ブルースの「背景」を伝える
本日は最近読んだ音楽関連の書籍の紹介です。今回読んだのは、ブルース研究の第一人者、日暮泰文氏による「ブルース百歌一望」です。
本書の帯の紹介文にはブルースの「極上のプレイリスト」と書かれたこの本。その紹介の通り、日暮氏がブルースの曲を100曲(正確には101曲)を取り上げ、その曲にまつわる背景や物語を紹介していく、という一冊。タイトルの「百歌一望」というタイトル通り、ブルースの曲を通して見えてくる世界を描いた本となっています。
ただ、ここで注意しなくてはいけないのは、あくまでもブルースとそれをめぐる背景を描いた本であり、ブルースの有名曲を取り上げて紹介するディスクガイド的な書籍ではないという点。1ミュージシャンにつき原則として1曲ずつ紹介されているのですが、必ずしもそのミュージシャンの代表曲を取り上げている訳でもありませんし、必ずしもブルースを代表するような有名曲を取り上げている訳でもありません。
特にその傾向が強いのが序盤で、第1章の「ブルース近景」では、ブルース自体ではなく、ブルースの背景としてのアメリカの黒人社会によりスポットがあてられています。さらに第2章の「ブルース20曲から見た米国史」では、社会的な事象を歌に読み込んだブルースを紹介し、そのブルースを通じてアメリカの(特に黒人をめぐる)歴史を描いています。第3章の「ブルースとともに生きる」でも、タイトル通り、ブルースを通じて、アフリカン・アメリカンの生活風景を描いていますし、どちらかというと楽曲としてのブルースそのものというよりも、ブルースが伝えた時代や生活の匂いを伝えることに主眼が置かれたような本となっています。
そのため、この本を参考にブルースの世界に飛び込もう、というようなガイドブック的な意図をもって読みだすと、ちょっと辛い内容だったようにも思います。実際、私もそういうイメージで同書を読みだしたため、特に序盤は、この本の意図することがつかめずかなり戸惑いながら本を読み進めていきました。特に日暮氏の文体は論理的な展開よりもエッセイ調の文体が特徴的で、ブルースという音楽やブルース史を体系的に理解しようとするとかなり困難。後半の第4章「ヒストリカル・ブルース・レコード」や、第5章「ブルースの明日といま」では、タイトル通り、歴史に残るブルースの1曲を紹介したり、ブルースの現状を紹介したりと、プレイガイド的にも使える内容にはなっているのですが、この本全体としては、ブルースの完全な初心者にとっては、ちょっと厳しい内容だったように感じます。
ただ一方、プレイガイド的な読み方ではなくあくまでもブルースをめぐる「匂い」を伝える本だ、ということに気が付くと、非常に魅力的な1冊に感じはじめます。ブルースをめぐる背景をしっかり描写しているため、ブルースを聴く時の世界観がグッと広がりますし、また、どこかブルースが流れてくる世界にトリップしたような感覚を味わうことが出来ます。この本を読むと、ブルースというのは単なる音楽のジャンルではなく、アフリカン・アメリカンの生活や生き様を描いた文化であるこということに気が付かされます。
そういう意味では初心者によるガイドブックというよりは、ブルースをいろいろと聴き始めた人が、その音楽の奥深さをさらに知るために手にとるべき1冊と言えるかもしれません。ブルースという音楽の魅力にどっぷりとつかり込めることの出来る魅力的な1冊。まさに読みながらブルースの世界を旅できるような、そんな本でした。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- かつて社会現象になったバンドの自叙伝(2023.05.29)
- 「セクシー歌謡」から日本ポップス史を眺める(2023.05.22)
- ボブ・ディラン入門(2023.04.28)
- 90年代オルタナ系を総花的に紹介(2023.04.16)
コメント