彼の人柄もわかる遺作
おそらく私が「rockin'on」誌を読んで、最初にその文体から書き手がわかるようになったのは間違いなく松村雄策氏の文章でしょう。
とにかく、彼の書く評論は非常に独特でした。最初は音楽とは全く関係ない、彼の日常にまつわるエッセイからスタートします。そんな音楽とは全く関係ないエッセイが続いたかと思えば、途中にその「日々の出来事」から、時としてこじつけのようにミュージシャンに対するエピソードに展開。最後は、音楽にまつわる話で終わるのですが、時として、ミュージシャンが登場するのは最後の最後。ほとんどが彼の日常にまつわるエッセイで終わるような評論すらありました。
正直、最初は「音楽と関係ないじゃん」と、あまりいい印象を受けませんでした。しかし、そんな氏の文章を何度か読むうちに、徐々にその独特の文体が気に入るようになってきました。なによりも、書き手の自己主張が激しい「rockin'on」の評論の中で、書き手の日常を綴りながらも、決して自己主張をするわけではなく、どこか暖かさを感じる彼の文体には大きな魅力を感じていました。
今回紹介するのは、音楽評論家松村雄策氏のエッセイ集「僕の樹には誰もいない」。彼は昨年3月、70歳でこの世を去りましたが、本作はその彼が生前に残した、ほぼ「rockin'on」誌に残した作品をまとめた1冊。なぜかロッキン・オン社ではなく、河出書房新社からの発行となります。
冒頭にも書いた通り、彼の書く論文は非常に独特。音専誌に寄稿した文章でありつつ、時として音楽以上に自らの日常を描いたエッセイであることが多々あり、また音楽に関しても、「評論」というよりも彼のそのミュージシャンに対する思い出を語ることが多く、正直、「音楽評論家」というよりも「エッセイスト」といった肩書の方がピンとくるかもしれません。
ただ、そんな彼の文章が非常に魅力的なのは前述の通り、自己主張をするわけでもない自然体の文体、そして何よりも音楽、特に彼が好きなミュージシャンに対する愛情が真摯に伝わってくる作風になっているからだと思います。
とにかくビートルズが好きな彼は、このエッセイ集でも至る所でビートルズの思い出が語られます。基本的にリアルタイムに経験した内容なだけに、非常に説得力のある内容になっていますし、ある意味、しっかりとした知識の裏付けもあるだけに単なるおじさんの思い出語りになっている訳ではなく、ポピュラーミュージック史の証言者としての役割も果たしています。
特に「rockin'on」誌では、時として、話題のミュージシャンを必要以上に持ち上げて、話題にならなくなるとほとんど取り上げなくなる、というケースが目立つのですが、彼の場合、エッセイ集全体を通じて、好きなミュージシャンについて全くぶれずに応援しているだけに読んでいて非常に信頼感のある印象もあります。日本人ミュージシャンではCOILの岡本定義と、元PEALOUTの近藤智洋を応援しているのですが、終始一貫して応援し、取り上げており、そのぶれなさ具合にも信用が置けまし、また誠実な彼の人柄も感じることが出来ます。
このエッセイ集も、そんな彼の人柄が伝わる文章が多く収録されており、また彼の日常を垣間見る内容にもまた、松村雄策という人物を身近に感じられる、そんな魅力的な1冊となっていました。それだけに彼の遺稿となった「Still Alive And...」はリアルタイムでも読んでショックを受けたのですが、あらためて読んでいて胸がグッとなりました・・・。
最近、ビートルズ関連のCDなどが発売されると、彼が生きていたら、どんな論文を読めたんだろう・・・ということをいつも考えてしまいます。それだけ強い印象を私たちに残してくれた松村雄策氏。あらためてそのご冥福をお祈り申します。数多くの素晴らしい作品を、ありがとうございました。
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