「わかりやすさ」が増えた新作
Title:物語のように
Musician:坂本慎太郎
毎回、アルバムをリリースする毎に、年間ベストクラスの傑作を連発し続ける坂本慎太郎。本作もまた、年間ベストクラスの傑作に仕上がっている、というのは、先日公開した、私的年間ベストアルバムの上半期の部で3位にランクインさせていたからも、既にご承知置きのこととは思います。今回も、また独特な坂本慎太郎の世界が広がる、傑作アルバムに仕上がっていました。
まず基本的な楽曲の方向性は、いつもの彼の作品から大きな違いはありません。打ち込みなどを入れつつ、シンプルに最小限にまとめたサウンドに歌謡曲やハワイアン、トロピカルなムードもまじえたメロディーライン。いままでの坂本慎太郎と同じ方向性の楽曲が並んでいますし、そういう意味では、アルバムを聴く前に抱いていたイメージから大きな変化はありません。
ただ今回のアルバムに関して言えば、歌詞にしてもサウンドにしてもメロディーについても、ともすればゆらゆら帝国の頃から続く、抽象度の高いものから、もっと具体的なものにシフトしてきたように思います。まず、歌詞に関しては、その意図がよりわかりやすくなってきたように思います。今回はコロナ禍の中で書き上げたという作品ということもあって、コロナ禍の中での社会の動きを少々皮肉ったような歌詞も目立ちます。一番わかりやすさを感じたのが「君には時間がある」で、「そうだ今日会おうよ」という歌詞を繰り返す内容は、コロナ禍の中で、いろいろな人と簡単に会えなくなった現状を皮肉っているようにも感じます。
また、社会派といえばアルバムの冒頭を飾る「それは違法でした」もコンプライアンス重視の今の社会をさらっと皮肉っているような歌詞が印象的。彼の作品では「あなたもロボットになれる」のような、社会派な歌詞は以前から聴かせてくれているのですが、今回のアルバムでは、特に歌詞の意図がわかりやすい曲が多かったように思います。
メロディーラインに関しても、以前以上にポップな楽曲が増えたように感じます。そういう意味でも抽象的だった以前の作風から、ポップスという具体的な方向性を感じる作品が目立ちました。タイトル曲の「物語のように」もメランコリックでちょっとフォーキーなメロディーが魅力的ですし、グループサウンド風の「悲しい用事」もインパクトあるメロが魅力的。また終盤も、女性ボーカルをゲストに迎えた「ある日のこと」も非常にポップなメロディーに仕上げています。
サウンドにしても同じく。以前と同様、シンプルで必要最小限なサウンドが目立つものの、ただ音数は以前から増え、抽象的でわかりにくい、空間を聴かせるような表現は少なくなったように感じます。逆にある程度、音を増やして、ポップなメロディーを底支えするようなサウンドが目立つようになった印象を受けます。
そんな訳で、以前よりも、いい意味で「わかりやすさ」が増した今回のアルバム。ただ、もちろん以前から彼の楽曲の持っていた独自性と魅力はそのままで、冒頭にも書いた通り、今回のアルバムも文句なしの年間ベストクラスの傑作アルバムに仕上がっていました。「わかりやすさ」が増したという意味でも、もっと広い層にお勧めできるようになったアルバム。是非ともチェックしてほしい作品です。
評価:★★★★★
坂本慎太郎 過去の作品
幻とのつきあい方
ナマで踊ろう
できれば愛を
ほかに聴いたアルバム
My Story,The Buraku Story(An Original Soundtrack)/MONO
ポストロックバンドMONOの最新アルバムは、ドキュメンタリー映画「私のはなし 部落のはなし」のサントラ盤。映画の方はタイトル通り、「部落差別」をテーマとしたドキュメンタリー映画なのですが、音楽作品は、差別の哀しみを表現したかのような、メランコリックで静かなサウンドがメイン。ただ、楽曲的にはサントラ的な断片のイメージをまとめた作品ではなく、1曲1曲MONOの新作としてしっかり機能する内容となっており、静かなサウンドながらも時折挿入されるサイケなサウンドが大きなインパクトに。MONOらしい奥深い音楽性をしっかりと感じられるアルバムになっていました。
評価:★★★★★
MONO 過去の作品
Hymn To The Immortal Wind
For My Parents
The Last Dawn
Rays of Darkness
Requiem For Hell
Before The Past・Live From Electrical Audio
Pilgrimage of the Soul
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