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2020年12月 1日 (火)

歌謡曲への愛情がストレートに伝わる

今回は、最近読んだ音楽関連の書籍の紹介。今回紹介するのは、当サイトでもたびたび紹介しているシンガーソングライター町あかりによる「町あかりの昭和歌謡曲ガイド」です。彼女は、もともと非常に歌謡曲への造詣が深いミュージシャン。彼女の歌う曲自体、昭和歌謡曲をそのまま今の時代によみがえらせたようなスタイルですし、2016年にリリースした「あかりの恩返し」というアルバムは、「町あかりが今まで影響を受けてきた歌手のみなさんに楽曲提供の依頼を受けたら」というコンセプトで曲を書き上げるという内容になっており、歌謡曲への愛情をストレートに感じるアルバムになっていました。

そんな彼女の書いた一冊。ただ、「昭和歌謡曲ガイド」と題していますが、昭和歌謡曲を知るためのガイドブックというよりも、どちらかというと彼女が好きな昭和歌謡曲について書いたエッセイ集という感じが強くなっています。1991年生まれの彼女は、完全に後追いで歌謡曲を聴いた世代。かく言う私もリアルタイムで歌謡曲を愛好していた世代ではないので、後追いで歌謡曲を聴いたりしたのですが、私の場合は「あの頃ヒットした曲」をまずは聴くという、ある意味「お勉強」的な聴き方をしました。しかし彼女の場合はYou Tubeなどで出会った気に入った曲を片っ端から聴いていくというスタイル。そのためここで紹介されている曲は決してメジャーな曲ではなく、むしろ「知る人ぞ知る」的な曲が少なくありません。また世代的にも彼女が好みという1978年近辺にデビューしたアイドルや歌手の曲がメインであり、昭和歌謡曲を網羅的に取り上げているものではありません。この曲をガイドブックとして歌謡曲を聴き進めても、おそらく「昭和歌謡曲」の全体像は見えてはこないように思います。

ただ、そんな「エッセイ集」であるからこそ、1曲1曲の紹介文がそれぞれ、実に彼女の思いのつまったような文章となっています。彼女とその曲との出会いや、惹かれた理由、彼女がその曲を愛した理由がこれでもかというほど書かれており、彼女の歌謡曲に対する愛情を深く感じることの出来る内容になっていました。文章は彼女の語り口そのままということもあってか非常に読みやすい文体になっており、各曲に関するエピソードもいろいろと述べられているのですが、若干29歳とは思えないような歌謡曲への詳しさに舌を巻くような内容になっており、本当に彼女は歌謡曲が好きなんだなぁ、と素直にほほえましくなるような内容になっています。

また、この手の昭和歌謡曲の紹介だと、よくあるパターンなのですが、歌謡曲を持ち上げるあまり、90年代以降のJ-POPや現在の音楽、時としては同世代のニューミュージック、フォーク系の楽曲を貶めるような文章が出てくるケースが多々あります(個人的に非常に苦々しく感じるので繰り返して強調しますが、本当に多々あります)。しかし、本書の中にはそんな記載は一切ありません。基本的にはただただ歌謡曲への愛情をつづっていますし、途中、星野源なども登場するのですが、何気に彼女も星野源の「恋」にはまったらしく、ポジティブな文脈として登場してきます。おそらく彼女は歌謡曲云々以前に、まずは「音楽」が好きなんでしょうね。そんな音楽自体への愛情も強く感じました。

ただちょっと残念に感じる部分もあって、まず1点目に、その曲が誕生した頃の音楽シーンや社会情勢のような、曲の背後についてほとんど触れられていない点に物足りなさも感じました。まあ、もっともこの点については、彼女は決して「研究家」ではなく、なによりも純粋に曲自体が好きなんでしょうから、無理に楽曲が誕生した背景にまで言及する必要はないのかもしれません。ただ、もう1点の方はかなり残念な点なのですが、曲紹介に、彼女のシンガーソングライターとしての視点がほとんどなかった点。歌詞についての言及はあるものの、メロディーラインやコード進行の妙、作る側の立場としておもしろさを感じる点、のようなシンガーソングライター的な視点がほとんどありませんでした。良くも悪くも歌謡曲のいちファンとしての立場で書かれたエッセイになっているのですが、彼女は間違いなくシンガーソングライターとして「プロ」なんだから、普通の「歌謡曲ファン」には出せない、プロとしての視点も聴いてみたかったな、という点は残念に感じました。

そんな残念な点はありつつも、全体といては歌謡曲への愛情が伝わる、そして取り上げられた楽曲について一度聴いてみたくなる、そんなエッセイ集でした。ただ純粋に、昭和歌謡曲全体について詳しく知りたい、という方にとっては若干拍子抜けしてしまう内容かもしれません。その点は注意かも。逆にこの1冊ではじめて町あかりを知ったのなら、次は彼女の曲も、是非チェックしてみてくださいね。

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