民衆の感情を込めた「古謡」を歌いつぐ
Title:わたしの好きな労働歌
Musician:寺尾紗穂
以前、当サイトで音楽関連の書籍の紹介として、寺尾紗穂の「戦前音楽探訪」を紹介しました。もともと日本各地で昔、民衆に歌われてきた「古謡」と呼ばれるような音楽の収集を行ってきた彼女。その「古謡」に関するエピソードなどを集めたのが同書でしたが、本作は、そんな「古謡」を彼女自ら歌ったアルバム。もともと彼女は、日本各地のわらべうたをあつめた「わたしの好きなわらべうた」というアルバムを2作リリースしていますので、それに続く作品ということになります。
彼女が選んだ労働歌ですが、注目すべきはこれらの曲、決して「歌いつがれた」作品ではありません。沖縄民謡の「月ぬかいしゃ」以外は、基本的にほとんど今では忘れ去られた曲であり、彼女がライブなどで訪れた土地で地元の図書館などをめぐり、昔歌われていた曲を発掘したそうです。労働の時に歌われる「労働歌」というと、アメリカの奴隷制度の中で黒人によって歌われたワークソングが、やがてブルースへと発展し、今につながったことを思い起こさせます。日本でも田植えの時に歌われたという田植え歌など、労働歌が伝わっていますが(今回のアルバムでも何曲か、そのような田植え歌が収録されています)、様々な労働歌がまだ日本に眠っているということが興味深く感じますし、またそのような曲を彼女が発掘したということにも非常に意義深いことを感じます。
一方、これらの曲が歌いつがれていないという事実は、やはり労働環境が大きく変化すると、労働歌が不要になるということなのでしょう。実際、今では、田植え歌を歌いながら田植えを行う、という光景は完全に過去のもととなってしまいましたし、本作の冒頭に収録されている「佐津目銅山鉱夫歌」など、銅山自体がはるか昔に閉山となってしまっています。
ただ、それだけに歌詞が当時の状況をダイレクトに反映されており、かなり労働者のリアルな心境が歌われているのも特徴的。もっともダイレクトなのが「籠の鳥より」で、各地の紡績工場で過酷な労働を強いられた女性労働者が歌った曲らしく、「籠の鳥より監獄よりも/寄宿ずまいはなお辛い」など、当時の過酷な状況が延々と歌われています。また、前述の「佐津目銅山鉱夫歌」でも「神戸行こうとわし連れ出して/ここが神戸かヨー山の中」と、前述の「戦前音楽探訪」でも言及されていますが、おそらく手配師にだまされて連れてこられた労働者の悲哀が歌われていますし、こういう行き先を騙されて過酷な労働を強いられるケースは、「戦前音楽探訪」では福島原発のケースを記載していましたが、それこそ現在では闇バイトの話を彷彿とさせ、時代を超えて共通するようなメッセージも感じます。
もちろん、そんな「暗い」曲ばかりではなく、軽快に楽しめる曲も少なくなく、「エンヤマッカゴエン」は子守唄ですが、かなり軽快な内容。山形県の真室川町で採取された歌だそうですが、近くの街である酒田へ行っておみやげになにを買ってこようか、という歌詞は、よく知られている子守唄である「江戸の子守唄」との共通項も感じさせます。またラストに収録されている「板橋の棒うち歌」は麦の脱穀をする際に歌われた労働課のようですが、どうも特に女性が行っていた脱穀作業の中で、男性との恋愛の駆け引きがあったそうで、この曲も作業の最中に歌われるような軽快なリズムで聴かせつつも、歌詞はどこかそんな恋愛の駆け引き的な内容となっており、非常にユーモラスを感じます。
そんな当時の民衆のリアルな心境を今に伝えつつ、本作が素晴らしいのはそれをしっかり現代の耳でも楽しめるようなポップスソングとして仕上げている点でしょう。まず力強く伸びやかな寺尾紗穂のボーカルが耳に残りますし、全体的にピアノをメインとしたシンプルなアレンジが特徴的。そんな中で、1曲目の「佐津目銅山鉱夫歌」はジャジーなベースで今風なアレンジにしつつ、ダークな雰囲気が曲の内容にもマッチ。「あらぐれ」では折坂悠太とデゥオ。ピアノとジャジーなバンドサウンドで軽快でコミカルな楽曲に仕上げています。また、静かなピアノをバックに美しく歌われる「月ぬかいしゃ」は絶品の1曲。今なお歌いつがれているというその理由もわかるように思います。
こういう労働歌を収集し、自分で歌いつぐということ自体、非常に意義深いことに感じますし、また音楽的にも昔からの労働歌を今風にカバーし、シンプルなアレンジと美しい歌声でしっかり聴かせるアルバムに仕上がっており、意義自体関係なく、素晴らしい内容となっていたと思います。あらためて日本には昔から様々な民衆の文化があったんだということを実感したアルバムでした。
評価:★★★★★
ほかに聴いたアルバム
希望のシッポ/FLYING KIDS
デビュー35周年を記念してリリースされた約5年ぶりのニューアルバム。スガシカオ、トータス松本、RIP SLYMEのPESがゲストとして参加。ゲスト陣も加わり、記念すべき周期のアルバムということで、全体的に明るく、祝祭色も感じさせるアルバムになっています。全体的にはファンクをベースとしながらも、あくまでもポップにまとめあげている楽曲。男性ボーカルの浜崎貴司と、女性ボーカルのElliが上手いこと組み合わさっており、楽曲に幅を与えています。
評価:★★★★
FLYING KIDS 過去の作品
EVOLUTION
LIFE WORKS JOURNEY
みんなあれについて考えてる
H Jungle With t 30th Anniversary Collection/H Jungle with t
ダウンタウンの浜田雅功が、小室哲哉と組んだユニットH Jungle with t。1995年にリリースしたデビューシングル「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント」が200万枚の大ヒットを記録したため、アラフィフ世代あたりには懐かしく感じるのではないでしょうか。本作は、結成30周年を記念してリリースされたボックスセット。H Jungle with tでリリースされた3枚のシングルの収録曲がすべて収録されているほか、1999年にリリースされたリミックスアルバムの収録曲やミュージックビデオも収録されています。大ヒットした曲なだけに、もっと大々的に売り出せばよさそうですが、生産限定のボックスセットのみのリリースとなったのは、やはりダウンタウンの今の状況の中、大々的に売り出しにくいという事情があったからでしょうか。松本人志もゲスト参加していますし。
そんな訳で久々にH Jungle with tの曲を聴いたのですが、クラブサウンドであるジャングルを、歌謡曲的なポップスに取り入れたというのは、今から考えてもかなり挑戦的な楽曲だったように感じます。ただ一方、メロディや歌詞にインパクトがある反面、サウンド的にさほどカッコよさが感じられない点、小室哲哉の特徴でもあり、一般的にコアな音楽ファンに受け入れられなかった要因のようにも感じます。また、サラリーマンの心境を歌った歌詞がうけたという部分があるのでしょうが、まだ浜ちゃんが若手だった1995年時点では、それが共感を呼んだのですが、すっかり大御所となった現時点で聴くと、ちょっと違和感は覚えます。その点はちょっと気になったのですが、やはりアラフィフ世代にとってはなつかしさを感じるボックスセット。「WOW WAR~」は比較的、90年代のヒット曲の代表格としてよく取り上げられるのですが、2作目「GOING GOING HOME」や3作目「FRIENDSHIP」はあまり懐かしのヒット曲として取り上げられる機会もないだけに、余計懐かしさを感じました。
評価:★★★★
| 固定リンク
「アルバムレビュー(邦楽)2025年」カテゴリの記事
- カネコアヤノの2つの側面(2025.12.27)
- ミッシェルの最後(2025.12.23)
- 野田洋次郎らしさとRADWIMPSらしさがほどよく調和(2025.12.22)
- 170万枚を売り上げたスピッツの代表作(2025.12.08)
- インディーズ時代の音源を再録(2025.12.07)


コメント