「教養としての・・・」というよりも・・・
今日は最近読んだ、音楽関連の書籍の紹介です。
当サイトでも著作を何度か紹介したことのある音楽評論家川﨑大助氏による最新作「教養としてのパンク・ロック」。以前から「日本のロック名盤ベスト100」「教養としてのロック名盤ベスト100」「教養としてのロック名曲ベスト100」を紹介してきましたが、そのシリーズの最新作ということになります。
まずはタイトルにかなり違和感のある1冊だと思います。そもそも「パンク・ロック」というジャンルを教養で聴くという観点自体に強烈な違和感を覚える方は少なくないのではないでしょうか。それでなくとも昨今、巷にあふれる「教養としての~」というタイトルで発売される、800円程度の新書本に対して疑問を感じる方は少なくないのではないでしょうか。そんな安上がりな「教養」に対する批判的な見解として「ファスト教養」なるタイトルの新書本も話題になりましたが、まさに本作は、そんな「ファスト教養」的なイメージも持たれかねない1冊である点は否定できないでしょう。
実際、著書もこの批判を気にかけているようで、序章においてそんな批判に対しての反論を載せています。ただ、その反論に関してあえて言えば、彼が述べているのは、この著書に関しては「教養としてのパンク・ロック」(=一般教養を得るために聴くべきパンクロック)ではなく、「パンク・ロックを聴くための教養」。そういう意味では、ポピュラーミュージックの知識が全くない人が、手っ取り早くパンクを知るための入門書、とはちょっと異なる方向性に感じます。
事実、本書で述べられているのは、そのようにパンク・ロックを聴く時に知るべき時代背景という点がメイン。特に第3章から第4章にかけてはパンク・ロックがアメリカやイギリスでなぜ生まれ、そして人気を博していったのか、詳しくその背景を説明しています。セックス・ピストルズがどのように登場し、どのように暴れ回って世間の顰蹙を買ったのか、というのは、「ロックの入門書」的な本でよく紹介されているのですが、本書ではそれに加えて、この時期に関してのイギリスやアメリカの経済的状況や社会的状況について詳しく解説されており、パンク・ロックのような音楽がなぜ登場してきたのか、そして世間はどのように見ていたのか、その背景について非常に勉強になる1冊だったと思います。
また、以前の川﨑大助氏の著書では、彼のロック史観がかなり炸裂していました。彼のロック史観というのは独自の、というよりも、最近ではすたれてきてしまっている、ロックと日本独自の歌謡曲を対立軸におき、前者を肯定し、後者を否定するような考え方。この点は第5章の日本におけるパンク・ロックの受容史において特に彼のロック史観が炸裂しています。この5章も、日本においてパンク・ロックがどのように捉えられてきたのか、非常に興味深い考察が行われているのですが、歌謡曲に対しては「外来文化をすべて飲み込み『土着化』させては権威に帰順させようとする」存在のロックの仮想敵として、かなり厳しく糾弾しています。確かに、20年くらい前までは、洋楽を好んで聴くようなリスナー層に関して、歌謡曲に対してこのような見方が一般的だったように思います。そういう意味では、彼の考え方は、今の時代は若干「時代遅れ」という印象を抱く人は少なくないかもしれません。ただ個人的には、歌謡曲に対しても一定の評価を下しつつも、歌謡曲は日本における一種の「権威」という見方もまた、日本のポピュラーミュージックを考えた時に、頭の中に入れておくべき見方なのかな、という印象も受けます。
「ファスト教養」的なタイトルと裏腹に、新書本としてはかなりボリュームのある、濃い内容の1冊だったと思います。パンク・ロックを聴く人が、ここにある知識を入手すべきだ、とは思いませんが、やはりパンク・ロックを深く知るためには欠かすことのできない知識を紹介してくれる1冊だと思います。ただ逆に、純粋な入門書としては、本当に「入門」的な知識は省略されているので、ピストルズもザ・クラッシュもアルバムを聴いたことがない、ダムドに至っては名前すら知らない・・・というような「本当の初心者」にとっては、最初の1冊としてはあまりお勧めできないかもしれません。名盤リストもあるのですが、タイトルとジャケット写真が載っているだけで、内容の紹介はほとんどありませんし。そういう意味ではタイトルと内容がちょっと齟齬のある1冊だったとは思いますが、パンク・ロックをより深く知りたい人にとってはお勧めの1冊です。非常に勉強になりました。
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