前作とは対となる女性ボーカリストとのコラボ作
Title:放生会
Musician:椎名林檎
ベスト盤や、グッズ騒動で騒ぎとなった曰くつきのリミックスアルバムのリリースがありつつ、ニューアルバムとしては前作「三毒史」以来、約5年ぶり、久しぶりとなる椎名林檎の新作。今回、新作の発売が発表されたのはデビュー26周年の記念日で、リリース日のわずか2日前。まさにサプライズという状況でのリリースとなりました。
前作「三毒史」も仏教用語である「三毒」とから取られた作品なのですが、今回の「放生会」も、捕獲した生き物を野に放つという宗教儀式に基づいて命名されたタイトル。ただし、彼女の地元、博多の三大祭りの一つから命名されたそうで、一般的な読み方である「ほうじょうえ」ではなく、祭りの読み方である「ほうじょうや」と読むそうです。前作「三毒史」は「死」をテーマとしたアルバムになっていたのに対して、今回のアルバムは「あらゆるものを手放さないまま生きる人々」をテーマとしているアルバムに。また、前作は男性ボーカリストとのコラボとなりましたが、今回は女性ボーカリストとのコラボ曲と椎名林檎ソロ曲を交互に並べるアルバムになっており、いろいろな面で前作「三毒史」と対照的になる作品に仕上がっていました。
まず楽曲自体は非常によく出来ていると思います。いつもの椎名林檎と同様、ロックをベースとして、ジャズや歌謡曲、「私は猫の目」のようにストリングスを入れてきた里、「初KO勝ち」のようなファンクの要素を入れたり、「茫然も自失」のようなラテンの要素を入れてきたりと多彩。ただ一方で、どの曲も良くも悪くも椎名林檎らしい作品になっており、目新しさはありません。とはいえ、マンネリかと言われると、そこまで感じさせないのは楽曲のクオリティーが高水準で安定しているから、でしょうか。以前のような刺激的、挑戦的な作品はないものの、安心して楽しめる楽曲が並んでいました。
ただ、そんな楽曲にマンネリズムを感じさせなかった大きな要素としてはゲストの女性ボーカルの存在が大きいでしょう。まさにアルバムテーマに沿ったようなタイトルの「生者の行進」は、椎名林檎らしいジャジーでムーディーな作品なのですが、ゲストボーカルAIのパワフルなボーカルが強い印象に残る作品。以前、ベスト盤にも収録された椎名林檎と宇多田ヒカルという、日本女性ボーカリストの2大巨頭のコラボ「浪漫と算盤」も椎名林檎作詞作曲の作品ながらも、宇多田ヒカルボーカルが入ると、一気に宇多田の作品になってしまうあたり、宇多田ヒカルのボーカリストとしてのすごさを感じます。
個人的に予想以上によかったのが、新しい学校のリーダーズとのコラボ「ドラ1独走」。新しい学校のリーダーズのSUZUKAとのデゥオとなるのですが、ヘヴィーなギターロックの作品に、ドスの利いた力強さのあるSUZUKAのボーカルがピッタリとマッチ。パフォーマンスを軸に語られることの多い新しい学校のリーダーズですが、SUZUKAのボーカリストとしての力量を感じさせます。ラストの「ほぼ水の泡」も、こちらチャラン・ポ・ランタンのももとのボーカルがマッチ。ボーカリストとしての方向性は似たようなものを感じさせる両者ですが、最後はアルバムのテーマに沿った生への楽しさを歌ったこの曲ですが、ある意味、似たようなタイプの2人が和気あいあいと歌っているような楽曲となっており、逆にボーカルの類似性をよく生かした曲となっています。
ただ、前作「三毒史」は男性ゲスト陣に引っ張られる形で、ゲスト勢の個性が出し、ゲストのフィールドに椎名林檎が加わるような曲もあり、その結果、楽曲のバリエーションが加わったような印象を受けます。一方で今回のアルバムは、女性ボーカリストがそれぞれに個性を出していたのですが、あくまでも椎名林檎のフィールドの中でゲストボーカルが参加している作品になっていたように感じます。あえて言えb、自分のフィールドに引きずり込んだのは宇多田ヒカルくらいでしょうか。そのため、アルバム全体としても前述の通り「良くも悪くもいつもの椎名林檎」というイメージが強くなる出来になっていたように思います。
「三毒史」と対となるようなアルバムでしたが、出来としては前作「三毒史」には及ばなかったかも。とはいえ今回のアルバムも十分「傑作」の範疇に入るアルバムには間違いありません。ただ、良くも悪くもミュージシャンとして安定感を覚える作品。そろそろガラッと彼女のイメージを更新するような作品をリリースしてくるのか、はたして・・・。
評価:★★★★★
椎名林檎 過去の作品
私と放電
三文ゴシップ
蜜月抄
浮き名
逆輸入~港湾局~
日出処
逆輸入~航空局~
三毒史
ニュートンの林檎~初めてのベスト盤~
百薬の長
ほかに聴いたアルバム
BRIGHTNESS/Nothing’s Carved In Stone
Nothing's Carved In Stoneの約2年半ぶりとなる新作は、全7曲入りとなるEP盤。7曲入りという短さを考慮してか、全編メランコリックなメロディーラインと、シンセも入った分厚くダイナミックなサウンドで一気に押し切るような作品に仕上がっています。似たようなタイプの曲が並んでいる一方、実に彼ららしい作品が並ぶアルバムともとれる作品で、約30分というアルバムの短さもあって、テンションをあげたまま、一気に聴き切れるような作品に。いい意味で勢いのある作品となっていました。
評価:★★★★
Nothing's Carved In Stone 過去の作品
Strangers In Heaven
By Your Side
ANSWER
THE LAST ANTHEMS /HAWAIIAN6/dustbox/locofrank
HAWAIIAN6、dustbox、locofrankという、既にベテランの域に入る3バンドが、それぞれ新曲を持ち合って集結したスプリットアルバム。2013年に同じく3バンドが集まってリリースした「THE ANTHEMS」に続く第2弾となります。基本的に、どのバンドもメロディアスなパンクロックを奏でているのですが、その中でもHAWAIIAN6はより哀愁感の強いメロディーを聴かせる作品に、dustboxはよりポップ色が強く、locofrankはパワーポップの色合いが強いという、3バンドがそれぞれの持ち味を出している点が面白く、またアルバムにバリエーションを持たせています。おそらく3バンド共通して聴いているようなファンが多そうですが、3バンドの中のどれかのファンにとっては、別のバンドに出会う、ちょうどよいきっかけにもなりそう。
評価:★★★★
HAWAIIAN6 過去の作品
BONDS
The Grails
Where The Light Remains
Dancers In The Dark
Beyond The Reach
The Brightness In Rebirth
dustbox 過去の作品
Seeds of Rainbows
Blooming Harvest
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