シンプルだからこそ
Title:余白のメロディ
Musician:寺尾紗穂
本作が10作目となるシンガーソングライターの新作。シンガーソングライターとしてのみならず、エッセイストや書評家等としても活躍している彼女。私もむしろ、彼女については楽曲以上にエッセイを読んだことがあったりして、その多彩が活動が目立ちます。というわけで、実は彼女の楽曲をアルバム単位で聴くのはこれがはじめて。ただシンガーソングライターとしての才能はもちろんのこと、その美しい歌声に魅せられるアルバムになっていました。
まず本作ですが、前半は比較的バリエーションの富んだ構成になっています。1曲目「灰のうた」は、ストリングスで盛り上がる構成。ハイトーンボイスでメランコリックな彼女の歌声がまず耳を惹きます。「良い帰結」は前半、ピアノのみで聴かせる構成ながらも後半はパーカッションやウィンドチャイムの爽やかなサウンドが鳴り響き、どこか自然の森の中にいるような感覚になります。エレピでしんみり聴かせる「確かなことはなにも」に、リズムマシーンも入って幻想的な「ニセアカシアの木の下」で、は、アコースティックなサウンドがメインの本作では少々異色な内容。さらにフルートでしんみり聴かせる「期待などすてて」まで、アコースティックメインの静かなサウンドが軸になりつつも、バラエティー富んだ楽曲が続きます。
そしてこのアルバムのひとつのハイライトとも言えるのが中盤の「森の小径」のカバー。戦争の足音が迫ってきた1940年の楽曲。もともとミュージックマガジンで戦前歌謡についてのコラムを書くなど、大衆音楽に対する造詣が深い彼女によるカバーなのですが、ピアノ1本で静かに力強く歌い上げるこの曲は、80年以上前の曲とは信じられないほどの歌の力を感じさせます。
そこからの後半は基本的にピアノの音のみでしんみりと歌いあげる楽曲が並びます。ただ、前半以上に彼女のボーカルがくっきりと浮かび上がっている楽曲となっており、彼女のボーカリストとしての才能を存分に感じられる傑作に。特にラストを締めくくるのは西岡恭蔵の「Glory Hallelujah」のカバー。ピアノ1本で力強く歌い上げるその歌声は、ある種、神々しさすら感じさせ、心に強く響いてきます。
終始、彼女の美しくも力強い歌声に惹かれるアルバム。その彼女のボーカリストとしての実力もさることながら、カバー曲のセレクトのみごとさも、大衆音楽の歴史に対しても造詣が深い彼女ならでは、といった感じでしょうか。コロナ禍やらウクライナの戦争やら不安なことが多い毎日だからこそ、彼女の歌声が心に響いてくる1枚。シンプルな内容だからこそ、特に曲の素晴らしさが胸に入り込んでくる、そんな傑作でした。
評価:★★★★★
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