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2025年8月10日 (日)

大衆が歌い継いだ古謡を丹念に収集したSSWによるエッセイ集

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

シンガーソングライター寺尾紗穂「戦前音楽探訪」。ミュージック・マガジン誌に2019年から2024年にかけて連載していた、タイトル通り、主に戦前の音楽を題材とした彼女のエッセイ集をまとめた1冊です。

彼女はもともと「わたしの好きなわらべうた」と題された、日本各地で伝わるわらべ歌を収集し、自ら歌うアルバムを2枚リリース。今年の6月も、日本各地で伝わる労働歌をカバーした「わたしの好きな労働歌」をリリースするなど、以前から積極的に、日本各地で一般大衆によって歌い継がれてきた、いわゆる「古謡」を収集し、自ら歌い継いできていました。

本書に関しては、まさにそんな彼女が出会った古謡にまつわるエピソードをエッセイという形で綴ったのが本書。この本で取り上げられているのは主に2つのテーマにわかれており、前半が、主に労働歌など、戦前の大衆が、その生活の中で歌ってきた歌に関するエッセイ。そして後半が主に戦時中の音楽に関するエピソードを取り上げています。

まず印象的だったのが彼女が全国各地で埋もれてしまっている古謡を、実に積極的に発掘しているというバイタリティー。ライブなどでいろいろな街に行くと、図書館に足を運び、そこで伝わる古謡を発掘しているそうで、この本を読むと、日本各地にいかに数多く、大衆によって歌い継がれてきた歌があるんだなぁ、ということを強く感じさせます。特に印象に残ったのが、私の地元、愛知県の稲武につたわる民謡「稲武のうた」で、間引きについてストレートに歌った歌詞がかなりのインパクト。昔の大衆の心境が如実に伝わってくる古謡の数々は、今の私たちにも大きなインパクトを与えます。

一方、後半に関しては戦争と音楽に関してのエピソードや歌がまとめられています。戦時下で歌われた曲の中にも様々な人の思いがあり、また、多くの作曲家が戦争に強力し、戦争を鼓舞するような歌詞の曲を書きつつも、その中でも濃淡を感じさせる点も興味深く読むことが出来ます。特に印象的だったのは特攻隊に関する替え歌のエピソードで、特攻隊が出陣前に待機したという浅間温泉で伝わる、特攻隊へ出征する兵士で歌われた替え歌のエピソードは、非常に胸をうつものがあります。

このように、主に戦前、一般大衆の中で歌われた「歌」についてまとめられたエッセイ。そのため、一方では戦前の歌謡曲やヒット曲、また戦前に流行したジャズに関する記載はなく、「戦前音楽」というタイトルから、そのような楽曲に関する記載を期待すると、若干肩透かしを食らうかもしれません。

あと、基本的に本書はエッセイ集。そのため、全体的には著者の雑感などのエピソードがメインとなっています。古謡についてかなり詳しい彼女なだけに、個人的にはこのような雑感集のようなエッセイという形ではなく、古謡や戦前音楽について、体系的にまとめた著作を読んでみたいなぁ、とも感じました。正直言うと、これだけ詳しい知識がありながら、内容的にあまりにあっさりしすぎている感もあったので・・・。彼女はあくまでもシンガーソングライターであって研究者ではないので、そこまでの時間は取れないのかもしれませんが、彼女の持つ知識を体系化した1冊にも期待したくなりました。

そんな訳で、日本には、古謡という形で大衆の声が様々な形で残っているんだな、ということをあらためて実感したのと同時に、それらの古謡を丹念に収集する彼女の活動にあらためて感服したエッセイ集。日本に伝わる大衆音楽に興味がある方にはお勧めしたい1冊でした。

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