2020年を代表する大ヒット盤
Title:STRAY SHEEP
Musician:米津玄師
今、おそらく日本で最も勢いがあり「売れている」ミュージシャンは米津玄師でしょう。このCDがほとんど売れなくなってしまった今、オリコンで初動売上87万9千枚という驚異的な売上をたたき出し、2週目でミリオンセールスを記録。なんといってもこのアルバム、ストリーミングが解禁されている状態の下でのこの記録となっており、本当に支持されるアルバムというのは、やはりストリーミングや配信ではなく、CDという形で持っておきたい…そう考える人がまだまだ多いという証拠でしょう。その中で、彼は、その音楽が多くの人たちから本当の意味で支持されているからこそ、これだけのメガヒットをたたき出すことが出来た、ということでしょう。
そして、間違いなく2020年を代表する大ヒット作となった本作ですが、その大ヒットも納得の、米津玄師のすごさを実感できるアルバムとなっていました。まず感じるのは、どの曲をシングルカットしても大ヒットしそうなインパクトあるメロディーライン、思わず聴き入ってしまう歌詞の世界、そしてしっかりと作られたサウンドの曲の連続となっており、まさに彼の勢いがそのまま体現化したアルバムとなっています。1曲1曲非常に完成度の高い楽曲は、ある種、大物然とした雰囲気を感じさせます。
前作「BOOTLEG」までは、基本的にオルタナ系のギターロックを主軸とした作品となっていたのですが、今回のアルバムは、「ギターロック」という、よくありがちなタイプのサウンド志向からは完全に脱却しています。和風なメロで妖艶さを感じる「Flamingo」、ホーンセッションを入れてムーディーでファンキーな「感電」、打ち込みを入れたエレクトロダンスチューン「PLACEBO」、ストリングスを大胆に入れてスケール感を出した「馬と鹿」、ストリングスとエフェクトかけたボーカルでダイナミックに仕上げた「海の幽霊」など、もともと雑食性嗜好の強かった彼ですが、その方向性は本作ではより顕著に、さらにより完成度の高い、バラエティー富んだ作風を作り上げています。
また、ボカロP出身のミュージシャンにありがちな、情報量過多で、早くの歌詞が聴き取りにくいスタイルも完全に脱却。まあ、前作「BOOTLEG」あたりから完全に脱却していたのですが、しっかりと言葉を噛みしめるように歌うスタイルもすっかりと定着し、それゆえに歌詞の世界観がより胸に響いてきますし、サウンド的にも無駄をそぎ落としたような構成がグッと多くなったような感じがします。その方向性がもっともよく出たのが、子供たちにとっての国民的大ヒットとなった「パプリカ」のカバーではないでしょうか。比較的賑やかな原曲と比べ、音を比較的シンプルにし、また噛みしめるようにしっかりと歌う米津玄師のスタイルが印象的な楽曲は、明るい雰囲気の原曲とは雰囲気がグッと異なり、エキゾチックのサウンドを聴かせつつ、大人の心にもしっかり響いてくる優れたセルフカバーに仕上がっています。
歌詞の世界観も、初期の作品に見受けられたファンタジックな雰囲気はほとんどなくなり、広い層にアピールできるような言葉を選んだ歌詞を綴っています。ファンタジックな雰囲気がなくなってしまったのは賛否ありそうですし、個人的にはここらへん、初期米津玄師の世界観もよかったんだけどな、とは思うのですが、ただ、初期から続く、社会に対して疎外されたような人の視点から歌われているというスタイルはしっかりと健在。そういう意味では初期の米津玄師とは変わらない方向性も感じられます。
2020年を代表する1枚として、いい意味でのスケール感と完成度を兼ね備えた、優れたポップスアルバム。彼のブレイク以降、ボカロP出身のミュージシャンが多くデビューしていますが、正直言って、格の違いを感じさせる境地に至ってしまった大傑作アルバムだったと思います。ただ一方、ちょっと気になるのが、サウンドはともかくメロディーラインに関して、マイナーコード主体の比較的、似たタイプの曲が多かったという点。ここらへん、現時点においては曲の勢いやクオリティーが勝っているだけに気にならないのですが、ただ、今度、この勢いにブレーキがかかった時にマイナスに作用しそうな感じがして気になります。ここらへん、もうちょっと吹っ切れて、米津玄師らしからぬメロディーの曲なんてのもあればおもしろいかも、とも思うのですが…。
そんな気になる点もあったものの、文句なく、今年を代表する傑作アルバムと言える1枚だったと思います。こういうアルバムがしっかりとヒットするあたり、日本のミュージックシーンも捨てたものじゃないですね。この勢いはまだまだしばらくは続きそうです。
評価:★★★★★
米津玄師 過去の作品
diorama
YANKEE
Bremen
BOOTLEG
ほかに聴いたアルバム
盗作/ヨルシカ
ボカロPとして活躍していたn-bunaとボーカリストsuisによるユニット、ヨルシカのニューアルバム。本作は「音楽を盗作する男」を主人公に、男の破壊衝動を形にした楽曲が収録されたコンセプトアルバム。ギターロックを中心に、レトロポップやジャズなどの要素を加えた、全体的には悲しげな雰囲気の歌詞とメロディーが特徴的。虚無的な歌詞が印象に残る「レプリカント」やアコギで郷愁感あふれる歌と歌詞が魅力的な「夜行」など、印象的な楽曲も少なくありません。コンセプトからして、この手のネット初ミュージシャンにありがちな、頭でっかちなスタイルなのが気になるところですが、まさに力作という表現がピッタリくるような作品に。ただ個人的には、アップテンポな曲にインパクトをつけるため、ハイトーンで疾走感あるサビを持ってくる、という一本調子は気になったところ。ボーカリストのsuisは、ちょっとハスキーさもある低音部を魅力的に出せるボーカリストだと思うので、もうちょっと低音で、しっかりと表現できるような楽曲の方が、より彼女の魅力が出るように思うんだけどなぁ。ここらへん、メロディーラインはもうちょっと練ってほしい感じがしました。
評価:★★★★
ヨルシカ 過去の作品
エルマ
IT'S ALL ME - Vol.1/AI
AIのデビュー20周年を記念してリリースされたミニアルバム。「IT'S ALL ME」というタイトル通り、ソウル、ラテン、ラップ、バラードなどミニアルバムながらも様々な要素を取り入れた音楽性が特徴的で、それにも関わらず、アルバム全体としてしっかりと「AI」らしさを感じさせるアルバムになっています。「Vol.1」というタイトルがついていますが、これ、第2弾第3弾もリリースされるのでしょうか?しっかりとAIの魅力を伝えるような内容になっていただけに、第2弾、第3弾も楽しみです。
評価:★★★★
AI 過去の作品
DON'T STOP A.I.
VIVA A.I.
BEST A.I.
The Last A.I.
INDEPENDENT
MORIAGARO
THE BEST
THE FEAT.BEST
和と洋
感謝!!!!! Thank you for 20 years NEW&BEST
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