アメリカポピュラーミュージックを深く分析
今回も最近読んだ音楽関連の書籍です。今回読んだのは、アメリカ文学、ポピュラー音楽の研究家である大和田俊之が、現在のアメリカの音楽シーンを分析した「アメリカ音楽の新しい地図」です。
大和田氏は、ここでも紹介した「文科系のためのヒップホップ入門」の著書。アメリカのポピュラーミュージックの事情について、非常に詳しくキャッチアップしています。この本は、テイラー・スウィフト、ケンドリック・ラマー、ラナ・デル・レイ、チャンス・ザ・ラッパー、さらにはBTSまで、現在のアメリカでヒットを飛ばしているミュージシャンが、どういった社会的背景を持っているか、どのような思想の下に行動をしているのか、さらにはどうして注目を集めているのか、というのを詳しく記載しています。
アメリカの社会情勢と音楽との関わりについては、日本のメディアでも少なからず紹介されます。例えばテイラー・スウィフトがトランプ元大統領を強く批判したことは日本でもそれなりに報道されました。また、ケンドリック・ラマーの歌詞の内容についても、日本の音楽メディアでもよく話題になります。そういった意味でも、同書で紹介されている話について、全く知らなかった・・・といった感はありません。
ただ一方、ブルーノ・マーズやラナ・デル・レイを巡る背景や、HIP HOPとアジア系との関係などは、同書であらためてよく知ることが出来ましたし、なにより強く感じたのは、上記のテイラー・スウィフトやケンドリック・ラマーも含めて、アメリカのポピュラーミュージックが、アメリカの社会情勢と非常に深く結びついているんだな、ということをあらためて強く感じました。日本でも社会的なメッセージを発するミュージシャンは少なくありません。しかし、そのようなミュージシャンでも、そのメッセージを音楽活動に結びつけているミュージシャンは多くありません。例えば坂本龍一もそんなメッセージをよく発するミュージシャンの一人ですが、以前、反原発に関するフェスを行ったことはあるものの、彼の音楽自体について、社会的情勢と強くリンクしたものは、あまり多くありません。
また、アメリカの社会情勢の中で最もインパクトを与えるのが、アメリカにいる多彩な人種の影響という点も興味深く感じました。アフリカにいる黒人が音楽シーンに与える影響については、いままでも様々に言及されてきましたが、ヒスパニック系や、さらに最近、アメリカでも影響が強くなってきたアジア系の影響も記載されています。さらにはケンドリック・ラマーの作品を聴いていると感じるのですが、ブラックコミュニティー内部の問題にも言及されています。アメリカ社会が抱える多彩な人種が、ポピュラーミュージックの世界に大きな影響を与えているということを強く実感できました。
本書では、最後にCOVID-19の音楽シーンに与える影響についても記載しています。ただ、ここで興味深かったのはCOVID-19と1918年のスペイン風邪の大流行を比較していること。COVID-19の流行の際、中国やアジアに対する差別的言動が問題になりましたが、スペイン風邪の時もドイツに対する差別的言動が目立ったという点も興味深かったですし、スペイン風邪の流行の時も、同じく、コンサートなどで人が集まることが規制されていた、ということもはじめて知りました。また一番興味深かったのは、コンサートではなく家で音楽を聴く手段として、自動ピアノや蓄音機などが一気に普及したという点。今回のCOVID-19でもライブストリーミングが一気に浸透しましたが、やはり人間はいつでも音楽を求めるんだということを強く感じ、またそのような中、新たなテクノロジーで困難を乗り越えようとする人間の逞しさも感じました。
著者は慶応大学の教授ということもあり、社会学的な観点からの難しい記載も多く、若干、で、何がいいたいの?とまとめ切れていない部分も感じたのですが、その点を差し引いても、非常に興味深く読むことが出来ました。また、アメリカのポピュラーミュージックを十分理解するのは、これだけ社会的状況にも深くコミットして分析する必要があるんだな、ということも強く感じました。
このアメリカのポピュラーミュージックの分析、今後も何年かのスパンを置いて、同じような著作が読みたいな。ある意味、リアルタイムだからこそ意味のある書籍なので、今のうちにチェックすることがお勧め。アメリカのポピュラーミュージックシーンについて深く理解したいと考えている方は、必読の1冊です。
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