拡大していくシーンの中で
昨日に引き続き、今日も最近読んだ音楽系の書籍の紹介です。
今回は、日本語ラップのブログ開設以降、特に日本語ラップの評論活動を続けるライターの韻踏み夫(「ギャグマンガ日和」に登場しそうな名前だな・・・)による日本語ラップの名盤ガイド「日本語ラップ名盤100」です。タイトル通り、日本語ラップの名盤100枚を紹介したディスクガイド。ラップ黎明期のいとうせいこうやTINNIE PUNXからスタートし、スチャダラやキングギドラ、THA BLUE HERBやShing02、RHYMESTER、BUDDHA BRANDといった早々たる面子の名盤を並べつつ、直近2021年の作品まで、日本語ラップの代表作がズラリと並んでいます。
日本語ラップの名盤ガイドといえば、昔、当サイトで「日本語ラップ伝説」という本を取り上げたことがあります。ただ、この本が出てから、もう10年も経つのですね・・・ちなみにこの10年間(2013年以降)に、本書では20枚もの作品が名盤として取り上げられており、日本語ラップが現在進行形で数多くの名盤がリリースされ続けていることを感じさせます。
さて、昨日はボカロの名曲ガイドを取り上げて、今日は日本語ラップ。実はこの2冊、あえて続けて取り上げさせていただきました。というのも、この2冊を読んで強く感じたのが、ボカロソングと日本語ラップ、ある意味、ここ数年内で日本のヒットシーンの中でもっとも勢いを感じさせるジャンルであるのですが、2冊続けて読むと、この両者、見事に正反対の特徴を持っていることを感じるからです。
特に特徴的なのが楽曲と社会全般とのリンク。ボカロは、正直、ちょっと異常と思われるほど「社会」から距離を置いているのに対して、日本語ラップは非常に社会派な曲が多くリリースされています。HIP HOPも、シーンの性質的に「内輪」な要素が大きいジャンルではあるのですが、昨日書いた、ボカロの「内向き」とはちょっと違って、HIP HOPは内輪ではあるものの、仲間との絆や地域のつながりを大切にしており、ある意味、「他者」を意識しているのに対して、ボカロは完全にある意味、他者を全く意識していない「内向き」さを感じます。
本書では、こちらはおそらく著者の意向もあるのでしょうが、この社会派的な側面を非常にクローズアップした批評が目立ったように思います。内輪でありつつ、社会とのつながりを意識している日本語ラップ・・・それは、日本語ラップが地域とのつながりを大切にしている点にもつながります。この点もボカロとは対極的で、日本語ラップは、横浜や名古屋など地域性を押し出したラッパーのグループが存在するのですが、ボカロの場合、こちらも異常と思えるほど地域性がありません。
もちろん、そういったHIP HOPの特徴がネガティブに反応する場合もあり、ビーフ(ラッパー同士、けなしあうこと)や、セルアウトに対する拒絶感などは他者を意識しているからこそ起こりえる現象とも言えるのでしょう。ボカロでは、ボカロP同士が批判し合うだとか、売れることに対して拒否反応を示す、などといった現象は一切起こっていません。そういった点でも対極性を感じます。
ちなみに本書、社会派にクローズアップしているという特徴の流れで、比較的、フィメールラッパーも積極的に取り上げているような印象を受けました。特にHIP HOPの世界では男尊女卑的な傾向が強く、シーンのネガティブな要素となっているだけに、そんな中で活動するフィメールラッパーはいずれも非常にその言動が意識的。それだけらこそ、後の世に強く印象付ける名盤を生み出しやすいのかもしれません。
ボカロソングが曲単位の紹介なのに対して、日本語ラップがアルバム単位という点も対極的と言えるかもしれません。ただ、両者に共通する点としては、ここ数年、そのすそ野がどんどんと広がっていっているという点でしょう。ボカロシーンもそうですが、日本語ラップも様々なラッパーがシーンに登場してきています。ある意味、水と油な両者ですが、両者が融合してあらたなシーンを生み出すのも近いかもしれません。
日本語ラップシーンがどんどん拡大している今だからこそ、あらためてチェックしたい名盤が並ぶ本書。日本語ラップの入門的にも最適に感じるアルバムでしたし、日本語ラップ黎明期からの流れもつかむことが出来るディスクガイドになっていました。どんどん更新されている日本語ラップの歴史がゆえに、今、チェックしておきたい1冊です。
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