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2023年10月 8日 (日)

良くも悪くも職人的だが、時折見せるコアな部分も。

Title:HAYASHI TETSUJI SONG FILE

杏里の「悲しみが止まらない」、中森明菜「北ウイング」、上田正樹「悲しい色やね」など数々のヒットソングを世に送り出した作曲家、林哲司。彼のデビュー50周年を記念して、彼のその業績を概観できるようなアルバムがリリースされました。全5枚組となる今回のアルバムは「HIT SONGS」「FAVORITE SONGS」「THEME SONGS」「SOUND TRACKS」「RARITY SONG」とそれぞれ名付けられ、テーマ毎に曲が収録されたアルバムになっています。前述の彼の代表曲はもちろん、「SOUND TRACKS」では映画に提供した劇伴曲も収録されています。

特に彼は最近、シティポップの枠組みで語られるケースも少なくなく、松原みきに提供した「真夜中のドア~stay with me」がSpotifyのグローバルバイナルチャートで18日連続の1位を記録するなど、最近、海外でも話題となっているシティポップの作曲家としても注目を集めつつあるようです。実際、彼の曲の特徴としては、ソウルミュージックを和製に解釈したような曲が多く、シティポップという枠で捉えられそうな曲が少なくありません。

ただ正直言ってしまうと、この5枚組のアルバムを聴いた感想というと、シティポップという枠組みで聴いてみると、ちょっと違和感を覚えてしまうのではないか、という印象を受けました。「HIT SONGS」に収録されている、代表的なヒット曲についてはもちろんインパクトは十分なものの、その他の曲については、ちょっと厳しい表現をしてしまうと「アイドルや俳優がリリースしたような歌謡曲のアルバムの、シングル曲以外でアルバムにするための穴埋めで作られたような曲」と例えでわかりますでしょうか?ほどよく洋楽的な味付けがほどこされているものの、基本的にはベタな歌謡曲。それもいまひとつ印象に残らないような無個性的な曲が目立ったような印象を受けました。

あえて言えば、ほどよく癖のなく、一定以上のクオリティーを保つ曲を書いてくれるという点で、いろいろと曲を頼むにはちょうどよい立ち位置だったんだろうなぁ、ということを思ってしまいます。良くも悪くも「職人」といった感じでしょうか。小室系全盛期直後の1998年にリリースされた仲間由紀恵に書いた「心に私がふたりいる」など、完全に小室系を意識したような曲になっており、ある意味拘りのなさも、良くも悪くも職人的。全体的に林哲司としての個性は薄めで、メロディーラインとしてもこんな凝った曲を書くんだな、という印象を受ける曲も少ない反面、聴き手を選ばないメロディアスなポップソングを書いてきています。

ただ一方おもしろかったのは「FAVORITE SONGS」で、例えばJIGSAWに書いた「If I Have To Go Away」は本格的にソウルミュージックの要素を前に押し出した作風。THE EASTERN GANGの「Magic Eyes」もファンクのリズムを強く取り入れていますし、爽快なサマーポップチューンの須藤薫「恋の雨音」など、洋楽的要素をかなり前に押し出した曲も目立ちます。むしろ普段の曲が職人的に、楽曲提供を依頼する側の要望に沿った曲を書いているだけに、彼のコアな部分にある洋楽的な影響を前に押し出せる曲を書ける時は、むしろ意識的に、彼の好きな音楽を前に押し出してきているのでは、とそういうことも感じてしまいました。

率直に言って、シティポップという枠組みで期待すると若干期待はずれのアルバムになってしまうかもしれません。ヒット曲も多く収録されているので、そういった曲に興味があるのならチェックしてみて損はないかも。80年代や90年代のミュージックシーンに足跡を残した作家の業績を知るには最適なアルバム。良くも悪くも職人的なものを感じる作品でした。

評価:★★★★

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