ブレイク後の狂乱ぶりとその後のマイペースな活動を描く
今回は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。
「『たま』という船に乗っていた らんちう編」。1990年に「さよなら人類」が大ヒットを記録し、一世を風靡したバンド、たま。そのドラマーであり、「たまのランニング」という愛称でも知られる石川浩司がたまの活動を綴った自叙伝「『たま』という船に乗っていた」という本を以前、刊行していたのですが、本作は、同書をコミカライズしたもの。以前、同書の分冊版を紹介したことがあり、その後、前編は「さよなら人類編」として書籍化もされたのですが、本作はその後編となります。
本書を手掛けるのは漫画家の原田高夕己。もともとたまの熱烈なファンで、今回のコミカライズも彼自らの売り込みによるものだそうです。前回も書いたのですが、画風は完全に藤子不二雄Aのパロディー。時折、そのほか昭和の漫画家の画風が混じりつつ、全体的には徐々に自らの画風を確立させようとしている最中といった感じでしょうか。前にも書いたのですが、藤子不二雄ファンの私としてはA先生のフォロワーというのは素直にうれしくも感じます。
前作では彼らの結成にまつわるエピソードから、アンダーグラウンドで徐々に活動を活発にさせつつ、90年代に一世を風靡したバンドオーディション番組「いかすバンド天国」へ出演するまでのエピソードが描かれていました。今回のエピソードは、彼らが「イカ天キング」となりメジャーデビュー。さらには当時「たま現象」とまで呼ばれた大ブレイクの時期を経て、レコ大や紅白の出演。その後、徐々に人気が落ち着き、インディーズに舞台を移して、マイペースに活動。メンバー柳原幼一郎の脱退を経て、3人組となっての活動。そしてたまの解散に至るまでの物語を描いています。
やはり一番おもしろかったのは、大ブレイクしていた時期のたまをめぐる世間の狂乱ぶり。レコ大や紅白出演時のエピソードやかなり多忙だった時期のエピソード、強烈なファンのストーカーぶりやコンサートでのエピソードなど、人気に浮かれていたというよりも、メンバーの困惑ぶりが伝わるような内容になっています。ただ、今だからこそ思うのですが、彼らみたいなある意味「アングラ」むき出しのバンドが、その音楽性のまま、あれだけの人気ぶりを見せたのは、やはり異常だったと思うし、だからこそ「たま現象」など言葉も生み出されたのでしょう。
それは本人たちが一番よくわかっていたようで(漫画内のセリフで知久が「10人が10人自分たちの音楽が好きだったらおかしい」という発言をしていますし)、それだけにその後、人気が落ち着いてきた後も、そのこと自体に全く悲壮感などはありません。これは原書の方に書いてあったのですが、人気が落ち着いた後は、ライブ動員もCDの売上もほとんど変わらなかったそうで、また最後まで音楽だけで食べていける人気を保ち続けていたそうです。実際、漫画でも、最後の解散ライブまで一定以上の人気は確保していたことがうかがえ、それだけに人気面で気にしなくてもよいマイペースな活動ぶりは漫画からも伝わってきます。
さて今回のコミカライズに関しては、基本的に原書を元にしながらも、新たなエピソードなどを加えた他、原書のエピソードも上手く組み合わせてよりドラマ性を強調した構成になっていました。例えば、たまを大絶賛し、「『たま』の本」を遺作として記した評論家の竹中労とのエピソードも、原書ではただワンパラグラフだけで登場する話なのですが、漫画版では同じエピソードを上手く分解して、物語の中に上手く配することによって、竹中労とたまの出会いから最後に会ったエピソードまで、よりドラマチックに表現しています。たまの解散に関して、知久寿焼がたまを辞めると言い出したエピソードにしても、原書では比較的あっさり書いているのに対して、漫画版では大コマや絵を効果的に用いることによって、非常に心に来る表現となっており、読んでいて思わずジーンと感じるものがありました。全体的に物語の組み立てや、絵の効果的な表現の上手さを強く感じますし、まただからこそ画風はA先生のパロディーでも、違和感なく楽しむことが出来たのでしょう。
また、もうひとつ印象的だったのは、原書に比べて、原田高夕己の漫画となったことによって、これがあくまでも石川浩司によるたまのエピソードだ、というイメージが読んでいて強くなったように感じます。原書の方は、あくまでも石川浩司の一人称で物語が進んでいくだけに、これがあくまでも石川浩司によるたまのエピソードである、ということを逆に意識せずに読み進められたように思います。しかし、漫画版では原田高夕己によるコミカライズによって、客観性も加わることによって、逆にこれがあくまでも石川浩司視点での物語である、ということが強調されたように感じます。それだけに、他のメンバーは同じエピソードをどのように見ていたのか、興味を抱いてしまいました。
そして何より、この漫画が優れていたのは、読んでいてあらためてたまの音楽を聴いてみたいと感じさせてくれる力量があったという点でしょう。物語の中でも要所要所にたまの曲の歌詞が登場してきますし、ライブ風景も描かれていますが、あらためて、彼らの音楽を聴いてみたい、そう強く感じさせる物語でした。国民的ブレイクの後に、人気が落ち着いてしまうと、短期間で解散に至ってしまうバンドが大多数の中、たまというバンドは、アンダーグラウンドシーンに登場し、国民的ブレイクを経て、最後はマイペースな活動を長く続けてその活動を終えるという、ある意味、非常に稀有なバンドです。それだけに、彼らをめぐるエピソードは興味深く楽しむことが出来ました。たまというバンドが初耳の方や「さよなら人類」のブレイクしか知らない方にも、ひとつのバンドの物語としてお勧めしたい1冊です。あらためてたまというバンドのすばらしさを感じることが出来、かつ、純粋にバンドの物語を楽しむことが出来た1冊でした。
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