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2024年5月18日 (土)

Beyonceのアルバム

Title:Cowboy Carter
Musician:Beyonce

Cowboycarter

約1年8ヶ月ぶりとなるBeyonceのニューアルバム。前作「Renaissance」に続く3部作の2作目となるアルバムということで、今回は特にカントリー音楽に向き合ったアルバムになっているそうです。

アメリカは特に人種によって聴く音楽があるそうで、特に保守的な白人層が聴くカントリーミュージックの分野にとっては、黒人でリベラルな考え方を持つBeyonceの音楽は拒絶される傾向にあるそうです。もともとはBeyonce自身、祖父の影響で幼い頃からカントリーを聴いて育っていたそうですが、今回、カントリーのアルバムを作るきっかけとなったのは2016年に行われた第50回カントリーミュージックアワードに出演し、カントリーバンドのThe Chicksと共に、アルバム「Lemonade」収録曲の「Daddy Lessons」を歌ったことがきっかけ。批評家を中心に大絶賛を受けた一方、一部のカントリーミュージックのファンからは大バッシングを受け、さらにはグラミー賞の主催者であるザ・レコーディング・アカデミーでは、同曲をカントリーミュージックとして考慮するのを否定する声明を出すなど、大きな波紋を呼びました。

今回はそのような経験に基づいてリリースされたアルバム。まず先行シングルとしてリリースされた「TEXUS HOLD'EM」は、バンジョーとフィドルというカントリーを代表する楽器によってかき鳴らされる、いかにもカントリーなナンバー。ビルボードチャートで1位を獲得するなど大きな話題となった一方、一部のカントリーラジオ局では、放送を拒否し、炎上騒ぎになるなど、あらためて音楽をめぐるアメリカの分裂状況を示唆するような出来事も発生しています。

そしてリリースされた今回のアルバムは確かにカントリーの色合いも強い作品に仕上がっています。ビートルズのカバーである「BLACKBIRD」ではバックにカントリーのミュージシャンたちを起用し、カントリー色の強いカバーとなっていますし、中盤にはカントリーのスタンダードナンバー的な「JOLENE」のカバーも収録。その後も、「ALLIIGATOR TEARS」や、カントリー歌手のウィリー・ジョーンズを迎えた「JUST FOT FUN」や、マイリー・サイラスをゲストに迎えた「II MOST WANTED」など、カントリーの色合いの強い曲の並ぶアルバムとなっています。

また、今回のアルバムのタイトルやジャケット写真も非常に示唆的。アルバムタイトルは、古き良きアメリカ文化の象徴であるカウボーイと、彼女の本名を組み合わせたタイトルですし、ジャケット写真も、大きなアメリカの国旗を持った彼女が、白い衣装を身にまとい、白い馬に乗る姿は、黒人女性であることを理由にカントリーから締め出そうとする保守的な白人層に対しての挑戦と捉えることも出来ます。

ただし、このアルバムは単純に彼女がカントリーに挑戦したアルバム、という訳ではありません。アルバム発表に際して彼女が発表したコメントでは「これはカントリー・アルバムではありません。これはBeyonceのアルバムです。」と語っています。実際、アルバム全体としてカントリー以外の要素も多く、そもそも1曲目「AMERIICAN REQUIEM」から、荘厳なゴスペル的な雰囲気からスタート。「SPAGHETTII」はHIP HOPですし、「YA YA」も彼女のパワフルなボーカルが耳を惹くソウルな楽曲。最後を締めくくる「AMEN」もゴスペル風に荘厳に歌い上げる楽曲で、おそらく1曲目とリンクしているのではないでしょうか。

本作をカントリー・アルバムではなくBeyonceのアルバムであると語った彼女。確かに彼女のアルバムを単純に「カントリー」とひとつのジャンルに規定してしまうのもまた、彼女が黒人女性だからという理由でカントリーから除外した保守白人層と同じ、ひとつの枠組みに当てはめようとする考え方なのかもしれません。そう考えると本作は、カントリーでもソウルでもなく、まさにBeyonceのアルバム。カントリーに限らず、様々なアメリカの音楽を詰め込んでいるあたり、そういう主張を感じますし、また、分断されるアメリカ社会へのアンチを突き付ける、強いメッセージ性も感じるアルバムとも感じました。

今年秋に予定されているアメリカ大統領選挙。アメリカの分断を引き起こしている、もしくはそれを利用しているトランプが大統領に返り咲く可能性が言われています。万が一、彼が大統領に返り咲いた場合に、アメリカや世界の分断が進むであろうことが予想され、暗澹とした気持ちにさせられますが、そんな2024年に、Beyonceがこのようなアルバムをリリースした意義は非常に大きいと思います。まさに本年を代表する傑作の1枚。全体的にはしっかりと歌を聴かせるアルバムが多かっただけに、非常にポップにまとまっていた印象を受ける本作。Beyonceのすごさをあらためて感じた傑作アルバムですし、日本人にとってもそのメッセージはしっかりと伝わってきます。このような世界の分裂が、少しでも音楽の力で埋まっていけばよいのですが。

評価:★★★★★

BEYONCE 過去の作品
I Am...Sasha Fierce

I AM...WORLD TOUR
Beyonce
Lemonade
HOMECOMING:THE LIVE ALBUM
The Lion King:The Gift
RENAISSANCE

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