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2023年5月 9日 (火)

ボサ・ノヴァの歴史を学ぶ

Title:中村とうようの「ボサ・ノーヴァ物語」●青春篇 ●源流篇 ●放浪篇

今日紹介するのは、タイトルからもそのままわかるように、「ミュージックマガジン」の創始者であり、音楽評論家として活躍していた中村とうようが編集を行った、日本でも人気の高いブラジルの大衆音楽、ボサ・ノヴァの編集盤。もともと1990年代に、「青春篇」「源流篇」「放浪篇」と、それぞれ別々にリリースされていたようですが、現在は廃盤。2011年に亡くなってから13回忌にあたる今年に、あらためて彼の仕事ぶりを見つめなおすために再発企画が行われ、今回、ボックスセットとしてリリースされたそうです。

今回は、その3枚のアルバムがひとつのボックスセットとしてまとめられ、さらに当時の解説も1冊にまとめられてついてきています。解説は当時のままですが、これを読むことにより、楽曲の背景やボサ・ノヴァの歴史を学ぶことが出来る内容となっています。個人的にはボサ・ノヴァという音楽については、もちろんジャンルとして知っているのですが、「おしゃれな大人のムード音楽」というイメージがあり、あまり好んで聴くジャンルではありません。ただ、以前から雑食的にいろいろな音楽に触手を伸ばしている身としては、やはりボサ・ノヴァについても(お勉強的になるとはいえ)聴いておきたい・・・ということで、この3枚組のボックスセットをチェックしてみました。

まず「青春篇」。こちらはいわゆるボサ・ノヴァのスタンダードな楽曲が収録されているようです。典型的なのは、おそらくボサ・ノヴァの曲の中で最も知名度が高いと思われる「イパネーマの娘」。一般的にはスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトのコラボによるアルバム「ゲッツ/ジルベルト」の収録されているヴァージョンですが、ジャズの名盤とも言われている同作に、中村とうようはかなり酷評しているようで、本作ではバーデン・パウエルによる録音のバージョンとなっています。

また個人的にはマルコス・ヴァリの「夏のサンバ」も、どこかで聴き覚えのあるような・・・。他に私でも名前を知っているようなジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンなどといった大御所も名前をつらている同作。ボサ・ノヴァのまさに入門書とも言える内容になっています。全体的にはギターの音色をメインに優雅な雰囲気の楽曲というのはボサ・ノヴァのイメージどおりではあるのですが、一方でエリゼッチ・カルドーゾの「想いあふれて」やマルコス・ヴァリの「もっと愛を」など、その感傷的なボーカルに惹き込まれましたし、またポリリズム的なオスカル・カストロ・ネヴィスの「悲しみの涙」やパーカッションのリズムがユニークなタンバ・トリオの「静かな愛」など、ユニークなリズムの曲も。たんなる「おしゃれな大人のムード音楽」とだけは片づけきれないボサ・ノヴァの魅力もしっかり感じることが出来ました。

一方「源流篇」はタイトル通り、ボサ・ノヴァの源流となった楽曲を集めた曲。同ボックスセットの紹介では中村とうようの独自性が発揮されたのが本作ということですが、サンバやマンボ、ジャズといったジャンルの中に感じるボサ・ノヴァの萌芽がユニークな感じ。ただ、ボサ・ノヴァというとブラジルに古くからある音楽の形態・・・と勝手に思い込んでいたのですが、この源流篇に収録された曲を聴くと、思ったよりは最近の曲(といっても、50年以上前の曲ですが・・・)が多く、ボサ・ノヴァという音楽の形が出来上がったのは意外と最近なんだな、ということを感じます。

で、最後の「放浪篇」は、ボサ・ノヴァという音楽の成立後、どのように拡散していったのかを追った1枚。ジャズやポップスにボサ・ノヴァがどのように流布していったのかがわかる1枚で、ちょっと意外なところでバート・バカラックの「小さな祈り」のような曲も収録されており、ボサ・ノヴァの意外な影響力も感じます。

このボックスセットでボサ・ノヴァという音楽の源流からスタンダード、そしてその後の影響まで一気通貫的に知ることが出来る作品。ただ、選曲的にはかなり中村とうようの癖が強いところがありそうで、良くも悪くも「中村とうよう史観」といった感じになるのでしょうか。特に「放浪篇」では選曲も玉石混交と語っており、かなり毒舌込みの解説になっています。中村とうようのポップスに対する姿勢は「売れること」自体を否定的にとらえているように感じる部分があり、個人的にはそこに違和感を覚えているのですが、今回の解説でも、売れ線に対する否定的な感覚が毒舌の裏側に感じられ、解説をそのまま受け取れないかも、と思った部分はありました。彼の口調って、悪い意味で団塊の世代的な雰囲気を感じてしまうんですよね・・・その下の世代からすると、少々受け入れがたい部分も感じてしまいます。

そんないかにも中村とうよう的な部分は良くも悪くもですが、とはいえ、音楽評論家としてのその選曲は文句なしですし、あらためてボサ・ノヴァという音楽の奥深さを感じられる作品となっていました。ちなみにこのシリーズ、5月には第2弾としてワールドミュージック編も予定されているようで、そちらもチェックしてみたい・・・。ボサ・ノヴァやブラジル音楽に興味があれば要チェックのボックスセットでした。

評価:★★★★★

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