百花繚乱の90年代
今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。
「『90年代J-POPの基本』がこの100枚でわかる!」。以前、「『シティポップの基本』がこの100枚でわかる!」という本を紹介しましたが、同書を書いた音楽ライター、栗本斉による新作です。
90年代の音楽シーンというと、ミリオンセラーが連発した、売上的にはまさに日本ポップス史上の最盛期とも言われた頃。今でもあの時代を肯定的に語る人は少なくありません。ただ、じゃあリアルタイムで経験してきた身としては、あの時代のヒット曲が今より優れていたか、と言われると疑問。また、「90年代のヒット曲は今と違ってみんな歌えた」みたいな言説を目にすることもありますが、むしろあの時代は80年代以前のお茶の間に流れた歌番組が次々と終り、「最近のヒット曲は誰も知らない」と、特に上の世代にはよく言われていた時代。特にあの頃は、ビートルズ誕生以前の音楽しか聴いたことない世代がまだまだ現役であり、最新ヒット曲に対する許容度は、いまよりはるかに低かったように思います。
ただ、ミリオンセラーの連発で音楽業界全体が「バブル」とも言える活気あふれていた時代なだけに、レコード会社としては様々な音楽を「売る」余裕があったように感じます。実際、90年代の10年間を見ると、その変化はすさまじいものがあります。1990年はいわゆる「イカ天」ブームの最中で、バンドブームの最中。その後、ドラマタイアップ曲の全盛期からビーイング系、小室系の全盛期を経て、宇多田ヒカルの誕生まで、ここまでわずか10年です。さらにそんなヒットシーンの傍らには、渋谷系やヴィジュアル系のブームがあったり、HIP HOPがアンダーグラウンドシーンで徐々に注目を集めてきたりと、まさに文字通り、ポップシーンは百花繚乱の状況にありました。
本書では、そんな90年代J-POPから時代を代表する100枚を紹介した入門書的な1冊。前述の通り、様々なジャンルが花開いた時代から、わずか100枚を選ぶわけですから、かなり選盤についてはライターの苦労も感じさせます。そんな中でイカ天出身、バンドブーム、ビーイング系や小室系、渋谷系、ヴィジュアル系、HIP HOPからさらにはメロコアや2000年代につながるインディー系バンドやR&B系まで、様々なジャンルに目を配りつつ、100枚を選び出しています。
ただ、この100枚を眺めて、リアルタイムに90年代を過ごしてきた方にとっては、違和感を覚える方もいるかもしれません。例えばヒット曲を中心に考えれば、90年代の中に小室系やビーイング系の占める割合というと、イメージ的にもっと大きかったでしょうし、また、渋谷系を中心に聴いていた方、インディーロックを聴いていた方にとっても見え方は違うかもしれません。逆に言えば、90年代の音楽シーンはそれだけ多様的であったということでしょう。そのため、いろいろな意見はあるかとは思いますが、90年代という多様な音楽シーンをそれなりに包括的にとらえられていた選盤になっていたと思います。
また、そのようにして選ばれたアルバム評については、比較的シンプルで、基本的な情報を重視した内容にまとめています。確かに「考察」という意味では、独特な考察があったり、深い分析があったわけではありません。ただ、あくまでも90年代J-POPの紹介という本書の目的から考えると、比較的シンプルで、基本的な情報に留めている書き方というのはあるべき姿。変な癖のない文章なだけに、広い層が変な先入観なしにJ-POPのアルバムを知ることが出来る内容になっていました。
このようにJ-POPの入門書としては最適ですし、私も懐かしさを感じながらも読み進めることが出来たのですが・・・ただ一方で疑問点も何か所かありました。
まず肝心の100枚の選盤。これに関しては確かに人によって好き嫌いもありますし、いろいろな意見が出てくるのは仕方ないでしょう。ただ、それを差し引いてもこのアルバムは入らなければおかしいのでは?と思ったアルバムが2作あり。それが1997年のCornelius「FANTASMA」と、1999年のNUMBER GIRL「シブヤROCKTRANSFORMED状態」。「FANTASMA」では海外でも評価される、日本ロック史上指折りの名盤ですし、2000年代のロックシーンに与えた影響を考えると、NUMBER GIRLは外せません。確かに100枚のアルバムを選ぶにあたってはいろいろな考えはありますし、他にも「PRINCESS PRINCESS」(1990年)やゆらゆら帝国の「ミーのカー」(1999年)あたりも入れるべきでは?とも思ったりはするのですが、客観的に考えても、この前述の2枚については100選から外したのは疑問を感じてしまいました。
また、アルバム評についても概ね首肯できる内容であるものの、若干首をひねりたくなるような表現も散見されました。特に疑問を感じる表現は90年代後半のアルバムに多く、例えばくるりの「さよならストレンジャー」の紹介では、この頃のくるりのスタンスとしてナンバガやeastern youthに近かったのでは、と書いているのですが、少なくとも当時を知っていれば、デビューアルバムの頃のくるりを、ナンバガやeastern youthと並べるのはかなり違和感があります。SUPERCARの「スリーアウトチェンジ」でも説明文として「UKのギター・ロックにも通じる粗削りなギター・サウンド」とのみ書かれており、初期の彼らで当然言及されそうな、ジザメリやシューゲイザーからの影響には言及されていません。確かに「UKのギター・ロック」という表現でも間違いではありませんが、プロのライターの文章としてはちょっと稚拙さを感じてしまいます。
あとがきによれば、著者は1970年代生まれということ、やはり90年代でも後半になると30代近く。20代前半に比べると、シーンに対する感性が薄れ、特に若手のインディー系バンドについては、リアルタイムでは追い切れていなかったのではないでしょうか。逆に私自信は90年代終盤はまさに20代前半の頃でライブハウスに行きまくっていた時期。それだけに、特にインディーロックシーンに距離の違いが、アルバム評の違和感につながっていたようにも感じます。
そういうちょっと残念な弱点と思われる部分もありつつも、基本的には90年代という多様な音楽が登場した時代をしっかりと1冊にまとめて紹介している、入門書としては最適な1冊だったと思います。リアルタイムに90年代を経験した方には懐かしさを感じながら。当時は小室系やらビーイング系やらヒット曲しか聴いていなかった方にとっては、ヒットシーンとは別にあった90年代シーンの奥深さを感じながら、また若い世代には、今のJ-POPシーンの原点を感じながら読んでほしい1冊です。
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