« 戦時下でも明るいジャズソングを | トップページ | 今どきのポップスをフォロー »

2021年12月 6日 (月)

リスタート

Title:宜候
Musician:槇原敬之

先日、槇原敬之のアーティスト本である「歌の履歴書」を紹介しましたが、今回はその書籍と同時にリリースされたフルアルバム。ご存じのように昨年2月、覚せい剤所持により2度目の逮捕となった彼。最初の逮捕の時ほどではないものの、1度目の逮捕から20年以上が経過していただけに、当然、薬とは完全に手が切れたものだと思っていたファンにとっても大きなショックを受ける事態となりました。ただその後、リリース予定だったアルバム「Bespoke」が販売延期になったものの、CDの回収などはされず。それから約1年8ヶ月というスパンで早くもニューアルバムのリリースとなりました。

今回のアルバムに関しては、そんな復帰第1弾ということを強く意識した作品になっているのでしょう、彼としても「リスタート」という要素がアルバム全体に垣間見れる作品になっていました。イントロ的な1曲目「introduction~東京の蕾~」も大阪から東京に出てきた、彼のミュージシャンとしての原点を思い起こさせるような歌詞が特徴的。同じく続く「ハロー!トウキョウ」も、彼の上京間もない時代を彷彿とさせる歌詞が特徴的で、そんな同じく東京での日々を描いた1994年の作品「東京DAYS」のフレーズが登場してくることからも、原点回帰を意図した作品であるのは間違いないでしょう。

そもそもアルバムタイトルである「宜候」は、航海用語で「船を直進させること」を意味する用語だそうで、このタイトル自体、彼の新たな一歩を彷彿とさせますし、ラストを飾るそのタイトルチューン「宜候」では

「さよなら さよなら
今度こそさよならだ」
(「宜候」より 作詞 槇原敬之)

と、いままでとの決別を意図するような歌詞が印象的。この作品から新たな一歩を踏み出そうとする彼の決意を感じさせます。

そんなリスタートのアルバムということもあって、アルバム全体としては比較的、彼の王道を行くようなポップチューンが並んでいました。特に冒頭の東京2作に続く「悶絶」は、イントロからしていかにも彼らしいフレーズからスタートするのですが、槇原敬之としてはうれしくなるような王道のマッキーのラブソング。「特別な夜」のような、昔の仲間とのノスタルジーな感情を含んだ歌詞を聴かせる曲も、彼らしい作品と言えるでしょう。ただ一方、この曲でも仲間の一人が亡くなっていたり、「悲しみは悲しみのままで」も、亡くなった友人に対しての歌だったり、身近な友人に何かあったのかな?と思わせると同時に、彼ももう50歳を過ぎて、こういう悲しい出来事の1つや2つはあったんだろうなぁ・・・ということも感じてしまいました。

そんな中でちょっと説教臭く感じたのは「虹色の未来」。ただ、さすがに典型的な即物的快楽であるクスリで捕まった直後に「即物的ではない大切なもの」を訴えるような歌詞は書けなかったようで、多様的な価値観の重要性を歌った内容になっています。個人的に、以前の説教臭い曲はあまり好きではなかったのですが、これに関しては「アリ」。「虹色」というキーワード自体、最近話題のLGBTQを象徴するキーワードなのが印象的。「歌の履歴書」の中では、このLGBTQ運動からは一歩距離を置いているようなことを言っていたのですが、それはそれとして、やはり彼なりに思うところは大きいのでしょうか。

王道的な曲が並んだ結果、目新しさを感じる曲はありません。あえて言えば「わさび」の歌詞に、外部作家を取り入れた点でしょうか。ただ、祖母に対するメッセージを綴った曲は、槇原敬之らしさも感じられる曲になっており、王道的な今回のアルバムの中でも自然に溶け込んでいました。

正直なところ、歌詞にしてもメロディーにしても、全体的に卒がないといった印象は否めず、飛びぬけたようなインパクトのある楽曲というのは残念ながら本作では出会えませんでした。ただ一方で、しっかりと槇原敬之の実力を反映させた歌詞、メロディーを聴かせてくれており、安心して聴ける作品という点は間違いないと思います。あえて彼らしい王道を行くような作品にしてきたのは、やはり原点回帰、リスタートという意味合いも強いのでしょう。以前の「歌の履歴書」の感想でも書きましたし、今回の「宜候」の「今度こそさよならだ」というフレーズも、若干、逮捕の原因を自分の外部環境のせいにしているようにも読み取れて、また再犯してしまうのではないか、という一抹の不安がなきにしもあらずなのですが、とりあえずは今は、彼の復活をファンとしては素直に喜びたいところ。もう2度と同じ犯罪を犯さないように、切に祈るばかりです。本当に、勘弁してよ・・・。

評価:★★★★★

槇原敬之 過去の作品
悲しみなんて何の役に立たないと思っていた
Personal Soundtracks
Best LOVE
Best LIFE

不安の中に手を突っ込んで
NORIYUKI MAKIHARA SYMPHONY ORCHESTRA CONCERT CELEBRATION 2010~SING OUT GLEEFULLY!~
Heart to Heart
秋うた、冬うた。
Dawn Over the Clover Field

春うた、夏うた。
Listen To The Music 3
Lovable People
Believer
Design&Reason
The Best of Listen To The Music


ほかに聴いたアルバム

NO MOON/D.A.N.

オリジナルアルバムとしては約3年3か月ぶり。久々となるD.A.N.のニューアルバム。一時期、彼らのようなソウルやアシッドジャズの要素を取り込んだロックバンドが一種のブーム的に盛り上がりましたが、Suchmosの活動休止などもあって、かなり沈静化した感もあります。そんな中リリースされた彼らのニューアルバムは、そんな昨今の状況など全く知らぬ存ぜぬといった感もある、彼らの色合いを思いっきり押し出した作品に。ダウナーな感のあるエレクトロサウンドに、ファルセットボーカルを聴かせる作風なのですが、そのボーカルもサウンドのひとつといった構成になっており、エレクトロやテクノ、さらにはプログレの様相すら感じさせるかなり挑戦的な作品に。非常にユニークな作風に、聴いていて耳の離せなくなる1枚でした。

評価:★★★★★

D.A.N. 過去の作品
Tempest
Sonatine

|

« 戦時下でも明るいジャズソングを | トップページ | 今どきのポップスをフォロー »

アルバムレビュー(邦楽)2021年」カテゴリの記事

コメント

とりあえず、無事復帰を果たしてホッとしているマッキーファンです。正直、アルバムの出来はよっぽどじゃなければ二の次で、「発売される」というだけで満足しちゃってるんですよね。

アルバムを通して聴いて思ったのはコールアンドレスポンスが入りそうな曲がなかったですね。ライブが春にあることが確定しているんですが、そこでそういうパフォーマンスができないであろうことを配慮したのかなと思いました。

曲のできそのものは今更不満を言うつもりはないのですが、心配事が一つ。
「マッキーの声量が落ちてきている気がする」。
もともと、高音や声量で勝負するタイプのシンガーじゃないんですけど、高音の曲がちょっと声が出ずらそうだった気がしたのが気のせいならいいのですが。年齢も年齢ですし、節制をしているようには思えませんからね。

クスリに関しては心のどこかで疑いつつ二度と手を出さないことを願うしかないですね。あと、マッキーの音楽的才能はまだ枯れていないので、全国の音楽関係者の皆さん、曲提供のオファーをするなら今だよとか思っちゃいました。

投稿: げどー | 2021年12月17日 (金) 00時38分

>げどーさん
いや、本当に「発売される」だけで満足なんですけどね。販売中止になっていた「Bespoke」も無事リリースされるようなので、今から楽しみです!
>コールアンドレスポンスが入りそうな曲がなかった
ああ、確かにそれはあるかもしれません。次のライブを意識したんでしょうね・・・。
>マッキーの声量が落ちてきている気がする
なるほど、言われてみればそうかもしれません。さすがに50歳を過ぎた年齢のせいなのか、しばらく声を出していなかった影響なのか・・・ちょっと気になります。

本当に、クスリは二度と手を出さないで、がんばってほしいです!これからの彼にも期待したいですね!!

投稿: ゆういち | 2022年2月10日 (木) 00時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 戦時下でも明るいジャズソングを | トップページ | 今どきのポップスをフォロー »