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2024年7月19日 (金)

ヨーロッパ3部作を堪能

今回も最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。

「バハマ・ベルリン・パリ〜加藤和彦ヨーロッパ3部作」。ザ・フォーク・クルセイダーズやサディスティック・ミカ・バンドでの活躍でもおなじみの加藤和彦が1979年から1981年にかけてリリースされたアルバム「パパ・ヘミングウェイ」「うたかたのオペラ」「ベル・エキセントリック」の3枚。ベルリンやパリなどで録音が行われ、また音楽的にもヨーロッパの音楽に向き合ったアルバムとして「ヨーロッパ三部作」と呼ばれています。音楽的な評価もかなり高く、J-POP史上に残る名盤としてあげられることも多いこの3枚ですが、そのレコーディング風景を関係者の証言により綴られたのが本作。さらにはこのヨーロッパ三部作のCDも封入されています。もともと2014年に発売されていたものの、その後、絶版。ただ、先日も紹介した映画「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」公開にあわせて再販され、私も手にとってみました。

書籍の方は、このヨーロッパ3部作の各々のアルバムについて、レコーディング時のエピソードが綴られており、さらには加藤和彦手書きによるコード譜や安井かずみの手書きの歌詞、当時の貴重な写真などもおさめられています。A4版サイズの大きめの書籍に、当時を物語る写真や貴重な資料が載っており、見ごたえは十分。ファンにはたまらない資料を楽しむことが出来ます。

ただ、書籍のメインとなるレコーディング風景を綴った本文の方はそんなにボリュームは多くありません。先日の映画でも語られていたエピソードも多く、ここだけを目当てとすると、若干、物足りない部分もあるかもしれません。とはいえ、それを差し引いても、レコーディング当時のエピソードが数多く語られており、こちらも資料的価値は十分。特に加藤和彦というと、かなりこだわりの多い天才肌のミュージシャンというイメージがあり、この証言でもそのエピソードが多く語られていますが、一方、歌詞の世界観については安井かずみが直接指示をしていたり、また加藤和彦の歌い方についても安井かずみが指導していたり、(映画でも語られていましたが)まだ決まっていないイントロ部分を坂本龍一に任せせたりと、天才肌というとよくありがちな、全部自分でやらないと気が済まない、というタイプではなく、音楽的なこだわりは強いけど、いろいろな人に適材適所に任すスタンスだったということを感じます。もともと、フォークルというバンド出身で、その後もミカバンドのようなバンドを結成していたので、そういったバンド気質を持っていたのでしょうか。

そして本作最大の魅力は、なんといってもヨーロッパ3部作がそのままCDで封入されている点でしょう。ストリーミングで聴けるようになった昨今では以前ほどの貴重性はないかもしれませんが、それでもボーナストラック付で3部作がそのまま収録されており、お値段5,500円というのはかなりのお得感があります。2014年の初版の時はプラスティックケースにおさめられてスタイルだったようですが、残念ながら復刻版では、本の裏表紙部分にポケットがついて、そこに収納されているスタイル。その点はちょっと残念とはいえ、レコーディングのエピソードを読みながらヨーロッパ3部作を聴けるというのは、かなり貴重な体験と言えるでしょう。そんな訳で、その名盤3枚を簡単にレビュー。

Title:パパ・ヘミングウェイ
Musician:加藤和彦

ヨーロッパ3部作の冒頭を飾る1枚であり、おそらく、J-POPの名盤ガイドではもっとも紹介されるケースの多い作品ではないでしょうか。この作品だけは、以前聴いたことがありました。バハマとマイアミで録音された本作はエキゾチックさ満載で、そんなレコーディングの場所も反映されたのでしょうか、3部作の中では南国の雰囲気を感じさせる空気感も漂う作品となっています。

ただ、ちょっと気になったのは加藤和彦自身のボーカル。彼自身、やはりこのスタイルに歌いなれていなかったのか、聴いていて若干チグハグな印象は否めません。正直言って、聴いていてちょっと気になってしまった部分でした。しかし、そのボーカルをおぎなってあまりあるかのようなサウンドの面が非常に魅力的。ドラムスに高橋幸宏、ピアノに坂本龍一というYMOのコンビに、ギターが大村憲司、ベースが小原礼という今となっては「レジェンド」が揃っているようなバンドメンバーが奏でるサウンドは、フレンチっぽさを感じつつも、バックにはどこかソウルミュージックにも通じるようなグルーヴ感もあり、聴けば聴くほどはまってしまうような魅力があります。

メロウな作風はAOR、さらには今で言えばおそらくシティポップに通じるようなサウンドと言えるでしょう。今聴いても全く時代遅れのようなものを感じない作品で、奥深いそのサウンドは何度聴いてもあらたな発見があるような作品。文句なしにJ-POP史上に残る名盤です。

評価:★★★★★

Title:うたかたのオペラ
Musician:加藤和彦

ヨーロッパ3部作2作目は(当時の)西ベルリンで作成された作品。バンドメンバーは相変わらず豪華で、坂本龍一が急病のためキャンセルとなったそうですが、代わりに矢野顕子が参加。さらには高橋幸宏に加えて細野晴臣が参加している他、清水信之や松武秀樹とまさに「レジェンド」たちが多く参加しているかなり豪華なラインナップとなっています。

全体的には前作よりもさらにエキゾチックさは増した感はあり、表題曲「うたかたのオペラ」は哀愁たっぷりのタンゴ。続く「ルムバ・アメリカン」はタイトル通りのルンバとエキゾチックな空気感ただよう作品に。そしてもうひとつ大きな特徴なのは、これが録音された西ベルリンという特殊な環境が与えている影響。先日の映画でも、本書の証言にも記載されているのですが、当時の西ベルリンは、共産国歌である東ドイツがまわりを囲んでいるという非常に特殊な環境で、壁をひとつ超えると、自由のない共産国歌という異質な環境が、どこかアルバム全体に影を落とすような、そんな雰囲気のアルバムに仕上がっているように感じました。

もちろん内容的には前作に引き続きJ-POPに残るような名盤であることは間違いありません。作風としては1作目と3作目の中間に立つような感じなのですが、3枚を通じて聴いてヨーロッパ3部作の移り変わりを感じられるという意味でも重要な作品だったと思います。

評価:★★★★★

Tilte:ベル・エキセントリック
Musician:加藤和彦

パリと東京で録音したヨーロッパ3部作の最終作。エキゾチックな雰囲気は3部作共通なのですが、パリという空気感を反映してか、もっともヨーロピアンな雰囲気の漂う作品となっています。

この3部作を通じて、その移り変わりとして大きな特徴と感じるのは、後ろの作品になるほど「歌」を重視した作風になってくるという点。「パパ・ヘミングウェイ」の感想でも書いたのですが、当初、加藤和彦のボーカルは正直、曲調からするとチグハグな感は否めません。しかし、2作目3作目に至るにつれて、徐々に歌い方も板についてきており、聴いているこちら側が彼の歌い方に慣れてきた、という点もあるのかもしれませんが、曲調と彼のボーカルの違和感が徐々になくなっていきました。その結果として、楽曲としてより「歌」をシフトするようなスタンスに。もちろん、「パパ・ヘミングウェイ」同様、手練れの実力派ミュージシャンによるサウンドも魅力的なのですが、それ以上に「歌」に強い魅力を感じる作品になってきていました。

そしてもう1つが、後期作になるほどシンセを取り入れた曲調が目立ってきたという点。この3部作はYMOのメンバーも制作に参加していますし、さらにはこの時期、ちょうどYMOがブレイクした時期と重なります。加藤和彦というと、常に時代の半歩先を行くような音楽性を取り込もうとするスタンスを映画でも語られていましたが、まさにこの当時、時代の半歩先を行くようなエレクトロのサウンドを、自らの楽曲にも積極的に取り込もうとしていたそのスタンスを強く感じます。

結果として、ヨーロッパ3部作の最終形とも言えるこのアルバム。一般的なJ-POPの名盤ガイドには1作目の「パパ・ヘミングウェイ」がよく取り上げられますが、個人的にはヨーロッパ3部作の完成形としての本作が、出来としてはもっともよかったように思います。間違いなくJ-POP史に残る傑作アルバム。加藤和彦のすごさを感じらえる作品でした。

評価:★★★★★

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コメント

「ジム・オルークの選ぶ日本の作曲家15選」(STUDIO VOICE 2001)の第5位は
加藤和彦の《SUPER GAS》(1971)。
Nitty Gritty Dirt Band、James Taylor、CSN、Donovanなど、本歌が分かりすぎ^^
〈不思議な日〉のキーはA#mですが、トノバンはギター(Martin D-45?)の弦を半音下げて、Bmで弾いているようです(学生時代にコピーしました)。
ネヴィル・シュートの『渚にて』がモチーフになっているので、核戦争後の世界でしょうか?

投稿: sknys | 2024年7月20日 (土) 12時45分

>sknysさん
ジム・オルークにも認められているのですね。「SUPER GAS」もチェックしてみたいです。

投稿: ゆういち | 2024年12月 3日 (火) 22時49分

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