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2023年8月19日 (土)

大衆音楽の知識量の圧巻

Title:中村とうようの「大衆音楽の真実」

音楽評論家の中村とうようが、生前に企画・編集を行ったオムニバスアルバムについて、彼の13回忌を機に復刻を行う再発企画の第2弾。前作は「ボサ・ノーヴァ」にスポットをあてた編集版「ボサ・ノーヴァ物語」がリリースされましたが、それに続く第2弾は、中村とうようの主軸ともいえる「大衆音楽」にスポットをあて、世界各地の大衆音楽をまとめた編集盤「大衆音楽の真実」。今回も3枚組というボリュームとなっています。

もともと、このオムニバスは、中村とうようが1986年に出版した書籍「大衆音楽の真実」の副読本的な立ち位置にあるアルバムで、基本的には、同書に収録された曲が並んでいます。この書籍「大衆音楽の真実」は、音楽評論家中村とうようの集大成とも言うべき1冊。世界各地の大衆音楽を網羅的に取り上げ、その成り立ちから、タイトル通り「大衆音楽」という存在の本質を探るという非常の意欲的な作品になっています。出版から35年以上も経過しているのですが、いまでも出版されており、容易に入手も可能。今回はCDを聴くにあたって、書籍の方も入手し、書籍に登場した都度、該当する曲も聴いてみるという、まさに「副読本」としてのスタイルを踏襲した聴き方をしてみました。

そんな訳で今回は同書の感想も兼ねているのですが、まず書籍の方の感想はと言えば、まさに圧巻の一言。まずポピュラー音楽の萌芽からスタートし、ブラジル、キューバ、さらには東南アジアとめぐり、シャンソンにジャズ、ソウルにロック、サンバ、サルサ、アフリカ音楽に最終的にはレゲエ、HIP HOPまで登場してきます。それぞれのジャンルに代表的なミュージシャンや楽曲もそれぞれ紹介され、作品の成り立ちや、それが大衆の支持を受けた要因なども分析。まさにその幅広さと知識量の多さには舌を巻きます。中村とうようの音楽評論家としてのすごみを感じさせる仕事ぶりといって間違いないでしょう。

同書の副読本的な役割を与えられた本書なだけに、こちらに収録されている曲もまさにバラバラ。まさに大衆音楽の多様性を感じさせる展開になっています。それこそ日本の阿呆陀羅経のような、大衆音楽の萌芽的な作品から、Disc1ではフラメンコ、カリプソ、インドの映画音楽にゴスペル、Disc2では中国の映画音楽からタンゴ、サンバ、アフリカのハイライフ、Disc3ではクロンチョン、ファド、ラグタイムなどなど。大衆音楽が持つ音楽性の幅広さとそして奥行きの深さを強く感じさせる構成となっています。

ただ一方、数多くの大衆音楽を並べて聴いてひとつ感じるのは、やはりその魅力として多くの割合を占めるのは、「歌」と「リズム」ではないか、という点でした。まず「歌」という点で言えば、例えばサンバの女王と呼ばれるカルメン・ミランダの歌う「サンバの帝王」では、その絶妙な感情に耳を奪われますし、スペインのラケル・メレによる「ベン・イ・ベン」なども、その歌声に一瞬で惹きつけられます。その感情こもった歌声に惹きつけられる曲が目立ったように感じます。

それと同時に魅力的だったのがやはり「リズム」。後のラップに通じるようなジャック・スニードの「ナンバーズ・マン」の軽快なリズムには心惹かれますし、ガーナのE・K・ニヤメによる「恋人を見つけた」のようなトライバルなリズムも非常に魅力的。やはりダイレクトに肉体の快感に結びつく、この「リズム」は、「大衆音楽」にとって重要な要素であることを実感しました。

ただ、ちょっと残念だったのは、もともと1986年にレコードでリリースされたものが1990年にCD化されて、今回、そのCDの復刻という形になるのですが、どうもCD化の過程で漏れた作品があり、書籍で紹介されている曲が収録されていないものがあった点。また、権利関係の問題か、もしくは(当時としては)容易に音源を入手可能であったという理由か、書籍の中でキーとなっているような曲が必ずしも収録されていない点も残念。また、CDのみで通して聴くと、構成としてはバラバラ。比較的、近いタイプの曲を並べて収録している感はあるのですが、大衆音楽成立の「流れ」のようなものになっていない点もちょっと残念に感じました。

そんな訳で、大衆音楽・・・というよりも、今日的にはワールドミュージックに興味がある方ならば、書籍、CDともにまずはチェックしておきたい作品。書籍の方は500ページにもわたる大ボリュームながらも、意外とあっさりと読めてしまうあたりも、そこはさすが中村とうようの文章力も感じさせます。大衆音楽の魅力に間違いなく触れることが出来る作品でした。

評価:★★★★★

・・・・・・・とまあ、本編の方では、非常に肯定的な記載にとどめているですが、実は私、中村とうようのその圧倒的な知識量には圧巻されている一方、そのポピュラー音楽に対する考え方にはかなり疑問を持っていますし、正直、彼のスタンス自体に全く共感できません。同書のネガティブな印象については、「続きを読む」以降で。

書籍「大衆音楽の真実」の中で、最も疑問に感じた記載は、クラシック音楽に対する記載でした。中村とうようのクラシック音楽嫌いは有名な話ですが、それを差し引いても本書のクラシック音楽に対する記載は酷すぎます。事実に即した批判ならばともかく、クラシック音楽にあまり詳しくない私ですら首をひねるような、一方的思い込みによる事実誤認やあまりに勝手な解釈が続いており、「評論」とはとても呼べない稚拙な駄文は、下手したら他の記載の信ぴょう性にすら疑問を抱いてしまうほど酷い記載になっています。

これは私の勝手な解釈なのですが、おそらく彼が評論家活動を開始した頃は、音楽評論と言うとクラシック評論がほとんど。大衆音楽を軸とした中村とうようは、クラシックを主戦場とする音楽評論家に散々バカにされたのではないでしょうか。また、そんな音楽評論家に対するルサンチマン的な感情が、中村とうようの評論活動の原動力になっているような印象すら受けました。

ただ、中村とうように対して大きな疑問を受けるのは、そのように大衆音楽をバカにするクラシック音楽の愛好家を批判しながらも、一方では資本主義社会の中で生み出された、大衆消費的な商業音楽を徹底的に否定している点です。クラシック音楽の愛好家が、大衆を「愚かでだまされやすい」とみなして大衆音楽を批判する傾向を中村とうようは否定・批判しています。しかし、彼自身は資本主義社会下での商業音楽を好む大衆を、やはり体制支配者により支配されているとして否定しています。この構図は、クラシック音楽の大衆音楽批判と全く同じなのですが、このようなダブルスタンダードに、本人は気が付いていないのでしょうか?

確かに、私も中村とうようが指摘する商業音楽はつまらないものが多いのは事実だとは思います。ただ一方で、大衆が支持するような商業音楽を「つまらない」という一言で切って捨てるのは評論家の態度としてかなり疑問です。大衆は、少なくとも資本家が大金を投じて売り出せば、間違いなく飛びつく・・・というほど単純ではありません。大企業が大量の資本を投下しつつ、全くヒットしなかったものは、音楽に限らず、枚挙にいとまがありません。個人的には、どんな商業音楽であろうと、大衆の支持を得ているものは、例え音楽的に取るに足らない代物であろうと、そこに「何らかの意味がある」と考えています。例え大企業が大量資本を投じた商業音楽であろうと、多くの大衆に支持を得ている音楽を、音楽的につまらないから、と無視をする態度というのは、その実、大衆を馬鹿にしている態度だと思います。

本書では、クラシック音楽の愛好家のスノビズムを批判していますが、中村とうようの商業音楽に対する態度こそ、スノビズムの極みだと感じます。特にこの「大衆の側」に立つというスタンスをとりながらも、その大衆の考えが自らの考えと異なった途端、大衆を「愚衆」と見下すスタイルは、特に戦後の進歩的文化人によくみられるようなスタイルに感じますし、そういうスノビズムを見透かされているからこそ、戦後のいわゆる左翼系の言論人が今日、大衆の支持を失いつつある大きな要因のように感じます。中村とうようのスタンスというのは、この戦後進歩的文化人の悪い部分を煮詰めたように感じますし、その知識に圧巻されつつも、その思想には本質的に共感できない大きな理由がこの点にあるように感じました。

そんな点もあって、この書籍「大衆音楽の真実」については、かなり疑問を感じる記述も数多く含まれています。特に中村とうようの個人的な感情、思い込み、単なる感想ような部分も多く含まれています。そういう彼の素の部分をさらけだしている記述がまた、魅力と言えば魅力とも言えるのですが、やはり雑音的になっている部分も否定できませんし、人によってはかなり不快に思う方もいるかもしれません。ここらへんの個人の感情や思い込みをそのまま「評論」として出してしまい、それをまた「良し」とするスタイルもまた、今となっては時代遅れ感が否めないのですが・・・。大衆音楽に対する事実の記載はかなり魅力的である一方、中村とうようの主張に関しては、かなりの疑問を抱いた1冊でした。

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