み始めるとちょっと厳しい印象も。ゲームで言えば本作は前作の「パワーアップキット」といった感じでしょうか。

そんな本作ですが、著者のHIP HOP論については前作の延長。若干極論や単純化しているように感じる面がなきにしもあらずですが、シーンの本質をしっかりと突いた議論をしており違和感を覚えるような部分はありませんでした。ただ一方で構成面でもうちょっと工夫した方がよかったかも、と思う面が少なくありませんでした。

まずポジティブな面ですが、1年毎に紹介しているHIP HOPの動向。個人的にも6~7割程度は既に知っている話でした。ただ、それは要するに初心者レベルの話からスタートしているという意味。そういう意味でまさに「入門」にふさわしい内容になっていましたし、私が知らなかった3~4割の話も非常に興味深く聴けました。また私が知っている事項でもHIP HOPシーン全体から俯瞰した切り口もまた興味深いものがありました。

逆にネガティブな面なのですが、まず本人たちも指摘しているのですが、まずシーンの紹介が2014年までで終わっているというのは非常に厳しいものがあります。最近シーンを席巻しているトラップに全く触れられていませんし、ストリーミングが一般化した最近の動向にも触れられていません。ここらへん、あとがきでチラッと書いてはいるのですが、ここで紹介されているシーンと今のシーンに若干の乖離を感じてしまい、入門書としては大きなマイナスポイントのように感じます。

この点については著者も強く感じているようで、近日中に2015年から2017年のシーンを振り返る「3」を発売する予定だとか。この近刊に強く期待したいところです。もっとも2018年も既に9ヶ月が経過していますし、来年初頭に2018年のシーン動向を含めた形でリリースしてほしいとも思うのですが・・・。

また「ジャズとヒップホップ」としてヒップホップに急接近した最近のジャズの動向についてもかなりのスペースを割いて紹介しているのですが、こちらは「入門」というには特に詳しい説明もなく次々とミュージシャンが紹介されており、全くの初心者にとっては若干敷居の高い内容になっています。またシーン的にはヒップホップというよりもむしろジャズシーンの話。確かに最近、ジャズシーンはヒップホップと接近し、次々と新しいミュージシャンが出てきていて活況を呈してきている感もして、本作のこの論説も非常に興味深く読むことが出来たのですが、若干HIP HOP入門という本作の趣旨からははずれているように感じました。

逆にこの「ジャズとヒップホップ」は別冊的に1冊の本としてまとめて、その分空いたスペースで、各年のHIP HOPの動向についての「今の視点からの振り返り」をやってほしかったように思います。まあ、おそらく著者の方にとってはかなりの負担になりそうなので、読者の勝手な要望なのですが(^^;;

ちなみに本作で一番印象に残ったのはHIP HOPの話以上にアメリカにおけるきゃりーぱみゅぱみゅの「失敗」と、K-POP、特にBTSの「成功」の話。海外の動向をしっかりと分析せずにシーンの規模を読み違えて失敗した日本と、アメリカの音楽的動向をしっかりと分析し、それに沿った曲をリリースした韓国。ある意味、昨今の日韓のグローバル企業の動向に類似しているようにも感じられました。BTSについては、なぜあれだけアメリカでヒットできたのか、ずっと不思議に思っていたのですが、その理由の一端がわかったような気がします(とはいっても、それを差し引いてもなぜあれだけ成功できたのか、いまだに少々不思議なのですが)。

そんな訳で、構成面でもうちょっと工夫してほしかったなぁ、と思う面はあるものの、2014年までのHIP HOPの動向についてよく理解できる内容になっており、前作を読んだ方には引き続きHIP HOPの動向を手っ取り早く理解するには最適な1冊になっていたと思います。逆に前作を読んでいない、という方にはちょっとお勧めしずらい内容。まずは前作を読んだ上で本作を読むことをお勧めします。

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2018年9月28日 (金)

テレビ黄金期のスーパーグループ

今回紹介するのは、本書の帯によると「クレイジーキャッツ初の音楽ヒストリー&レコードガイド本」、「娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー」を名乗る佐藤利明氏による「クレイジー音楽大全」です。書店に並んでいたのを見て妙に惹かれて、読んでみました。

ただ、個人的には正直言うとクレイジーキャッツに対する思い入れはほとんどありません。世代的には「ひょうきん族」がリアルタイム。物心ついたころにはドリフターズも全盛期が終っていました。ただし、子どもの頃。土曜8時は「全員集合」→「加トケン」を見ており、個人的にドリフターズには思い入れがあり、その「師匠筋」という意味でクレイジーキャッツに対しての興味はありました。

そんな私が今回この本に対して興味を抱いたのは、やはり昭和のポップスの歴史を追うのに避けては通れないクレイジーキャッツに関して総括的に書いた本だったから。書店で立ち読みする中で興味が出てきて、買ってみることにしました。

本書はまず最初、80ページもかけてカラーで、クレイジーキャッツのレコード/CDジャケットの豊富な写真や、当時の公演などのパンフレットなどを紹介。これだけでもかなり見ごたえがあります。その後はクレイジーキャッツの結成から彼らの全盛期となる昭和37年(1962年)までの歩みを第1章から第3章で描き、第4章ではそれ以降の彼らの活動について、舞台公演、映画、新曲やLP盤毎に紹介しています。

もともと同じ佐藤利明氏の著書として「映画大全」「テレビ大全」を発売していたこともあり、今回の作品では主に音楽という視点から描いています。映画やテレビの活動についても紹介していますが、音楽的な視点からの紹介がメイン。もっとも、クレイジーの活動については総括的に記述しているため、この本を読めば、彼らの活動についての概ねはわかるような内容になっていました。

「大全」というタイトルなだけに彼らの活動を網羅的に描いた資料的内容も大きな魅力なのですが、やはり読んでいて一番楽しめたのは彼らの結成に至るまでの歴史や全盛期に至るまでの歩みを描いた第1章から第3章。クレイジーキャッツのメンバーが揃う直前は、メンバーそれぞれ様々なバンドに加入しては脱退して、という流れを繰り返しており、若干頭の中がごっちゃになりそうに思いつつ、クレイジーに関わらずメンバーの出入りが激しいというのはこの時代の傾向なのでしょうか。

そして特に読んでいてワクワクしたのが第2章の後半から第3章にかけて。まさに日本は高度経済成長期まっただ中。国全体に勢いがあり、また新しいものにどんどん挑戦しようという気概を、クレイジーキャッツをめぐる活動からも強く感じることが出来ました。また、登場してくる人物が、クレイジーのメンバーを含めてみんな若いこと若いこと。みんな20代、30代の人たちばかりが時代をつくってきたことがよくわかります。それだけ国全体が若かったんでしょうし、若さゆえの勢いがあった時代なんでしょうね。

いままでさほど興味がなかったのですが、この本を読んだことをきっかけに俄然、クレイジーキャッツに興味が沸いてきました。幸い、今の時代、You Tubeに彼らの全盛期の映像もアップされており、簡単に見ることが出来る時代。この本を読んだ後、You Tubeの動画もいろいろと見まくっています。今となっては彼らのコントはかなり素朴な笑いといった印象を覚えるのですが、その一流の音楽の腕前もあって、非常にスタイリッシュなものを感じました。彼らみたいに音楽の腕は一流でコントも出来るようなグループ、出てきてもいいと思うんだけど、いないなぁ・・・。

あとこの本を見て感じたのですが、彼らって昭和30年代に絶頂期を迎えつつ、ただその人気の絶頂はせいぜい10年くらいだったんですね。いや、それって彼らがどうこうというよりは、それだけ芸能界の新陳代謝が激しかったってことなんですよね。振り返って今の時代、音楽シーンもお笑いも、10年単位でトップを取っている人がほとんど変わっていないように思います。80年代にシーンを席巻したはずの秋元康がいまだに「トッププロデューサー」として活躍しちゃっている自体が、正直言って、テレビに元気がなく、今の芸能界がつまらない最大の要因のようにも思うのですが・・・。いろいろな意味で昭和30年代がよかったとは一概に言えないのですが、ただ芸能界の勢いは間違いなくあの時代の方があったよなぁ、ということを強く感じてしまいます。

またもうひとつこの本を見て感じたのですが、クレイジーのメンバーもそうなのですが、この本に紹介されている人たちのあまりにも多くが2000年代に鬼籍に入られていることに気が付きます。多くの方が1930年代生まれでちょうど70代になった頃、ということなのでしょうが、「昭和は遠くなりにけり」ということを強く感じてしまいました。

最後に、ちょっと残念だった点も。本書、文章中に注釈がついています。注釈の内容についてはページのすぐ下に記載されており参照しやすいのですが、注釈に番号が振っていないため、どの注釈がどの※印に対応しているのかが非常にわかりにくく困りました。この点は正直、もうちょっと考えてほしかったのですが・・・。

そんな訳で、いろいろと読み応えのあった1冊。上にも書いたのですが、いままであまり興味のなかったクレージーキャッツでしたが、一気に興味がわいてきました。これを機に、CDとかも聴いてみたいですね。昭和高度経済成長期の勢いが伝わってくるような1冊でした。

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2018年4月17日 (火)

奥深いボーカロイド音楽の世界へ

Title:合成音声ONGAKUの世界

昨年2017年はボーカロイドソフト初音ミクの販売10周年という記念すべき年でした。このボーカロイドという技術、個人的には非常に興味深く感じています。以前にも書いたのですが、このボーカロイドの音楽シーンに与える大きな影響としては音楽を作る際にボーカルが不要になるという点。コンピューターの普及により楽器に関しては演奏が出来なくてもパソコンソフトにより代替することが可能となりました。しかしボーカルに関しては本人が行うにしろ誰か知り合いに頼むにしろ、必ず人間を介する必要がありました。しかし、このボーカロイドの技術により、ボーカルすら不要となり、結果として音楽を作成する敷居がさらに低くなったのではないでしょうか。

そして結果としてこの10年、初音ミクをはじめとしたボーカロイド技術をつかった曲を発表したミュージシャンが数多く登場しました。その中でも特に話題となったアルバムではここでも何度か紹介させていただきました。ただ一方で、個人的には初音ミクをはじめとするいわゆるボカロ曲界隈に関しては疑問に感じた部分も少なくありませんでした。

それはいわゆるボカロ曲がどれをとってもサウンドは音数を詰め込み、歌詞も言葉を詰め込んだ、悪い意味で情報を詰め込んだような曲ばかりが登場してくるという点でした。サウンドに関してもせいぜい登場するのはオルタナ系ギターロックくらいで、たいていは平凡なJ-POP。ボーカロイドをつかって音楽は極めて自由なはずなのに、その結果登場する音楽はほとんどがいままで聴いたことあるようなポップスばかり。正直言って、初音ミクが登場してから10年たつのにお茶の間レベルにまでヒットを飛ばしたミュージシャンが米津玄師一人だけというのは、残念にも感じていました。

そんな中でリリースされた今回のコンピアルバム。まずユニークなのがリリース元が、主にソウルやブルース、あるいはルーツ志向のロックなどをリリースしており、本来、ボカロ系からほど遠いレコード会社であるはずのP-Vineから、という点。また、雑誌広告などの売り文句も「ボカロに偏見ある人はそのままでいいと思う この音楽の楽園に一生気づかなくていい」というかなりの煽り文なのも目を引きました。

しかし、確かにこのコンピに収録されていた曲は私がいままでボカロ曲に対して抱いていたイメージを大きく覆す内容になっていました。まず1曲目に登場するのが春野というミュージシャンの「nuit」という曲。ピアノやアコースティックなサウンドをベースとしたシンプルなトラックにミディアムテンポのボーカルの切ない雰囲気のポップチューン。比較的シンプルな楽曲構成はボカロ曲に抱いていたイメージとは大きく異なります。

羽生まゐごというミュージシャンの「阿吽のビーツ」も祭囃子のようなビートが非常にユニークなナンバー。こちらもトラックは比較的シンプルに音数を絞っています。ちょっと洒落たシティポップ調のcat nap「ペシュテ」も、スタイリッシュな雰囲気がボカロ曲のイメージと大きく異なります。Dixie Flatlineの「シュガーバイン」も軽快なポップがなかなか洒落ている楽曲。こちらはボーカロイドというよりも人の声にエフェクトをかけたような、どこか人間味あるボーカルに仕上げており、ボカロのボーカルも十分ポップソングのボーカルとして聴けるんだな、ということを再認識させられます。

また実験的という意味では耳を惹くのがでんの子Pの「World is NOT beautiful」。ハンマーやらドライヤーやら身の回りの「音」をボーカロイドの声にあわせて流して音楽にしてしまうという実験的なナンバー。この試み自体は実験音楽によくありがちな手法ながらも、ボーカロイドの声の無機質さと、身の回りの無機質な音がピッタリとマッチしており、合成音楽という特徴を上手く利用した楽曲になっています。

楽曲として強く印象に残ったのがラストのNoko「只今」。恋人の別れを「ただいま」とそれに続く言葉だけで上手く表現した切ないポエトリーリーディング的なナンバー。ボーカロイドの声が無機質なだけに、逆に様々なシチュエーションが想像でき、切なくも暖かい雰囲気のトラックもマッチして、非常に切なく心に響くナンバーに仕上がっています。

ほかの曲に関しても一般的にボカロ曲に抱くようなイメージとはちょっと異なる楽曲が収録されているこのコンピは、ボカロ曲を普段聴かないようなリスナー層に向けてボーカロイド音楽の世界の幅広さ、奥深さをアピールした内容になっていました。私もこのアルバムで実はヒットしているボカロ曲だけでは気づかないような音楽的な幅の広さ、奥の深さをはじめて味わうことが出来、ボーカロイド音楽のシーンにあらためて興味を抱いた、そんなアルバムになっていました。

ちなみにもうひとつこのコンピがユニークなのは初音ミクのようなキャラクターを一切表に出していない点でした。正直、ボカロシーンに対して私が抱いていた大きな疑問のひとつがそれ。初音ミクのようなアニメキャラにシーン全体があきらかに頼りすぎており、結果としてそんなアニメキャラに興味がない人にとっては非常に入り込みにくいシーンになってしまっていました。このアルバムはあえてそんなアニメキャラを排することにより、より幅広いリスナー層に意識的にアピールしようとするアルバムに仕上がっていました。

収録されている楽曲は決してボカロシーンにおいて「大ヒットした曲」ばかりではないようです。ただ、ヒットという切り口ではなく音楽的なクオリティーという切り口でボカロ曲を紹介している点でも、ほかのボカロコンピとは明らかに一線を画しています。こういう音楽面で批判的な視点でボカロ曲を紹介するような動きは非常に興味深く感じます。今後もこの流れに続いて「ヒットしていないけど音楽的に優れたボカロ曲」がもっと紹介されるとうれしいのですが。

評価:★★★★★

で、このコンピと同時に発売されたのがこのムック本。

「ボーカロイド音楽の世界2017」。初音ミク販売10周年を迎えた2017年のボーカロイド音楽シーンについて俯瞰的に紹介した一冊。シーンの現状やトピックを紹介した本で、音楽的な考察というよりもボカロシーン全体の現状に関する考察が主なトピックとなっています。

ただそんな中「The Essential Songs of 2017」「The Essential Albums of 2017」は「合成音声ONGAKUの世界」と同様、批評的な観点からボカロ曲を紹介しています。ボーカロイドシーンはなぜかロケノン界隈もミューマガ界隈も完全に無視されており、批評的な視点から紹介されることがほとんどありません。そんな中、こういったムック本で音楽的観点からボカロ曲を紹介する動きはとても興味深く感じます。特に紹介されたボカロ曲は動画サイトで容易に視聴できるだけに、この本に紹介された曲は次々と聴いてみたくなりました。

今後もこのコンピ盤やムック本のように、もっとボカロ曲をめぐる音楽的な批評がもっと増えればいいんですけどね。そういう批評が増えることによりボカロ曲全体の質も上がり、結果、幅広いリスナー層を惹きこむことが出来ると思うのですが・・・。コンピ盤を聴きムック本を読んで、ボカロの世界により興味が持てました。とりあえずムック本で紹介されていたボカロ曲をいろいろと聴いてみなくちゃ。


ほかに聴いたアルバム

ALIVE! in Osaka/少年ナイフ

昨年12月22日に行われた大阪・十三ファンダンゴでのステージをそのまま収録した彼女たち12年ぶりとなるライブアルバム。ベスト盤的な選曲となっていて、彼女たちらしい「ゆるさ」と「ストイックさ」が同居したライブが魅力的。良くも悪くも安定感あるステージですが、その空気感はしっかりとパッケージされたアルバムに仕上がっていました。

評価:★★★★

少年ナイフ 過去の作品
スーパーグループ
フリータイム
大阪ラモーンズ
Pop Tune
アドベンチャーでぶっとばせ!

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2017年10月21日 (土)

デザイナー三栖一明を向井秀徳が語る・・・・・・ではなくて。

本日も音楽関連の書籍の紹介。今回は、元NUMBER GIRL、現在はZAZEN BOYSとして活躍している「This is 向井秀徳」こと向井秀徳著による「三栖一明」です。

おそらくかなり熱心な向井秀徳ファン以外にとっては、「誰?三栖一明って?」という感じでしょうが、三栖一明は向井秀徳の学生時代からの友人で、向井秀徳と共に上京し、NUMBER GIRLやZAZEN BOYSのジャケットやパンフレットなどのデザインを担当しているデザイナー。本作は向井秀徳名義なのですが、インタビュアーが向井秀徳にインタビューする形で進んでいきます。そして向井秀徳が三栖一明について語ったのが本作・・・・・・・という建付けなのですが、実際は向井秀徳の自伝。一応は三栖一明について語っているような建て前がインタビューの要所要所に入るのですが、最初の質問は「向井さんはどういった家庭環境の中で生まれたのでしょうか?」ですし、基本的には彼の出生から学生時代、ナンバガ結成前夜からナンバガ結成後、そしてナンバガ解散、ZAZEN BOYS結成を経て今に至るまでが向井秀徳の口から語られています。

同書でなによりも興味深いのはやはり向井秀徳生誕からナンバガ結成、デビューまでの時期でしょう。特に彼が佐賀出身ではなく大阪生まれで幼少期を大阪で過ごした事実は今回はじめて知りました。根っからの九州男児だと思っていたのでこれはちょっと意外な。また、同書の書評で、真面目眼鏡君な風貌からは考えられないほどの不良さにショックを受けるファンもいるかも・・・なんてことを書いているサイトを見かけたので、ちょっと心配(?)しながら読み進めたのですが、ただこの点については杞憂。確かに高校生からデビュー前夜にいろいろな悪いこともしていたようですが、完全にぐれていた訳じゃなくて「ちょっと悪いこともしちゃってました」程度のお話で、彼のイメージから大きく逸脱するものではありませんでした。

それよりも印象的だったのが向井秀徳のコイバナ。彼曰く、女の子に恋をすると頭の中でラーズの「ゼア・シー・ゴーズ」が流れるらしいのですが、恋愛に対するスタンスは非常に純情そのもの。ただ恋がある程度成就すると覚めてしまうという、典型的な「恋に恋する乙女」タイプ(笑)。ただ、この恋に恋するような純情さは、特に初期のNUMBER GIRLの曲の歌詞からよく感じることが出来ましたし、そういう意味では向井秀徳のイメージ通りといった印象も受けました。

ただ、この向井秀徳のコイバナもそうなのですが、これと決めたらとにかく行動に移す向井秀徳の行動力には驚かされました。デモテープをアメリカの超有名なインディーレーベル、サブポップに送り、さらに電話までかけたという話にはただただビックリ。普通ならとてもできません。このくらの肝の太さがないとやはり音楽業界では成功できないんだろうなぁ・・・多分。

そんな訳で、NUMBER GIRLのデビューに至るまでの話は非常におもしろく、またその後の向井秀徳の音楽に影響を与えたであろう部分も大きく、ファンとしては興味深く読み進むことが出来ました。一方、NUMBER GIRLデビュー以降の話についてはあまり意外性はなかったような。どこかで聞いたような話だったり、音楽を聴けばある程度想像できるような話だったりして、もちろんこれはこれでおもしろかったのですが、興味深く読めたかというとデビュー前ほどではなかったかな、と感じてしまいました。

そして最後に、「特別収録」としてタイトルになった三栖一明本人のインタビューが載っています。正直、こちらはほとんど期待しないで読んでみたのですが・・・これがまた非常におもしろいく興味深い内容になっていました。こちらは三栖一明から語られる向井秀徳なのですが、おそらく向井秀徳本人では到底語られないような内容があったり、特にナンバガ解散時の会議の話なんか、実は田渕ひさ子とアヒト・イナザワはナンバガとしての活動を続けたがっていたというのはちょっと意外にすら感じましたし、解散を決めた時のメンバーの表情など、ファンとしては胸につまるものすらありました。

本の全体的なボリュームからすると2,800円(+消費税)というのは若干高いかな?という感じもするのですが、向井秀徳のファンならまず読んでおきたい自伝。彼の音楽的なルーツもよくわかり、非常に興味深い一冊。これを読んだら久しぶりにNUMBER GIRLの曲が聴きたくなりました。

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2017年10月13日 (金)

日本語ラップに対する愛情あふれる一冊

もともとは同人誌として発行されており、その頃から気にはなっていたのですが同人誌に書き下ろしも加えて商業誌として発売された日本語ラップのガイド本を購入してきました。

70年代の少女漫画風という今となってはちょっと珍しい画風で「ジャンプスクエア」などで連載を持っていた漫画家、服部昇大氏による「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」。このタイトルだけでアラフォー世代以上にはピンと来るかもしれませんが、70年代から90年代まで少女漫画などの裏表紙によく見かけたがくぶん総合教育センターのボールペン習字通信講座の宣伝漫画「日ペンの美子ちゃん」のパロディー漫画。懐かしの少女漫画風な画風はもちろんのこと、9コマ漫画で話の流れ関係なくむりやりボールペン字講座ならぬ日本語ラップを薦めてくる流れは本家同様。「美子ちゃん」の漫画の下についていた「体験者の声」のコーナーまでパロディーとして再現されており、アラフォー世代以上にはある種の懐かしさすら感じる漫画になっています。

ちなみに作者の服部昇大氏はそのパロディー漫画の出来の良さから、なんと本家「日ペンの美子ちゃん」の6代目作者として採用されるという驚きの展開に。以前のような雑誌への広告ではなくWebサイト上での展開がメインのようですが、こちらも時事ネタを含みつつ、かなり尖ったユニークな漫画を展開しています。

さてこの漫画は「美子ちゃん」ならぬ「美ー子ちゃん」が日本語ラップとは何かを紹介したり、日本語ラップに対する偏見に対して反論を展開したりしつつ、日本語ラップの名盤(珍盤)を紹介するギャグ漫画になっています。

まず本作を読んでまず感じるのは、作者の日本語ラップに対する惜しみない愛情。とにかくいろいろなシチュエーションに対してお勧めする日本語ラップのアルバムが列挙されており、そこからはとにかくいろんなタイプの人に日本語ラップを聴いてほしいという情熱が感じられます。最新のラップ事情もしっかりフォローされており、個人的にもかなり勉強になりました。また「ラップリスナーは基本的にめんどくさい」と言いつつも、お勧めしているアルバムはかなりポップス寄りも含めて幅は広い感じ。SEAMOとかDOBERMAN INFINITYとかも「アリ」なんだ・・・(いや、個人的にSEAMOは好きなんですが)。あと水曜日のカンパネラも紹介されていますが、あまり「ラップ」という括りでは聴いていなかったので、ここで紹介されていたのはちょっと意外でした。

また本作では様々なタイプの日本語ラップを紹介しています。以前から今の日本において(というか世界規模でも)ラップあるいはHIP HOPというジャンルは最も勢いがあり、自由度の高いジャンルであると思っていたのですが、本作を読んでその個人的な認識が裏付けられました。ここでも紹介したことのある「メシ物ラップ」のDJみそしるとMCごはんやら、吉田沙保里だけをテーマに作られたMC松島の「She's a hero」なんてアルバムもあったりと、この幅広さ、ジャンルの許容量の大きさが日本語ラップの大きな魅力でしょう。

特に今回はじめて知ったのがGOMESSという自閉症のラッパー。自らの障害を武器にしているのも素晴らしいですし、こういうラッパーが登場してくるという日本語ラップの幅の広さに驚かされます。本書の表紙に「ラップが今 日本でもっともまともな音楽よ」というよくよく考えればかなり挑発的なセリフが登場してくるのですが、確かにこういう様々なタイプのラッパーが登場してきて自由に自らを表現できるシーンというのは、今、日本語ラップくらいではないでしょうか。それだけに「まともな音楽」という表現は間違いない事実だと思います。

思えばいままでは今の日本語ラップの位置にいたのがロックだったのでしょう。ただここ最近のロックは正直なところ、おもしろいと思えるミュージシャンが少なくなってしまいました。出てくるバンドの多くがいわゆるフェス受けを狙うだけのパンク風ポップバンドがメイン。雑誌のインタビュー記事などを読んでもインタビュアーとなれ合ったような「おしゃべり」ばかり。一方、ラップ系のミュージシャンは見た目が不良っぽくでもインタビュー記事などを読むと、自分たちがやっている音楽に対して非常に意識的に、真摯に取り組んでいることがわかるような記事が多く、読み応えあるインタビュー記事がほとんど。漫画の中で日本語ラップに対する偏見として「ラッパー=DQNという指摘」をあげています。確かに見た目不良っぽいラッパーが多いのは事実ですが、音楽に対する姿勢という意味ではむしろロック系よりも「真面目」な人が多いように感じます。

本書では日本語ラップの魅力を主にパンチラインの側面から語ったものが多く、トラックの魅力について言及した記事が少ないのはちょっと残念なのですが、日本語ラップの魅力をこれでもかと感じられる漫画になっていました。漫画という読みやすさを含めて日本語ラップについて知りたい、何から聴けばよいかわからないという方には最適な一冊。作者の日本語ラップに対する愛情が最初から最後までこれでもかというほどあふれだしている一冊でした。

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2017年6月10日 (土)

ラップが映す「今」

今回は最近読んだ音楽関係の本の紹介。以前、ここでも紹介した「文科系のためのヒップホップ入門」の著者として知られる大和田俊之、音楽評論家磯部涼、そして批評家としての活動のほか、ラッパーとしても活動している吉田雅史の3名による共著「ラップは何を映しているのか-『日本語ラップ』から『トランプ後の世界』まで」。もともとラップミュージックというのは社会性を大きく反映したリリックの作品が多く、アメリカのラップは和訳がついていても何を語りたいのか、その背景を詳しく知らないと理解しがたい曲が少なくありません。そんな中でタイトル通り、ラップという音楽が何を語っているのか、また何を語ってきたのかを取り上げた同書は、そのテーマ性からして非常に興味深く、今回、手にとってみました。

本は全部で3部構成、3人による鼎談の形をとった構成となっています。第一章は「ラップはいまを映しているか」という表題でブラック・ライブズ・マター(BLM)(2012年にフロリダで黒人男性のトレイヴォン・マーティンが射殺され翌年容疑者が無罪になった事件に端を発し、全米に拡大した社会運動)やトランプ大統領の当選劇などといった現在の社会問題に対してラッパーたちがどのようなスタンスをとってきたか、ということを語っています。

全3章の中でダントツでおもしろかったのがこの第一章。日本にいると情報としては入ってきているものの、概括的にはなかなか捉えずらいアメリカのHIP HOPシーンが語られており、興味深いものがありました。特に、日本ではともすれば黒人層が一枚岩のように感じてしまうのですが、BLMでも大統領選でもラッパーによってスタンスに差が生じており、そんなに単純な話ではないということは興味深く感じました。またおもしろかったのが、以前、フジロックにSEALDsのメンバーが参加することになった際、「音楽に政治を持ち込むな」という言説が起こりましたが、アメリカでも同様に、音楽へ政治を持ち込むことが最近では嫌がられる傾向にあることは興味深く感じました。トランプ大統領選挙でも昨今の日本でもそうですが、極端に右か左かの言説が目立ち、自分とは意見を異なる層に対する必要以上のバッシングが目立つ中、自分とは異なる意見は聴きたくない、と感じる人が増えているのでしょうか。

そして第二章は「USラップが映してきたもの」、第三章は「日本にラップが根づくまで」と題してそれぞれアメリカと日本のラップミュージック史を概括的に語っています。ただ正直言うとこの2章についてはちょっとわかりづらく感じました。ラップミュージックに詳しい3人による鼎談だからでしょうか、全体的に大前提となる基本的な情報が割愛されており、ラップミュージック史の中でのいくつかのテーマを抽出して語っている形式のため、ある程度ラップミュージックの歴史に詳しくないと、ちょっとわかりにくさを感じるかもしれません。

また全体的に3人それぞれが自らの史観を主張するというよりはシーンをザッと紹介するような形式のため若干議論が上滑りしちゃっているようにも感じました。ラップミュージックの現状としては理解できても、その現状がどのような意味を持つのか、またどのようなスタンスをとるのが望ましいラップミュージックの姿なのか、いまひとつわかりにくかったように感じます。

あとちょっと気になる部分がありました。それはp178からp180でRhymesterの最近の曲に対する批判。「The Choice Is Yours」を「民主主義というシステムの歌としか聴こえない」と批判していたり、メッセージにはっきりとしたスタンスをのせていないという点で「悪い意味で価値相対主義」と語って、「アフター・トランプの世界で再生すると、なおさらぬるい曲」と批判しています。ただ、トランプ大統領後の話でいえば、上にも書きましたが左右どちらも極端な言説と反対派に対する過激なバッシングが目立ち、それがまったく効果をあげていないという現実があります。そういう中でTwitterでもよく見かける、左右どちらかのスタンスを支持することを強制し、それを避ける人をバッシングする傾向(正直、これはどちらかというと左側に多いように感じます)をこの意見から感じ、うんざりしてしまいました。

また、ここのページでもRhymesterの「The Choice Is Yours」を「Choise Is Yours」と書いたり、p199で歌謡ラップとして批判しているGReeeeNを「GreeN」と書いたり、ここらへんの固有名詞に対する雑な扱いに関してもマイナスポイント。これは著者本人たちではなく、出版社の毎日新聞出版の失態かもしれませんが・・・。

第二章、第三章についてもおもしろく興味深い指摘がたくさんあり、紹介されるラップに関しては聴いてみたいと思わせる曲も多かったのですが、一方で気の合った3人による鼎談というスタイルからなのか、若干内輪的な部分を感じてしまう部分も否定できませんでした。これに関してはちょっと残念な感じがします。そういう意味では非常に惜しさを感じる1冊でした。ただ第一章については今のシーンを概括的に手っ取り早く知るにはとてもよくまとまっていると思います。この第一章だけでも読む価値ありの1冊でした。

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