社会とリンクした傑作アルバム
Title:Long Voyage
Musician:七尾旅人
約2年10カ月ぶり。少々久しぶりとなる七尾旅人のニューアルバムは、「社会」と非常にリンクした、特に彼が訴えかける歌詞の世界観に大きな衝撃を受ける傑作アルバムに仕上がっていました。
七尾旅人は、以前より非常に社会性の強い活動を続けてきました。東日本大震災の時には音楽配信サイトDIY STARSを使い、義援金プロジェクトを立ち上げ、さらにコロナ禍においては自宅療養者に対して食べ物を届けるフードレスキューの活動をはじめたり、かなり積極的かつ具体的な活動を続けてきました。
音楽的にも、かつてアメリカ同時多発テロをモチーフとしたアルバム「911FANTASIA」をリリースしたほか、近い未来に生じるであろう、自衛隊員初となる戦死者をテーマとした舞台映像作品「兵士A」を発表したりと、かなり社会性のある作品をリリースしてきました。そんな中、コ新型コロナ流行後、初となる今回の作品は、いままでの作品以上に社会にリンクした作品となっていました。
インスト曲から続く、事実上の1曲目「crossing」は、単に仕事をなくした男性が、夜の街をドライブする話かと思いきや、最後にコロナ禍の中、港への長期停泊を余儀なくされたダイヤモンドプリンセス号の名前が登場。仕事をなくした経緯もおそらくコロナ禍だからであろうことを予期させる内容となっています。
その後も「ソウルフードを君と」では、BLMに直結するような黒人差別、さらには民族問題を彷彿とさせる歌詞となっていますし、「フェスティバルの夜、君だけいない」も切ないラブソングを装いながらも、コロナ禍の中で苦境となった音楽業界を彷彿とさせます。「Wonderful Life」や「『パン屋の倉庫にて』」は、コロナ禍を経て、さらに拍車がかかり苦境に陥っている人々の現実を描写していますし、「미화(ミファ)」では自殺した在日の女の子がテーマ。ストレートには表現していないものの、背景には在日差別を感じさせます。さらに、かなりストレートなのが「入管の歌」で、最近、問題となっている入国管理局での外国人差別の問題をかなりストレートに切り込んでいます。
ただ、これら社会にリンクした曲に関して彼の書く歌詞の大きな特徴が、その実態をただ描写している歌詞が多い、ということ。前述の「兵士A」もそうでしたが、その上での明確な彼の主張をストレートに歌い上げている訳ではありません。あえていえば事実を提示した上で、「こんな実態があるが、どう思う」とリスナーに突き付けているような印象を受けるのが彼の歌詞の大きな特徴。ただただ実態を突き付けているがゆえに、より心に響いてくる作品になっています。
そしてそんな曲をシンプルなアコースティックのサウンドをバックに、とても優しい歌声で聴かせてくれます。以前の七尾旅人というと、非常に実験性の強いポップソングが特徴的でした。その後、メロディアスに歌を聴かせる曲が増えてきていたのですが、今回のアルバムはそんな中でも特にメロディアスな歌を聴かせてくれる曲が並びます。基本的にはアコースティックでしんみりと聴かせる曲がメインなのですが、「ソウルフードを君と」は歌詞の内容からリンクするようなジャズやソウルの要素を加えて楽しく賑やかに聴かせてくれますし、「フェスティバルの夜、君だけいない」はAORの要素も入ったポップなナンバー。「ドンセイグッバイ」ではブルージーなギターを聴かせつつ、ゲストボーカルとして大比良瑞希が参加し、メランコリックに聴かせる楽曲に。ラストを締めくくる「Long Voyage『筏』」では力強いリズムとアコーディオンでエキゾチックに聴かせるインストナンバーに仕上げるなど、バラエティー富んだ展開を楽しめます。
とはいえども、全体的にシンプルな楽曲がメインになっているのは、やはりあくまでも「歌」を聴かせることが主眼なのでしょう。ただ一方で決して派手ではないもののしっかりと耳に残るメロディーラインも魅力的で、デビュー当初から感じる七尾旅人のメロディーメイカーとしての実力もしっかりと感じさせます。そんな社会とリンクした「歌」を聴かせるこのアルバムは、コロナ禍の今だからこそ生まれたであろう、七尾旅人の才能と魅力のつまった傑作アルバムに仕上がっています。
ここ数作、傑作アルバムの続く彼でしたが、個人的には本作が彼の最高傑作ではないかと思えるほどの充実作。また文句なしに今年を代表する傑作アルバムに仕上がっていたと思います。あらためて七尾旅人はすごいミュージシャンなんだと実感できた作品。2022年の今だからこそ、ぜひとも聴いてほしい作品です。
評価:★★★★★
七尾旅人 過去の作品
billion voices
リトルメロディ
Stray Dogs
ほかに聴いたアルバム
ANTHEMICS/The Ravens
Dragon AshのKjこと降谷建志がソロ活動を行う中で、ソロでのサポートメンバーたちと結成したバンドThe Ravensのデビューアルバム。ソロアルバムの延長線ということもあって、ソロでリリースされた2枚のアルバムと同じような方向性となっており、ピアノを取り入れ、Dragon Ashに比べて、これでもかというほど分厚いサウンドと、メランコリックなメロディーラインが大きな特徴。ただ、ソロ2作と比べてバンド色が強くなり、一方でソロらしい繊細さはちょっと薄れた感じも。よりKjのパーソナルな要素が押し出されていたソロの方がよかったような感もあるのですが、バンドとしての活動をスタートさせたThe Ravensの今後も期待したいところでしょう。
評価:★★★★
Road to 老後 CM王への道/カーリングシトーンズ
寺岡呼人、奥田民生、斉藤和義、浜崎貴司、YO-KING、トータス松本というそうそうたるメンバーからなるロックバンド、カーリングシトーンズの新作は、奥田民生YouTubeチャンネルから誕生した企画だそうで、 カーリングシトーンズメンバーが即興で制作した作品をまとめたアルバム。コロナ禍に苦戦する街の自営業者を応援するコンセプトで店内のBGM用楽曲をまとめたコンセプトアルバムとなっています。1曲あたり1、2分程度のコンパクトな内容になっているのですが、ギターロックからカントリー、ダブ、ブルースロック、演歌、吹奏楽、ファンクなど、実にバラエティーに富んだ作品が並んでおり、メンバーの音楽性の幅広さを感じさせます。基本的に企画モノで楽しんで軽い気持ちで作った作品なのですが、それだけに聴いていても素直に楽しめる内容に。短いながらもキラリと光る作品に仕上がっていました。
評価:★★★★★
カーリングシトーンズ 過去の作品
氷上のならず者
カーリングシトーンズ デビューライブ! ~カーリング・シトーンズと近所の石~
Tumbling Ice
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