1人の人間としてのKendrick Lamar
Title:Mr. Morale & the Big Steppers
Musician:Kendrick Lamar
アルバムをリリースする毎に大絶賛を浴び、今や、HIP HOPという枠組みに留まらず、もっとも注目を集めるミュージシャンの一人となったKendrick Lamar。その彼の約5年ぶりとなるアルバムがリリースされ、こちらも大きな話題となっています。毎回、強いテーマ性を持つリリックが特徴的で、そのラップする内容についても大きな話題となる彼。リリックの内容については私たちにとってストレートに伝わってこないのは非常に残念なのですが、ネットや雑誌などの情報を参考にしつつそのリリックを味わうと、今回も非常に深いテーマ性あるアルバムであることを感じさせます。
今回のアルバムは2部構成となっており、前半が成り上がりものを意味する「Big Steppers」、後半が鼓舞するものを意味する「Mr.Morale」という構成になっているそうです。まさにブレイクするまでの彼と、現在の彼をあらわしているようなタイトルになっています。そして肝心なアルバムの内容については、いろいろと解釈がわかれる部分もある中、共通するのはケンドリックが、普通の1人の人間であることを取り戻す過程を描いているという点。例えば「Savior」では「He is not your savior(彼は君の救世主ではないんだ)」というリリックが繰り返されますし、ラストを飾る「Mirror」でも「I choose me,I'm Sorry(俺は自分自身であることを選んだ、ごめん)」というリリックが繰り返されるなど、あくまでもケンドリックが、単なる1人の人間であることを強調するようなリリックが目立つ内容になっています。
他にも男性になった叔母や女性になった従兄弟への思いを語り、LGBTに対する応援歌的なスタンスも感じる「Auntie Diaries」や、キャンセルカルチャーに対する問題点を綴った「N95」などといったテーマ性あるリリックも特徴的なのですが、多分聴いていて、私たちにとって一番わかりやすかったのが「We Cry Together」でしょう。この曲、ケンドリックのフィアンセであるホイットニー・アルフォードとの喧嘩をそのまま再現した内容になっており、激しいやり取りをそのままラップにした内容は、言葉の意味はわからなくても最後になんとなく仲直りしそうな雰囲気も含めて私たちにも伝わってきますし、そういうさり気ない彼女との喧嘩を綴ることによって、彼が単なる1人の人間であることが伝わってくるような内容になっています。
さらに今回のアルバム、そんなリリックの内容以上に、楽曲自体、非常にしっかりとリスナーに聴かせる、魅力的な作品が並んでいたように感じました。例えば前述の「N95」ではトラップ的なリズムでリズミカルに聴かせつつ、80年代っぽいスペーシーなエレクトロサウンドを印象的に聴かせてくれますし、「Father Time」は胸をつかまれるような切なくメランコリックなサウンドが印象的。「Savior」ではヘヴィーでノイジーなビートが耳に残りますし、「Auntie Diaries」でも静かなエレクトロサウンドに重なるような早口のラップが印象に残ります。
そんな作品の中でもメランコリックな歌モノの楽曲も目立ち、「Die Hard」や「Purple Hearts」、ピアノをバックにもの悲しく聴かせる「Crown」など、歌モノ的な要素も目立つアルバムになっており、そういう意味でもいい意味で聴きやすい構成になっていたように感じます。最後を締めくくる「Mirror」も、その歌われる内容とは裏腹に、明るい雰囲気のトラックをバックに爽やかな歌モノのポップチューンとなっており、ある意味、1人の人間となったケンドリックのこれからの希望を感じさせる楽曲になっています。最後まで心地よいポップな楽曲も目立ち、いい意味で聴きやすさを感じさせるアルバムになっていました。
そんないい意味での聴きやすさもあって、個人的にはいままでのケンドリックのアルバムの中でも、ひょっとしたら一番楽しめたアルバムになっていたような印象すら受けます。また文句ないに今年を代表する傑作アルバムの1枚とも言えるでしょう。全18曲73分というフルボリュームの内容でしたが、リリック抜きにしても聴きどころの多いアルバムで、リリックの内容がストレートにわからなくても十分すぎるほど楽しめる作品だったと思います。もちろん、ネット上の情報などを参考に、リリックを読み解いていくのも大きな楽しみの一つともいえる作品。毎回、世間を驚かせる傑作を作り続ける彼ですが、今回もそんなすごい傑作をまた作り上げてしまいました。2022年を代表する1枚の誕生です。
評価:★★★★★
Kendrick Lamar 過去の作品
Good Kid M.a.a.D City
To Pimp A Butterfly
untitled unmastered.
DAMN.
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