偉大な作曲家の人間的側面も知れる
今回は、また最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。
1960年代から2000年代に至るまで、数多くのヒット曲を世に送り出した、日本歌謡史を代表する大ヒットメーカーである作曲家、筒美京平。2020年に惜しまれつつこの世を去った彼ですが、本作は、そんな筒美京平の評伝。ミュージシャンであり、かつ最近では「考えるヒット」などで評論家的な活躍も目立つ近田春夫による筒美京平の評論本となります。
本書は2部から成っており、第1部は「近田春夫による筒美京平論」として、彼の筒美京平楽曲の経験も踏まえた上で、1960年代から晩年に至るまでの筒美京平の活躍を、同時期の日本のヒットシーンと絡めつつ、解読していっています。「考えるヒット」でも、様々なJ-POPのヒット曲を、ミュージシャンならではの音楽的側面からの分析も踏まえて解説していっている近田春夫ですが、筒美京平に対する解説も同様のスタイル。時として日本の音楽系雑誌では、歌詞の部分だけが語られて音楽的側面からの解説がほとんど行われないケースが少なくありません。ただ、そこは近田春夫。あらゆる音楽からの影響を受け、ある意味、その個性を捉えるのが非常に難しい筒美京平の作品を音楽的側面からしっかり解読しており、非常に興味深く読むことが出来ました。
また、なにげにそんな中で本書の中で貢献しているのが聴き手である下井草秀。彼自身も音楽ライターとして活動しているようですが、近田春夫へのインタビュアーとして、しっかりといい仕事をしています。特に90年代あたりのヒットシーンの評価に関しては、正直、リアルタイムで経験した立場からすると、近田春夫の見方には少々疑問を感じる部分があるのですが、そこを彼がしっかりと軌道修正していっているようにも感じました。
この前半に関して、個人的に非常に興味深かったのが、筒美京平が90年代のJ-POPミュージシャンに関して、気になるミュージシャンは誰か、と聴いたところ、スピッツの名前があがってきたという事実。これに関しては近田春夫もその理由がよくわからないようですが、特に90年代のヒットシーンの中でメロディーラインの良さはピカ一だった草野マサムネだっただけに、シンパシーを感じたのでしょうか。興味深く感じることが出来ました。
さらに同書の目玉はなんといっても後半戦。近田春夫が筒美京平の身近な人にインタビューを試みています。実弟で自らも音楽プロデューサーとして活躍する渡辺忠孝、盟友であり、こちらも日本を代表する作詞家のひとり、橋本淳、そして、筒美京平の秘蔵っ子とも言われたシンガーの平山みきの3人。それぞれが異なった側面から筒美京平について語っているのが印象的でした。
特に筒美京平本人、ほとんど表に出ることがなく、芸能界から距離を置いていたそうで、その人柄についてはいままでほとんど語られることがありませんでした。しかし、本書では、身近な人物にインタビューを試みた結果、筒美京平の生い立ちや人柄についてもしっかりと語られており、ひとりの人間としての筒美京平の姿を知ることが出来る構成となっています。ここらへんは、自らも長年音楽シーンに関わり、日本のヒットシーンの中では、既にレジェンド的な立ち位置になっている近田春夫がインタビューを試みているからこそ、筒美京平の身近な人物がインタビューに応じたのではないでしょうか。このインタビューの中でも、筒美京平の音楽性に関してしっかり語られており、ここらへんも音楽的な素養のある近田春夫がインタビュアーだからこその内容にも感じました。
筒美京平という偉大な作曲家の音楽的な功績とひとりの人物としての側面を知ることが出来る非常に興味深い1冊。これを読んで、あらためて筒美京平の曲に触れてみたくなりました。彼の楽曲を含めて日本のポピュラーミュージックシーンを振り返ることが出来る意味でも楽しめる本ですし、特に歌謡曲に興味があれば、是非とも読んでほしい1冊だと思います。
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