強いメッセージが心に突き刺さる
Title:夜汽車を貫通するメロディヤ
Musician:中川敬
ソウルフラワーユニオンのボーカリスト、中川敬が、約6年ぶりにリリースする5枚目となるソロアルバム。基本的にこの5枚のソロアルバム、方向性としてほとんど変わりません。バンドである以上当たり前なのですが、バンドサウンドを押し出しているソウルフラワーユニオンの作品と比べて、アコースティックなサウンドのみでしっかりとその「歌」を聴かせる内容になっています。今回のアルバムも基本的には中川敬の奏でるアコギオンリーのフォーキーな作品が特徴的。ゲストとしては、管楽器奏者の金子鉄心がイリアン・パイプスで何曲か参加しているのと、ソウルフラワーの盟友でもある奥野真哉がやはりピアノで何曲か参加しているのみ。中川敬の「歌」を聴かせるシンプルなアルバムに仕上がっており、その点、まさに「ソロアルバム」らしいソロアルバムと言えるでしょう。
そんな「歌」を聴かせるアルバムである以上、ソウルフラワーユニオンの楽曲以上にメッセージ性の強い作品になっています。中川敬はSNSの発言やその行動などで政治的なメッセージを多く発信するミュージシャンなだけに、そんな彼の主張が反映されたメッセージになっているのですが、ただ一方で、歌詞自体については、具体的な政治的事象を取り上げた曲は基本的にありません。これは以前からのソロ作やソウルフラワーの作品でも特徴的だったのですが、彼の政治的な言動からすると意外な感もあります。ひょっとしたら具体的な事象を取り上げることにより、短期的に曲が消費されることを嫌っているのかもしれませんし、より広い層へにメッセージを届けるためかもしれません。ただ、具体的な事象よりも、その背景にある問題の本質を歌詞にしようとしているようにも感じます。
特に今回のアルバムに関しては、そんな物事の奥にある、問題の本質を描こうとするようなメッセージが多く収録されているように感じました。「いのちの落書きで壁を包囲しよう」は、世の中の大衆に対しての団結のメッセージのように感じますが、一方で決して安易に団結を煽ったメッセージになっていない点も印象的。「イチヌケタの声が聞こえる」は、大人に虐げられる子供たちのメッセージ。郷愁的な歌詞も印象的な作品となっています。
「実弾は銃身に装填された/でも 栄光は少年を知らない」と歌われる「栄光は少年を知らない」は、今なお繰り広げられる戦禍と、その中で犠牲になる子供たちを描いた歌。比較的、ストレートな表現があるのが「風待ちの港」で
「ゴールポストが何度も 動かされて戸惑ってる
御用聞きが裏路地で ほくそ笑んで覗き見てる」
(「風待ちの港」より 作詞 中川敬)
という歌詞は、まさに冷笑的な意見を投げかけたり、政府にピッタリな「識者」を皮肉っており、その上で「行き先はお前の胸にある」と前向きなメッセージを提示しています。そしてラストを締めくくるのは、まさに本質的な、そしてもっともアルバムを通じて中川敬が届けたいメッセージでしょう。「生きる」。まさにそんな世の中でも、とにかく生きていくことを訴えかけるメッセージが感じられます。
いつも以上に抽象的な表現も多く感じたのですが、それだけに本質を突くようなメッセージが心に響いてくる、そんな傑作でした。もちろんメロディーラインの方も決して派手さはないものの、心に突き刺さるようなインパクトがあり、優しくも力強い中川敬の歌声も印象的。今回も年間ベストクラスの傑作アルバムに仕上がっていました。
評価:★★★★★
中川敬 過去の作品
街道筋の着地しないブルース
銀河のほとり、路上の花
にじむ残響、バザールの夢
豊穣なる闇のバラッド
ほかに聴いたアルバム
露骨/syudou
もともとボカロPとして活躍していた彼が、はじめて自ら歌唱してシンガーソングライターとしてリリースしたアルバム。syudouという名前は知らなくても、おそらく彼が書いた楽曲は多くの人が聴いたことがあって、かのAdoに提供して大ヒットを記録した「うっせぇわ」の作詞作曲を行ったのは彼だったりします。なので全体的にはその「うっせぇわ」の延長線上にあるようなインパクトの強い迫力のある曲がメイン。ただ、それだけに耳には残るのですが、全体的に似たようなタイプの曲が多く、正直、面白みがあまりありませんでした。もう一歩、楽曲のバリエーションが多いところなのですが。
評価:★★★
A Symphonic Celebration - Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki/久石 譲/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
今年3月、ドイツのクラシックの名門レーベル、グラモフォンとの契約を発表した久石譲。その第1弾アルバムとしてリリースされたのが彼がスタジオジブリに提供した作品にクラシックアレンジを施した作品。ただ、ポップソングのクラシックアレンジというと、ただ重厚なストリングスを加えました、程度の大味な作品が多いのですが、残念ながら本作も単にジブリ作品をクラシック風にアレンジしました、といった作品となっています。まあ、ジブリ映画が好きな方には楽しめるかもしれませんが・・・といった感じ。ちょっと残念に感じた作品でした。
評価:★★★
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