豊かな戦前のポピュラーミュージック文化を垣間見る
Title:ニッポン・スウィングタイム 戦前のジャズ音楽 vol.1
今回取り上げるのは、タイトル通り、戦前のSP盤での録音音源を集めたオムニバス盤です。戦前SP盤の録音音源といえば、当サイトで過去に何度か、戦前SP盤復刻の専門レーベル、ぐらもくらぶのCDを紹介してきましたが、本作はそのぐらもくらぶの保利透がプロデュースを担当。監修・解説もぐらもくらぶのCDの選曲を数多く手がけている音楽評論家の毛利眞人しており、そういう意味で、実質的にぐらもくらぶの新作と言っていいのかもしれません。
ただ、ぐらもくらぶのCDが、いつもいい意味で個性的な選曲をしており、若干マニア向けの興味深い選曲で攻めてくるのに対して、本作はあくまでも戦前の日本のヒットシーンをリードしたような歌手たちの曲を並べた作品。藤山一郎や田谷力三、灰田勝彦や二村定一といった大物の名前がズラリと並んでおり、戦前日本のジャズ音楽シーンを俯瞰できるような内容になっています。
もっとも、ここで言う「ジャズ」とは(これは以前もこのサイトで書いたようにも記憶しているのですが)、必ずしも私たちが想像するようなジャズとは少々異なります。もちろん、このアルバムに収録されている曲でもジャズの曲も少なくありません。「ジャズ」といっても、いわゆるモダンジャズではなく、アルバムタイトル通りのスウィングになるのですが、例えば作間毅「月夜の晩に(月光値千金)」は陽気で軽快なスウィングに、伸びやかな男性ボーカルもとても明るく聴いていて楽しくなりますし、徳山璉の「あの子」も、歌の部分よりも陽気な演奏の部分の方が長く、しっかりとスウィングの演奏を聴かせようとする意気込みを感じます。
しかし、この戦前において「ジャズ」という言葉の概念はもうちょっと広く、戦前のポピュラーミュージックのうち、洋楽からの影響が強いようなタイプの音楽を、その当時、もっとも人気があったジャンルである「ジャズ」という名称で呼んでいたようです。一昔前まで、J-POPも洋楽の影響が強い音楽を、すべからく「ロック」みたいに言っていた時期がありましたが(今も若干、そのような呼ばれ方をすることがありますが)、それに似ているのかもしれません。
特に戦前の音楽において「ジャズ」以上に海外からの強い影響を感じるのがハワイアン。藤澤五郎の「ウクレレ・ママちゃん」など、タイトル通り、ウクレレを鳴らしつつ聴かせる、王道とも言えるハワイアン。立石智枝子の「甘き想ひ」もハワイアンなメロウなサウンドが楽しめますし、本作のラストを締めくくる灰田勝彦/灰田晴彦とモアナ・グリー・クラブの「お玉杓子は蛙の子」も軽快なハワイアン。この時期、ハワイアンが非常に世間で親しまれていたことが垣間見れます。ちなみにこの曲、今では童謡では「ごんべさんの赤ちゃん」の替え歌として親しまれていますが、原曲はこちらだそうで、こういう戦前のヒット曲がスタイルを変えつつ今まで歌い継がれている事実に興味深さを感じます。
ちなみに他に印象的だったのは、まず岸井明の「世紀の楽団」「スーちゃん(スイート・スー)」。どちらもちょっととぼけた感じのボーカルがコミカルで非常に楽しい感じのスウィングが楽しめます。同じく、ここのサイトでも何度か紹介している二村定一も今回「昇る朝日」で登場。彼もどこかコミカルで、どこか色気を感じさせるボーカルが魅力的です。
他にも小山きよ子の「虹の歌」も魅力的。ちょっと舌ったらずなボーカルながらも、色っぽさを感じさせるボーカルが魅力的。色っぽさというと、低音を聴かせつつ色っぽさを感じるボーカルを聴かせるヘレン隅田にも非常に魅力を感じます。また、藤山一郎の楽曲も2曲収録されているのですが、ボーカルの端正さはこのアルバムの中でピカ一。基本に忠実で歌詞を明瞭に歌うことを重要視したそうですが、確かにこのアルバムの中でも圧倒的に明瞭な歌声を聴かせてくれています。
他にもトライバルなサウンドが入りつつ妖艶な雰囲気が魅力の江戸川蘭子「コンガ」や(歌手名からは、某大人気推理漫画を想像してしまいますが・・・)、クラシック曲のカバーになる小林千代子「碧きドナウ」、ラテン風のリズムが軽快な鐵仮面(作間 毅)/小関ローイ・ジャズ・バンド「南京豆売り」などなど、楽曲はバリエーション豊富。戦前の日本はどこか暗い社会で、日本においてポピュラーミュージックが花開いたのは戦後になってから・・・というイメージをともすれば持ちがちですが、本作を聴くと、戦前でも非常に幅広い洋楽からの影響を受け、バリエーションあるポピュラーミュージック文化が花開いていたんだな、ということをあらためて実感することが出来ます。ぐらもくらぶの作品だと、企画的にちょっとマニアックな部分があって、戦前のポップスを聴く最初の入り口としては取っつきにくい部分があるのですが、そういう方にぜひともお勧めしたい作品。今の耳でも十分楽しめるポップチューンが並んでいました。
評価:★★★★★
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