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2023年11月14日 (火)

井上陽水の「天才」ぶりを感じる

今回は最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。

ノンフィクション作家、辻堂真理による「最強の井上陽水 陽水伝説と富澤一誠」。ご存じ「傘がない」「夢の中へ」「リバーサイドホテル」など数多くのヒット曲を持つ、日本を代表するシンガーソングライター井上陽水と、その彼をデビュー当初から高く評価し、「俺の井上陽水」というタイトルの評論本までリリースしながら、その後、袂を分かった音楽評論家の富澤一誠。その両者を対比させつつ、井上陽水について描いた1冊です。

率直に言うと、熱心な井上陽水のファンではない私が今回の本を手に取った理由は、彼と音楽評論家富澤一誠の絡みに興味があったから。富澤一誠というと、私は彼が企画し、自らもMCとして参加していたラジオ番組「JAPANESE DREAM」を愛聴していたことがあります。この番組、日本でリリースされる全シングルを紹介した上で、リスナーの人気投票にかけるという番組。「いい曲を書いているけど売れていない」ようなミュージシャンをピックアップしようという企画で、個人的にもこの番組をきっかけに知ったミュージシャンは少なくなく、私の音楽趣味の幅を広げるひとつのきっかけとなった番組でもあります。

ただ一方、「メロディーと歌」のみを評価し、サウンド重視の曲をほとんど評価しない富澤一誠の旧態依然とした姿勢に徐々に疑問を抱きだし、同番組から徐々に興味をなくしていきました。その後も富澤一誠のメディアにのるコメントといえば、いかにも団塊の世代が言いそうな偏見たっぷりの「最近の音楽」に対するものが目立ち、日刊ゲンダイや夕刊フジのような、団塊世代のおやじ向けメディアの太鼓持ち、というイメージが強く持っています。そんな彼が井上陽水とどのような関係にあり、さらに袂を分かったのか・・・興味を持ち、この本を読んできました。

さて、そのように読みだした同書の感想ですが、「最強の井上陽水」と井上陽水を押し出したタイトルとなっていますが、内容的には井上陽水と富澤一誠の若き日の歩みが並行して描かれたもの・・・もっと言えば、むしろ富澤一誠を軸に描かれているようにすら感じました。ただ、非常におもしろかったのが若き日の富澤一誠は非常に尖っていて、世間に対して反抗的であったという事実。特に歌謡曲や演歌に対してつまらなく感じており、さらには当時あった音楽雑誌「新譜ジャーナル」のフォーク評が気に入らず、フォーク評に対する強烈な批判と、それに対して自分の評論をのせろ、と迫る手紙を送りつけたという点は、すっかり保守的になってしまった今の彼からは想像できないほどの尖りぶりで、とても興味深く感じました。

ただし、その後の井上陽水との出会いと井上陽水に対する絶賛、さらには井上陽水のブレイクから袂を分かつまでを読むと、この本で意図していたのは、井上陽水と富澤一誠の、ある意味対照的な両者の対比。もっと言ってしまうと、「天才」井上陽水を、ある意味、「凡人」である富澤一誠と対比させることによって、井上陽水の天才ぶりを際立たせている・・・そんなイメージすら受けました。

富澤一誠のことを「凡人」と言ってしまうと、怒られてしまうかもしれません。少なくとも彼は音楽評論家として確固たる地位を築いた人物であることは間違いありません。ただ、この本を読むと、井上陽水がデビュー以来、自分のスタイルをどんどんと変えて、その可能性を広げていっているのに対して、富澤一誠は、そんな井上陽水の変化を理解できず、いつまでもデビューアルバムの頃のイメージに固執し、さらには「フォークはかくあるべき」的なイメージにも固執しています。それが結果として両者が袂を分かつ原因にもつながっているのですが、今という視点から振り返ると、とかく富澤一誠の保守的な考え方が目立ち、結果として井上陽水の先見性、天才ぶりがより一層わかる記述となっていたように感じました。

もっとも、これは富澤一誠が特に「保守的で考えが堅かった」という訳ではないように思います。むしろ世間一般が井上陽水に対して感じていたイメージの、彼が代弁者であったのではないでしょうか。実際、アルバムの売上で言えば1973年にリリースされた「氷の世界」がミリオンセラーを記録したものの、その後、彼が自由にそのスタイルを変えていったアルバムは、「氷の世界」から比べると大きく売上を落としています。おそらく富澤一誠と同様、世間一般も、井上陽水の天才ぶりが当初は理解できなかったのでしょう。そういう意味でも富澤一誠の意見というのは、当時の世間一般のリスナーの意見でもあったのではないでしょうか。

この本を読んで、あらためて井上陽水のすごさを感じましたし、そしてデビュー当初の彼のアルバムをあらためて聴いてみたくもなる一冊でした。ただ、単純に広くお勧めできるか、と言われると、どちらかというと富澤一誠に焦点があたりすぎているため、純粋に井上陽水の評伝として読むのならば、他の本にあたった方がよいような印象を受けました。ある程度、井上陽水について詳しい方が、次の一冊として読むような本といった感じでしょうか。読みやすい文体で興味深く読める一冊ではありましたが。

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