横山剣の思い出がたっぷり語られる昭和歌謡の評論本
今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。
ご存じ、クレイジーケンバンドのボーカリスト、横山剣が、昭和歌謡曲の名曲を紹介する「昭和歌謡イイネ!」。週間ポストで2022年から2025年にかけてコラムとして掲載されたものをまとめた1冊となります。今年2026年は昭和元年から起算し、ちょうど「昭和100年」にあたる年。その影響もあってか、昨年あたりから、昭和歌謡曲をテーマとして紹介する書籍が多く出版されています。ただ、そんな中でも本書を書いた横山剣と言えば、彼が率いるクレイジーケンバンドは、昭和の歌謡曲的要素を楽曲に取り入れているバンドとして知られ、特に昭和歌謡曲の再評価の嚆矢的なバンドとも言えるバンド。それだけに、彼が語る「昭和歌謡」に興味を抱き、この本を読んでみました。
基本的に本書に紹介されている「昭和歌謡曲」は、あくまでも横山剣自身がピックアップしたものであり、彼の思い入れのある楽曲が紹介されています。本書では発売順に紹介されているのですが、美空ひばりの「お祭りサンボ」からスタートし、「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「喝采」など、この手の書籍に大抵紹介されるような歌謡曲の王道を紹介。一方ではイエロー・マジック・オーケストラの「ライディーン」やプラスチックスの「トップ・シークレット・マン」など、昭和の曲ながらも、歌謡曲の範疇からは外れそうな曲も取り上げられています。さらにユニークなのは、「11PMのテーマ」や「ウルトラセブンの歌」、「マッハGoGoGo主題歌」などといった曲も紹介。横山剣の思い入れのある曲が多岐にわたって紹介されています。逆に、彼の好みではなかったような曲はあまり紹介されておらず、特に顕著なのがフォーク系で、完全に彼の好みから外れているようで、ほとんど取り上げられていない他、ロック系も、彼が所属していたクールスや矢沢永吉近辺が多く取り上げられている一方、RCサクセションは取り上げられておらず、はっぴいえんど近辺もYMOや大瀧詠一近辺は取り上げられている一方、細野晴臣は取り上げられておらず、ここらへん、彼の趣味性が多く反映された選曲となっていました。
そんな少々癖のある選曲にはなっているのですが、ただ、これが読んでいて非常におもしろい内容になっており、読んでいる手が止められないような内容でした。横山剣の文章自体、とても軽快な文章でありつつ、軽薄になりすぎない読みやすい文章だったのもあるのですが、全体的に、横山剣の自叙伝を読んでいるような、彼のこれまでの思い出を反映させた文章がとても印象的な内容になっています。
基本的に歌謡曲の紹介なのですが、文章の主体となっているのは、横山剣の曲に関する個人的な思い出がメイン。もちろん、楽曲自体の簡単な紹介や、プロならではの曲の分析もあるのですが、これを読んでいると、楽曲自体よりも、むしろ横山剣個人のこれまでの歩みについて印象に残るような内容になっていました。
要するに、歌謡曲を使って「自分語り」をしている訳で、これが凡百の音楽ライターがこれをやってしまうと(某ロケノン系みたいに)不快感の残るレビューになってしまうのですが、横山剣のこれまでの人生自体がとても洒脱であり、読んでいて惹かれてしまいます。もともと彼は、父親がTBSに勤めていたりして、芸能関係とは比較的近い環境に育った上、高校はかの堀越高校(一般コースらしいのですが)。さらに高校中退後はちょっと不良になっていたようですが、横浜近郊で自由気ままに遊んでいたようで、芸能界の華やかな世界とも近い、都会的な生活をしていたようで、それだけに曲に関する思い出も、独特で、ちょっとうらやましくなるような都会的なキラキラ感のあるエピソードも多く、それだけでも読んでいて楽しくなってきました。
また、本書では特別対談として、昭和歌謡を彩って来た人達との対談が組まれているのですが、堀越高校出身の岩崎宏美、浅野ゆう子とは、まさに「同じ高校出身」らしいトークが繰り広げられており、こちらも横山剣ならではの対談となっています。とても読み応えのある対談でした。
まさに横山剣しか書けないような「昭和歌謡曲」の評論となっており、おそらく昭和歌謡曲に直接興味がなくても楽しめる1冊だったと思いますし、クレイジーケンバンドが好きならば、昭和歌謡以上に横山剣の本として、必読の1冊だと思います。昭和歌謡に対してだけではなく、この本自体に対して「イイネ!」と言いたくなるような良書でした。
ただ、この本については、前述の通り、「良書」だと思うのですが、最近、この手の「昭和歌謡」を語る書籍に関して、強烈な違和感を覚えることが少なくありません。それは、この「昭和歌謡」として、いわゆるヒットチャートの中心で歌謡曲として人気となっていた曲と、例えば(本書でも取り上げられている)YMOや山下達郎や松任谷由実といった「ニューミュージック」や「ロック」で括られるような曲が、ともすれば「昭和歌謡」の一言で同一視されている点に、どうにも違和感を覚えます。この「ニューミュージック」「ロック」と呼ばれた、いわばサブカルチャー的な音楽は、ともすれば「アンチ歌謡曲」的に当時はリリースされたはずなのに、それも「昭和歌謡」と一緒にされて、ともすれば「現在の音楽」に対する批判にすら用いられている点には、疑問にも感じてしまいます。
この点、以前、本サイトでも紹介した、「演歌=日本の心」のような議論を実証的に検討し、その虚偽性を暴いたとして高い評価を受けた輪島裕介著「創られた『日本の心』神話」の中でも批判的に取り上げられており、「『歌謡曲』『昭和歌謡』といった言葉で、昭和四〇年代から昭和末期までの主流的なレコード歌謡をあたかも一つのジャンルとして括る」という「歴史の読み替え」は、「かつて『演歌』ないし『艶歌』という言葉で昭和三〇年代までのレコード歌謡をジャンル化したことと、ある種の類似性を持っており同程度のバイアスを含んでいる」と記載しています。要するに、本書の中で取り上げられている、「演歌=日本の心」というある種のバイアスにまみれた歴史を作り上げた構造と類似している、と指摘しています。
そういう意味で、確かに昭和時代のポップスは、非常に幅広く多様性があったのは間違いないと思うのですが、それを「昭和歌謡」という言葉で括ってしまうのは、ちょっとその時代のポップスを単純化しすぎてしまっているのではないか、という疑問は強く抱いてしまいます。本書では横山剣個人の好みが強く反映されているので、そこまで違和感は抱かなかったのですが・・・これが、昨今の「昭和歌謡」本に関して、私が強く疑念を抱いている大きな要因だったりします。変に単純な「昔はよかった」論に陥らないようにしたいものです。
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