書籍・雑誌

2026年8月 1日 (土)

表現者、星野源について

今日は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

「星野源論」。ご存じ、いまや「国民的スター」と言っても過言ではない、ミュージシャンとして、そして俳優としても大活躍の星野源について分析した評論本。ライターで編集者の小田部仁が編者となり、ライターの戸部田誠と、おなじくライターのつやちゃんがそれぞれ評論を手掛けた2部構成の内容となっており、前半の戸部田氏のパートでは、ミュージシャンとしてのみならず星野源の芸能活動前半から、彼の表現について探り、後半つやちゃんのパートでは、音楽という側面に焦点をあてて、彼の表現を分析する構成となっています。

このうち、非常におもしろく、興味深く読むことが出来たのが前半のパートでした。正直言うと、私自身、星野源の音楽はSAKEROCK時代から追い続けており、彼のアルバムもデビューアルバム「ばかのうた」もリアルタイムで聴いており、すべてのアルバムを追い続けています。ただ一方、ミュージシャン星野源についてはその活動をリアルタイムで追っているものの、星野源本人のファンか、と言われるとそうではなく、正直、彼のテレビ番組などはあまり追いかけていませんでした。

もちろん、彼がいままで出演してきた「おげんさんといっしょ」や「星野源のおんがくこうろん」など、番組として放送された事実は知っていましたが、いままでわざわざテレビを見る、ということはありませんでした。それだけに今回、この「星野源論」ではじめて、それらの番組のアバンギャルドさ、アナーキーさを知り、特に「おげんさんといっしょ」など、リアルタイムで見ておけばよかったなぁ~と非常に後悔しましたし、今回の評論の中で、星野源という人物がどのようなスタンスで活動を行っていたのか、ということをあらためて知ることが出来ました。

本書の中で星野源のことを「アナーキーなポップスター」という言い方をしていますが、彼の活動はアバンギャルドでありながらも、一方でポピュラリティーを保っているという絶妙なバランス感覚を実感します。個人的には彼のスタイルについて、どこか90年代サブカルチャーの空気感を受け継いでいるように感じます。本書の中でも、いわゆるサブカル文化からの影響を記載していますが、イメージとして感じたのは、以前、当サイトでも紹介した「オールナイトロングー私にとっての電気グルーヴのオールナイトニッポンとその時代ー」の世界観。70年代的な、明確な政治的反権力でもなく、昨今のような体制への迎合的なスタンスでもなく、でも現在の体制に対してどこか皮肉的な視点を忘れていないスタンス。「マス」に対してどこか距離を置き、アバンギャルドな姿勢を貫きつつ、でも一方ではしっかりと「ポップ」であるというスタンスが、ある意味、90年代っぽさを感じますし、個人的には、本書では言及されていませんし、また、音楽的な影響は感じませんが、どこか電気グルーヴにも通じるような部分すら感じられました。星野源という人物の行動の意味が、あらためてよく理解できると同時に、いままでミュージシャンとしてしか興味を持たなかった星野源の、「表現者」としてのスタンスに俄然、興味がわいてきた評論になっていました。

一方、ちょっと残念に感じられたのが後半のつやちゃんの評論。星野源の音楽の側面に焦点をあてた評論になっているのですが、正直言うと、悪い意味で「ロッキンオン的」な評論に感じてしまいました。

要するに、ほとんどが彼の音楽の概念的な説明に終始しており、音楽性の解説やサウンド面での詳細な説明はあまり多くありません。また、一番違和感を覚えたのが、終始、「星野源の音楽」にばかり焦点があてられており、彼の音楽が彼の活動の中で、外部からどのような影響を受けて生み出されたものか、ということの言及がほとんどなかったという点。特に最新アルバム「Gen」では、ルイス・コールやサム・ゲンデルなど、最近のエレクトリックジャズシーンの重要人物などが参加し、世界の音楽シーンとリンクしたようなアルバムになっているなど、海外からの影響も顕著な音楽性を感じられるのですが、そのような外からの影響への言及も皆無。過去から現在に至るまで、星野源もミュージシャンである以上、様々なシーンからの影響を受け、そして、意図して様々な音楽へ挑戦を行っていると思うのですが、そのような分析はほとんどありません。読んでいて、あまりにも星野源の音楽を、孤立させて評価し、かつ、概念的に考えようとし過ぎている感があり、違和感を覚える評論になっていました。

本書について、特に前半においては星野源という人物の魅力をあらためて強く感じることが出来、ミュージシャンとしてではなく、表現者星野源の興味が俄然わいてきた1冊となってきました。熱心なファンは言うまでもありませんが、そこまでではないものの星野源という人物に興味がある方についてはチェックして損のない1冊かと思います。これからの彼がどんな活動を行うのか、非常に注目したくなってくる1冊でした。

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2026年7月19日 (日)

ポールの魅力を感じられるバランス取れた評伝

今回も、最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

言わずと知れたビートルズの一員であり、80歳を超えた現在でも、精力的な音楽活動を続ける、ポピュラーミュージック史上のレジェンド中のレジェンド、ポール・マッカートニー。本作は、そんな彼のいままでの活動を追った評伝「ポール・マッカートニー伝」。著者は「ビートルズ研究家」を自称し、数多くのビートルズ関連の書籍で知られる、音楽評論家の藤本国彦による著作となります。ポール・マッカートニーは先日もアルバム「ダンジョン・レインの少年たち」をリリースし、話題となっていますが、そんなアルバムリリースに合わせるように出版された1冊です。

名前の通り、ポール・マッカートニーの半生を追った1冊で、彼の誕生からビートルズの結成、さらに解散後のWINGSとしての活動からその後のソロ活動まで網羅的に追った1冊となっています。まず全体的に非常にバランスが取れた、かつ比較的淡々と彼の活動を追った構成が魅力的。「評伝」と記載がされていますが、著者の変な思い入れのあるような記載もなく、著者独自の見解のようなものを入れることもなく、ある意味、非常にバランスの取れた記載でポールの半生を追いかけています。ポールの熱心なファンでなくても、あらためてポール・マッカートニーというミュージシャンがどのような歩みを進めてきたのか、とてもよくわかる内容となっています。

また、やはり今回の著書であらためて詳しく知ることが出来たのが、ビートルズ解散後の活動で、ビートルズ時代については、そのエピソードも含め、様々な著作が世に出ているため、ほとんど聴いたことあるようなエピソードばかりだったのですが、一方、ビートルズ解散後のポールの動向については、もちろんWINGS結成やその後のソロなど、リリースされている作品については知っているのですが、詳しいエピソードなどについては今回はじめて知ったことも多く、あらためてポールの活動の歩みを知ることが出来ました。

そしてそんな中でやはりクローズアップされるのはジョン・レノンとの関係。もともと著者は2020年に同じような評伝「ジョン・レノン伝」を出版しており、それの続きとなるそうで、前作「ジョン・レノン伝」の裏テーマが、ジョンとヨーコの物語であり、一方で本作の裏テーマはジョンとポールの物語、と記載しています。正直、「裏テーマ」というほどジョンとポールの物語が記載されていたようには思わなかったのですが、ただ、著書の中ではジョンとポールについての関連性について記載した箇所も多く、興味深く読み進めることが出来ました。

そこで特に感じたのは、やはりジョンとポール、永年の幼馴染の友人同士の彼らには、外からはわからない特別な関係性があるんだろうなぁ、ということでした。よく知られているエピソードとして、ジョン・レノンが発表した「How Do You Sleep?」がポールを批判した曲として、2人の確執について語られますが、ただ、これを読む限りでは、最終的には2人の仲は修復されたようですし、そもそもこの手のお互いのやり取りについても、この2人だからこそ許されるような関係性もあったようです。ジョンとポールの物語、という裏テーマの通り、お互いの関係性についても、あらためて知ることが出来ました。

さらにこの評伝で感じられるのは、ポールの人間性。どこか神格化されてしまった感のあるジョン・レノンと比べると、レジェンド中のレジェンドでありながらも、どこか親しみやすさを感じるのがポールで、本書でも「『うっかり発言』を無意識にしてしまうのもポールの魅力だ。」と記載されているように、大物然とした感じではなく、どこか抜けた部分も感じられるのもポールの大きな魅力に感じます。本書ではそんなポールの人間性あふれる部分もしっかりと感じられることが出来ました。

そんな訳で、バランスを取れた記述でポール・マッカートニーがどんなミュージシャンだったのか、そしてどういう人物なのかをあらためて知ることが出来た1冊で、よりポール・マッカートニーというミュージシャンを魅力的に感じられる、そんな1冊となっていました。文章もいい意味で癖がなく、非常に読みやすい文体。ビートルズのこと、ポールのことをより深く知りたい方にはうってつけの評伝でした。

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2026年7月17日 (金)

現在のボカロシーンについて紹介

今回は最近読んだ書籍の感想です。

「ボカロが世界に与えた衝撃ー一億回再生の意外な背景」。タイトル通り、現在、音楽シーンを席巻しているボーカロイド音楽について、特に世界的に評価を受けている現象を中心に、このボーカロイド音楽を巡る背景について紹介・分析した1冊となります。

個人的には、以前から当サイトでも取り上げている通り、このボーカロイドというソフトとそれによって生み出された音楽の潮流については非常に興味深く見ています。というのはこのボーカロイドの大きな特徴として、いままで自ら音楽を作るにはどうしても避けて通れなかった「ボーカル」というパートが、これによって機械に任せることが出来るようになったという点があげられます。これにより、いままで音楽によって自らを表現したくても、「ボーカル」が見つからなかったことによって表現できなかった層が、自らの主張をボーカロイドにのせて広く世の中に表現できるようになり、これは、音楽を演る敷居が大きく下がったという意味では、60年代の自作自演ミュージシャンの登場、70年代のパンク音楽の登場、80年代のHIP HOPの登場と並ぶ、ポピュラーミュージックの大きな変動に近い現象にすら感じています。

特にその結果、新たな「表現者」として登場してきたのが、社会の中で鬱屈した思いや孤独をかかえつつも、コミュニケーションが決して上手くないため、自らボーカルを取る自信もなければ、他のボーカリストを探してくるようなことも出来ないような人たち・・・今の言葉で言えば、いわば「陰キャ」と言われるような人たち。同書でも、楽曲ガイドとして「これだけは押さえておきたいボカロ音楽」として「生と死の葛藤/自己存在の危機/孤独と断絶、孤独感/関係性の痛み、愛と傷/社会との軋轢、抑圧と反抗」というテーマで50曲のボカロ曲を紹介していますが、まさにこのテーマ性は、いままで社会の中で自らを表現できなかったものの、ボーカロイドという武器を手に入れたことによってはじめて自らを表現することが出来た「陰キャ」たちの心の叫びをあらわしている、といっていいでしょう。

本書では、特に「世界に与えた衝撃」という点をテーマに、特にボカロPの中でもワールド・ツアーを成功させたきくお、そして2015年にわずか20歳をいう若さでこの世を去ったボカロP、椎名もたに焦点をあてて楽曲の紹介、分析を行っているほか、現在のボカロシーンについて様々なコラムで紹介し、概括的な分析を行っています。個人的にはきくおについても椎名もたについても楽曲を聴いたことがなく、本書をきっかけにはじめて知ったミュージシャン。そのため、これを機に、彼らの曲を聴いてみなくては、という思いを強く受けました。

コラムでも、特にボカロシーンを中心としつつ、いわゆるボカロ小説や「歌い手」、また音楽シーンの流れとしてのハイパーポップという分野についても紹介し、ボカロシーンにからむ文化についても様々に紹介。ボカロシーンについて様々な切り口で紹介しており、このシーンについて幅広く理解できるような構成になっています。まさに現在のボカロシーンについて概括的に捉えた1冊であり、私も本書でいろいろと勉強になることの多い1冊でした。

ただ一方、何点か気になる部分も少なくありませんでした。まず1点が「世界に与えた衝撃」という、本書の主軸になっている部分。確かにボカロが海外に与えた影響は多かれ少なかれあるのでしょう。ただ、具体的にその影響がどの程度なのか、本書ではいまひとつわかりません。残念ながらビルボードやイギリスのチャートを見ても、上位にボカロ関連の曲があがってくることはありませんし、メインストリーム的にボカロが話題になっている、というニュースはあまり聴きません。おそらく「影響を与えている」といっても現時点ではアンダーグラウンドの一部のシーンに留まるのでしょう。そこらへんの影響がどの程度なのか、いまひとつ客観的なデータが見えてこないだけに、この「世界に与えた衝撃」というサブタイトルは、ともすれば過大な煽り的にも感じられてしまいます。

2つ目として、ボカロの表現として、社会の中で孤立したような人たちの叫びばかりにスポットをあてているような印象を受けてしまう点でした。昨今のボカロシーンとして一方では、例えばおととし大ヒットした「強風オールバック」や昨年ヒットした「好きな惣菜発表ドラゴン」のように、ノベルティーソングもひとつの大きな潮流となっていますし、メジャーでは絶対に流れてこないような、この手の脱力系ソングもまたボカロの大きな魅力と思っています。また、歌詞についてばかりスポットがあてられている点もあり、原口沙輔や東京真中のようなサウンド面でおもしろいことをおこなっているボカロPについても取り上げられていません。正直言うと、その点、ボカロ系の音楽が、ともすれば「陰キャの叫び」的な表層的なイメージで捉えられかねない内容になっている点が非常に気になりました。

この2点については気になる点としては正直結構大きなポイントで、特に2点目については、本書の構成的にあえてスポットを絞ったのかもしれませんが、ボカロ系を概括的に取り上げた冊子としては若干、一面的になってしまっているのではないか、という点が気になりました。もうちょっと音楽的に深掘りして、ボカロ系を紹介するようなガイドブックが欲しいかも。興味深い記事も多い1冊でしたが、ちょっと気になる点も目立ってしまった、そんな1冊でした。

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2026年6月15日 (月)

素のマイルス・デイヴィスも垣間見れる、交流を描いたドキュメンタリー

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「マイルス・デイヴィスが語ったすべてのこと~マイルス・スピークス~」。音楽ジャーナリストである小川隆夫による著作で、もともと2016年に出版された著作ですが、マイルスの生誕100周年ということで文庫化。それが話題になった、ということもあり、今回読んでみました。

マイルス・デイヴィスといえば、「モダン・ジャズの帝王」とも呼ばれ、ジャズ界を代表するジャイアントのひとりと言われる人物。小川氏はそんな彼に1985年にはじめて対面。その後、1991年に彼が亡くなるまで、20回にもわたり彼と直接会話し、さらにはインタビューを行ってきた、おそらく晩年のマイルスにもっとも対面した日本人と言えるでしょう。本作は、その20回にも及ぶ彼との会話をまとめたインタビュー集・・・というよりも、彼がどのようにしてマイルスに出会い、会話し、様々な交流を行い、そして別れたか、と描いた、いわばマイルスとの出会いのドキュメンタリー。マイルスといつ、どのような形で出会ったのか、時系列順に並べられてまとめられています。

そして、このドキュメンタリーがめちゃくちゃおもしろい!小川氏がマイルスと出会った1985年、既にマイルスはジャズ界の帝王として、その名を馳せている、文字通りのビップ中のビップ。さらに「評論家嫌い」だったようで、非常に気難しさを感じさせる印象の出会いとなっています。それだけに、毎回、出会う前は小川氏自体、非常に緊張していたようで、受け答えのひとつひとつ、マイルスがどのような答えを望むのか、考えながら、緊迫感のあるやり取りを繰り広げています。そのやり取りの緊迫感が、本を通しても私たちに伝わってくるようです。

そんなドキュメンタリーだけに、1回1回のマイルスとの出会いが、どのようなきっかけで生じ、どんな会話や交流がなされたのか、読んでいるだけで小川氏の緊迫感と、それと同時に小川氏のマイルスに対する敬意の念が伝わってきて、読んでいてとても興味深く楽しめる内容となっていました。マイルスとの交流も、ジャズにまつわる会話だけではなく、ジャズとは関係ないような会話や交流も描かれており、読んでいる私たちもマイルスと出会って会話しているような、そんな錯覚に陥ってしまうような1冊となっていました。おそらくマイルスをあまり聴いた事ないような方でもひとつのドキュメンタリーとして楽しめるのではないでしょうか。

インタビューの内容自体もマイルスのいままでの生い立ちや、音楽やジャズに対する考え方が、マイルス自身から語られて非常に興味深さを感じさせるようですが、それ以上に興味深かったのは、その会話や交流から垣間見れるマイルスの人柄。「帝王」と呼ばれる大物で、気難しさも感じさせる反面、その言動からすると、意外と気さくさも感じさせる人柄の良さも感じさせます。特に途中、マイルスに買い物を頼まれた著者が、買い物を終えて戻ろうとすると土砂降りに合ってしまうのですが、その時、マイルスが自ら傘を持って著者を迎えに来るシーンなど、「めちゃくちゃいいやつじゃん!」と思ってしまいます。他にも途中、お姉さんが登場したら、齢50歳を超えた帝王マイルスなのに、お姉さんの前では、いつまでたっても単なる「弟」に戻ってしまったりするのもユニーク。著者には、気さくに食事をふるまったりもしていますし、なにげに著者との会話で怒り出して、著者を追い出してしまう、なんてシーンもほとんどありませんし、素のマイルスは、気遣いもできるとてもいい奴、という印象を受けます。

もちろん、そんなマイルスの姿を感じられるのは、著者自身の人柄やコミュニケーション能力に依る部分も大きいのでしょう。ただ、その点を差し引いても、おそらくマイルスは元来、とても人柄もよく気さくな性格なのでしょう。そんな「帝王」の素の部分が、小川氏との交流を通じて感じられる著書となっていました。おそらく、晩年の彼について、ここまでフレンドリーに交流できたのは彼くらいだったのでは?そういう面でも非常に貴重なドキュメンタリーとなっていました。

もちろん、音楽的な側面でも貴重な証言も多く、また、新しい音楽を積極的に取り入れようとする姿も印象的。個人的にも本書を読んでいて、あらためてマイルスのアルバムを聴きなおしたくなりました。ちなみに本書、マイルス・デイヴィスの歩みをまとめて著書「マイルス・デイヴィスの時代: ジャズの帝王とモダン・ジャズの軌跡」と同時リリース。こちらの方はまだ未読なのですが、俄然、読んでみたくなりました。ジャズ好きでなくてもドキュメンタリーとして楽しめ、またジャズやマイルス好きにはたまらない1冊だと思います。傑作です。

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2026年5月19日 (火)

音楽史を深堀り

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

「名曲のたくらみ 音楽史から解き明かす10章」。朝日新書から出版された1冊で、京都出身、愛知県立芸術大学で声楽を学び、現在はロンドン大学ゴールドスミス校音楽学部準教授として、音楽史概説などの講義を担当している松本直美による著書となります。

この曲は、タイトル通り、主にクラシック音楽の名曲を取り上げて、その曲にまつわる背景について様々に物語っている1冊となります。紹介されている名曲は、誰もが知っているヴィヴァルディの「四季」からはじまり、ショパン、バッハ、ベートーヴェン、モーツアルトなどといった超有名な作曲家勢から、知名度は高いものの、「通」の間では「名曲」に「」書きがつくような「乙女の祈り」、さらに最後にはあのQueenの名曲「ボヘミアンラプソディ」まで名前を連ねています。

まずこの各曲の「物語」について、かなりおもしろく、興味深く読むことが出来ました。この手のクラシック音楽の「エピソード集」というのは、「クラシック入門」的な書籍でよくありがちです。ただ、大抵は曲にまつわるエピソードや、作曲家のエピソードなどについて、ありきたりな逸話集的に軽く載せる程度で終了してしまうケースがほとんどです。ただ、本書に関しては、その曲に関するエピソードを、音楽史にからめてしっかりと深堀りされています。例えばバッハの「トッカータとフーガ ニ短調 BWV565」では、クラシックにまつわる真作と贋作のエピソードが、音楽史にからめて語られていますし、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの「おお、貴方の教会」では、クラシック音楽と女性作曲家にまつわる話を、こちらも音楽史にからめて語られています。単純なエピソード集ではなく、その曲を通じて音楽史がしっかりと語られており、曲そのものに加えて、それにまつわる多面的な側面が切り取られており、非常に興味深く読み進めることが出来ました。

また、この著書で興味深く感じられるのが、まずクラシックとポピュラーミュージックとのかかわりが随所で語られる、という点でした。ヴィヴァルディの「四季」の項目では、ディープパープルの「ハイウェイ・スター」がバロック音楽からの影響を受けている点を指摘したり、前述の通り、最後の章ではQueenの「ボヘミアンラプソディ」を取り上げたりと、著者自身がポピュラーミュージックにもそれなりに造詣が深いようで、本書の中ではポピュラーミュージックについても語られています。ここらへん、特にポップス系の音楽評論家は、概してクラシックへほとんど造詣がないため、ポップスとクラシックとの関わりについてほとんど語られることがないために、本書で語られるポップスとクラシックとの関わりについては非常に新鮮で、興味深く読むことが出来ました。

さらに本書で魅力的なのは楽曲の音楽的な側面の分析と、エピソード的な話が、ほどよいバランスで取り上げられているという点でした。前述のような「クラシック入門」的な書籍では、正直、クラシック初心者に対するエピソードに終始されており、音楽的な側面を語られることがほとんどありません。逆に、もうちょっと専門的な書籍となると、クラシックの音楽的な部分が詳しく記載されているものの、素人にはどうにも理解しずらい部分が少なくありません。本書ではその両者がバランスよく書かれており、初心者から、ある程度「音楽的な知識」があるような層まで楽しめるような構成になっていました。

そんな訳で、よくありがちな入門書的なクラシック音楽のエピソード集とはちょっと異なる、より音楽史の観点から深堀して、クラシック音楽を楽しめる1冊になっています。「ボヘミアンラプソディ」が取り上げられている通り、ポピュラーミュージックが専門のリスナーでも興味深く読むことが出来る1冊ではないでしょうか。かなり興味深い記述の連続に、グイグイと読み進めることが出来た1冊。クラシック音楽の様々な歴史を知ることが出来、より音楽への興味が深まりました。

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2026年5月 3日 (日)

あの頃の電気グルーヴ

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「オールナイトロングー私にとっての電気グルーヴのオールナイトニッポンとその時代ー」。1990年代初頭に一世を風靡した、電気グルーヴの深夜ラジオ放送「オールナイトニッポン」で放送作家としてデビューし、現在も活躍している椎名基樹による著書。タイトル通り、彼が描く、初期の電気グルーヴの軌跡を追った内容となっています。この椎名氏、石野卓球の後輩で、電気グルーヴの前身でもある伝説的なグループ、人生のメンバーでもあったそうで、単なる電気グルーヴのラジオ番組を担当したスタッフ、という間柄ではなく、電気グルーヴのメンバーと長く深いつながりを持った、ある意味、電気グルーヴを語るにふさわしい一人による著作となっています。

そして、これは電気グルーヴのファンはもちろん、90年代のサブカルシーンがどういう時代だったのか、興味がある方にとっては必読とも言える非常に興味深く、そして楽しんで読める1冊となっていました。本書は、静岡時代の石野卓球、ピエール瀧にまつわるエピソードから人生の結成・解散から電気グルーヴの結成、東京進出、そして物語のメインとなる電気グルーヴの「オールナイトニッポン」の物語、そしてWIREに至る物語となっています。ここらへんの主な電気グルーヴの歩みについては、以前も映画「DENKI GROOVE THE MOIVE?」でも取り上げられたりしているため、電気のファンなら概ねなじみのある話ではないでしょうか。ただ、物語としては、彼らの後輩である椎名氏の視点から書かれており、この「後輩」という距離感から描かれる石野卓球とピエール瀧の少年から青年時代の物語は、ファンにとっても興味深く、新鮮味があるものではないでしょうか。

さらに本書を読んでいてもっとも興味深く感じたのは、前のパラグラフでも書いた通り、80年代及び90年代のサブカルチャーがどのようなシーンだったのか、どのような時代だったのか、さらにそのようなサブカルシーンの中での電気グルーヴの立ち位置はどのようなものだったのか、実際にサブカルシーンの真っただ中にいた椎名氏の視点から、具体的な体験談として描かれているという点でしょう。

この80年代、90年代サブカルについては、ちょっと前に一部で大きな話題となりました。例の東京オリンピックを巡るコーネリアス小山田圭吾の「いじめ発言」騒動です。この時、小山田圭吾が雑誌で、いじめを行ったことを告白した背景として、90年代サブカルチャーの露悪趣味について話題となり、その時代性があらためて取り上げられました。

本書では、実際にそのサブカルシーンの中にいた著者によって、その時代の空気感、そして電気グルーヴの行動と、それがサブカルシーンの中でどのような意味があったのか、ということを描き出しています。そういう意味では、小山田圭吾の騒動の時に話題となった90年代サブカルを別の視点で理解できると共に、映画で描かれた電気グルーヴの「表の歴史」に対して、本書では電気グルーヴのいわば「裏の歴史」を描いていると言えるかもしれません。

この本で感じるこの時代のサブカルチャーというのは、いわば権力や世間の常識に対して「おちょくる」という姿勢を感じます。それは、それ以前の時代、70年代に見られた、明確な政治権力に対して異を唱えるような、文字通りの「反権力」とも異なりますし、逆に、現在に見られるような権力を容易に容認したり、場合によっては自らが「権力側」にいるようにふるまうような姿勢とも異なりますし、ある種の「反権力」が行き過ぎて、「陰謀論」に陥るような現代の風潮とは異なります。私の世代に近いから特に感じるのかもしれませんが、この時代のスタンスは、「権力」「反権力」に対して、ちょうどよいスタンスのようにも感じられます。

もうひとつ本書で感じたのは、「渋谷系」や「クラブ」のような、いわば都会的で洒落たと捉えられていたサブカルチャーと、漫画、アニメのような「おたく」的なサブカルチャーが、意外と近い距離で受け入れられていたんだな、ということでした。本書でかなり意外だったのは、当時、「おたく」カルチャーのアイコン的な存在だった宅八郎と、電気グルーヴに交流があり、特にピエール瀧と一緒に深夜、ドライブをしたというエピソードはかなり意外に感じます。もっとも宅八郎自体、実際には文字通りの「おたく」ではなく、ファッションにも精通した側面を持っていたそうですが、本書でもサブカルチャーの括りで「おたくの聖地」ともいえる「まんだらけ」の話も飛び出しており、現在、ルサンチマン的な感情で、90年代はアニメ・漫画は迫害されてきたという意見が散見されますが、しかし、アニメ・漫画もおなじサブカルチャーとして受け入れられてきたという事実も知ることが出来ました。

そして、この80年代90年代のサブカルシーンに身を置きながら、当時のスタンスをほぼ維持しつつも、全くバッシングを受けない電気グルーヴのバランス感覚の良さには驚かされます。例えば前述の宅八郎は、結局この頃のスタンスを維持した結果、社会から受け入れられなくなりフェイドアウトしてしまいました。本書でも語られるサブカルシーンの中心で活躍していた香山リカは、いまやリベラル系の論客として、どちらかというと「優等生的」な言説を述べる立ち位置にかわっています。かと思えば前述の通り、小山田圭吾は90年代に残してきた「傷」によって大バッシングを受ける結果となっています。しかし、電気グルーヴは、その頃の立ち位置を変えることなく、さらには当時の言動がバッシングを受けることなく、現在まで活動を続けています。特にピエール瀧が麻薬で捕まった時、石野卓球がTwitter(当時)で取った態度は、「権力」とおちょくるという当時のサブカルのスタンスを貫き、一部メディアには叩かれたものの、ネットを含め世間全般的には概ね好意的に取られました。この電気グルーヴの絶妙なバランス感覚の良さに、彼らの「頭のよさ」と「センスのよさ」を強く感じさせられました。

なお、本書はどちらかというと椎名氏の自叙伝という体裁も強いため、最後の章についてはどちらかというと椎名氏にまつわるエピソード、身近な人物との別れがテーマとなっています。この点は電気グルーヴのファンにとっては求めるものが違うのかもしれませんが、この時代のサブカルシーンの渦中にいた人物が、比較的早くなくなっている点、特にうつ病で亡くなる方が多い点は気になりました。おそらく、世間のいろいろな事象に敏感であるというのは、同時にデリケートな性格の持ち主である、ということなのかもしれません。この最後の章もしっかりと読ませ、そしてその時代のシーンの背景がわかるような章になっていたと思います。

そんな訳で、電気グルーヴというバンドが、80年代90年代のサブカルシーンの中でどのような立ち位置だったのか、どのような活動を行っていたのか、非常によくわかる1冊。電気グルーヴのファンならば、間違いなく読むべきかと思います。個人的に、この時期のサブカルシーンについての理解がクリアになったようにも感じます。椎名氏の文体もとても読みやすい内容でしたし、文句なしにお勧めの1冊です。

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2026年4月21日 (火)

1位には疑問を感じるが・・・。

本日は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「60~70年代のロック・アルバム200」。レココレアーカイブスシリーズの1冊。過去に音楽雑誌、レコードコレクターズに掲載された記事のうち、好評だった記事を別途復刻した1冊で、本作は、2022年「レコードコレクターズ」5月号、6月号に掲載された「ロック・アルバム200」を復刻した書籍となります。

タイトル通り、60年代、70年代のロック・アルバムをランキングし、紹介した名盤ガイド。ミュージックマガジン社のスタイルとなるのですが、音楽評論家やミュージシャンなど、41名の選者が、それぞれ30枚のアルバムをピックアップし、順位付けして、それを集計。その結果をランキング形式で紹介するスタイルとなっています。

個人的に、このスタイルについては以前から懐疑的で、正直、選者によってかなり偏りのある選択をしている人も少なくなく、本当に、雑誌を代表してロックのアルバムを紹介した場合、このアルバムを選んで本当にいいの??と思うようなアルバムが選ばれることが少なくありません。具体的に言ってしまうと、この1960年代のロック・アルバムのランキング、ビートルズやストーンズ、ビーチボーイズ、ボブ・ディラン、ジミヘンなど、数多くのミュージシャンたちが名盤をリリースしてきたこの時代に、1位が「The Velvet Underground&Nico」で本当にいいの???とすごく疑問に感じてしまいます。

いや、間違いなく同盤はロック史に残る名盤なのは間違いないでしょう。少なくともベスト10にランクインしてくる名盤だとは思います。ただ、60年代のアルバムで、まず1枚といった場合に、このアルバムがその1枚になるかどうかはかなり疑問。また、9位にThe Zombiesの「Odessey And Oracle」というのも、名盤だとは思うけど、ここまで上位か?と思いますし、ストーンズも最高位が11位の「Beggars Banquet」というのも、その影響力を考えてベスト10落ちというのは正直どうなんだろう・・・?と思ってしまいます。

60年代については、確かにロックの名盤が多く、20枚を選ぶのも難しいとは思うのですが、それにしても選者が全体的に奇をてらいすぎでは?特にひどく感じたのが和久井光司で、1位がPlastic Ono Bandの「Live Peace In Tronto 1969」って・・・本当に、これが60年代を代表する1枚だと本気で思っているのでしょうか??

70年代に関しても、1位がSteely Danの「Aja」というのも・・・いや、こちらもベスト10に入ってくる名盤だとは思うのですが、それにしても1位かなぁ、とは思ってしまいます。ただ、70年代に関しては、上位にランクインしているアルバムは概ね妥当な印象で、ベスト10については、おそらく、その順番とともかく、多くの方が70年代を代表する10枚と言われて、まずは選びそうな10枚が入っている印象を受けました。

そもそも、選者41名というスタイルが非常に中途半端で、雑誌の「顔」となるような名盤集を作りたいのならば、もっと限られた評論家と雑誌編集者が話し合いの中で選択すべきだと思うし、こういう選者のランキングを集計させるならば、選者の「癖」が反映されてしまうような41名という少なさではなく、それこそ100名、200名単位の選者にお願いするか、もしくは読者アンケートにすべきではないでしょうか。

そんな感じでかなり疑問に残る「名盤集」になっていましたが、とはいえ、順位はともかくとして、その結果選ばれた200枚については、今後、過去のロックの名盤を聴くための「羅針盤」としてはちょうどよいガイドブックになっているようにも思います。セレクトに「癖」はありますが、その「癖」も含めて、名盤の参考にはなるガイドだったと思います。

また、もうひとつの楽しみ方として、個人的にいつも注目しているのは、各選者のランキングの最下位、30位に入っているアルバム。おそらく、選者の一番のこだわりがここで、一般的にはあまり「名盤」とは考えられなくても、選者がどうしても入れておきたいような、「自分だけが好きな」アルバムがケースが多く、この「30位」を眺めるのも、実は知られざる本書の楽しみの1つだと思います。是非、ご注目あれ。

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2026年4月12日 (日)

今度はクラシックの名盤100

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

イースト・プレスから出版された「クラシック名盤100」。著者はクラシック音楽評論家の許光俊となります。本書はイースト・プレスから出版されている「名盤100」シリーズの最新作。いままで、「日本語ラップ名盤100」「ヒップホップ名盤100」「20世紀ジャズ名盤100」を紹介してきましたが、そのシリーズの第4弾となります。

この手の名盤ガイドというと、通常は初心者向けに書かれたものになるのですが、このイースト・プレスから出版されている「名盤100」シリーズは、一般的なそのジャンルの名盤とはちょっと異なる、一癖のある作品を紹介しており、素直に初心者がこの名盤ガイドに沿って聴き始めると、良くも悪くも、ちょっと異なる道に迷い込んでしまうような、そんなガイドになっていました。

そのため、この「クラシック名盤100」についても、一般的に初心者が最初に聴くべき名盤が収録されている・・・かどうかは、正直なところ、クラシック音楽にさほど知見がないためわかりません・・・。ただ、紹介されている曲に関して言えば、ヴィヴァルディの「四季」やモーツァルトの「トルコ行進曲」、ベートーベンの「運命」などといった、定番中の定番が並んでいます。ただ、もっともクラシック音楽にとっては、楽曲自体に加えて、指揮者やオーケストラ、演奏家なども重要な要素。そういう観点からは、本作で紹介されているアルバムが、王道を行くようなセレクトなのか、ちょっとひねったセレクトなのかはわかりません・・・。

一方で、本書に書かれた紹介文の方は、初心者向けで非常にわかりやすかったように感じます。著書の許光俊は、以前、「はじめてのクラシック音楽」という著書をここまで紹介しましたが、かなり癖のある物言いのする評論家。もちろん、それはそれで彼の魅力とも言えるのですが、一方、好き嫌いはわかれそうな感じはします。実際、「はじめてのクラシック音楽」でも、カラヤンや小澤征爾といった、おそらくクラシック初心者でも名前くらい聞いた事ある程度に有名な指揮者をケチョンケチョンに悪く言っています。

ただ、本書に関しては、彼の文章は非常に読みやすかったように感じます。もともと、「はじめてのクラシック音楽」でも平易な文章は書いていたのですが、この手のクラシック本にありがちな、音楽性に言及する難易度の高い物言いは皆無。かといって、よく書店に並んでいる「クラシック音楽入門」みたいな音楽の教科書にそのまま出てきそうな程度の、表面をさらっとなぞる程度の浅い表現にもなっておらず、そういう意味では、「よくわかるクラシック名曲集」みたいな感じの、10枚組で3,000円くらいで売っていそうな、クラシックのよく知られた曲の有名な部分だけを集めたようなアルバムを卒業して、指揮者やオーケストラを基準に、クラシックの名盤を聴いてみよう、と心がける、「入門」の次の段階にはうってつけの名盤集になっているようにも感じます。特に「関連盤」としては、同じ楽曲の、他の指揮者、演奏家によるアルバムを紹介しており、「聞き比べ」も出来るような紹介方法をとっていました。

率直なところ、私自身も完全にクラシック音楽の初心者であるがゆえに、本書が本当に初心者向けなのか、またここで紹介されているアルバムが、一般的にどの程度の評価を受けているのか、正確なところはわかりません。ただ、初心者としても、読んでいて、本書を参考にいろいろと聴いてみたいな、と思わせるような1冊だったと思います。クラシック音楽に興味がある方は、チェックして損はない1冊ではないでしょうか。いろいろと参考になりそうな1冊でした。

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2026年4月 7日 (火)

横山剣の思い出がたっぷり語られる昭和歌謡の評論本

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

ご存じ、クレイジーケンバンドのボーカリスト、横山剣が、昭和歌謡曲の名曲を紹介する「昭和歌謡イイネ!」。週間ポストで2022年から2025年にかけてコラムとして掲載されたものをまとめた1冊となります。今年2026年は昭和元年から起算し、ちょうど「昭和100年」にあたる年。その影響もあってか、昨年あたりから、昭和歌謡曲をテーマとして紹介する書籍が多く出版されています。ただ、そんな中でも本書を書いた横山剣と言えば、彼が率いるクレイジーケンバンドは、昭和の歌謡曲的要素を楽曲に取り入れているバンドとして知られ、特に昭和歌謡曲の再評価の嚆矢的なバンドとも言えるバンド。それだけに、彼が語る「昭和歌謡」に興味を抱き、この本を読んでみました。

基本的に本書に紹介されている「昭和歌謡曲」は、あくまでも横山剣自身がピックアップしたものであり、彼の思い入れのある楽曲が紹介されています。本書では発売順に紹介されているのですが、美空ひばりの「お祭りサンボ」からスタートし、「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「喝采」など、この手の書籍に大抵紹介されるような歌謡曲の王道を紹介。一方ではイエロー・マジック・オーケストラの「ライディーン」やプラスチックスの「トップ・シークレット・マン」など、昭和の曲ながらも、歌謡曲の範疇からは外れそうな曲も取り上げられています。さらにユニークなのは、「11PMのテーマ」や「ウルトラセブンの歌」、「マッハGoGoGo主題歌」などといった曲も紹介。横山剣の思い入れのある曲が多岐にわたって紹介されています。逆に、彼の好みではなかったような曲はあまり紹介されておらず、特に顕著なのがフォーク系で、完全に彼の好みから外れているようで、ほとんど取り上げられていない他、ロック系も、彼が所属していたクールスや矢沢永吉近辺が多く取り上げられている一方、RCサクセションは取り上げられておらず、はっぴいえんど近辺もYMOや大瀧詠一近辺は取り上げられている一方、細野晴臣は取り上げられておらず、ここらへん、彼の趣味性が多く反映された選曲となっていました。

そんな少々癖のある選曲にはなっているのですが、ただ、これが読んでいて非常におもしろい内容になっており、読んでいる手が止められないような内容でした。横山剣の文章自体、とても軽快な文章でありつつ、軽薄になりすぎない読みやすい文章だったのもあるのですが、全体的に、横山剣の自叙伝を読んでいるような、彼のこれまでの思い出を反映させた文章がとても印象的な内容になっています。

基本的に歌謡曲の紹介なのですが、文章の主体となっているのは、横山剣の曲に関する個人的な思い出がメイン。もちろん、楽曲自体の簡単な紹介や、プロならではの曲の分析もあるのですが、これを読んでいると、楽曲自体よりも、むしろ横山剣個人のこれまでの歩みについて印象に残るような内容になっていました。

要するに、歌謡曲を使って「自分語り」をしている訳で、これが凡百の音楽ライターがこれをやってしまうと(某ロケノン系みたいに)不快感の残るレビューになってしまうのですが、横山剣のこれまでの人生自体がとても洒脱であり、読んでいて惹かれてしまいます。もともと彼は、父親がTBSに勤めていたりして、芸能関係とは比較的近い環境に育った上、高校はかの堀越高校(一般コースらしいのですが)。さらに高校中退後はちょっと不良になっていたようですが、横浜近郊で自由気ままに遊んでいたようで、芸能界の華やかな世界とも近い、都会的な生活をしていたようで、それだけに曲に関する思い出も、独特で、ちょっとうらやましくなるような都会的なキラキラ感のあるエピソードも多く、それだけでも読んでいて楽しくなってきました。

また、本書では特別対談として、昭和歌謡を彩って来た人達との対談が組まれているのですが、堀越高校出身の岩崎宏美、浅野ゆう子とは、まさに「同じ高校出身」らしいトークが繰り広げられており、こちらも横山剣ならではの対談となっています。とても読み応えのある対談でした。

まさに横山剣しか書けないような「昭和歌謡曲」の評論となっており、おそらく昭和歌謡曲に直接興味がなくても楽しめる1冊だったと思いますし、クレイジーケンバンドが好きならば、昭和歌謡以上に横山剣の本として、必読の1冊だと思います。昭和歌謡に対してだけではなく、この本自体に対して「イイネ!」と言いたくなるような良書でした。


ただ、この本については、前述の通り、「良書」だと思うのですが、最近、この手の「昭和歌謡」を語る書籍に関して、強烈な違和感を覚えることが少なくありません。それは、この「昭和歌謡」として、いわゆるヒットチャートの中心で歌謡曲として人気となっていた曲と、例えば(本書でも取り上げられている)YMOや山下達郎や松任谷由実といった「ニューミュージック」や「ロック」で括られるような曲が、ともすれば「昭和歌謡」の一言で同一視されている点に、どうにも違和感を覚えます。この「ニューミュージック」「ロック」と呼ばれた、いわばサブカルチャー的な音楽は、ともすれば「アンチ歌謡曲」的に当時はリリースされたはずなのに、それも「昭和歌謡」と一緒にされて、ともすれば「現在の音楽」に対する批判にすら用いられている点には、疑問にも感じてしまいます。

この点、以前、本サイトでも紹介した、「演歌=日本の心」のような議論を実証的に検討し、その虚偽性を暴いたとして高い評価を受けた輪島裕介著「創られた『日本の心』神話」の中でも批判的に取り上げられており、「『歌謡曲』『昭和歌謡』といった言葉で、昭和四〇年代から昭和末期までの主流的なレコード歌謡をあたかも一つのジャンルとして括る」という「歴史の読み替え」は、「かつて『演歌』ないし『艶歌』という言葉で昭和三〇年代までのレコード歌謡をジャンル化したことと、ある種の類似性を持っており同程度のバイアスを含んでいる」と記載しています。要するに、本書の中で取り上げられている、「演歌=日本の心」というある種のバイアスにまみれた歴史を作り上げた構造と類似している、と指摘しています。

そういう意味で、確かに昭和時代のポップスは、非常に幅広く多様性があったのは間違いないと思うのですが、それを「昭和歌謡」という言葉で括ってしまうのは、ちょっとその時代のポップスを単純化しすぎてしまっているのではないか、という疑問は強く抱いてしまいます。本書では横山剣個人の好みが強く反映されているので、そこまで違和感は抱かなかったのですが・・・これが、昨今の「昭和歌謡」本に関して、私が強く疑念を抱いている大きな要因だったりします。変に単純な「昔はよかった」論に陥らないようにしたいものです。

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2026年3月24日 (火)

2025年のHIP HOPシーンは?

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「ele-king presents HIP HOP 2025-26」。昨年から発刊がスタートした、ele-kingが発刊するHIP HOPの年刊誌。通常、雑誌は本コーナーの対象外なのですが、いままでも厳密に、書籍の流通形態が雑誌扱いなのか一般書籍扱いなのかでわけていた訳でもなく、また1年に1度のみ発刊という扱いであるため、通常の音楽関連書籍と同じように、当サイトでも取り上げたいと思います。

昨年発刊された段階で「1年に1度のみ発行の年刊誌」というイレギュラーな形態なのはわかっていましたが、得てして1年に1度しか発刊されないようなスタイルは企画倒れに終わるケースも多く、1年で終わりだろうなぁ、と思っていました。実際、昨年は1月24日に発刊されたのですが、今年は1月下旬になっても、ele-kingのサイトで発刊のお知らせがされていなかったことから、「やはり1年限りだったか」と思っていたのですが、3月に入って偶然書店で、この本が並んでいるのを見かけました。今年の発刊日は2月12日。昨年から半月ほど遅れての発刊だったようですが、無事、発刊され、「年刊誌」の体を保ったようです。

さて、このHIP HOPの年刊誌について、昨年も読み、そして今年も読んでみた大きな理由としては、HIP HOPというシーンが非常に活発であり、なおかつ、HIP HOPというシーンの盛り上がり方が、内輪的なゴシップの要素も強く、熱心なファンではないとなかなかシーンに追いつけず、どんなミュージシャンが話題になっているのかがわかりにくいから、という点があげられます。ただ、正直言って、2025年に関しては、あまりHIP HOPで大きな話題がないなぁ・・・というような感覚を漠然と抱いていました。

実際、本書を読むと、HIP HOPシーンが現在、停滞気味であることを強く感じさせます。実際、昨年の「HIP HOP 2024-25」では、2024年のHIP HOPシーンが対談やコラムなどによって、全編にわたって紹介されていたのに対して、本書では、ほぼ前半を使って、アンダーグラウンドHIP HOPの紹介という、2025年のHIP HOPシーンに直接的には関係ない記事で埋められています。

後半は、昨年と同様、2025年のHIP HOPベストアルバムの紹介や、2025年のシーンを概観した対談記事、コラムなどが紹介されていますが、2024年に比べると、やはり取り上げる話題に乏しく、停滞感は否めません。実際、2025年の後半には、ビルボード100の上位40位までにHIP HOPの楽曲が1曲もランクインしなかったということが、実に35年ぶりに行ったそうで、そのことがニュースにもなったそうです。

対談やコラムでは、そんなHIP HOPの停滞を必死で否定するような記事が目立っていましたが、ただ、やはり私のようにHIP HOPにさほど詳しくない人間にとっては、以前に比べて活気がないようには感じてしまいます。実際、外部からもわかりやすい形でのHIP HOPの新しい動きとしては、トラップ以降、大きな変動が起きていないように感じますし、そのトラップにしてもシーンの中心にあらわれてからかなり月日が経ってしまいました。次から次へと新しいシーンを作り出してきた、ここ数年来のHIP HOPシーンが、ここに来てちょっと停滞している、というのは否めないように感じます。

だからこそ、次のシーンを生み出すためにも、アンダーグラウンドHIP HOPに注目があつまり、本誌でも特集記事として紹介しているのではないでしょうか。もちろん、停滞気味とはいえども、私も年間ベストクラスの傑作だと思ったLittle Simzの「Lotus」(本書の年間ベストで3位)や、各種メディアなどでも年間ベストの上位に取り上げられているClipseの「Let God Sort Em Out」(本書年間ベストで4位)など、2025年も少なくないHIP HOPの名盤がリリースされています。そういう意味では、まだまだ2026年以降、新たなシーンが生み出され、HIP HOPの勢いが増すという流れは十分すぎるほど考えられるのではないでしょうか。特にアンダーグラウンドHIP HOPの特集を読む限り、次のシーンを生み出すために手ぐすねをひいているミュージシャンが数多く存在していることは強く感じることが出来ました。

個人的には、特に現在、トランプが大暴走を起こしているアメリカの社会情勢の中におけるHIP HOPとのかかわりについて、もうちょっと深く細かく紹介してほしかったようにも思うのですが、昨年9月に刊行済のコラム記事の転載だけだったのは非常に残念。「年刊誌」とはいえ、適時性が問われる雑誌だからこそ、今の社会情勢とHIP HOPの関わりについて、リアルタイムな紹介記事を期待したかったところです。この点は残念に感じました。

そんな訳でHIP HOPの現状について今回もいろいろと勉強になった1冊。ちなみに本書に紹介された年間ベストですが、上位でまだ聴いていないアルバムもあったので、昨年同様、こちらも後追いで聴いてみたいと思います。その感想はまた後日に。来年も発刊を期待したいのですが、どうなるかなぁ・・・。楽しみに待っていたいところですが。

ele-king presents HIP HOP 2025-26

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