日本の移民について考えさせられる1冊
今日は最近読んだ書籍の紹介です。
といっても、広い意味での音楽関係の書籍。韓国出身で現在は日本を拠点に活動しているラッパー、Moment Joonによる著書「日本移民日記」。もともとは韓国のソウル出身で、2010年に大阪大学に留学し、日本に移り住んだ彼。日本における「移民」という立場から、日本の病巣をえぐった2020年にリリースされたアルバム「Passport&Garcon」は当サイトでも紹介したのですが、聴いた時点で「年間1位の傑作」と称し、実際、2020年の私的年間ランキングで1位に選ぶ傑作でした。本作は、その彼が2020年11月から翌年にかけて岩波書店のWEB「たねをまく」に掲載されたエッセイを中心にまとめた1冊です。
「移民」として日本に在住する彼が、その立場の視点から日本での暮らしを描写した内容になっているのですが、彼の立ち位置というのがユニークで、韓国からの移民として話題になる、戦時中に日本に移民した在日韓国人でもなく、経済的な理由から日本に来たようなブラジル系の外国人でもなく、最近一部で話題となっている政治的理由での難民でもありません。ただ日本が好きで日本に移住してきた彼は、おそらく日本にいる外国人の中での割合としては実はかなりの比率を占めるのかもしれませんが、このように「移民」として自らの視点から語られるのは、逆に珍しいように思います。
そんな彼だけに、日常の中で感じられる外国出身であるからこそ感じられる違和感という視点が非常に興味深く感じられました。特に第1章で指摘される外国人をひとつの「キャラクター」として認識されるという指摘は非常に鋭く印象的。また、第2章で指摘されている日本語がうまいと「〇〇さんは心が日本人」と言われることがよくある、という指摘も印象に残ります。おそらく、言った本人としては決して差別をしようとして言ったのではないでしょう。ただ、いずれの事象も私たちが心の中で薄っすらと持っている、外国人を自分たちとは異質の存在として識別している感情の発現。言われた人たちがやはり嫌な思いをする時点で、言った本人に「悪意」がなかったとしてもやはり一種の「差別」的な言動である点は認識すべき話なのかもしれません。
音楽的なエッセイもあって、第5章、第6章では、HIP HOPにおいて、いわゆる「Nワード」(差別用語)がどのように使用されているのかを分析しています。本人の修士論文の触りを要約した内容だそうですが、特に日本においてこの差別用語がHIP HOPでどのように使用されているかの指摘が非常に興味深く感じます。日本のHIP HOPでは「Nワード」が「社会的文脈」ではなく「ヒップホップの文脈」でのみ行われている(要するに「差別」ということに対して意識的に取り組んでおらず、HIP HOP的に海外で「Nワード」を多様しているからスタイルだけ真似しているという指摘)は私も何となく日本のHIP HOPに対して感じていたことで、その点を実例を用いつつ、論理的に分析しており、読み応えのある内容となっていました。
全体的に非常に理論立った文章を書く方で、内容にも説得力を感じさせます。特にミュージシャンのこの手のエッセイは、良くも悪くも感情的な文体になることが多い中で、これだけ理論的な文章を書くミュージシャンは珍しいかも。エッセイという形態なだけに読みやすさを感じさせる一方で、しっかりとした主張も伝わってくる内容で、とても読み応えのある1冊。自分の中にある、外国人を「差別」する感情も含めて、いろいろと考えさせられるエッセイでした。
そんな彼が、ニューアルバムをリリースしましたので、今回は一緒に紹介したいと思います。
Title:Only Built 4 Human Links
Musician:Moment Joon&Fisong
同じく大阪で活躍するラッパーで、在日韓国人であるFisongとのコラボアルバム。Moment Joonが新たに立ち上げたレーベル「HOPE MACHINE FACTORY」からの第1弾リリースとなるそうです。前作「Passport&Garcon」リリース後、一度は引退宣言もしており、どうなるのか気にしていたのですが、レーベルを立ち上げて、こうやってMoment Joonとしてアルバムをリリースということは、今後もコンスタントに活動を続けていくのでしょうね。良かったです。
前作「Passport&Garcon」は、前述の通り、日本人が無意識に持つ差別的意識を描写したリリックが印象に残る作品で、どちらかというとリリック面で注目を集めることが多い作品でしたが、今回の作品については今時のビートを意欲的に取り込んだ作品に。同作の紹介には「ドリル、ネオブーンバップ、クランク、ローファイ・デトロイト」と書かれています。細分化している今のHIP HOPシーンのリズムについては正直、追い切れていないのですが、「Warawasenna/嘲」あたりはドリル、「Waru/悪」あたりはネオブーンバップといった感じでしょうか。ラッパー以上にHIP HOPミュージシャンとしてのMoment Joonの実力を感じさせます。
一方では前作で意欲的だったリリックについての主張は今回は控えめ。本作でも「Robbin'Time/懲」のような社会派なリリックもあったり、リリックでは日本語や英語だけではなく韓国語も取り入れているあたり、在日韓国人であるという(前述の書籍を読む限りだと、Moment Joonをそう称してよいのか悩むところですが)パーソナリティーを押し出した感はあるのですが、印象としては前作ほど強く残るものではありません。
結果として、良くも悪くも今時のHIP HOPといった感じの印象が残ります。HIP HOPミュージシャンとしてのMoment Joonの実力はわかるものの、良くありがちなHIP HOPのアルバムという感想にもなってしまいます。まあ、「Passport&Garcon」のようなアルバムを作り続けるのは難しいだけに、仕方ない部分もあるのでしょうが・・・。とはいえ、前作が10年に1枚クラスの傑作だっただけにちょっと残念にも感じます。とはいえ、意欲的に今風のリズムを取り込むあたり、彼のHIP HOPミュージシャンとしての実力も感じられた作品。これからの活躍にも期待です。
評価:★★★★
Moment Joon 過去の作品
Passport&Garcon
Passport&Garcon DX
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 60年代ブリティッシュ・ロックの奥深さを知る(2024.10.05)
- 小山田問題の全てがわかる!(2024.08.09)
- ブレイク後の狂乱ぶりとその後のマイペースな活動を描く(2024.07.16)
- ヨーロッパ3部作を堪能(2024.07.19)
- 本人朗読によるエッセイにドキドキ(2024.05.25)
「アルバムレビュー(邦楽)2024年」カテゴリの記事
- 「お茶の間」対応(?)(2024.10.04)
- すごみを感じる最期のパフォーマンス(2024.10.01)
- 懐かしのガールズバンド(2024.09.28)
- 谷村有美としてのスタイルを確立(2024.09.27)
コメント