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2020年7月11日 (土)

コロナ禍の副産物

Title:thaw
Musician:くるり

世界的にも、また日本においても、残念ながらいまだに終息の気配が見えない新型コロナウイルス。音楽シーンにおいても、ライブが軒並み中止になったほか、夏フェスもほぼ全滅。大きな影響を受けているのはご承知の通り。ただ一方で必ずしもネガティブな影響ばかりではなく、例えば先日もここで紹介したサザンの配信ライブなどが典型例ですが、このような事態になったからこそ楽しめることも出来たイベントなどもあったりします。

ある意味、この時期だからこそ体験できる貴重な配信ライブなど、まさにこの「コロナ禍の副産物」とも言える訳ですが、今回紹介するくるりのアルバムも、そんな「コロナ禍の副産物」と言える1枚でしょう。今年3月から予定していたくるりのライブツアー「特Q」。実は私も参加する予定でチケットも抑えていたのですが、残念ながら新型コロナの影響で中止に。そのライブツアーが中止になった見返りにリリースされたのが今回のこのアルバムで、「解凍」を意味する「thaw」というタイトルがつけられた今回のアルバム。まさにこのコロナ禍が発生したからこそ手にすることが出来た、未発表音源集となっています。

古くはメジャーデビューの時期の1998年頃の曲から、2018年頃の曲までが収録された今回のアルバム。くるりといえばご存じの通り、アルバム毎に楽曲のスタイルが大きく変化するミュージシャンなのですが、本作に収録された曲も、制作された時期のくるりの…というよりも岸田繁の音楽の興味のベクトルが強く反映されたような楽曲が並んでおり、いわばバラバラ。ただ、それがある意味、くるりの歩みを未発表曲から示した作品集とも言えるアルバムになっています。

例えば「Giant Fish」「Only You」はメジャーデビュー時に制作された曲ですが、ギターサウンドを主導としたバンドサウンドに郷愁感あるメロは、確かにメジャーデビュー作「さよならストレンジャー」の時期をイメージされる曲に。佐久間正英により交通整理された感の強かった「さよならストレンジャー」の収録曲に比べると、荒っぽさを感じさせる点が未発表曲らしさと言えるでしょう。

「さっきの女の子」「Midnight Train(has gone)」などは軽快でポップ色の強い楽曲になっているのですが、こちらは2005年の「NIKKI」の頃にレコーディングした曲だとか。この頃は軽快なメロディアスなポップ色の強い曲が多かった時期なだけに、そんな時期のくるりらしい楽曲になっているように感じました。

また今回、2011年に一瞬だけ在籍した田中佑司が参加した楽曲も収録。それが「ippo」「Wonderful Life」で、ここらへんは5人くるりでみんなでワイワイやっていそうな、楽しさを感じさせる明るく、フォーキーな要素も感じさせるポップチューンとなっています。「Wonderful Life」は「チオビタドリンク」のCMソングとして放送されたことがありながらも未発表になっていた曲なだけに、今回、うれしい「解凍」と言えるでしょう。

ただ逆にこの時期にこんな曲を録音していたのか、とちょっと意外に感じる曲もあったりして。例えば「怒りのぶるうす」などは、彼らにしては珍しいヘヴィーなブルースロックなのですが、時期としては「THE WORLD IS MINE」の直後。確かにエレクトロ志向だったこの時期から、ロック志向に回帰する次作「アンテナ」の間の曲なだけに、エレクトロサウンドに飽きてロック志向に思いっきり振り切ったのかな、という印象を受けます。

また「Hotel Evrope」は「ワルツを踊れ」の時期の作品。サンプリングした音源をループする実験性の高いインストチューンなのですが、クラシック志向の強い時期に、こういう曲が作成されていたというのもちょっと意外。ただこちらは岸田繁のナンバーではなく、佐藤征史作曲・アレンジの楽曲なのですが。

そんな訳で未発表曲からくるりの歩みを知れる、ある意味くるりの「裏歴史」とも言えるアルバムになっている本作。良くも悪くもバラバラでまとまりない構成になっているのですが、それもまたくるりらしさを感じさせます。また、未発表らしいデモ的な曲もあるのですが、ほとんどの曲がしっかりと曲として完成しており、確かにその時期にリリースされたアルバムのイメージに合っていなかったり、あるいは録音メンバーが脱退してしまったりと、なんとなく未発表の理由もわかる曲も多いのですが、ただ、未発表のまま終わらせるにはあまりにも惜しい名曲ばかり。そういう意味でコロナ禍の副産物という形とはいえ、世の中に出てきてちゃんとアルバムとして聴けるというのはファンとしては非常にうれしい1枚でした。

早く新型コロナが終息して、私たちの日常が1日も早く昔のように戻ることを心から祈念しており、早くくるりのライブにも安心して足を運べる日が来ることを願っているのですが、それまでこのアルバムを聴きつつ、そんな日が早くやってくることを願いたいところです。

評価:★★★★★

くるり 過去の作品
Philharmonic or die
魂のゆくえ
僕の住んでいた街
言葉にならない、笑顔を見せてくれよ
ベスト オブ くるり TOWER OF MUSIC LOVER 2
奇跡 オリジナルサウンドトラック
坩堝の電圧
くるりの一回転
THE PIER
くるりとチオビタ
琥珀色の街、上海蟹の朝
くるりの20回転
ソングライン


ほかに聴いたアルバム

We Are the Sun!/TAMTAM

約2年ぶりとなるTAMTAMのニューアルバム。前作「Modernluv」ではソウルやAORの要素の強いアルバムをリリースしてきた彼女たちですが、今回のアルバムはレゲエやアフロビートといった、よりTAMTAMらしさを感じさせる楽曲を前面に押し出し、メランコリックなメロが目立つ中でも、陽気な爽快さを感じさせるアルバムに。新型コロナの影響で鬱屈した雰囲気となっている今の時代には、逆にあえて聴きたいようなアルバムになっていたように感じます。個人的には前作の方が好みではあるものの、本作も間違いなくTAMTAMらしさを感じる傑作アルバムでした。

評価:★★★★★

TAMTAM 過去の作品
For Bored Dancers
Strange Tomorrow
Newpoesy
Modernluv

健全な社会/yonige

女性2ピースバンドyonigeのニューアルバム。コロナ禍のためCDリリースが遅れたり、このアルバムのライブツアーが中止になったりと、そういう現状に対してタイトルが皮肉めいているのが偶然とはいえ興味深い感じもします。ただ楽曲的にはメロディアスなギターロック。「ここじゃない場所」のラストがダウナーに締めくくられたり、「往生際」ではヘヴィーでダイナミックなサウンドを聴かせたりと、所々でおもしろい要素を感じさせつつ、ただ全体的にはインパクトが弱く、いまひとつアルバム全体としての印象が薄味だったのが残念な感じ。「girls like girls」以降、いまひとつ小さくまとまってしまっている感があるのが気になります・・・。

評価:★★★★

yonige 過去の作品
gilrs like girls
HOUSE

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