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2022年10月24日 (月)

ボカロシーンの歴史を俯瞰

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍に関しての紹介です。

ボーカロイドというソフト、音楽ファンなら間違いなく知っていると思います。初音ミクに代表される合成音声ソフトのこと。この「ボカロ」と略されているソフトを使用して音楽を作成し、You Tubeやニコニコ動画に投稿されたボカロソングは、今の日本の音楽シーンの中での大きな流れとなっています。そのボカロを使って曲をつくる「プロデューサー」は「ボカロP」と呼ばれていますが、最近では米津玄師、YOASOBI、ヨルシカなどといったボカロP出身のミュージシャンが、ヒットチャートを席巻するようになりました。

本書は、このネット上で話題となったボカロソングを100曲選曲し、紹介した楽曲ガイド「ボカロソングガイド名曲100選」です。ボカロソングの代表格的な曲がズラリと紹介されており、supercell、wowaka、DECO*27、ハチ(=米津玄師)、Mitchie M、じん、livetuneなどといった初期の代表的なボカロPの代表曲からスタートし、ここ最近の楽曲までズラリと網羅。ボカロに関係するトピックのコラムもついており、名曲ガイドを通じて、ボカロ界隈の音楽の流れ、歴史について知ることが出来る1冊となっています。

個人的に、このボーカロイドを使った音楽シーンの流れについては、初期の頃から非常に興味深く見てきました。楽器についてはパソコンで代替できることになった中、最後までどうしても人の手を介さなければならなかったボーカルというパートまでもが、人の手を介する必要がなくなった=ボーカルを含めて、全てのパートを1人で作成できるようになった、という意味で、非常に画期的な技術であり、またポピュラーミュージックの可能性を大きく広げるものである、ということを、比較的初期の段階から指摘していました。

ただ率直に言えば、私がその時期待していたほどの広がりを見せていません。ようやく米津玄師やYOASOBIなどがお茶の間レベルで知られるようになってきたのですが、正直、登場まで遅すぎると思っていますし、個人的にはボカロが本来持っているポテンシャルを考えると、まだまだ不十分と思っています。そして、この本を読むと、なんとなく、私が期待していたほどに伸びなかった理由がわかるような気がしました。

最大の理由は、このボカロシーンが非常に内向きであるという点だったと思います。今回、ボカロの歴史を網羅したこの100選ですが、これだけの曲がありながら、社会とリンクした曲が一切ありません。そのため、例えば、ここで紹介された曲が30年前の曲と言われようが、30年後の曲と言われようが、全く違和感なくマッチしてしまいます。政治性を排除した歌謡曲やJ-POPでも、楽曲にそれなりの社会性が反映されている中、ここまで社会性を排除した曲が並んでいるのは、少々異様にすら感じられました。

この内向きな方向性は音楽性にも感じられます。ここで紹介されているボカロソングをすべて聴いた訳ではありません。ただ、知っている曲や、ここでの紹介文を読む限り、音楽的には90年代J-POPから地続きの曲が多く、目新しさは感じられません。ここらへんの内向きさというか保守的な雰囲気がボカロソング全体に感じられました。個人的にはボーカロイド技術の画期性から、様々な才能がこのシーンに流れ込んで、聴いたことないような音楽のジャンルが生み出される、という期待をしていたのですが、そのような動きにならなかったのは、このシーン全体の内向きさが大いに関係しているように感じました。

そういう意味では、以前、ここでも紹介した「ボーカロイド音楽の世界2017」では、ボカロソングの奥深さも感じられただけに、本書では、シーン全体を俯瞰する必要性からか、その奥深さという点を紹介しきれていないのは少々残念に感じました。ただ一方で、本書を読む限りでは、ここ数年のシーンでは、どんどん新たなジャンルを取り入れたボカロソングも登場してきたことも伺うことが出来ます。初音ミク登場から15年近くが経過して、ようやくジャンルが広がってきた、と言えるかもしれませんし、ようやく外を意識するミュージシャンたちが登場してきたと言えるかもしれません。また、外を意識してきたからこそ、米津玄師をはじめお茶の間レベルで人気を博するボカロPが登場してきたのでしょう。

ある意味、いかにもロッキンオン出身っぽい、変な意味づけで無駄に絶賛することしか出来ない柴那典のような文体がちょっと気になるのですが、とりあえずはボカロシーンを俯瞰するには最適な1冊だと思います。初期以降のボカロシーンの問題点を感じつつ、それが最近、徐々に変わっていることを感じることが出来た1冊でもありました。このままいけばさらに15年後には、私が期待していた音楽シーンを一気に変えるような、とんでもない才能がボカロシーンから誕生するのでは?そんな予感もしてしまいました。

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