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2021年5月16日 (日)

成長するアルバム

今回紹介するのはドレスコーズによるちょっとユニークな試みのアルバムです。

Title:バイエル(Ⅰ.)
Musician:ドレスコーズ

まず、今年4月7日に突如配信でリリースされたのが「バイエル(Ⅰ.)」と名付けられた本作。著名なピアノ教則本と同じ名前のタイトルのアルバムは全11曲、静かなピアノの音色のみが収録されたピアノ曲が収録されていました。楽曲はいずれも「練習曲」と名付けられ、それが第1番から第11番まで続く内容に。この奇妙なアルバムについて志磨遼平は「まなびと成長」がテーマと語っており、「成長するアルバム」であると語っています。

そして、続く23日にリリースされたのが「バイエル(Ⅱ.)」と名付けられた続編。

Title:バイエル(Ⅱ.)
Musician:ドレスコーズ

「バイエル(Ⅰ.)」でピアノ曲として披露されていた曲が弾き語りに成長。さらに歌詞もつきました。1つの曲について成長の過程を見せるという試みは非常にユニーク。ちなみに6月にはパッケージ版のリリースが予定されています。この弾き語り版よりもさらに進化しているのでしょうか?

この「バイエル(Ⅰ.)」から「バイエル(Ⅱ.)」への成長は、単なるピアノのインスト曲に歌がついた、というだけではなく、間違いなく成長している点もユニーク。「練習曲 第6番」はほかと同様のピアノインスト曲だったのですが、「しずかなせんそう」ではピアノ曲ではなくアコギの弾き語りへと進化。「よいこになる」も同じく、アコギでしんみり聴かせる楽曲に。ピアノオンリーだった「バイエル(Ⅰ.)」と比べてアコギ曲が加わりますが、成長の過程で、この曲にはアコースティックギターの方がふさわしい、という判断があったのでしょう。ここらへんの聴き比べも楽しめます。

そんな成長を遂げた「バイエル(Ⅱ.)」ですが、このコロナ禍の中で家にこもってつくったアルバムということもあって、コロナ禍がダイレクトに反映された曲になっている点が大きな特徴。1曲目はそのものズバリ「大疫病の年に」ですし、続く2曲目「はなれている」もこのコロナの状況を彷彿とさせます。「ちがいをみとめる」も、ここ最近の、特にネット上での激しい意見相違による対立を彷彿とさせますし、「しずかなせんそう」というのも、このコロナ禍の状況を彷彿とさせる描写になっています。

基本的にそれらの曲も、コロナをストレートに反映させた社会派の曲ではなく、シンプルなラブソングなのですが、ちょっと異色的だったのが「不要不急」でしょう。非常事態宣言の中、「不要不急」な外出を控えるようにというアナウンスが政府からしきりに発表されましたが、そんな中で自分のことを「不要不急」と歌うこの曲は、ある意味、「不要不急」な扱いをされているミュージシャンたちの叫びのように感じました。

弾き語りの曲を含めて、シンプルなサウンドがメインなだけに、メロディーラインがより際立つこれらのアルバム。特に今回感じたのは、志磨遼平の書くメロディーラインのあくの強さでした。特に「バイエル(Ⅰ.)」の「練習曲」については、ピアノでメロディーラインを弾くだけのシンプルな曲だからこそ、聴いていて一発で志磨遼平のメロディーだ、とわかるような曲が並んでいました。あまりにも彼の個性が強すぎて「あれ、既発表曲だったっけ?」と思ったほど。ただ、ピアノだけで聴くと、ちょっと癖が強すぎる印象を受けたのですが、これまた癖の強い彼の歌声にのると、癖の強さ同士でちょうど中和しあって、ほどよいポップスとしてのバランスを保っているのがユニークなところ。今回のアルバムでの新たな発見でした。

未完成な状況で発表し、その後アップデートする手法自体は、以前、カニエ・ウェストがアルバム「The Life Of Pablo」にて、一度配信したアルバムをアップデートしていくという手法を試みたことがあります。それいえばKANちゃんも、ライブ会場限定で、発表前の曲をCDにてリリースしたことがありました。そういう意味で配信によってミュージシャンが比較的容易に、自分の楽曲を発表できる状況の中、曲の成長を見せるという手法自体はさほど斬新ではないかもしれません。ただ、ピアノオンリーのインストから弾き語りへと成長させることにより、志磨遼平のコアな部分がよりあらわになったアルバムであることは変りませんし、非常にユニークな試みであることには間違いないでしょう。

ただ少々残念だったのは「バイエル(Ⅱ.)」のリリースに合わせて「バイエル(Ⅰ.)」の配信が終了してしまった点。パッケージ版「バイエル」の初回盤に「バイエル(Ⅰ.)」の内容がCD音源としてついてくるみたいなのですが、やはり「バイエル(Ⅱ.)」と容易に比較する意味でも、配信は続けてほしかったなぁ・・・。ちなみにパッケージ版ではさらなる成長を遂げているのでしょうか?Twitterの発言などからすると、今後も成長を遂げそうな予感もあり、ひょっとしたらパッケージ版の次に「バイエル(Ⅲ.)」としてあらたな配信もありうるかも。この挑戦、これからも要注目です。

評価:
バイエル(Ⅰ.) ★★★★
バイエル(Ⅱ.) ★★★★★

ドレスコーズ 過去の作品
the dresscodes
バンド・デ・シネ
Hippies.E.P.

オーディション
平凡
ジャズ


ほかに聴いたアルバム

NEW GRAVITY/Nulbarich

Nulbarichフルアルバムとしては約2年2ヶ月ぶりとなるニューアルバム。最近ではSuchmosの活動休止などもあり、一時期話題となった、彼らのようなジャズ、ブラックミュージックをベースとしたバンドのブームも若干下火になっていますが、そんなことはお構いなしに、彼らは彼らのスタイルを貫いています。特に作品では80年代ニューウェーブの影響も取り入れたエレクトロサウンドの作品も目立ち、新しさと懐かしさを同居させたようなシティポップを聴かせてくれています。今回のアルバムは2枚組で、Disc2では他のミュージシャンとのコラボが収録されていますが、こちらも80年代的な色合いが強い作風に。若干メロディーラインのフックの弱さは前作までの作品同様、気になる部分もあるのですが、概していままでのアルバムでは一番楽しめた作品でした。

評価:★★★★★

Nulbarich 過去の作品
Who We Are
Long Long Time Ago
H.O.T
The Remixies
Blank Envelope
2ND GALAXY

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