コロナ禍だからこそ誕生した共演
Title:Silver Lining Suite
Musician:上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット
上原ひろみの約2年ぶりとなるニューアルバム。前作「Spectrum」は実に10年ぶりとなるピアノソロアルバムとなっていたのですが、それに続く本作は、新プロジェクトが発足。今回のプロジェクトでは「ピアノ・クインテット」(クインテット=五重奏)と名付け、彼女のピアノと弦楽四重奏の共演というスタイルとなりました。
もともと今回のプロジェクト、コロナ禍の中で彼女のバンドメンバーが来日できなくなり、そんな中、日本で出来ることはないかと模索した結果、弦楽四重奏との共演を思いついたとか。また、今回のアルバム、冒頭の4曲が組曲形式となっているのですが、それぞれ「Isolation」=隔離、「The Unknown」=未知なるもの、「Drifters」=漂流者、「Fortitude」=不屈とコロナを意識したタイトルに。また、「Silver Lining Suite」というアルバムタイトル自体、直訳すると「希望の光組曲」となり、まさにコロナ禍を意識した、その上での未来への希望をテーマとしたアルバムになっており、プロジェクトの結成からアルバムの内容に至るまで、コロナ禍だからこそ誕生したアルバムと言えるでしょう。
そんなアルバムですが、今回のアルバム、ある意味、上原ひろみの奏でるピアノの音色と、弦楽四重奏の音色が絶妙に対比している構造が非常に面白い作品に仕上がっています。上原ひろみの奏でるピアノは、非常にフリーキーな要素が強く、アバンギャルド感あふれる展開。一方、弦楽四重奏の奏でる音色はメロディアスで、奇をてらわない、弦楽器の美しい音色を響かせる内容。そのバランスがある意味スリリングに感じられる構成に仕上がっていました。
1曲目「Silver Lining Suite:Isolation」はまずはピアノの音色もメロディアスで、ピアノとスリリングがしっかりと重なった内容からスタートします。そこが微妙に変化するのが「Siliver Lining Suite:The Unknown」で、「未知なるもの」というサブタイトル通り、どこか不気味な雰囲気を醸し出す音色からスタートします。この作品では特に途中から繰り広げられる上原ひろみのピアノが非常にスリリング。ここに弦楽四重奏の音色が絶妙に絡まり、なんともいえない不気味な雰囲気を醸し出します。ちなみにこの組曲、最初はメロディアスにスタートし、途中は不気味な展開が入りつつ、最後の「Silver Lining Suite:Fortitude」では明るさを感じさせる締めくくりとなっており、タイトルにふさわしい、コロナ禍の現状、そして未来の希望を感じさせる曲になっていました。
このアバンギャルドなピアノとメロディアスな弦楽四重奏の絶妙な組み合わせという意味では、その後に続く「Someday」や「Jumpstart」、さらには「11:49PM」なども同様で、この微妙に絡みつきつつ、微妙に対峙するピアノと弦楽器の共演に耳を奪われます。上原ひろみのアバンギャルドさが表に出た作品というと、バンドサウンドを組み合わせて「ロック」なテイストの作風が多いのですが、今回は弦楽器との組み合わせで、その世界を表現したあたりに、彼女の音楽の新たな可能性も感じました。
一方今回の作品は、弦楽器との共演ということもあり、基本的に特に弦楽器にパートは譜面に起こし、彼女が作曲を手掛けたそうですが、そのメロディーラインの良さも際立ちます。冒頭の組曲で聴かせてくれる優しくメロディアスな弦楽器にフレーズも魅力的ですし、ラストの「Ribera Del Duero」も微妙にラテンっぽいフレーズのメランコリックなメロディーラインも印象的。今回のアルバムでは彼女のメロディーメイカーとしての魅力も強く感じさせる作品になっていたように感じました。
まさにコロナ禍だからこそ誕生した傑作アルバム。コロナ禍はライブシーンを中心に音楽業界に大きなダメージを与えましたが、一方でこのような副産物も生み出しています。こういう逆境の中でも、時代に即した作品を作り上げてくるのは人間のたくましさでもあり、またポピュラーミュージックの大きな魅力のようにも感じさせます。また新たなプロジェクトをスタートさせた彼女。その可能性が大きく広がった1枚でした。
評価:★★★★★
上原ひろみ 過去の作品
BEYOUND THE STANDARD(HIROMI'S SONICBLOOM)
Duet(Chick&Hiromi)
VOICE(上原ひろみ featuring Anthony Jackson and Simon Phillips)
MOVE(上原ひろみ featuring Anthony Jackson and Simon Phillips)
Get Together~LIVE IN TOKYO~(矢野顕子×上原ひろみ)
ALIVE(上原ひろみ THE TRIO PROJECT)
SPARK (上原ひろみ THE TRIO PROJECT)
ライヴ・イン・モントリオール(上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ)
ラーメンな女たち(矢野顕子×上原ひろみ)
Spectrum
ほかに聴いたアルバム
TV ANIMATION"Sonny Boy"original soundtrack
今年7月から10月にかけて放送されたアニメ「Sonny Boy」のサントラ。かの江口寿史がキャラクター原案を手掛けた絵柄もあか抜けていてなかなか良い感じなのですが、参加したミュージシャンが主題歌「少年少女」を歌う銀杏BOYZにVIDEOTAPE MUSIC、ザ・なつやすみバンド、ミツメ。さらには台湾のシティポップバンド、落日飛車に韓国の宅録系ミュージシャン空中泥棒と、なかなか興味深いセレクション。劇伴的なインストも多かったため、彼らの魅力が存分に発揮されているとは言い難い点は否めないのですが、メランコリックに聴かせるメロディーラインが魅力的。エレクトロやバンドサウンド、ラテン風の曲やポストロック的な曲まで飛び出して、非常にユニークなサントラに仕上がっていました。
評価:★★★★
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