海外での注目のSSW
Title:春火燎原
Musician:春ねむり
これがフルアルバムとして2枚目となるシンガーソングライターによる最新作。ただし、CDリリースの予定はなく、配信及びLPでのリリースのみというのが、今時な感じがします。私自身、彼女のアルバムを聴くのは本作がはじめて。もともときっかけとなったのはアメリカの音楽サイト、Pitchforkで紹介されていたことから。「Best New Album」とはなっていなかったものの、レビューで8.0という高評価をマーク。その時、はじめて彼女の名前を知って気になったのがきっかけで、本作を聴いてみることにしました。
もともと前作「春と修羅」がフランスのレーベルからリリースされたりと、海外での活動も積極的に行っていたようで、アメリカで行われている音楽祭「SXSW」にも2021、2022と2年連続で出場。日本以上に海外での活動も積極的に行っているようです。それが、Pitchforkへのアルバム紹介及び高評価へもつながったようで、徐々に日本でも逆輸入的に話題になってきているようです。
楽曲的にはおおざっぱに言ってしまうと、キュートな感じのアイドルテイストもある女性ボーカルが、ラップあるいはポエトリーリーディング的に歌うスタイルで、インタビュー記事で「DAOKOや水曜日のカンパネラみたいに雑に括られていた」という感じで書かれていたのを読みましたが、確かに、そう雑に括りたくなるのもわからないことはありません。
ただ、サウンド的にはそれらのミュージシャンたちとはかなり異なっており、非常に雑食的なのがユニーク。疾走感あるギターロックの「あなたを離さないで」から、続く「ゆめをみている(deconstructed)」は一転、エレクトロサウンドが主導する楽曲に。「シスターwith Sisters」ではトラップ風のリズムを取り入れていますし、「Kick in the World(deconstructed)」では、デス声調のボーカルを含めて、ハードコア風なサウンドを取り入れています。ハードコア、ヘヴィーロックからエレクトロ、HIP HOP、ノイズ、ポップス、ポエトリーリーディングなど、様々なジャンルを自在に取り入れている点が大きな特徴となっています。
ある意味、この自由度の高いサウンドは、良くも悪くもこだわりのない今風なものを感じさせます。あえて「可愛らしさ」を表に出したボーカルもそうですが、ここらへん、それこそHIP HOPからアイドルポップまで、様々なジャンルをこだわりなく同じレベルで取り入れるあたり、いかにも今のミュージシャンという印象を受けます。
そして彼女の大きなもう一つの特徴がその歌詞。歌詞は、現実社会の中に上手くフィットできず、もがき苦しむ中、それでも前向きに「生きる」ことに対してエールを送るような、そんな歌詞の内容が特徴的。例えばタイトルチューンである「春火燎原」では
「地上じゃ使えない羽だけを持っている
聖なる列にもぼくの番号はないけれど
炎に呑まれて溺れ続けるぼくを
憐れんだやつを端から殺してやる」
(「春火燎原」より 作詞 春ねむり)
のように、現実の中でもがき苦しむ中、その中でも乗り越えてやろうという意思が明確に感じられます。
こういうアイドルポップ的な部分を持ちながらも、自分を削り、メッセージを発するというスタイルは、彼女自身も影響を公言しているのですが、大森靖子からの影響を感じさせます。また、自分を削るような強烈なメッセージ性は、ある意味、Coccoに通じるような部分も感じました。とにかく、その世界観がズバズバと心に突き刺すような、そんな歌詞が強く印象に残りました。
海外での活躍が先行するような形となり、日本での知名度は決して高くありませんが、その歌詞のメッセージ性といい、雑食性なサウンドのユニークさといい、今後、間違いなく注目度はアップしていく予感があります。アルバムとしては全21曲1時間強というボリューム感ですし、その歌詞の世界からも、ある種の重さを感じさせる内容でしたが、それだけ心にもズシリとくるアルバムでした。間違いなく、要チェックの1枚。一度是非、春ねむりの世界を味わってほしいと感じさせる作品です。
評価:★★★★★
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