スリム・シェイディの死
Title:The Death of Slim Shady(Coup De Grace)
Musician:EMINEM
発売された当時、画期的なHIP HOPの入門書として話題となった「文科系のためのヒップホップ入門」。その書籍の中で著者が主張する「筆甫ホップは『プロレス』である」という大胆な仮説が大きな話題を呼びました。そして、この「ヒップホップは『プロレス』である」というのを、お茶の間ベースでわかりやすくリスナーに伝えたのは間違いなくEMINEMのスリム・シェイディというキャラクターでしょう。彼は自身の楽曲の中で、露悪的、道化的であるスリム・シェイディという別人格を作り出し、そのキャラクターに自由にモノを申させることにより、大きな注目を集め、EMINEMの方向性を確立。EMINEM本人とは別のキャラクターがラップすることにより、プロレス的なノンフィクションの要素、メタ的な要素を楽曲に加え、より自由なスタイルでの楽曲の発表が可能となっていました。
そんな彼の最新アルバムは、まさに直訳すると「スリム・シェイディの死(とどめの一撃)」と題された本作。彼自身の分身である、このスリム・シェイディを葬り去る作品として大きな話題を呼んでいます。ただし、特に先行シングルとなった「Houdini」はむしろかつてのスリム・シェイディに回帰したような作風に。いわゆるポリコレやキャンセルカルチャーにアンチを呈して、不謹慎ネタがちりばめられている本作は、まさにスリム・シェイディの本領発揮といった作風となっており、賛否両論の大きな話題となっています。
今回のアルバムでもスリム・シェイディというキャラクターを使い、多くの有名人をディスった作品になっているそうで、その歌詞はまさに賛否を巻き起こす内容に。また、アルバムの構成として、順に聴くと、EMINEM自身がスリム・シェイディを殺す、という構成になっているそうで、まさにタイトル通り、スリム・シェイディにとどめの一撃を与える作品となっている一方、アルバムを逆から聴くと、逆にスリム・シェイディがEMINEMをやっつけるという解釈が出来る構成にもなっているそうで、様々な解釈もできる作品になっているそうです。
残念ながら日本語ネイティブではない私たちにとって、英語詞であることも含め、アメリカのポップカルチャーを存分に取り入れた今回のアルバムをEMINEMの意図通り、存分に味わうのは難しい部分があります。ただ、その点を差し引いても、おそらく純粋に楽しめるポップなアルバムであることは間違いないでしょう。今回のアルバム、スリム・シェイディを前面に出してきた作品であるためか、初期のEMINEMの作品を彷彿とさせるようなリズミカルでポップな作風が特徴的。露悪的なスリム・シェイディのキャラを彷彿とさせるような不気味なトラックが入りつつ、同時にコミカルさを感じさせるラップやトラックが耳を惹きます。
楽曲的にも、かつての「Stan」を彷彿とさせるような、哀愁たっぷりの女性ボーカルの歌を主軸に据えた「Temporary」のような曲や、ちょっとトライバル的な雰囲気がかいまみれる「Head Honcho」や荘厳さすら感じさせる「Guilty Conscience2」。前述の先行シングル「Houdini」はリズミカルなラップは、それだけで耳を惹かれるインパクトのある1曲ですし、ラストを締めくくる「Somebody Save Me」は、父親として至らなかった自分を娘たちに懺悔する楽曲なのですが、哀愁たっぷりのトラックやラップが耳を惹きます。
ある意味、原点回帰的である一方、日進月歩のHIP HOPというジャンルの中で、彼のスタイルはいささか時代遅れ的、マンネリ的な部分も否めません。そういう意味で純粋に音楽性を考えると、決して優れた作品とは言えないかもしれませんし、実際、欧米のメディア等の評価は、賛否両論のあるリリックを含めて、決して芳しいものではありません。ただ、その点を差し引いても、聴いていて素直にEMINEMの、そしてスリム・シェイディの「プロレス」的なパフォーマンスを楽しめる、そんなアルバムになっていましたし、ある意味、冒頭にあげた「文科系のためのヒップホップ入門」によると、実にHIP HOPらしい作品と言えるのかもしれません。実際、本作は全米ビルボードチャートで1位を獲得し、その変わらぬ人気を感じさせます。
ただ一方、今回、スリム・シェイディを殺した彼が、次の作品でどんな姿を見せてくれるのか、それもまた大きな勝負のように感じます。なんとなく「スリム・シェイディの復活」みたいなものもありえそうな気がしてしまうのですが・・・。もっとも、いまだにEMINEMというミュージシャンに大きな注目が集まっているのは間違いありません。そういう意味でもすごいラッパーだな、ということを感じてしまいます。まだまだ、その活躍は止まらなさそうです。
評価:★★★★★
EMINEM 過去の作品
RELAPSE
RECOVERY
THE MARSHALL MATHERS LP 2
REVIVAL
Kamikaze
Music To Be Murdered By
Music To Be Murdered By - Side B
Curtain Call 2
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