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2021年5月17日 (月)

純粋に「曲」を聴かせるトリビュート盤

Title:筒美京平SONG BOOK

昭和歌謡史に残る数多くのヒット曲を世に生み出した作曲家、筒美京平。いわゆる昭和歌謡曲に大きな痕跡を残しただけでなく、90年代の渋谷系にも影響を与え、その後のJ-POPシーンにも多くの楽曲を送り出してきた彼ですが、昨年10月、80歳で惜しまれつつこの世を去りました。そんな筒美京平を忍んで、様々な企画が立ち上がっているようですが、本作もそんな企画のひとつ。筒美京平へのトリビュートアルバムとなります。

ただ正直なところ、最初、このアルバムにはほとんど惹かれませんでした。というのもこの手のトリビュートアルバムでまず注目する歌い手にいまひとつ食指が引かれなかったため。参加しているのはLiSA、JUJU、乃木坂46の生田絵梨花、Little Glee Monster、TUBEの前田亘輝、T.M.Revolution西川貴教・・・と、いわば売れ線J-POPのシンガーたち、もっと言えばアイドル系シンガーも目立ち、トリビュートとしては正直どうなの??という感覚を持っていました。

しかし、本作は、通常のトリビュートアルバムのようなシンガーを主軸としたトリビュートアルバムではありませんでした。公式サイトの紹介でも、シンガーの紹介より先にプロデューサーの紹介が来ているように、あくまでもこのトリビュートアルバムで筒美京平をトリビュートしているのはプロデューサー。そう考えると、本作で参加しているのは武部智司、亀田誠治、本間昭光、松尾康陽、西寺郷太というそうそうたる顔ぶれ。このメンバーで一気に食指が動かされます。

そのため本作においてはボーカルはあくまでも楽曲の素材のひとつ。その結果として、それぞれの楽曲にマッチしたボーカリストがしっかりと起用されていました。また、プロデュースワークにしても、必要以上にプロデューサーの個性を前に出している訳ではありません。例えば小西康陽プロデュースによる「シンデレラ・ハネムーン」。小西康陽といえば、サウンドが特徴的ですが、一青窈をボーカルとして起用したこの曲は、ジャジーな雰囲気を醸し出しつつ、必要以上に小西サウンドを押し出さず、曲を持つ素材の良さを見事に調理しています。松尾潔プロデュースによる「魅せられて(エーゲ海のテーマ)」も、原曲よりもファンク色を押し出しているあたりに松尾潔らしさを感じますが、あくまでも原曲がもともと持っていたファンクの要素を引き出しただけにすぎず、こちらもLittle Glee Monsterの芹奈、かれんのセクシーさすら感じるボーカルで上手く原曲の良さを上手く調理しています。

他の曲にしても、あくまでも原曲の良さを生かし、純粋に曲を聴かせる作品ばかりで、武部聡志プロデュースの「人魚」も見事。ストリングス主体のアレンジも原曲に準拠していますが、LiSAのボーカルも予想していたよりも表現力豊かに聴かせます。LiSA本人の楽曲は、アレンジの悪い意味でのJ-POP的な平坦なアレンジに興味を惹かれないのですが、こう聴くと、ボーカリストとしてのLiSAの実力を感じさせます。

ちょっとウィスパー気味で切なさを醸し出す武部聡志、本間昭光プロデュース、橋本愛ボーカルの「木綿のハンカチーフ」も聴かせる曲の1つ。ピアノを聴かせつつ、ドリーミーにまとめた本作は、このアルバムの中では比較的原曲のイメージから異なったモチーフを聴かせてくれるのですが、それでも原曲の持つ、切なさを上手く調理しています。

予想外に秀逸だったのが武部聡志、亀田誠治プロデュースによる乃木坂46の生田絵梨花による「卒業」。原曲の持つ、はかなさと切なさが彼女のボーカルにピッタリマッチ。もともと原曲自体、斉藤由貴によるアイドルポップだったのですが、ボーカリストの持つアイドル的な清純さが曲にマッチ。非常に胸を締め付けられるようなカバーになっています。

ユニークなところでは本間昭光プロデュースによるmiwa「サザエさん」もユニーク。以前からいろいろなところで指摘されているようにモータウンからの影響が垣間見れる本作を、よりモータウンビートを前に押し出すような形にアレンジを聴かせます。miwaの陽性の高いボーカルも楽曲にピッタリとマッチしています。

全体的には男性ボーカル曲よりも女性ボーカル曲の方が秀逸な曲が多かったのですが、男性ボーカルの中でもユニークだったのが武部聡志プロデュースによる前田亘輝「さらば恋人」でしょう。こちらはプロデュースワーク以上に、完全に堺正章とシンクロした前田のボーカルが楽しめるカバーに。こちらはボーカリストとしての実力も感じます。

基本的にはどの曲も、筒美京平の持つ曲のよさをしっかり生かした秀逸なプロデュースワークの目立つアルバムとなっており、なによりも筒美京平の曲の良さ自体にスポットのあてられた、非常に素晴らしいトリビュートアルバムに仕上がっていました。あらためて筒美京平の才能を感じさせる理想的なトリビュートアルバム。ボーカリストのファンかどうか関係なく、ポップス好きには無条件でお勧めしたい文句なしの作品です。

評価:★★★★★


ほかに聴いたアルバム

yesworld/TK from 凛として時雨

TK from 凛として時雨の約1年ぶりとなる新作は、全5曲入りのEP。マイナーコード主体の、これでもかといったほど哀愁感を詰め込んだサウンドと、それに呼応するかのような、叫ぶような焦燥感たっぷりの楽曲スタイルは相変わらず。良くも悪くも大いなるマンネリな部分は否めず、正直、フルアルバムのボリュームだと最後の方は飽きが来そうなのですが、5曲入り程度のEPだと、それよりも楽曲の持つインパクトの強さが前に出て、最後まで文句なしに楽しめる作品になっていました。

評価:★★★★★

TK from 凛として時雨 過去の作品
flowering
contrast
Fantastic Magic
Secret Sensation
white noise
彩脳

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