二村定一の業績を深く紹介
Title:雨の中の歌ふ 二村定一とジャズ小唄
Musician:二村定一
ここでも何度か取り上げたことがある、戦前、ジャズシンガーとして一世を風靡し、数多くのヒット曲を世に送り出した二村定一。洋楽や当時のジャズのテイストが色濃く残る、今でも通用しそうなコミカルなポップソングが非常に魅力的なシンガーなのですが、そんな彼の生誕120周年を記念して、オールタイムベスト的なアルバムがリリースされました。
二村定一のアルバムを当サイトで取り上げるのはこれが3度目。最初は、本作と同じくビクターからリリースされたベストアルバム「私の青空~二村定一ジャズ・ソングス」、そしてもう1作は、ここでも何度もアルバムを紹介している戦前SPの復刻専用レーベル、ぐらもくらぶからリリースされた「帰ってきた街のSOS! 二村定一コレクション1926-1934」となります。ただ、どちらのアルバムもぐらもくらぶの主宰である保利透がプロデュース、監修は音楽ライターで音楽史家でもある毛利眞人が手掛けており、そういう意味では共通項のある企画ではあります。
その中で「帰ってきた街のSOS!」が、彼が収録したマイナーレーベルの作品を収めたものとなり、一方、メジャーレーベルの楽曲を収めたのが「私の青空」の方。本作は、その「私の青空」と同様、ビクター原盤の作品を収録した作品となりますので、「私の青空」と類似の企画ということになります。ただ、1枚26曲入りだった「私の青空」と比べると、本作は2枚組48曲入りと収録曲が倍増。「私の青空」が当時ビクターで企画されていた戦前SP復刻企画「ニッポン・モダンタイムス」の一環としてリリースされた、二村定一を一般リスナーに紹介するような、そんなアルバムだったのに対して、本作は二村定一に本格的にスポットを絞り、彼の実績を深く紹介するアルバムに仕上がっています。
今回のアルバムの特徴としては、CD2枚組となり、Disc1は海外のジャズソングのカバーを、Disc2は和製のジャズソングを収録したアルバムとなっています。特にDisc1は彼の代表曲とも言える「青空」と「アラビアの唄」からスタート。この2曲からスタートする構成は「私の青空」でも同様ですので、それだけ彼を紹介するには重要な2曲と言えるのでしょう。どちらもスタンダードナンバーとなり、様々なミュージシャンがカバー。今でもテレビなどで使用されることがあるので、フレーズだけはどこかで聴いたことある方も少なくないかもしれません。特に「青空」の歌詞の一節「せまいながらも楽しい我が家」は、今でもお決まりの言い回しとして会話の中で使われることがあるほどです。
この2枚組のうち、特に洋楽テイストの強いDisc1の方は、今の耳で聴いても聴きやすく、二村定一入門としても最適な24曲となっています。一方、より時局性を反映されているのがDisc2の方でしょう。こちらは和製ジャズということで、民謡や長唄的な、いかにも和風なテイストの強い作品も並びますが、そんな中でも洋楽的なモダンさが顔をのぞかせているのが彼らしさを感じさせます。時局的に言えば、「満州前衛の唄」や「護れよ祖国」など、戦時性を反映した曲もあり、洋楽的でモダンな印象を受ける彼の楽曲の中では異質な印象もあるのですが、当たり前ですが、彼でも戦争からは逃れられなかったということでしょう。一方で、「都会交響曲」や「銀座セレナーデ」など、戦前日本の都会の暮らしを描写した曲などは、戦前の都会に暮らす人々の模様が今でも生き生きと伝わってくるようで魅力的。さらにユニークなのは「モダン節」という曲で、タイトル通り、当時最新鋭のアイテムが登場。1929年の楽曲なのですが、イギリスやドイツで実験放送がはじまったばかりのテレビジョンや、実用化されてまもない飛行機なども登場。ちょっと近未来的な描写もとても楽しい曲になっています。
そんな訳で、全48曲というボリュームで、より深く、二村定一の魅力に迫ったアルバムになっていた本作。ブックレットでは各曲の詳しい解説も記載されているため、まさに二村定一の入門としてもピッタリな1枚ですし、私のような過去にリリースされた彼のアルバムを聴いた方でも、さらに深く彼の業績に触れるためにはピッタリの作品になっていました。彼の魅力にあらためて触れることが出来た好企画。ますます二村定一というシンガーが好きになるそんなアルバムでした。
評価:★★★★★
二村定一 過去の作品
私の青空~二村定一ジャズ・ソングス
帰ってきた街のSOS! 二村定一コレクション1926-1934
ほかに聴いたアルバム
Augasta HAND×HAND
オフィスオーガスタがこの冬送り出したコンピレーションアルバムは、所属ミュージシャン同士のコラボレーションによる企画アルバム。人と人とが距離を保つことを強制される昨今のコロナ禍の中で、逆にミュージシャン同士のコラボを行うという企画が非常にユニークかつ意義深いものを感じます。楽曲的にはエキゾチックな曲調に元ちとせのボーカルが印象に残る「KAMA KULA」や軽快なモータウンビートの「Rewrite」、今風の洋楽R&B系ポップスの様相の強い「Unbreakable」、力強いバンドサウンドが印象的な「木の歌」などバラエティー富んだ曲調に、オフィスオーガスタ所属のミュージシャンのバリエーションの豊富さを感じさせます。コロナ禍の中でのオフィスオーガスタらしい好企画でした。
評価:★★★★★
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