コロナ禍の中での8年ぶりの新作
Title:Rough And Rowdy Ways
Musician:Bob Dylan
オリジナルアルバムとしては2012年にリリースした「Tempest」以来、約8年ぶりとなるボブ・ディランのニューアルバム・・・と聴くと、少々意外な印象も受けてしまいます。前作以来、3枚のカバーアルバムをリリースしていますし、またブートレグ・シリーズのリリースも相次いでいます。さらには、日本にも2018年のフジロックをはじめとしてほぼ隔年で来日しているほか、なんといっても2016年にノーベル文学賞を授与というニュースが大きな話題になるなど、むしろこの8年間、彼の名前は頻繁に、様々なメディアなどで取り上げられており、それだけにオリジナルアルバムのリリースが約8年ぶりというのは非常に意外な印象を受けます。
さて、そんな今回のニューアルバムリリースに先立って、大きな話題となった新曲がありました。それが今回のアルバムでも収録された「Murder Most Foul(最も卑怯な殺人)」という楽曲。3月27日、コロナ禍が世の中を覆い出した頃に「どうぞ安全に過ごされますように、油断することがありませんように、そして神があなたと共にありますように」という言葉を添えてリリースされた、約17分にも及ぶ大作は、ジョン・F・ケネディの暗殺からスタートします。そして歌詞の中で、エタ・ジェイムス、ジョン・リー・フッカー、スタン・ゲッツなどいった偉大なるミュージシャンや名曲をあげ、そのレコードをかけてくれと訴える内容が非常に印象に残る作品になっています。
本作では、その話題となった17分にも及ぶ新曲が、CD版ではあえて別のCDとして、2枚組のアルバムとしてリリース。この長尺の新曲が加わった結果、計70分にも及ぶボリュームある内容に仕上がっています。そしてその新曲の評判の高さも相まって、今回のアルバムは様々なメディアやファンからの評価も非常に高く、60年近くに及ぶ彼のキャリアの中でも、新たな名盤の登場という評価も受けているような作品にすらなっているようです。
ただ、正直言うと、そんな傑作アルバムをここでレビューとして取り上げるには大変気が引ける部分があります…言うまでもなくボブ・ディランというと、昔から非常に熱心なファンの多いミュージシャン。かつ、彼の書く歌詞は、いろいろな示唆に富んだ内容でありつつも、一方では様々に解釈できるような歌詞になっており、「熱心なファン」でもない一音楽リスナーが解釈に挑むには、かなり困難なものがあります。そのま、彼に関しては若干「一言さんお断り」な雰囲気がないわけでもありません。
そんな中、あえて今回のアルバムに関して、聴いた感想というと、全体的にアメリカのルーツ音楽に対して、真摯に目を向けたようなアルバムのように感じます。スタジオアルバムの前作「Triplicate」もアメリカの昔からの歌をカバーした内容であったり、話題となった「Murder Most Foul」で過去のアメリカのミュージシャンや名曲を取り上げたりすることからも、現状を打破するための方法として、そのルーツからヒントを得ようとする意向をどこか感じてしまいます。今回のアルバムにしても、「Black Rider」のようなフォーキーな作品、「Crossing the Rubicon」のようなブルース、さらには「False Prophet(偽預言者)」のようなブルースロックなど、アメリカのルーツ音楽的な部分をふんだんに取り込んだような楽曲が目立ちました。
もっともだからといって懐古主義に陥っていない点も大きなポイントで、それは今回のアルバムのゲストミュージシャンから明らか。Blake MillsやFiona Appleといった、豪華な今をときめくミュージシャンたちが参加しており(まあFiona Appleも十分ベテランのミュージシャンですが)、彼なりに若い世代のミュージシャンの音を積極的に取り入れているような印象を受けます。
また、全体的にはかなり渋い雰囲気のアルバムになっており、その歌詞の内容といい、前述の通り、このアルバムを語るには「一言さんお断り」のような作品ではあるのですが、一方で、意外とポップでメロディアスな楽曲は広いリスナー層にとって耳なじみがよさそう。特に「Mother of Muses」などは、こんな陳腐な表現を使うと熱心なファンからは怒られてしまいそうなのですが、「泣きメロ」という表現すらあてはまりそうな、胸にグッとくるようなメロディーも魅力的。そういう意味では、ある種のわかりやすさも感じられるのも大きな魅力と言えるかもしれません。
確かに、今後のボブ・ディランの代表作として数えられるとしても納得感のあるアルバム。ただ一方、それでもやはり、次の時代を切り開くようなタイプのアルバム、といった感じではなく、「ポップス史に残る歴史的名盤」みたいな評価は、熱心なファンが下駄をはかせすぎな評価のような印象も受けてしまうのですが…。とはいえ、コロナ禍の中で混沌とする世界の中、齢80歳に近づいている彼が、これだけのアルバムを作るのは驚きでもあります。その才能はいまなお衰え知らずということを感じさせる作品です。
評価:★★★★★
BOB DYLAN 過去の作品
Together Through Life
Tempest
Triplicate
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