日本の病巣に切りこむ「移民者ラッパー」
Title:Passport&Garcon
Musician:Moment Joon
これは、今年を代表するとんでもない1枚が登場しました。今日紹介するMoment Joonは大阪大学の大学院で学ぶ28歳のラッパー。実は彼、韓国生まれ大阪在住のラッパー。自ら「移民者ラッパー」を名乗る彼は、まさに今の日本と韓国の間に横たわる大きな問題にそのまま切り込んだリリックが非常に強い印象を残す楽曲を次々と作ってきています。
まず1曲目「KIX/Limo」は、最初は日本に戻ってくた自分の心境をメロウに歌い上げるのですが、中盤、入国検査官の差別的なやり取りから曲の雰囲気は一転します。韓国人に対する侮蔑語すら用いつつ、自らの決意をラップしています。そしてそのまま続くのが「KACHITORU」。この楽曲も、日本においてラップで成功しようとする決意を綴った力強いラップなのですが、やはり日本における韓国人の位置づけをリリックの中に織り込んでいます。
そのスタンスが最もストレートかつユニークにラップされているのが、タイトルそのまま「KIMUCHI DE BINTA」。ちょっとダークでリズミカルなトラックをバックに、日本人の韓国人に対する差別意識を逆にユーモラスに織り込んだ作品になっています。「三浦瑠璃が愛してる北朝鮮のスパイも友達」というフレーズも登場。一時期問題となった、三浦瑠璃の「スーパーセル」発言(テレビのワイドショーの中で、「大阪には北朝鮮のスパイ(=スーパーセル)が多く潜んでいて問題だ、と根拠も示さずに発言した件)を逆手に取った歌詞も登場してきます。
この「三浦瑠璃」という固有名詞を登場させている点もそうなのですが、この曲に関わらず、リリックの中に多くの今の時事的な固有名詞が登場するのも特徴。「Losing My Love」では在特会などワードが登場してきますし、「MIZARU KIKAZARU IWAZARU」では安倍総理も登場。ここらへんのワードについては、何年か経ってから聴いたら、おそらく「どういう意味だろう?」とわからなくなるかもしれません。しかし、そういう今の時代をストレートに反映させた固有名詞を登場させるからこそ、リリックが非常にストレートかつリアルに響いてきます。
要するにこのアルバムでMoment Joonは、日本人の抱える韓国人に対する差別意識という病巣を、韓国からの移民者という立場から鋭く切り込んできています。それも高らかに差別を糾弾するようなスタイルではなく、ユーモアとウィットセンスをまじえつつ、どこかコミカルさをまじえて描き出します。また彼自身、日本に移住しているように、決して根本的に日本を嫌っているわけではありませんし、韓国を賛美しているわけでもありません。実際、「Seoul Doesn't Know You」では韓国の問題点も描いています。そのため、日本人の私が聴いても、違和感なく聴くことが出来ます。
また、日韓の間に横たわる問題といえば在日朝鮮人の問題もあります。しかし、彼自身、韓国出身の移民ラッパーということもあり、在日朝鮮人の問題については全く触れていません。ただ、在日朝鮮人やその背後にある歴史的事象をオミットしているからこそ、逆に日本社会にはびこる日本人の差別意識によりフォーカスすることが可能となっています。さらに彼には今、ロシア人の彼女がいるらしく、楽曲の中にはロシアについての言及も登場。そのため、「韓国人の」という視点に加えて「外国人が日本で感じる差別意識」とよりテーマ性を広げることにも成功しています。
さらに彼のリリックに加えてバラエティー富んだトラックも大きな魅力。基本的にメロウに聴かせるようなエレクトロトラックがメインなのですが、前述の通り、メロウにスタートし、途中から力強いビートに変化する「KIM/Limo」もユニークですし、ユーモラスな「KIMUCHI DE BINTA」はトラップ風。ダウナーでドリーミーな「DOUKUTSU」など、目新しさといった要素は薄いものの、リリックの内容にマッチしたトラックのバリエーションが、楽曲をより引き立てます。どうしてもリリックに注目が集まりがちですし、間違いなくそれが魅力ではあるのですが、トラックメイカーとしての才もしっかりと感じることが出来ます。
そしてこのアルバムが素晴らしいのがラスト。かなり強烈な内容をラップしつつもラストの「TENO HIRA」は非常に前向きで明るい、希望を歌っています。そのため、アルバムを聴き終わった後は、とても清々しく、爽やかな印象を感じつつ、後味を味わうことの出来るアルバムになっていました。この後味の良さも本作の大きな魅力に感じます。
この今の時代だからこそ綴れるラップであり、また、「移民者」であるからこそ切り込める日本の現実を綴ったラップは大きな衝撃を受けました。一方、ユーモラスでコーティングされ、同時に日本に対する愛情もまた感じるがゆえ、日本人に違和感なくすんなり受け入れられるような内容になっている点も見事。これは本当にすごいアルバムだと思います。まだ、今年は半年以上残っているのですが、個人的に本作は暫定的な2020年私的ベストアルバムNo.1。これは全リスナーが是非とも一度は聴いてほしい作品だと思います。Moment Joon、これからシーンにどのような衝撃を与えていくのか、要注目です。
評価:★★★★★
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