「セクシー歌謡」から日本ポップス史を眺める
今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介。ちょっと遅ればせながらなのですが、Kindle Unlimitedに入っていたので読んでみました。
「にっぽんセクシー歌謡史」。音楽ライターの馬飼野元宏による作品。日本の、特に高度経済成長期によくリリースされた、いわゆる「お色気歌謡」にスポットをあてて、そのルーツや今に至る展開を検証した1冊となります。いかにも男性の興味を惹きそうな題材の1冊で、イメージ的には昔の「お色気歌謡」の際どいレコードジャケットや歌詞を集めて、世の殿方を喜ばせるような一品・・・というイメージも浮かんできますが、これがそんなイメージからは全く異なった、硬派な内容。今回は電子書籍で読んだものの、紙の本にすると592ページにわたり、この日本の流行歌の中で、性的なイメージを表に押し出したポピュラーソングの歴史をたどる、内容となっていました。
いままでも、あるテーマを切り口として日本のポップス史を語った書籍は何冊か紹介していきました。例えば「コミックソングがJ-POPを作った~軽薄の音楽史」ではノベルティーソングを切り口としてポップス史を語っていますし、「踊る昭和歌謡」では「踊る」という視点からポップス史を描いています。そして本作は、「セクシー歌謡」、要するに性的な要素を売りとした曲を主軸として日本のポップス史を通史的に眺めた1冊ということになります。これがまた著者の馬飼野元宏渾身の仕事となっており、最初は戦前の日本歌謡からスタート。ここでも何度か取り上げた戦前のスター、二村定一を取り上げ、また戦前から戦後にかけて人気を博した、歌う芸者である鶯芸者の活躍を描いています。
その後も戦後の「セクシー歌謡」の変遷について詳しく描写。さらには奥村チヨや山本リンダなどの、特に活躍したシンガーについては、よりスポットをあてて、詳しくその活動について説明しています。「セクシー歌謡」あるいは「お色気歌謡」というと、イメージとしてB級色が強く、日本歌謡曲の「レアグルーヴ」的に取り上げられがちなのですが、本書を読むと、「セクシー歌謡」という路線は、むしろ日本ポップス史においては、本家本流、中心に位置していた流れなのだな、ということを感じます。
ただ一方、そんな日本歌謡曲の中心に位置していたようなセクシー歌謡のほかにも、ヒットの恩恵になんとかあやかろうとしたB級のセクシー歌謡も多く存在したわけで、本書ではそんな曲もしっかりとフォローしています。また後半では、量的には女性ほど多くないものの、男性によるセクシー歌謡にも言及しています。そんな中ではあのつボイノリオも登場していました。
私も昭和の売れなかった歌謡曲については「レアグルーヴ」的に何曲か聴いたことがありました。この際どいセクシー歌謡について、当初聴いた時は「何だ、この曲は?」と思って聴いていたのですが、この本を読んで、はじめてそんなB級セクシー歌謡が、日本ポップス史の中でどのような位置づけになっているのか、はじめて知ることが出来ました。
しかし残念ながら著者の主張に賛同できない部分がありました。それがラスト、セクシー歌謡について、今でも歌手の認知度も高く、たびたび再評価される理由として、これらのセクシー歌謡について「根本には女性に敬意を抱き、時に崇拝するほどの真摯な感情を含有しているから」と語っています。同書の流れの中で少々唐突であり、ラストにむりやりまとめた感も否めないのですが、残念ながらこの著者の意見には同意しかねます。というのも、私が本書を読んで感じたことの一つに、このセクシー歌謡の歴史は、やはりどうしても異性からの願望を本人の意思とは関係なく、無理やり歌い手に反映させたものである(もちろん歌い手が男性の場合も含む)ということを感じたからです。実際、同書の記載の中で、歌手がこのような性的な部分を前面に押し出した曲を歌うのを嫌がった、という表現が散見されます。また、女性SSWでセクシー歌謡を歌った人がほとんどいないという点も、やはり異性のイメージの押し付けだったから、ということを感じさせますし、椎名林檎が、この「セクシー歌謡」的な要素を楽曲に取り込みながら、著者曰く、性的な部分についてはどこか他人事という点も、やはり、セクシー歌謡が歌い手本人にとっては、異性から無理やり押し付けられたもの、という側面が強い証左ではないでしょうか。
逆に私がなぜセクシー歌謡がたびたび再評価されるのかというと、やはりそこは男性(あるいは女性)の本能に起因する部分があるから、ではないかと思います。だからこそ、男女平等が強く謡われ、女性が性的な部分を男性の願望のままに売り出すやり方が認められなくなったとしても、今後もセクシー歌謡は姿を変え生き続けるでしょうし、また過去のセクシー歌謡が(ある意味、現時点におけるポリティカリー・コレクトネスをスルーできるがゆえに)再評価されるのではないでしょうか。
そんな点は気になりつつも、本書全体としては著書の丁寧かつ力の入った仕事ぶりに圧倒されるような出来になっており、セクシー歌謡という観点からの日本ポップス史について興味深く知ることが出来ました。また、同じ日本ポップス史でも、時にはコミックソング、時には踊り、そして時にはセクシー歌謡と様々な切り口で語れる語れるあたり、日本ポップス史の奥深さを感じました。
前述の通り、かなりのボリューム感のある作品。ただ、それだけに情報量も半端ありません。男性がエロ目的で読みだすとがっかりするかもしれませんが(笑)歌謡曲、日本ポップス史に興味がある方なら、間違いなく楽しめる、要チェックの1冊です。
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