昭和初期や戦後の流行歌を今の時代に
Title:それゆけ!電撃流行歌
Musician:町あかり
もともと歌謡曲に造詣が深く、自らの音楽にも歌謡曲的な要素をふんだんに盛り込んでいたシンガーソングライターの新作は、自身初となるカバーアルバム。それも本作でユニークなのは、カバーの対象となるのが、この手のカバー曲となるとありがちな70年代や80年代の歌謡曲のカバーではなく、昭和初期や戦後すぐの流行歌のカバーであるという点。そのため歌謡曲のカバーというとありがちな、懐メロ的にアラフィフ世代やアラ還世代向けに買ってもらおう・・・という下心はゼロですし、また、「最近の曲は昔の曲と比べると・・・」みたいな、必要以上に最近の曲を卑下しようとするスタンスもゼロ。純粋に昔の良い曲を今によみがえらせようというスタンスでのカバーアルバムとなっています。
さて、そんな今回のカバーアルバムなのですが、全体的には原曲の雰囲気を生かしつつも、あくまでも「現在」の視点でのアレンジを施したカバーに仕上げています。そのため、正直なところ、それが原曲にマッチした曲と、若干アンマッチだったように感じられるカバーも少なくありませんでした。アンマッチという点でいえば、序盤の「青い山脈」と「丘を越えて」。どちらも藤山一郎の大ヒット曲で、いまだにカバーなどで歌われることも少なくない曲で、いまなおスタンダードナンバーとして知られる曲。よく知られている曲だからかもしれませんが、今回、かなり大胆なエレクトロアレンジを加えていますが、正直言うと、このアレンジがかなり厳しいものになっていました。特に厳しかったのはボーカルにエフェクトが加えられてしまった点。結果として聴いていてチープさが否めないアレンジとなってしまっており、最初、この2曲が並んだ時は、「これはあまり期待できないな・・・」とガッカリしてしまいました。
もっとも、アレンジとして極端に原曲にマッチしていなかったのはこの2曲だけで、その後の曲に関しては、それなりに原曲のイメージを保ちつつ、曲の雰囲気的には今風にアップデートされ、今の耳でも聴いて、「現在のポップソング」として楽しめるカバーに仕上がっていました。
例えば「東京チカチカ」は東京の喧騒をうたったコミカルな内容は現状にもマッチする歌詞なのですが、リズミカルでテンポよいボーカルがHIP HOP的に解釈されており、これが昭和初期の曲なのか、と意外に感じる新鮮さを覚えますし、ラストの「港の見える丘」はエレクトロのアレンジが印象的なのですが、こちらに関しては序盤の2曲と異なり、ドリーミーな雰囲気のアレンジが楽曲の雰囲気にもピッタリマッチして、今風に見事、アップデートされたカバーとなっています。
また、町あかりのボーカリストとしての魅力を感じさせるカバーも少なくなく、「上海帰りのリル」や「白い花の咲く頃」など、ムーディーに聴かせる曲に関しては、のびやかなボーカルで感情たっぷりに聴かせる彼女のボーカルが実に魅力的。ボーカリストとしての町あかりの実力を感じさせてくれました。ただ、「白い花の咲く頃に」に関しては、若干アレンジ面でのサウンドのチープさが浮いていた感じがする点はちょっと残念だったのですが・・・。
そして今回は、そんなカバーの別アレンジが、配信限定のミニアルバムとしてもリリースされています。
Title:別冊!電撃流行歌
Musician:町あかり
そしてこちらがその別アレンジバージョン。「それゆけ!」ではピアノアレンジだった「上海帰りのリル」が同作では打ち込みに。逆にエレクトロアレンジだった「港が見える丘」では逆に生楽器でジャジーなアレンジに。明るくマーチ調に仕上げていた「憧れのハワイ航路」は一転、ムーディーに聴かせるアレンジになっていたり、アコーディオンでレトロ調だった「サーカスの唄」はギターを入れたバンドサウンドを取り入れたアレンジに、と「それゆけ!」でのアレンジと雰囲気をガラリと変えた別アレンジの曲が並びます。
ここらへん、おそらく彼女が「それゆけ!」を作成する段階で、いろいろとアレンジを模索したんだろうな、という苦労の跡がうかがえます。おそらく、他の曲に関しても、様々なアレンジの試みが行われた上で、「それゆけ!」のような結果になったのでしょう。そして、その別バージョンの中で、そのまま埋もれさせておくのは惜しいアレンジが、今回この「別冊!」で取り上げられたのでしょう。実際、4曲とも非常によく出来たカバーが並んでおり、ひょっとしたら「それゆけ!」のカバーより良かったのでは?と思うような曲も少なくありませんでした。
試みとしては非常にユニークなカバーアルバムとなっていた2作。若干、惜しいと感じる部分もあったのですが、全体的には昭和初期から戦後の名曲をしっかり今の時代のポップスとして解釈できた、良カバーに仕上げられていたと思いますし、町あかりの歌手としての力量、また、流行歌への深い造詣も感じされるアルバムになっていました。これが、次の彼女のアルバムにどう反映されるのか・・・それも非常に楽しみになってきます。
評価:どちらも★★★★
町あかり 過去の作品
ア、町あかり
あかりの恩返し
EXPO町あかり
収穫祭!(町あかり&池尻ジャンクション)
あかりおねえさんの ニコニコへんなうた
ほかに聴いたアルバム
10/tricot
活動10周年を迎える女性3人+男性1人の4人組バンドtricotのニューアルバム。ガレージロックからの影響も顕著なヘヴィーなバンドサウンドはかなり迫力もありカッコよく、その一方、メロディーラインは意外とキュートなポップというアンバランスさがバンドの売り。ただ以前からメロディーラインのインパクト不足は気になっていたのですが、切なさを感じるメロディーラインはそれなりにインパクトも得てきたような印象も。もうちょっとで傑作になりそうな予感はあるのですが。
評価:★★★★
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