一時代を築いたロック評論家の評論集
今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。
「メディアとしてのロックン・ロール 渋谷陽一評論集 1972-1996」「メディアとしてのロックン・ロール 渋谷陽一評論集 1997-2025」。昨年7月に亡くなった、音楽評論家で音楽雑誌「rockin'on」の創始者である渋谷陽一の評論集。タイトル通り、1996/1997年を境に2冊にわかれており、最初期から晩年までの評論文を掲載したほか、CDのライナーツノートや「ROCK IN JAPAN FES.」など、主催した音楽フェスに寄せたメッセージ、日本経済新聞の掲載したライブ評などが収録。いわば渋谷陽一の評論の「ベスト盤」みたいな内容になっているほか、最後には同年代の評論家で、盟友ともいえる大貫憲章と伊藤正則が渋谷陽一について語った対談集も載せられています。
渋谷陽一の評論を通じた、時代に応じたロックシーン、音楽シーンの変化も読み取れる評論集となっているのですが、特にユニークだったのは渋谷陽一の評論のスタイルの変化。初期の評論については、いかにも文芸評論家の影響を受けたような、ロックを無理に哲学思想や社会思想を結び付けようとした、ぶっちゃけて言うと、小難しい言い回しの評論が目立ちます。これはロックという音楽が若い人たちが一時的に熱狂している「時代のあだ花」的に思われていた、という点も大きいのでしょうが、当時、まだ20代だった渋谷陽一が、あきからに自分を大きく見せようと、あえて難しい哲学的な言い回しを用いたという点も大きいのでしょう。逆に、時代が下るにつれて、文体も平易になり、彼の主張もよりわかりやすくなり、文章が圧倒的に読みやすくなってきています。渋谷陽一の評論家としての進化も読み取ることが出来ます。
ただ、一方渋谷陽一のロックやポップスに対するスタンスは比較的、一貫しているように感じます。まず彼のスタンスのひとつ目として、「売れていることに対する肯定」というのがスタンスとして感じます。特に本書でも「僕は売れるポップ・ミュージックが大好きだ」という項で、下記のような一文が書かれています。
「ポップ・ミュージックはまさに聴かれるための音楽、どれだけ多くの人に聴かれるかが勝負の音楽である。ポップ・ミュージックにかかわる人間にとって、客が悪いという表現は許されない。それは敗北主義以外の何ものではもない。」
(「メディアとしてのロックン・ロール 渋谷陽一評論集 1972-1996」p285)
この「売れていることに対する肯定」というスタンスは、彼が生前批判していた、音楽評論家の中村とうようのスタンスと真逆であり、今でも「rockin'on」では、「売れている」ことを肯定的に取り上げるのに対して、中村とうようを創始者とする「ミュージック・マガジン」では「売れている」ということに対して、一切評価をしていません。個人的には、「売れている音楽=優れた音楽」とは思いませんが、渋谷陽一の言う通り、ポップミュージックは多くの人に聴かれることが重要であり、「売れている」ということに対しては、「意味のある」ことと思ってます。そういう意味では、以前から、中村とうようや「ミュージック・マガジン」の売れている音楽への否定論には強い違和感を抱いていました。
ただ、そうすると一部の方には疑問を抱くかもしれません。渋谷陽一と言えば、「産業ロック」の名づけ親。70年代以降のコマーシャル性の強いロックを「産業ロック」と批判し、否定していたではないか、と。
確かに、本書でも「産業ロックへの挑戦状」と題して、そんな「産業ロック」と呼ばれたロックバンドを強く批判しています。ただ、その批判のポイントとしては、決して売れているということではなく、様式的になっており、ロックとしてのアバンギャルドさを失っているという点を強く批判しています。そして、このロックはアバンギャルドな部分がなくてはいけないというスタンスも、彼の生涯を通じて一貫した主張となっています。
これでおもしろいのは、渋谷陽一自身、特に90年代のブリットポップを、アバンギャルドさがない、という点から批判的に見ていたということでした。特に90年代になってから、RADIOHEADやGREEN DAYを高く評価し、評論でもよく取り上げていますが、いわゆる90年代のブリット・ポップ勢については、ほとんど取り上げておらず、一部では(具体的なミュージシャン名こそ書いていませんが)明確に批判しています。特にoasisもほとんど取り上げておらず、ライブ評で1か所、oasisの記載はあるものの、どうもoasis自身もそう高くは評価していなかったような気すら感じられます。思えば90年代のブリット・ポップ勢といえば「rockin'on」誌に繰り返し大きく取り上げられており、おそらく読者の中でもファンが多かったと思います。そんな「rockin'on」誌の方向性と、渋谷陽一の嗜好に違いがあったのではないか、というのは非常に興味深く感じられました。
そして、このポップミュージックは「売れることが大事」「同時にアバンギャルドであることが大事」というスタンス、個人的にも非常に共感するスタンスだったりします。個人的にも、やはりなにげにミーハーな耳を持っているため、売れているような音楽というのは大好きだったりしますし、同時に、やはりどこか新しさがないとおもしろくない、様式的な音楽は好きになれない(あえて様式的であることを追及するような場合は別でした)という点、渋谷陽一の考え方に多いに共感できる点でした。
もっとも、この「売れることが大事」というのが行き過ぎてしまった結果、以前はサブカル的なスタンスだった音楽誌だった「ROCKIN'ON JAPAN」が、いまやすっかり「アイドル雑誌」に(あえて言えば)落ちぶれてしまった点は、悲しむべき事象ではあるのですが・・・。ただ、今回の評論集を読んで、渋谷陽一については、特に「rockin'on」の必要以上に編集者の主張が前に出され、独善的になっているスタンスなど、賛否ある部分はあるのですが、やはり一時代を築いた評論家として偉大であったな、ということを感じます。享年75。「早すぎる」とまで言う年齢ではないものの、まだまだ多くの音楽を紹介してほしかっただけに、残念に感じます。あらためて、ご冥福をお祈りしたいと思います。
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