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2023年11月17日 (金)

検閲制度について考える

今回も、最近読んだ音楽関連の書籍です。

「幻のレコード 検閲と発禁の『昭和』」。音楽評論家で、特に戦前歌謡に詳しい毛利眞人氏による著作となります。彼の著書をここで取り上げるは戦前ジャズの歴史を綴った「ニッポン・スウィングタイム」、SPレコードの入門書となる「SPレコード入門〜基礎知識から史料活用まで」に続いてこれで3冊目となりますが、音楽の、特にSPレコードや日本の戦前歌謡に対する深い愛情を感じさせる内容が印象的な著作となっています。

そんな中で今回の著作も戦前の日本歌謡を取り上げた著作となるのですが、特に戦前の日本のレコードに対する検閲・発禁をテーマとした1冊となります。ご承知おきの通り、戦前の日本といえば出版法や新聞紙法、治安維持法などにより表現・出版の自由が厳しく取り締まられており、出版物は当局による検閲を受け、たびたび発禁の処理が行われていたというのは、よく知られている事実だと思います。その反省を受け、現在の日本国憲法では第21条2項により、政府による検閲が堅く禁じられています。

その検閲・発禁をテーマとした今回の著書ですが、そのため内容的には「音楽の本」というよりも、むしろ「歴史の本」という色合いが濃い1冊となっています。ただし一方、「検閲」という堅いテーマではあるものの、決して大上段に戦前の横暴な政府権力を批判的に取り上げるような内容ではなく、どちらかというと戦前に行われたレコードに対する検閲・発禁の歴史を、客観的な事実に基づいて淡々と描いている、そんな著作となっています。

そのため、あくまでも「検閲・発禁」に対する事実を追及していくこの著書では、興味深い事実を知ることが出来ます。検閲が行われた当初は、政府批判というよりも公序良俗に反するという点で、「エロ」に対する規制がまずは強く行われていた点。そして、そんな「エロ」を押し出したレコードに対する規制が、むしろ世論の側から要求されていた部分もあった点。また、著作権法がいまほど整備されていなかった当時は、ヒット曲をそのままパクったレコードが多くリリースされ、こちらもレコード会社の側からパクリのレコードに対する規制が求められていた点なども記載されており、太平洋戦争に突入した後こそ、かなり理不尽な発禁も増えてくるのですが、当初はむしろ、世論の中で検閲・発禁はレコード会社と持ちつ持たれつ的な側面があったこともうかがわせます。

またこの著書では、戦前のレコードの検閲を一手に担った小川近五郎という官吏が物語の主人公として登場してきます。ただ、この小川近五郎なる人物は大の音楽好き。健全な流行歌をレコード会社が作るように善導していく使命に燃えているという、いかにも戦前の官僚的な側面もある一方で、流行歌に対しては比較的寛容的で、特に流行歌にある程度の猥雑さがある点は仕方ないという考え方の持ち主だったようで、一部の世論よりも時として流行歌に対して寛容であったことも非常に興味深く感じました。

ただ一方では、この戦前の検閲・発禁の事実を通じて、この問題が必ずしも今の自分たちには関係ない、と言い切れない部分も強く感じました。特に流行歌が公序良俗に反する表現を用いる時に、その規制を求めるような動きは、現在でも無縁とは言い切れません。さらに「エロ」の表現に関しては、今日ではむしろ女性の人権という側面から規制をされるようなケースも少なくなく、そのような規制と表現の自由の問題は非常に難しい議論となっています。

さらに今回の著書では、戦前の検閲官、小川近五郎の物語ともなっており、彼の人柄については比較的好意的に描かれていますし、確かに、読んでいて、基本的には音楽が好きないいおじさんだったんだろうなぁ、とも感じられます。ただ一方で、一人の検閲官の人柄により、検閲の内容が左右されている点にも恐ろしさも感じました。そして、この検閲制度の持つ、一種の「主観性」もまた、検閲の大きな問題点だと感じました。

全体的に検閲や発禁制度に対する問題提起を行う、というよりも、戦前のレコードに対する検閲制度の事実を追及するという1冊だったのですが、それでも検閲制度に関して、決して過去の遺物ではなく、今の時代に通じる部分があることを感じ、いろいろと考えさせられる1冊であった点も間違いありません。どちらかというと音楽というよりも歴史の本という要素が強いだけに音楽ファンなら是非、といった感じではないのですが・・・歴史が好きな方、また戦前歌謡に興味がある方はもちろん、「表現の自由」とはなにかということをあらためて考えるにも最適な1冊だったと思います。読み応えのある良書でした。

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