天才の生涯
今回は、音楽関連の映画の紹介です。先日、映画「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」を見てきました。
タイトル通り、オリコンチャート史上で最初のミリオンセラーヒット「帰って来たヨッパライ」を歌ったザ・フォーク・クルセイダーズのメンバーであり、その後もサディスティック・ミカ・バンドとして海外で高い評価を得たり、「あの素晴らしい愛をもう一度」などのヒット曲を世に送り出した、日本ポップス史上を代表するミュージシャンのひとり、加藤和彦。2009年にわずか62歳をいう若さで自ら命を絶つという衝撃的な最期を迎るのですが、本作は、その彼の生涯を追ったドキュメンタリー映画となります。
基本的には、この手の音楽ドキュメンタリーによくありがちな、関係者の証言をバストアップのインタビュー映像でつないでいくスタイルの構成。ザ・フォーク・クルセイダーズの相棒である北山修をはじめ、フォークルやサディスティック・ミカ・バンド時代に共に活動をした作詞家の松山猛、ミカ・バンドのプロデューサーだったクリス・トーマスなど、数多くの関係者が登場し、加藤和彦について語っています。特に感涙モノなのが、高橋幸宏と坂本龍一も登場する点。高橋幸宏はおそらく昔のインタビュー映像の使いまわしと思われるのですが、坂本龍一は声だけの出演で、おそらく生前に、病床でのインタビューではないかと思われます。今となっては非常に貴重な証言となってしまいました・・・。
個人的に加藤和彦というと、もちろんフォークルやミカ・バンドとしての活躍は知っていましたし、それを含めて、日本のポップス史上に残るミュージシャンの一人ということはしっかりと認識していました。ただ、この映画であらためて、彼が実にすごい「天才」であったということを再認識させられました。常に新しい音楽性を追い求め、時代の半歩先を進もうとしていたその姿勢。さらには常に一流であることを追い求め、音楽はもちろん、ファッションや食に対しても強いこだわりを見せていたその姿。映画の中での写真の彼は、確かにすらりとした高身長にとてもおしゃれな衣装を身に着けており、そのセンスの良さは、時代を超えて今でもしっかり伝わってきます。
その中でこの映画で特徴的だったのは、まず1点目としてはあくまでも彼の音楽活動にスポットをあてた構成になっていた、という点でしょう。ファッションや食の話も登場してきますが、いずれもやはり彼の先駆的な音楽性を裏付けるためにすぎません。映画のスタートは「帰って来たヨッパライ」のヒットからスタートしますし、それ以前の彼の生い立ちについては全く触れられていません。私生活の話ではミカとの離婚の話題が取り上げられていた程度で、あくまでも彼の音楽活動にスポットがあてられた構成になっています。ただ、逆に彼はそれだけ私生活を表に出すのを嫌っていたのかもしれません。
そしてもう1点は、彼の自殺という最期についても、避けることなく、しっかりと取り上げていたという点でしょう。特に彼の自殺についての関係者の証言は、聴きづらかったでしょうし、答えづらかったでしょう。ただ、関係者それぞれ、しっかりと思うところを証言していたのが映画の中でも重いシーンではあったものの印象的。「あの時、ああしていれば・・・」という後悔を語る関係者も多く、このような後悔を友人たちに残してしまう点が自殺に重い罪だと認識させられました。また、精神科医でもある北山修の証言も重く、そして印象的。自殺の理由について、最終的には断言は避けていたものの、時代の半歩先を進んでいた彼が、半歩先を進めなくなった時に、死を選んだ、ある意味、最期の最期まで、彼は彼らしさを選び続けた、そんな印象を受ける証言となっていました。
映画の構成として、インタビューシーンが多く、例えば当時の貴重なライブ映像、などがあまりなかったのはちょっと残念。何点かライブ映像もはさまれていたのですが、何曲かはフルでライブ映像も見てみたかったな、というのもあります。時代が時代なのであまり残っていないのかもしれませんが・・・。その点はちょっと残念でした。
もう1点は、残念、という点ではないのですが、映画全体の構成として、完全な初心者にはわかりにくかったかもしれない、という点も特徴的と言えるかもしれません。この手のドキュメンタリー映画としては珍しく、ナレーションはなく、インタビューについての背景の説明もさほどなされません。もちろん、ある程度注意深く見て行けば、全くの初心者でも加藤和彦の音楽活動が理解できるようにはなっていましたが、詳しい説明が省略されていたため、彼について、この映画ではじめて知る、という方はちょっとわかりにくかったかもしれません。
そういう気になる点はあるものの、ミュージシャン加藤和彦の素晴らしさについて、しっかりと知ることの出来るよく出来たドキュメンタリー映画だったと思います。ラストは高野寛、高田漣、坂本美雨といった下の世代のミュージシャンも参加しての「あの素晴らしい愛をもう一度」のリメイク版の演奏風景で締めくくられているのも、加藤和彦の業績がしっかりと下の世代に伝えられていることが伝えられており、印象に残りました。加藤和彦というミュージシャンについて、リアルタイムに良く知っているファンはもちろん、フォークルやミカ・バンドなどの業績は知っているものの、詳しくは知らない、という方もお勧めでいるドキュメンタリー。あらためて、日本ポップス史上に残る天才の素晴らしさを感じることが出来る1本でした。
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