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2024年8月 9日 (金)

小山田問題の全てがわかる!

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介。ただ、「音楽」というよりも社会問題に対するドキュメントの体が強いのですが。

「小山田圭吾 炎上の『嘘』 東京五輪騒動の知られざる真相 」。ノンフィクション作家、中原一歩による作品。当サイトに来てくださっている音楽リスナーなら当然承知のことと思いますが、2021年の東京オリンピック・パラリンピック開会式の音楽担当として公表されたCorneliusこと小山田圭吾をめぐる一連の騒動を追ったノンフィクション作品。彼が過去におこなった「いじめ」に対する発言に端を発した炎上騒動と、その結果、彼の音楽活動が継続不可能となるほどのダメージを追うことになりますが、それが本当に妥当であったのか、あらためて検証した1冊となります。

この小山田圭吾をめぐる炎上騒動については、以前、当サイトでは別のノンフィクション作品を紹介しています。こちらは批評家の片岡大右が記した「小山田圭吾の『いじめ』はいかにしてつくられたのか 現代の災い『インフォデミック』を考える」という1冊。こちらは過去に発表された雑誌やWebの記事を紐解き、丹念に小山田圭吾の「いじめ」をめぐる発言の正確性と、そのような騒動に至った背景をあぶりだしている1冊となっています。その結果、彼が「いじめ」と言われる行動を行った事実は見受けられず、むしろ問題はロッキンオン・ジャパン誌(以下「ROJ」の人格プロデュースが大きな問題である、という結論に至っていました。

本書に関しても、基本的な方向性はほとんど変わりありません。彼が小中学生で行った悪ふざけのような行動はあったものの、「いじめ」と認定されるほどの悪質なものではなく、彼の発言が「ROJ」の巧みな印象操作に使われてしまったものである、という点は、片岡の著書の結論とほどんど変わりありません。ただ、基本的に既発表のメディア等から事実を導き出した片岡の著書に対して、本書では、この騒動に関する関係者に対してインタビューを試み、小山田圭吾やマネージャーへの取材や、さらには和光学園時代の同級生にも取材を実施。今回の騒動に関しての「事実関係」についてしっかり裏付けがとられています。その点、非常に読み応えがあり、まさに今回の騒動の「全て」がわかるような力作となっていました。

本書を読んで、まず強く感じたのは、この騒動を通じて、既存メディアの問題が非常に大きく浮かび上がってきた、という点が印象的でした。まずは今回の騒動、ちょっと調査を行えば、彼が雑誌で述べたような「いじめ」行為を行っていなかったことが直ぐにわかるかと思います。しかし、ゴシップメディアはもちろん、この騒動を最初に取り上げた一般紙である毎日新聞をはじめ、大手メディアに至るまで、この騒動の裏付けをほとんど行っていませんでした。私の記憶だと、女性週刊誌1誌だけ、関係者の取材記事を載せていて、そのような「いじめ」は認められなかった旨を記載していたかと思いますが、他は正誤が明らかでない雑誌記事の発言や、ともすれば雑誌記事を切り貼りしたウェブサイトをそのまま鵜呑みにして小山田圭吾を糾弾していました。ともすれば彼の音楽家人生を脅かされないほどの炎上騒動に対して、事実の裏付けも行わず、炎上する世論を煽り立てるかのようなやり方は、メディアとしての矜持に疑問を抱かざるを得ません。

さらに本書で大きな問題としているのが、片岡の著書でも大きな問題と感じた「ROJ」の姿勢でした。今回、取材において、小山田サイトが「ROJ」に直接、炎上騒動に関しての記事の訂正を依頼しています。しかし、「ROJ」の山崎編集長は、自らの誤りであるにかかわらず、この訂正を拒否しています。また、この事実に関して、中原の取材も拒否しており、同じ「いじめ」記事を取り上げたQuick Japanの村上清が、長文のコメントで、記事に関しての意図や自らの誤りに関してコメントしていたのに対してあまりに正反対の対応は、ただただひたすらカッコ悪いの一言に尽きます。「ROJ」は以前から、自らをロックジャーナリストぶりながらも、音楽をめぐる社会問題から逃げ回っている印象を強く持っていましたが、本書では、そんな「ROJ」のみっともなさ、カッコ悪さを強く糾弾しています。本書の最後で、「ROJ」山崎編集長に対する小山田圭吾の疑問がインタビューの中で語られていますが、この一言はおそらく中原にとって、ぜひとも引き出したかった一言ではなかったか、と強く感じました。

もちろん小山田サイトに非がなかったかというと、そういう訳ではありません。「ROJ」のインタビューについても、編集者側とのある種のなれあい的な関係が、安直な発言に至ってしまった点は、「ROJ」側の悪意的な切り取りがあったことを差し引いても、小山田圭吾に非があったのは否めません。また、オリンピック以前にも彼の「いじめ」発言に関しては何度か炎上しているのですが、その際、小山田サイドが無視した理由も今回語られています。ここらへん、マネージャーとしては今となっては当時の決断を悔やんでも悔やみくれない旨を語っていますが、この点のメディアリテラシーや危機管理体制の意識の低さについても、小山田サイドの非は少なくなかったと思われます。

ただ、彼が行ったという小中学生時代の「悪ふざけ」については、確かに小山田圭吾にも非はあるかと思いますが、少なくとも「いじめ」として30年以上経た今、糾弾すべき事実とは思いません。私自身、ここで記された程度の「悪ふざけ」を受けた記憶はありますが、なんだかんだいっても「悪ふざけ」を行った相手とも、その後も腐れ縁的な友人関係が続きましたし、また私自身、このような「悪ふざけ」を小中学生時代に全く行ったことがないか、と言われると、胸を張って潔白といえる自信はありません。この「悪ふざけ」について非難している方については、逆に胸に手を当てて自分が潔白と言えるのか、かなり疑問に感じざるを得ません。

唯一残念だったのが、小山田圭吾の「悪ふざけ」の「被害者」とされる人物へのインタビューが行えなかったこと。彼らがその当時、そして今、小山田圭吾に対してどのような感情を抱いているかわかれば、より事件が多面的に見れたと思うのですが・・・その点は非常に残念です。

そんな残念な点はあったのですが、そこを差し引いても今回の表題の通り、「小山田問題の全てがわかる!」と言える、事実関係を丁寧に追い、今回の問題に関して様々な視点から事実は何かを追った力作。片山の著書に関しては「小山田問題にモヤモヤするファンに」と書いたのですが、本書は小山田問題を知っている全音楽ファンに読んでほしい1冊だと思います。特に、今回の騒動に関して、小山田圭吾の生い立ちから記されており、その中にはフリッパーズの解散にまつわる話や、小山田圭吾と小沢健二の関係性についての記載もあり、この点、音楽ファンにとっても読みごたえのある取材内容となっていました。これこそがまさに「取材」だと感じさせる、まさにジャーナリストとしての矜持を感じさせる1冊。かなり強くお勧めしたいノンフィクション作品です。

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