兵士Aの物語
今回は映像作品の紹介。本作はシンガーソングライター七尾旅人の初となる映像作品「兵士A」。もともと2015年に行われた舞台公演が、翌年に映画上映され、その後、DVD/ブルーレイでリリースされました。それが今年の5月、配信でもリリース。以前から気になる作品ではあったものの、なかなか手が出せなかった作品なのですが、今回の配信によって、はじめて実際に見ることが出来ました。
本作では自衛官の扮装をした七尾が「近い将来この国に数十年ぶりに現れるかもしれない」1人目の戦死兵・兵士Aを演じており、100年というスパンで物語を描くという壮大な試みを行った舞台。物語は4部構成となっており、最初はプロローグ、その後は「Aくんが生まれ、そして死ぬまで」ということで、兵士Aの生い立ちが、戦後日本の歩みと重なるようにして語られます。3部は「Aくんが殺したひとびと」で、戦争を語られるパート。最後の「再会」は、先の大戦を経験した、亡き祖父と(おそらくあの世で)再会するという展開となっています。
ステージは、基本的には七尾旅人ひとりで、それもアコースティックギター1本で、時にはとぎれとぎれになりそうな切ない声で語りかけるように歌われるのが印象的。また、歌の間には物語を語るようなシーンもあり、朗読劇的な要素も見て取れます。そして後半にはサックス奏者の梅津和時がステージ上に登場。激しいサックスのインプロビゼーションにより、七尾旅人のアコギと対峙するという、緊迫する演奏シーンも見せてくれます。
率直に言うと、この作品を見る前に想像していた内容とは少々異なる部分がありました。というのは、見る前は本作は、比較的社会派的な要素の強い作品と想像していました。先の大戦の後、平和になった日本が徐々におかしくなり、戦争に至るまでの、徐々に社会がゆがんでいく道のりが描かれている、そう思っていました。しかし実際には、なぜ日本が再び戦争をはじめ、その中で戦死者が出たのか、という描写はありません。ただ、現在社会の中に平凡に生きてきた一般人であるはずの「Aくん」が、戦争に巻き込まれ、そして戦士した、という事実のみが描かれています。
それだけに変な「想像」が語られない分だけ逆にリアリティすら感じました。集団的自衛権が容認されるようになり、米中関係の悪化はもちろん、コロナの影響もあり「自国第一主義」がまかり通りはじめた現在においては、何かのきっかけで日本が戦争に巻き込まれる可能性は決して少なくはありません。そんな今を生きている私たちだからこそ、「Aくん」の存在は容易に想像できるのではないでしょうか。
この「兵士A」では決して多くの物語が語られている訳ではありませんが、七尾旅人により語られ、歌われた「物語」の隙間を想像するのは比較的容易ではないでしょうか。さらに印象的だったのは、やはり七尾旅人の歌自体でしょう。兵士Aの叫びをそのまま体現化するようなボーカルや、シンプルながらも力強いアコースティックギターの音色、さらにそんな中、戦争の不気味さを表現するようなノイズを入れてきているのも強い印象に残ります。
音楽的にはやはり終盤の七尾旅人と梅津和時のインプロビゼーションのやり取りが印象的。自衛官に扮した七尾旅人に対して、梅津和時は、おそらく兵士Aの祖父を彷彿とさせる、戦前の軍服を着ており、再び起きてしまった戦争の中で命を落としてしまった無念さ、怒りを表現しているようにも感じました。
最初の想像と異なり、声高に平和を叫ぶような作品ではありません。ただそれだけに、逆にある種のリアリティがあり、兵士Aの叫びが、言葉だけではなく音楽を通じても胸に突き刺さるような作品だったように思います。3時間に及ぶ作品でかなりボリューム感がありますが、かなり力の入った作品であることは間違いありません。3日間限定という形ですが、配信でも比較的容易に見ることが出来ますし、コロナ禍の中で、世界情勢がおかしなことになる中で、一度見てほしい作品です。
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