苦労を経た6年ぶりの新作
Title:Moon Valiant
Musician:Hiatus Kaiyote
オーストラリアはメルボルンで結成されたソウルバンド、Hiatus Kaiyote。過去にグラミー賞最優秀R&Bパフォーマンス賞に2度ノミネートされるなど高い評価を得ているバンドで、日本にもサマソニとフジロックに出演するなど、人気を集めています。そんな彼女たちの新作は、前作「Choose Your Weapon」から約6年というインターバルで届けられた新作となります。また今回のアルバムは、かのFlying Lotusが主催するブレインフィーダーからのリリースという点も大きな話題となりました。
そんなちょっと久々となってしまった新作ですが、そこには彼女たちの深い事情があったそうです。もともとトラック自体は2018年に完成しており、あとはボーカルのネイ・パームのボーカルの録音を待つばかり、となっていたのですが、ここでなんと彼女の乳癌が発覚。彼女自身、母親を同じ病気で亡くしているそうで、すぐさま母国の病院に直行し、手術を受けることになりました。その後、手術も無事、成功し、リリースを待つばかりとなったのですが、ここでコロナ禍が発生。さらにリリースが延期されたのですが、その最中にもアルバムのさらなる調整が加えられ、ここで無事、リリースに至ったそうです。
個人的には実は彼女たちのアルバムは本作がはじめて聴くのですが、これだけ時間をかけた作品にふさわしく、全体的に実に凝った内容に仕上がっていたように感じました。まず本作で印象に残ったのはネイ・パームのボーカルでしょう。ソウルバンドにありがちなパワフルなボーカルを聴かせるゴッド姉ちゃん・・・・・といった感じとは少々異なるのですが、清涼感あるボーカルで伸びやかに聴かせるボーカルが実に魅力的。ハミングを聴かせる「Slip Into Something Soft」でまず魅了的なボーカルを披露しますし、「And We Go Gentle」でも清涼感ある歌声の中、微妙にかすれて聴かせるボーカルがまた味があって見事。さらに終盤「Stone Or Lavender」ではゴスペルの要素を入れた正当ななソウルをピアノとストリングスをバックに表現力豊かに歌い上げており、ボーカリストとしての底力も感じさせますし、さらにラストの「Blood And Marrow」ではうってかわってファルセットボイスでかわいらしいボーカルを聴かせてくれます。バラエティーある表現力を持った彼女の歌声も大きな魅力に感じます。
また、ユニークなのはトラックのバリエーションの多さで、「Slip Into Something Soft」はネオ・ソウル的なシンプルな打ち込みのサウンドですし、逆に前述の通り、「Stone Or Lavender」はピアノとストリングスで王道とも言えるソウル路線。「All The Words We Don't Say」ではギターサウンドを前に出してきて、ロックテイストを感じさせますし、「Chivalry Is Not Dead」はエレクトロサウンドにヘヴィーなビートが重なるダイナミックな曲構成に。最初から最後まで、実に凝った曲調のトラックが楽しめる内容になっています。
なにげにバンドとしての強度も強く、「Slip Into Something Soft」や「And We Go Gentle」では複雑なサウンドを聴かせつつ、リズムからはファンクの要素を感じるなど、ロック的な耳で聴いてもかなり魅力的なサウンド。ソウルやジャズ、ロック、ゴスペルなどの様々な音楽性が重厚に重なるあい、独特のサウンドを構成するアルバムに仕上がっていました。
ちなみに彼ら、前作ではかの「天空の城ラピュタ」からインスパイアされた「ラピュタ」なる曲や、「もののけ姫」から着想した「プリンス・ミニキッド」など、宮崎駿に捧げる曲を収録しており、日本との親和性も高かったりします。そもそも、彼女たちが所属するブレインフィーダーを主宰するFlying Lotusも日本のアニメが好きだったりと、そういう意味でも親近感のわくバンド。コロナ禍がおさまったらまた来日公演が期待できそうですし、彼女のドリーミーな歌声をライブで聴いたら気持ちいいんだろうなぁ、という想像もふくらんできます。
そんな訳で非常に心地よいボーカルに複雑なサウンドが実に魅力的だった傑作アルバム。ソウル好きならもちろん、ジャズやロック好きも含めて、幅広くお勧めしたい傑作です。
評価:★★★★★
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