今も、昔も魅力的なロックシンガー
今年、デビュー40周年を迎えた佐野元春。その区切りの年に、彼の活動を網羅したベストアルバムが2組、同時にリリースされました。
Title:MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980-2004
Musician:佐野元春
まずは2004年まで所属していたソニーミュージックの楽曲を集めたベストアルバム。「ガラスのジェネレーション」「SOMEDAY」「約束の橋」といった代表作とも言える作品が並んでいます。
Title:THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020
Musician:佐野元春&THE COYOTE BAND
で、こちらは2005年以降、彼が所属している、彼が立ち上げた独立レーベル「Daisy Music」からリリースされた楽曲を集めたベスト盤。「GREATEST SONGS」が全3枚組48曲、「THE ESSENTIAL TRACKS」が全2枚組32曲、合わせると5枚組80曲というフルボリュームのベスト盤となっており、一気に佐野元春の世界を味わえるベスト盤となっています。
佐野元春というミュージシャンは、アルバムがリリースされれば一通りはチェックしているミュージシャンなのですが、いままであまり自分が好きなミュージシャンかどうか、ということを意識したことがありませんでした。ただ今回、こういう形で5枚というフルボリュームのベスト盤を聴いてみて、「あれ?佐野元春というミュージシャン、自分は結構好きなんだな」ということを認識することが出来ました。このベスト盤、聴いてみて素直にワクワクできましたし、かなりのボリュームでありながらも、途中でダレることなく、最後まで楽しみながら聴くことが出来たからです。
確かに佐野元春の曲をあらためて聴くと、爽快ながらもほどよくヘヴィーなギターサウンド、孤独さを感じる若者にそっと寄り添うような歌詞、意外とポップでキャッチーさも感じるメロディーラインといい、なにげに私が好んで聴くような90年代のオルタナ系ロックバンドに通じるような方向性も感じます。ちょうど先日、某所でのインタビューで、the pillowsの山中さわおが最も影響を受けたミュージシャンとして佐野元春の名前を挙げていたのですが、確かに、佐野元春の曲の方向性としてthe pillowsにも通じる部分を感じますし、そういう意味では、多かれ少なかれ、佐野元春というミュージシャンが90年代以降の日本のオルタナシーンに与えた影響は少なくないのかもしれません。
今回、佐野元春の楽曲を、ほぼ発表順に聴くことにより、彼の歩みを知ることが出来るベスト盤。全体を通じて、比較的初期の頃から佐野元春のサウンドというものがしっかりと確立されており、全体としては楽曲のバリエーションというよりも統一感を覚える内容になっています。ただ、そんな中でエポックメイキングな作品として知られているのが「GREATEST SONGS」の1枚目に収録されている「コンプリケイション・シェイクダウン」。一時期ニューヨークで生活していた彼が、まだアメリカでも生まれたばかりであったHIP HOPに刺激されて作ったという、日本での最初のラップともいわれているこの曲。今となってはラップも日本でもありふれたものになったため、特別感はないものの、当時はかなり違和感を持って迎え入れられたんだろうなぁ、ということを感じます。
ただ、このベスト盤を通じて、時代に沿って、サウンドはそれなりにアップデートされているものの、彼自体、決して奇抜な流行のサウンドに飛びつくようなタイプのミュージシャンではありません。例えば、80年代にディスコを取り入れたり、90年代にエレクトロを取り入れたり、あるいはレゲエを取り入れたり・・・という、ありがちな展開はありません。逆にそれだけニューヨークに住んでいた時のHIP HOPがあまりに彼にとって刺激的で衝撃的だったんだろうなぁ、ということを物語っています。
また、サウンド的に変化を感じるのは「THE ESSENTIAL TRACKS」の方で、やはりバンド名義だからでしょうか、音数は増え、歌以上にバンド全体で聴かせるような楽曲がグッと増えてきているようにも感じます。また、ブルースなどのルーツ志向も感じ、いい意味で円熟味が増してきているのも「THE ESSENTIAL TRACKS」に収録されている楽曲たち。「GREATEST SONGS」の初期の作品のような、若々しい勢いのある楽曲との聴き比べもまた、楽しかったりします。
もっとも、じゃあ「THE ESSENTIAL TRACKS」の曲が、「GREATEST SONGS」に比べて悪い意味でマンネリ化してしまい、悪い意味でのベテランミュージシャンらしい棺桶に片足を突っ込んだような曲になっている・・・という訳ではないのがおもしろいところ。実際、ここ最近の佐野元春のアルバムは傑作が続いていますし、サウンド的には円熟味は増し、若い時のような勢いは感じなくても、まだまだ現役感あふれる、ベテランの彼にとっては彼なりの「勢い」を感じさせる曲が並んでいます。多くの方が知っているヒット曲も多い「GREATEST SONGS」に比べると、楽曲的な知名度はあまり高くないかもしれませんが、「THE ESSENTIAL TRACKS」も文句なしにお勧めできる名曲が並んでいます。
全5枚にも及ぶCDで佐野元春の活動を俯瞰できるベストアルバム。そしてどの時期の彼も、実に魅力的でした。個人的には予想以上に楽しめた佐野元春のベストアルバム。日本の音楽シーンにおいて彼の存在の重要性はまだまだ高まっていきそう。彼の魅力を存分に感じられたベスト盤でした。
評価:どちらも★★★★★
佐野元春 過去の作品
ベリー・ベスト・オブ・佐野元春 ソウルボーイへの伝言
月と専制君主
ZOOEY
BLOOD MOON
MANIJU
自由の岸辺(佐野元春&THE HOBO KING BAND)
或る秋の日
ほかに聴いたアルバム
BURN THE SECRET/WANDS
90年代のビーイング系ブームの最中に数多くのヒットを飛ばして絶大な人気を博したバンドWANDS。メインボーカルの上杉昇とギターの柴崎浩が脱退した後、全く関係ないメンバーを入れて再始動するなど、悪い意味でビーイングらしい節操のなさも目立ったバンドですが、このたび再始動。ただ今回はボーカルこそ新メンバーなのですが、ギターは柴崎浩、キーボード木村真也という全盛期のメンバーが戻ってきており、そういう意味ではちゃんとWANDSを名乗ってしかるべきメンバーにはなっています。本作は往年のヒット曲もセルフカバー。懐かしさもあって、チェックしてみたのですが・・・・・・
率直な感想としては予想していたよりも厳しい・・・。サウンド的には90年代のJ-POPそのままなのですが、かなりスカスカかつチープなサウンドで、90年代J-POPのパロディとしてすら成立していないレベル。ボーカリストも端正なアイドルばりのボーカリストなのですが、如何せんボーカリストとしての表現力は上杉昇に対して大きく見劣っています。大ヒットした「もっと強く抱きしめたなら」もカバーしているのですが、「こんな感じの曲だったっけ?」と思ってオリジナルを久しぶりに聴いたら、ボーカルにしてもアレンジにしても断然オリジナルの方が上。昔のヒット曲をカバーしているあたり、(私もそうなのですが)リアルタイムでWANDSを聴いていたようなアラフォー世代を狙った再結成企画なのでしょうが、正直、あらゆる点が中途半端という印象を受けてしまいました。「WANDS、懐かしい・・・」という感じた私の同世代の方は、素直に90年代のオリジナルのベスト盤などをチェックした方がよいかと。
評価:★★
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