J-POPをめぐる「物語」
今日はまた、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。
今回紹介するのは、音楽評論家の佐々木敦による「増補・決定版 ニッポンの音楽」。もともと2014年に講談社新書から発売されたものを、その後の音楽シーンの情勢を加味した上で、あらたに文庫本という形態でリリースされた本で、音楽評論家の佐々木敦が日本のポップスシーンについて総括的に分析した1冊です。
同書の大きな特徴として、各章に一組(一人)の代表的なミュージシャンを登場させ、そのミュージシャンを中心とした「物語」として日本のポップスシーンの歴史を語っている、という点でしょう。最初ははっぴいえんどからスタートし、YMO、フリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴ、小室哲哉、そして中田ヤスタカと続いていきます。「はじめに」でこの登場人物たちの「言動や振る舞いに記述の視点を思い切って収斂されることで、ひとつの『物語=歴史』として『ニッポンの音楽』は展開していきます」と記載しています。
その「ニッポンの音楽」をめぐる物語の中で、彼は「外」と「内」に関するかかわり方についてスポットをあてています。端的に言えば洋楽からの影響をどう取り込むのか、という点なのですが、「外」と「内」に距離があり明確に区別されていたはっぴいえんどやYMOの時代から、「外」と「内」の区分にほとんど意味をもたらさなくなった中田ヤスタカの時代までの変容をしっかりと分析しています。
正直言って、物語の登場人物を絞ったというのは、かなり大胆な試みのように感じます。実際、ミュージシャンの偏りについては批判も多いみたいで、文庫本のあとがきではそのような批判についても触れています。ただ、「はじめに」を読めばわかるように、著者はあえて登場するミュージシャンを絞り込んで記載をしていることは明確ですし、このような批判はさすがに読者の読解力のなさを疑わせるレベルだと思います。また、著者の描く「ニッポンの音楽」の物語の中、確かにこの登場人物については各時代を象徴する存在であり、取り上げるのは自然であるように感じます。
ただ、その上であえて言ってしまえば、最近になればなるほど、この「物語」に違和感が生じてしまっているのも事実だと思います。例えば、ゼロ年代の主人公として中田ヤスタカを登場させています。確かに2014年の時点においてPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅのヒットで、彼がいわば小室哲哉に続くような時代の寵児、とみられていた時期がありました。ただ、2022年の今となると、結局中田ヤスタカは、一時期の小室哲哉や小林武史のようにチャートを席巻するようなことはありませんでした。これは中田ヤスタカ自身、必要以上にプロデューサー業で手を広げず、一時の小室系みたいに時代のあだ花として消費されることを回避しようとしたようにも感じます。しかし、今となってはゼロ年代を中田ヤスタカ一人に象徴させるのは、かなり難しいようにも感じます。
その違和感は今回の文庫本化にあたって追加された「ボーナストラック」でより強く感じます。ここで様々な登場人物を取り上げていますが、著者の描く「ニッポンの音楽」の物語の中でピンと来るようなミュージシャンはいません。星野源を登場させていますが、正直、ちょっと違和感がありますし、折坂悠太も登場させていますが、「日本的な要素と、海外の先端的な音作りが巧みにミックス」というのはその通りなのですが、物語の行きつく先が、日本的な音楽と洋楽の融合、というのはあまりにも陳腐すぎます。さらに2022年の時点に物語であるにも関わらず、コロナ禍の影響を無視しているのにも違和感もあります。
これは著者の描く物語が日本の「外」と「内」というものを軸としているため、2020年代という今の時代においては、それが意味をなさなくなってきているから、ではないでしょうか。それにも関わらず、いままでの物語の延長線上に2020年代を語ろうとしているからこそ、違和感を覚えてしまうのではないでしょうか。著者の描く物語は2000年代、いや90年代で既に幕を閉じていたようにも感じます。
とはいえ、そんな違和感を含みながらも、一つの物語として非常に興味深く「ニッポンの音楽」を描いている1冊だと思います。著者も意識しているように、これはひとつの見方であり、偏っている部分はある点は否定できません。そのため、純粋に日本のポピュラーミュージックの歴史を知ろうとした場合、この1冊だけに頼るのは非常に危険であることは間違いありません。ただ、その点を加味した上でひとつの「物語」として読んだ場合、なるほど著者の見方も「ニッポンの音楽」の中で間違いなくひとつの核だったんだろうなぁ、とは思います。
そういう意味で非常に興味深く読むことが出来ましたし、また改めて勉強にもなった1冊でした。J-POPの歴史を知るためのひとつのとっかかりとしてはちょうどよい1冊だと思います。
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