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2023年8月21日 (月)

芸術は永く、人生は短し

本日は、最近読んだ音楽関連の書籍の感想です。今年3月、惜しまれつつこの世を去った音楽家、坂本龍一。今回紹介するのは、その彼の自伝2冊です。

まずこちらはもともと2009年に刊行されてた自伝「音楽は自由にする」。逝去に合わせてあらためて彼の業績を振り返るため、今年、文庫本で再発売されました。そしてもう1冊が、この自伝に続く形で記載された1冊「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」でした。

こちらは「新潮」にて2022年7月以降連載されていた自伝。印象的な署名は、もともとベルナルド・ベルトリッチ監督の映画「シュルタリング・スカイ」に登場した台詞だそうで、2020年のがん転移後の手術後に、坂本龍一がふとつぶやいた言葉から取られたそうです。

基本的にどちらの書籍も、坂本龍一の口述筆記という形で書かれた作品。話し言葉主体ということもあって、どちらの書籍も非常に軽快な文体で、読みやすい内容になっていました。坂本龍一という人物の熱心なファンでなくとも、ある程度興味がある方であれば、難なく楽しめる内容になっており、いい意味で気軽に坂本龍一の業績をたどれる内容になっていました。

全体的に非常に素直で、赤裸々な内容まで記載されているといった印象で、「音楽は自由にする」ではYMOの結成から解散、さらに再結成に至るまでの経緯がかなりストレートに書かれています。再結成の時はかなり3人とも険悪な雰囲気だったそうで東京ドームでのライブではほとんど目を合わせなかったとか。また「ぼくはあと何回~」でもがんの告知や転移、手術などの模様がそのまま描かれています。ただ、風の噂ではかなり奔放だったという、彼の女性関係についてはさすがに最低限のことしか書かれていませんでした。ただ、大貫妙子と一時期同棲していた、という、なかなか衝撃的な告白はありましたが(笑)。

そんな感じで、非常に軽快な文体でサラッと読めるのですが一方で読み応えもある作品。坂本龍一の業績をあらためて再認識できる自伝でしたし、読みやすい内容なだけに、私みたいなアルバムを一通りチェックするものの、熱心なファンではない・・・というリスナー層にとっては、あらためて坂本龍一の仕事の広さ、その業績の深さを感じさせる書籍になっていたと思います。

あと、読んでいて感じた点としては・・・基本的にアルバム毎に、そのアルバムをつくった経緯やアルバムのコンセプトもしっかりと説明されるのですが、どのアルバムに関しても、異なるコンセプトで仕上げていている点が非常に興味深く感じました。確かに彼のアルバムは、作品毎に方向性が異なる点は気付いていましたが、そういうコンセプトで仕上げるに至った経緯が詳しく説明されると、あらためて過去のアルバムも聴いてみたくなりました。

また、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」では、悲愴的とも感じられる書名と異なり、文体的には決して悲愴な感じはありません。最終回に至っては、ともすれば余命いくばくない時期の記載でありながらも、そういった悲観的な表現は見受けられません。もちろん、死を前にした苦闘についてはあえて自伝に記載しなかった、ということなのでしょうが、本書の最後を締めくくる一言が「Ars longa,vita brevis.(芸術は永く、人生は短し)」。数多くの彼の作品が世に残っていくということから、自分の魂は決して消えることはない・・・という、ある種の自信があったのでしょうか。

そんな自らの作品を世に残すため、という訳ではないのですが、最後の最後まで、彼がたくさんの仕事を手掛けていたワーカホリックぶりを自伝からは感じられます。がん闘病中でも自伝を読む限りだと仕事は途切れることはありません。71年という彼の人生、長寿となった今の時代では決して長生きではなかったのですが、最後の最後まで非常に濃度の高い人生だったことを感じます。ちなみに後半期には現代芸術の作品にも関与しており、ここらへん音楽以外の活動にはあまりチェックしていなかったのですが、今さらながら、彼のからんだ現代芸術の展示会も行ってみたかったな、ということを感じてしまいました。

繰り返しになりますが、坂本龍一の業績とその濃度の高い人生をあらためて触れることが出来た自伝。彼の作品をいまさらながらチェックしてみたくなるようなそんな内容でした。あらためて71歳という早すぎる最期を残念に思うのですが、一方で、十分すぎるほど充実した仕事ぶりだったんだな、ということを感じさせる自伝でした。おそらくこれからも坂本龍一の作品は聴かれ続けるのでしょう。芸術は永く、人生は短し。まさに彼のことを象徴するような言葉だな、ということを感じました。

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